第14話 森に棲む魔女③
柊とミレイが老人に薬を渡すという仕事を終えて帰って来ると、家の中では楓とクレアがテーブルの席に向かい合って座っていた。楓は思い悩んだように項垂れている。
どこかで見たことがあるような光景だった。双子というのは、連帯責任を負わされることが多い。亡くなった母親に説教をされる時は、いつもこんな感じだった。この後、柊も呼ばれてテーブルの席に着かされるのだ。
「ヒイラギ、ちょっとここへ来て座って」
「はい」
柊は楓の隣りの席へ座ろうとしたが、ミレイが離れようとしないので、椅子を半分空けて抱き付くようにして二人で座った。野菜が入った籠は、そのまま床に置いておく。その野菜をくれた老人からエイサーデル王国へ行く話しを聞いたせいで、まだミレイの機嫌が悪いのだ。
「それでヒイラギは、エルフとして生きて行くつもりはないの?」
話しの流れで、楓が洗いざらい全部喋ったということは理解できた。やはり、クレアに隠し事をするのは無理なようだ。隠し事がバレたら、毒でも盛られそうだ。
「覚悟はありますよ。でもそれは、約束の一年が過ぎてからです。その時は楓を元の世界へ戻して、俺はこっちへ残ろうと思ってます。元の世界にはエルフは存在しないから、こっちの方が暮らしやすいんじゃないかと思うので」
「ちょ、ちょっと待って!そんなこと考えてたの!」
そんな話しは聞いていなかった楓は、慌てて柊に詰め寄った。柊がエルフのままでも構わないとは思っていたが、それは一緒に元の世界へ戻ることが前提だ。安全が確保されたことで、柊に新しい選択肢が生まれてしまった。
「体を取り戻せなかったら、またここへ戻って来るよ。クレアさんが迷惑じゃなかったらの話しだけど」
「体も取り戻さず、元の世界へも戻らずってこと?そんなの、おかしいでしょ!」
「二人共、落ち着いて」
楓が大きな声を出すので、ミレイは柊にしがみついている。クレアはそんなミレイを見ていると、全てを踏まえた上で柊を受け入れてあげようという気になっていた。
「ヒイラギがエルフのままなら、この森で暮らせばいいわ。元々、エルフは自然との繋がりが強い種族だから、私もその方がいいと思うわよ」
「ありがとうございます」
楓の不満は半端ではない様子だが、今ここで反論することはなかった。反論しても、クレアには歯が立たないことは分かっていた。
クレアが夜中に目を覚ますと、ミレイが居ないことに気が付いた。ミレイのベッドを柊に空け渡してから、ずっと一緒に寝ていたのに、いつの間にか抜け出していた。
クレアもベッドから出ると、手探りでランタンを探し明かりをつけた。それを持ってミレイを探しに行く。
すぐにミレイは見付かった。暖炉のある広い部屋で、窓から入る月明かりを頼りに、テーブルの上にビンを並べている。クレアが薬の調合をするために植物から抽出して、薬棚に保管してあった物だ。
「何をしてるの?」
ミレイなりに、こっそりとやっているつもりのようだった。クレアに見付かってばつが悪そうだが、慌てて隠すような様子はない。
「毒を探してるの」
「そんな物、何に使うの?」
「ヒイラギが他所の国に行こうとしてるから、行けないようにするの。ママが、生かさず殺さずって言ってたから」
クレアはランタンをテーブルの上に置くと、そっとミレイを抱き締めた。
「ここには、毒なんてないのよ。ママが本当に、そんなことをすると思った?」
「だって、ヒイラギが居なくなっちゃうんだよ」
「ヒイラギには、やらなきゃいけないことがあるんだから、好きにさせてあげましょう」
「うぅっ…」
ミレイはクレアにしがみついて、その小さな肩を震わせていた。
* * *
柊の怪我がほぼ完治して自由に動き回れるようになると、楓と共に家の修理をしたり庭の手入れをしたりしていた。一向に出て行く気配がないので、ミレイは少し安心している様子だった。
家の裏手にある庭を整備して、そこにテーブルと椅子を作った。柊と楓、そしてミレイは、その使い心地を確かめていた。
柊は家の中よりも、自然のある場所の方が居心地が良さそうだ。日増しに行動が、エルフらしくなって行く。
「宿屋で刺客の手首を切り落としたのって、どういう原理なんだ?」
柊がメイプルに聞いた。メイプルは肩の上ではなく、テーブルの上に立っている。ミレイや楓もテーブルを囲んでいるので、その方が話しがしやすいからだ。
「剣の刃先に起きる風圧を、高速に動かしてるのよ」
(チェーンソーみたいな物か…)
精霊には種類があり、それぞれ得意分野が異なっている。メイプルの得意分野は風で、柊は風を操る精霊との相性が良いのだ。柊の想像力のせいで可愛らしい姿をしているが、実は高度な能力を持つ精霊でもある。
風圧を高速に動かせるのなら、人工的に鎌鼬を作り出せるのではないかと思い付いた。風が渦を巻いて中心が真空状態になり、物を吸い上げるのはキアラの店で人外と戦った時にやっていた。その真空状態が人の肌に触れると、刃物で切ったような傷が出来る現象だ。
「風圧を渦巻き状に高速回転させて相手にぶつければ、剣がなくても切れるんじゃないか?」
「凄いこと考えるわね。まあ、出来なくはないけど、最初に風を起こす物は必要かな」
「風を起こすか…室内でも使えそうだな」
いよいよ柊は、ここを出て行くつもりなのだと楓は思った。必殺技を考えているのもその準備だろうし、家の修理や庭の手入れをしているのも、お世話になったお礼のつもりなのだろう。
「私も確かめたいことがあるんだけど、ちょっといいかな」
そう言うと楓は立ち上がり、柊の手を取って周囲に障害物のない所まで引っ張って行った。そこで空手か柔道のように、向かい合って構えの姿勢を取る。
「いい?本気で抵抗していいから」
「ああ」
組み手でもやるのかと思い、柊は身構える。しかし、一瞬で手を取られて背後に回り込まれると、そのまま芝生の上に俯せに倒された。
「弱っ!これでよく人外と戦う気になったわね」
それでやめようとはせずに楓は、介護の要領で柊の体を抱え上げた。柊が自力では動けずに、楓が背負って移動していた時に感じたのは、見た目よりもずっと体重が軽いということだ。
人間の体は、脂肪よりも筋肉の方が重い。多分、相対的に筋肉の量が少ないのだろう。それだけエルフは、非力だということだ。
楓は十八歳の女子としては身長は高い方だが、体形はスリムだ。それでも、いいように弄ばれているのだから、柊の体を奪ったエルフの少女が何かを成し遂げようとするなら、男の体を欲するのは分からないではない。
「楓…ちょっと、やりすぎじゃないか?」
「私はもう、覚悟を決めたのよ。柊が何と言おうと、約束はきちんと守ってもらうからね」
それはもう、一年が過ぎても体を取り戻せなかったら、有無を言わさずに元の世界へ連れて帰るということだ。
柊が男だった時は、スポーツ万能だった。そのイメージが強すぎて、エルフになってからも主導権を与えていたことを楓は反省していた。こんなにも小柄で非力な少女なのに、人外から自分を守ろうとしてくれたのだ。
エルフのままなら、力ずくでも元の世界へ連れて帰ろう。今度は自分が柊を守ってあげたい。それが楓の確かめたいことだった。
楓は柊を抱えたまま移動して、元の椅子に座らせた。そこへ事の成り行きを見守っていたクレアが、焼き立てのパンが入った籠を持ってやって来た。平然とクレアは、テーブルの上に籠を置くと席に着く。
「もう、お話しは済んだかしら?」
「クレアさんは、どっちの味方ですか?」
クレアは柊の意見には好意的だった。しかし、楓に対しても宥めたり説得したりする気配はなく、ただ傍観しているだけなので聞いてみたくなった。
「どちらの味方もしないわよ。そんなことは、あなた達で決めなさい」
「分かりました」
確かにそれは、クレアが決めることではない。もう、体を取り戻せなかった時のことを考えるのはやめよう。それが目的ではないのだから。そう思う柊だった。
* * *
柊と楓が家を出て行く前に、クレアが二人の髪を切ってくれた。ここへ来て二ヶ月余り、伸ばし放題でボサボサになっていた。
美容院のように鏡の前に座って、後ろからクレアがハサミを持って髪を整える。柊の長い金髪をウエストの辺りで切り揃えると、横髪に髪飾りを付けてくれた。
「ヒイラギがいつまでエルフのままでいるのか分からないけど、自分の体だと思って大切にしなさい」
この家へ連れて来られた時に、自力では動けないほどの大怪我をしていたことを言っているのだ。男の柊はスポーツ万能だったかもしれないが、今は非力なエルフの少女なのだ。そのことを自覚してほしいという、クレアの願いだった。
「ありがとうございます」
柊がエルフになってから、半年近くが経過している。初めの頃は幼く感じていた顔が少し大人びて、より美しくなったような気がする。
出来る限り、この体をそのまま返したい。ずっとそう思っていたのに、既に体中のあちこちに傷跡を作ってしまった。見た目は相変わらずの美少女であることが、せめてもの救いだった。
二人が荷物をまとめて出発の準備をしている間、ずっとミレイの機嫌は悪かった。そうなることは分かっていたが、どうしようもないことだ。
「頼まれてた物、出来たわよ。何とか間に合ったわね」
そう言ってクレアが、柊に扇を渡した。日本の扇子のように竹と紙で作った物ではなく、木製の骨格と羊皮紙で作られている。柊が風を起こす道具を探していたところ、クレアが手作りで用意してくれたのだ。日頃から必要な物は手作りすることも少なくないので、それはもう職人レベルの品物だ。
「ありがとうございます。本当に助かります」
「こんな物が武器になるなんて、もうエルフを超えてるわね」
「異世界の知識が、役に立ってるんだと思います」
「それだけじゃないわ。きっとヒイラギの心が、その体と共鳴してるのね。本当の自分と必ず会えるから、自分を信じなさい」
「はい、頑張ります」
ミレイはクレアにしがみついたまま、二人の様子を伺っている。その表情は、今にも泣き出しそうだ。もう一度会えるのか、永遠の別れになるのか、それは分からない。でも、きちんと挨拶をしておかないと、きっと後悔するだろう。
「メイプル、暫く会えないから挨拶しとこう」
メイプルが肩の上に現れると、ミレイは柊に駆け寄り抱き付いた。
「いやぁ!行かないで…」
「ごめん…やらなきゃいけないことがあるんだ」
また戻って来る、とは言えなかった。無事に体を取り戻すことが出来たら、もうミレイには柊だと分からないだろう。ミレイの想い出の中では、柊はエルフのままで居たかった。
クレアが柊からミレイを引き離して自分の方へ抱き寄せると、その体に顔を伏せてずっと泣いていた。
柊と楓は久し振りに剣を持ちリュックを担ぐ。
「クレアさん、お世話になりました」
「今迄、ありがとうございました」
二人が挨拶をすると、クレアはニッコリと微笑む。
「二人共、頑張ってね」
柊がエルフの少女に体を奪われてから色々あったけれど、悪いことばかりじゃなかった。そんなことを思いながら、柊と楓はクレアの家を後にする。すぐにミレイが家の外まで駆け出して来て、二人の姿が見えなくなるまで見送っていた。




