第17話 黒髪の剣士③
国境近くの渓谷で、エイジによって選ばれた騎馬隊が作戦行動を開始しようとしていた。
騎馬隊は少数精鋭で、エイジを除いて二十人。その内十八人は元から兵士だったが、残りの二人はエイジが連れて来た民間人だ。
人選はエイジに任されていたために誰も文句は言わないが、高額の報酬が約束されているので、仕事がない者を雇ったのだろうと思われていた。
掃討作戦に選ばれるのは名誉なことであり、一般の兵士と区別をするために、全員が黒いマントを羽織っていた。その見た目から、漆黒の騎士団と呼ぶことにした。ただし、それは正式名称ではなく、兵士達が勝手にそう呼んでいるだけのことだ。
「いいか、この音をよく覚えておくんだ」
二十人の兵士の前で、エイジは天に向かって小銃を発砲する。
ズキューン!
初めて聞く銃声に、誰もがたじろいだ。ただ一人、エイジを除いて。
「これが、人外を一撃で倒す武器だ。ただし、脳天を撃ち抜かないと致命傷にはならない。数に限りがあるので、各自で数を数えてほしい。三十発を撃った時点で人外が残っていても、速やかに撤退する。それから、人外は宿主が死ぬと本体が体の外に這い出して来る。その始末を絶対に忘れるな。いいか!」
二十人の騎馬隊が、了解の声を一斉に上げる。
「それでは、作戦開始だ!」
騎馬隊がエイジを残して散開し、渓谷へ進んで行った。エイジは崖の上で腹這いになり、小銃を構えて人外が追い込まれて来るのを待つ。
この作戦でエイジが望むことは、ただ一つ。それは、一人の犠牲者も出さないことだ。そのためには、人外を一列に整列させて先頭から順番に狙撃して行くしかない。非常に難しい作戦だが、不可能ではない。V字形の渓谷では左右に広がることは出来ないから、騎馬隊が追い込んでくれれば何とかなる筈だ。
騎馬隊が両サイドに別れて、人外を所定の位置まで上手く追い込んで来た。
ズキューン!
一発目は先頭の人外に命中し、後頭部から脳味噌と血飛沫を飛散させてその巨体が倒れた。這い出して来た本体をすかさず兵士が剣で串刺しにする。
続いて二発目、三発目と連射し次々と人外が倒れて行った。だが、四発目は胸に当たって致命傷にはならない。もう一発撃ち込んで、五発目で確実に倒した。
確認されている人外の数は二十体だが、弾丸は装填されている三十発しかなかった。一発は天に向かって発射しているので、あまり弾丸を無駄には出来ない。もっと一直線に整列していれば外すこともないだろう。しかし、騎馬隊も精一杯やってくれている。後はエイジが頑張るしかなかった。
撃ち漏らした人外が崖をよじ登り、エイジに襲い掛かろうとする。
バン!バン!バン!
すかさず腰のホルスターから拳銃を抜き、三発を撃ち込んだ。全弾が顔面に命中し、人外は崖の下へと落ちて行った。
「残り三体!」
すぐに小銃を構え直して、三発を発射する。その全てが人外の脳天を撃ち砕き、渓谷に静寂が戻った。
「終わった」
エイジは仰向けになって空を見ると、大きく深呼吸をした。弾丸の残りは三発しかない。ギリギリだった。
無事に王都へ帰還した漆黒の騎士団は、酒場で祝杯を上げていた。二十体の人外の本体を持ち帰り、多額の報酬を受け取った。それも、兵士としての給料の数年分に相当する額だ。
騎馬隊が追い込んだとは言え、全ての人外を討ち取ったのはエイジ一人だ。感謝せずにはいられない。しかし、そこにエイジの姿はなかった。エイジが連れて来た二人の民間人も見当たらなかった。
ベッドで寝ていたアリアは、真夜中にマギーに起こされた。
「アリア、すぐに起きて着替えるんだよ。黒髪の剣士さんが来てるから」
「エイジさんが?」
寝起きの悪いアリアだったが、エイジが来ていると聞いて慌てて体を起こした。周囲を見回すが、そこにエイジの姿はない。来ていると言っても、アリアの部屋までは入って来ないだろう。
「もう荷物はまとめてあるから、早く着替えて出ておいでよ」
訳が分からずに、アリアは言われた通りに着替えて部屋を出て行くと、カウンターの前でエイジが立ったままで待っていた。
「エイジさん、こんな夜中にどうしたんですか?」
エイジは腰を屈めて、アリアの肩に手を置き視線を合わせる。その表情は、真剣そのものだった。
「いいかアリア、よく聞くんだ。俺が人外の掃討作戦を指揮していたのは知っているな」
「はい。素晴らしい戦果だったと聞いていますけど」
「俺が討ち取ったのは、二十体程度だ。別の人外が王都へ攻め込んで来るのに備えて、この間、俺を迎えに来た軍人が防衛の準備をしている。しかし、俺は今回の作戦で弾丸をほぼ使い切ってしまった」
「補充は出来ないんですか?」
「これを見てくれ」
エイジは左の手首にはめている、ブレスレットを見せた。金属製の輪に、ガラス玉が一つだけ通してある。
「俺はこの世界の人間じゃないんだ。この武器も、俺の世界から持って来た物だ。二つの世界を移動する度に、ガラス玉が一つずつ無くなって行く。次に俺の世界へ戻ったら、もう二度とこちらの世界へは来れないだろう」
アリアはエイジが、この世界の人間ではないことは薄々感付いていた。人外に襲われているところを助けられた時に『俺の居た世界』と言っていたことを後になって思い出したのだ。
アリアの理解を超えているようなことも、異世界から来たと言われれば納得するしかない。しかし、エイジがこの世界から居なくなるなんて考えてもみなかった。
「嫌です…」
「アリア、聞いてくれ。俺が居なくなれば、国王はアリアを人質にするか、見せしめのために処罰するか、いずれにしろ危害を加えるだろう。信用できる仲間を二人揃えたから、すぐにこの国を出て行くんだ」
「嫌です…私もエイジさんと一緒に行きたい。私を連れて行ってください」
「駄目だ。俺の世界には、エルフは存在していない。アリアは、こっちの世界でしか生きて行けないだろう」
「嫌です…エイジさんと離れたくない…」
「すまない」
アリアはエイジにそっと肩を抱き寄せられて、その胸に顔を埋めて泣いていた。そこへマギーが荷物を持って来る。最後の別れを告げるために、影の薄い旦那も一緒だ。
「さあ、急いで。夜が明けない内に、この国を出て行くんだよ」
アリアを連れて表に出ると、そこには黒いマントを羽織った男が二人待っていた。一人は簡素な馬車の手綱を持ち、もう一人は単騎の馬の手綱を持っていた。
馬車にアリアと荷物を乗せると、マギーはもう一つ革の袋を直接手渡した。見た目以上の重さに、アリアは袋を落としそうになった。
「これは黒髪の剣士さんが、アリアのためにコツコツと貯めてくれたお金だよ。これだけあれば当分は遊んで暮らせるから、あちこち旅してエルフの旦那さんを見付けなよ」
「マギーさんも旦那さんも、どうかお元気で」
「ああ、アリアも元気でな」
泣きながら別れの挨拶をするアリアに、エイジも目頭が熱くなる思いだった。
「アリア、幸せになってくれ」
「エイジさんも、どうかお幸せに」
エイジが合図をすると、黒いマントの男達はそれぞれに馬を走らせる。エイジとマギー、そして旦那は街道を進んで行く馬車を見送ると、宿屋の中へ戻った。
今迄マギーは気丈に振る舞っていたが、アリアのことを娘のように思っていたのだ。やはり別れは辛いのだろう。エプロンで涙を拭いている。
「女将さんに頼みたいことがあるんだ」
「なんだい?もう、ついでだから何でも聞いてあげるよ」
「いつかまた、異世界から来た人が現れたら渡してほしい物があるんだ。ただし、女将さんが信用できると思った相手にしてくれ」
そう言ってエイジは、荷物の中から木箱を取り出してマギーに渡した。
「任せておくれよ。必ず渡すからね」
「それじゃあ、もう女将さんと会うこともないが、元気でな」
「ああ、黒髪の剣士さんも元気でね」
エイジは荷物と小銃を持つと、壁に向かって左腕を伸ばした。
「新しい世界の扉よ開け!」
ブレスレットが発光して光の輪が壁に当たり、ぽっかりと穴が空いた。その穴へエイジが飛び込むと、ブレスレットに残ったガラス玉の最後の一つが砕け散った。
* * *
アリアがエイサーデル王国を去ってから、二年の月日が流れていた。
柊と楓はクレアの家を出てから、森の外れにある大きな湖のほとりを歩いていた。円形の湖で、そのまま飲料水として使えそうなほど透き通っている。
「強力な精霊が居るな。ちょっと、挨拶して行こうか」
「そう言えば、ミレイが捨てられてたのを精霊が教えてくれたって言ってたっけ」
「楓にも話しが出来るんじゃないか?」
「私に精霊を感じられるかなぁ」
「メイプルが見えるってだけでも、充分に素質はあるよ。水を触って感じてみたらどうだ?」
言われた通りに楓は水際へしゃがみ込み、水面に手を浸けて意識を集中する。
「何か言ってるのは分かるけど、何を言ってるのか分からないよ」
「それじゃあ、メイプルみたいに人の形を想像してみるんだ。人と会話するように、精霊とも話しがしたいってイメージするんだよ」
楓は心の底から、精霊と会話したいと思っていた。柊が身も心もエルフ化して行くので、自分は置き去りにされているような気がしてならなかった。もっと、この世界に溶け込みたかった。
すると水面が盛り上がり、人の形へと変わる。大きさはメイプルとさほど変わらないが、物理的に存在しているので、誰にでも見える筈だ。ただ、透明な水だけに人の形はしていても、表情が分かるほど造形が細かくはなかった。
「こんにちは。お話し出来て嬉しいわ」
メイプルと違って言葉遣いが丁寧だが、それは楓のイメージによるものだ。柊は精霊に対して妖精のようなイメージを持っていたから、メイプルはそんな姿になった。楓もそのイメージを共有しているのだが、言動についてはあまり気に入ってはいなかった。
「私も嬉しいよ。名前を付けてもいいかな?」
「名前を付けてくれるの?そちらにいらっしゃる風の精霊さんが名前で呼ばれてるから、ちょっと羨ましかったのよ」
「それじゃあ水の精霊だから、アクアってどう?」
「ありがとう。素敵な名前ね」
「アクアにお願いがあるんだけど、聞いてくれるかな。勿論、断ってもいいんだけど」
「何かしら?」
「私達、旅をしてるんだけど同行してくれないかな。そこに居るエルフが風を自由に使いこなしてるから、私も水を使いこなせるようになりたいの」
「精霊は人類の文明には干渉しないのが原則なのよ。個人的な力になることは吝かではないけれど、あなたがその力を政治や宗教などの求心力には使わないという保証はあるの?」
「ごめん…私には、それを証明することが出来ない。信じてほしいとしか言えない…」
メイプルは柊が体を奪われる前からエルフの少女に同行していたから、そういった段取りは経ていない。精霊が人類の文明に干渉しないと言うのであれば、エルフの少女が成し遂げねばならないことと言うのは、政治か戦争のようなことではないかという気がする。
メイプルは柊の元の体が精霊を認識できないから、こっちに付いて来たと言っていた。それだけが理由ではなく、エルフの少女が柊の体を手に入れることによって、文明には干渉しないという原則が崩れてしまうのではないだろうか。柊に同行しているのは、メイプルなりの思惑があるのかもしれない。
「あなたの気持ち、よく分かったから同行させてもらうわ。そうしないと、名前で呼んでくれる人も居ないしね」
「ありがとう…嬉しい…」
精霊には実体がないので、そのまま同行できるのだが、水がなければ人の形にはなれないし会話も出来ない。そこで楓は水筒を水に浸けて中に水を入れた。
この水筒は何処かで買ったのではなく、クレアが作ってくれた物だ。彼女は湖に精霊が居ることを知っていたから、こうなることを予測していたのだろう。
水筒を持ち上げると、湖面のアクアの姿が消えて、今度は水筒の中の水が盛り上がって先程と同じ形になった。その水筒のストラップを首に掛けて、体の前にぶら下げていた。
「じゃあ、行こうか」
「よろしくね」
柊と楓は湖の外周に沿って歩き、森を出る方向へと進んで行く。
メイプルと同じようにアクアが人の形を維持するには精神力を消費してしまうのだが、楓は歩きながら時折その姿を見て喜んでいた。
「そんなに嬉しいか?」
「嬉しいよ。これで、やっと私も柊と対等になれたような気がする」
楓は小さな女の子の手を取るように、手を差し出した。柊はその手を何の疑問も持たずにギュッと握る。二人で手を繋ぎながら、足場の悪い森の中を歩いて行った。




