第13話 森に棲む魔女②
森の中を歩いていた柊とミレイは、アカマツの木を見付けて立ち止まる。その木の根元に生えた茸をミレイが指差した。
「この茸、食べられるよ」
「へえ、松茸なんて高級食材だな」
「マツタケ?」
「俺が生まれた国では、そういう名前なんだ」
柊はその場にしゃがんで茸を取ると、ミレイが持っている手籠の中へと入れる。結界のお陰で外部から侵入者が来ることはないので、剣も防具も身に着けていなかった。
街中を歩くような服装で森の中を散策するのは違和感があるのだが、それはエプロンドレスを着ているミレイも同じだ。馴れてしまえば、どうということはない。ただ、下草が生えた場所をブーツで歩くのは注意が必要だ。
「いてて…」
立ち上がる時に肋骨を押さえて痛がる柊を、ミレイは心配そうに見ている。
「大丈夫?」
「大丈夫だけど、慎重に行動しないとな」
まだ自由に動き回れると言うほど回復はしていないので、どうしても時間が掛かってしまう。クレアにも、もう少し安静にしていた方が良いと言われたが、それは柊と楓の滞在を引き延ばしているような気がしないではない。取り敢えずはミレイと遊んで、約束の一ヶ月を消化しようという気持ちになっていた。ただ、ミレイが懐いているだけに、別れの時を思うと切ない気持ちもあった。
手籠に一杯の茸を取ると、家の方へと向かう。歩きながら柊は、結界がどういう仕組みなのかを考えていた。
クレアに聞いてみたが、樹木を育てて森を整備するような作業が必要らしい。大木が怪しい奴を教えてくれるくらいだから、樹木が人間を惑わすのかもしれない。
一日やそこらで習得できるようなものではないし、習得したところで簡単に結界を張れるということでもない。自分で結界を張れたら安全が確保できると思っていたが、そんなに甘いものではなかった。
森を抜けると、家の前では楓が長剣で薪を割っていた。斧で割った方が余程楽な筈だが、構えが剣道に似ているから鍛錬のつもりなのだろう。次に人外と出くわしたら、自分が斬り捨ててやると意気込んでいる。
「あ、柊、大丈夫だった?」
二人に気付いて、楓は薪割りを中断する。以前ならこれだけ長剣を振り回せば肩で息をしていたのに、今は平然としている。柊が動けない間にも練習をしていたのだろう。剣の使い方は、力ではなく要領だ。それほど力のない楓でも、使い方次第で強力な武器になる。
「ああ、問題ないよ」
「お姉ちゃん、高級食材だよ」
そう言ってミレイが、手籠に入ったマツタケを見せる。もう、そんな季節になったのかと楓は思った。
柊と楓が最後にゲートを通ったのは、初夏のことだった。日本に比べると夏がやや短いので、マツタケが生えるのも少し早いのだろう。それでも、季節が変わるほどこちらの世界に居たことになる。
「今日の夕食が楽しみだね」
「期待しててね」
柊とミレイが家の中へ入ると、クレアは何やら薬の調合をしていたようだ。植物から抽出したエキスを混ぜ合わせて作る、自然由来の薬だ。
「イチョウの大木の所に、奥さんが病気のお爺さんが来てるから、ミレイは薬を届けてくれないかしら」
「うん、分かった」
ミレイは茸が入った手籠をテーブルに置くと、代わりに薬が入った袋を受け取る。
クレアは世捨て人のような生活をしていても、完全に外界との交流を断ち切っている訳ではなかった。魔女は病気や怪我に効く薬を作れるので、それを頼って訪ねて来る人が居る。ただ、結界で近寄れないために、目印のイチョウの大木の所で待っているのだ。
「ヒイラギ、行こ」
ミレイが柊の手を掴んで引っ張って行く。
「ちょっと、休ませてあげたら?まだ、完治してないんだから」
「えーっ、ヒイラギと一緒がいい」
「あ、大丈夫です。行ってきます」
「そう、気をつけてね」
家の外に出ると、楓はもう薪割りを終えて後片付けをしていた。柊とミレイの方を見ながら、
「行ってらっしゃい」
と声を掛けて、そのまま作業を続ける。
森の中をミレイが先導して歩いて行くと、柊はふと疑問に思ったことがあった。
「メイプル」
メイプルが現れたので、ミレイは喜んで柊の方を見る。それでは案内にならないので、二人は手を繋ぎ横に並んで歩いていた。
「どうしてミレイは、結界を自由に出入り出来るんだ?」
「それは結界が、二重になってるからよ」
「二重に?」
「一つは外から中へ入れない結界で、もう一つは中から外へ出られない結界。矛盾する結界は、どちらか片方しか効果がないのよ。出られない方の結界がミレイに作用してるから、入れない方の結界は無効なの」
「それじゃあ、ミレイは森の外には出られないってことか?」
「そういうことね」
森の中で育ったミレイが、勝手に森を出て行ってしまわないようにする気持ちは分からないではない。森の外に出れば街や村があり、魔女の娘がどんな目に遭わされるか分からない。
薬を提供しているのも、わざわざイチョウの大木まで出向いて懇願する人にだけだ。藁をもすがるような思いでやって来る人を、邪険に扱うことは出来ないのだろう。それだけクレアは、人間を信用していないということだ。
(俺を助けてくれたのは、エルフだからか…)
エルフも黒髪も希少な種族だから、徒党を組んで何かするということはない。それにエルフは自然界との繋がりが強く、魔女とは通じるものがあるのだろう。
本当のことを知ったら、クレアはどう思うのだろうか。何となく複雑な心境だった。
イチョウの大木まで辿り着くと、根元には杖を持った老人が待っていた。背中には野菜が入った籠を担いでいる。
クレアは薬の代償としてお金を受け取らないし、受け取ったところで使い道がない。せめてものお礼にと、食料や日用品を持って来るのだ。
「おや、今日はエルフのお嬢さんと一緒なのかい」
「私のお友達よ」
ミレイが薬を渡すと、老人は神に感謝するような勢いでお礼を告げる。
「お陰で妻の調子も良くなってきたよ。本当にありがとう」
そう言って、籠ごと野菜を渡された。いつものことなのか、特に遠慮することもなくミレイはそれを受け取った。ミレイが持って帰るには少し重たいような気もするが、まだ怪我が完治していない柊に持たせたりはしない。
「ちょっと、お話しを伺ってもいいですか?」
柊が老人に話し掛ける。
「ああ、構わないよ」
「エイサーデル王国について、何かご存知でしたら教えてもらいたいんですけど」
ミレイに一緒に行きたいと言われた時点で、柊はこの話しを聞きたいと思っていた。怪我の治療のために寝たきりだった期間と、少しは動けるようになってミレイと森の中を散策するようになった期間は全く情報が入って来なかった。
「エイサーデル王国へ行こうとされているのかね。あの国は治安が良くないから、お嬢さんみたいな子が行かれるのは感心しないよ。近頃は治安を守ろうとする者が現れて、少しは良くなったと聞いてはいるがね」
「行商人が往来していれば、馬車に乗せてもらおうと思ってたんですけど」
「そいつは、あまり期待しない方がいいかな」
「そうですか…あと、黒髪の剣士の話しってご存知ですか?」
「ああ、黒髪の剣士と言えば、かつてはエイサーデル王国に巣食ってる人外から『漆黒の騎士団』を率いて国民を守った英雄だな」
「漆黒の騎士団…」
間違いない。柊が体を奪われた時に、エルフの少女は黒いマントの男を二人連れていた。おそらく『漆黒の騎士団』の一員なのだろう。
「今ではその名声も地に落ちて、今では反逆者扱いらしいけどな」
「え?どうして、そんなことになったんですか?」
「仲間を見捨てて『漆黒の騎士団』を全滅させたらしいよ。その辺の話しは御法度になっているから、詳しいことは知らんけどな」
と言うことは、あの黒いマントの男達は、その生き残りなのだろうか。エルフの少女は黒髪の剣士に成り代わって、汚名返上でもしたいのだろうか。
柊にとっては、有意義な情報を聞けた。どうせ命を狙われている身だから今更、治安の悪さは大した問題ではない。
それよりも、話しを聞いていたミレイの機嫌が悪くなっている。あまり細かい話しには興味がないようだが、柊がエイサーデル王国へ行こうとしているという部分が不満なのだろう。
「行こ!」
ミレイが腕を引っ張るので柊は痛む肋骨を押さえながら、老人に軽く会釈をして来た道を戻って行った。
夕食の調理の手伝いをしていた楓は、考え事をしていたので危うく指先を切りそうになった。柊と楓が来るまで、この家にはクレアとミレイしか住んでいなかったようだが、どうやってミレイが産まれたのだろうか。
「ねえ、クレアさん。ずっと疑問に思ってたんですけど、ミレイの父親ってもう亡くなったんですか?」
「知らないわ。あの子は私が産んだ子供じゃないから」
「えっ、そうなんですか?」
「森の外れに湖があってね。赤ん坊の時に、そこのほとりに捨てられてたのよ。精霊が教えてくれなかったら、危ないところだったわ」
「ミレイは、そのことを知ってるんですか?」
「いずれは話すつもりだけど、本当の母親かどうかなんて、別にどうでもいいことよ。あなた達だって、血の繋がらない姉妹なんでしょう。どっちが年上なの?エルフって見た目じゃ分からないから」
「同じですよ、双子だから」
「エルフと黒髪が双子?」
「あ…」
色々と思い悩むことがあったので、ついうっかり喋ってしまった。
ゲイルに事の経緯を話したのは、エルフだったからだ。体を奪われた事について、何か分かるかもしれないと思っていた。しかし、クレアの場合は事情が違う。実年齢よりも見た目が幼いエルフの少女を、娘の遊び相手に丁度良いと考えているのだ。中身が男だと知ったら、どう思うだろうか。
「言い間違えです。私達は姉妹です」
「何を言い間違えたら、姉妹が双子になるのかしら?」
「えーと、ちょっと考えごとをしてて」
「そう…」
クレアが調理を始めたので、楓がほっとしたのも束の間だった。
「死ぬまで笑い続ける茸って、知ってるかしら?苦しくて苦しくて、本当のことを言いたくなるのよね。カエデのお皿に入ってなければいいけど」
「あの…クレアさん、聞いてもらいたい話しがあるんですけど…」
「喜んで聞かせてもらうわよ」
冷や汗が止まらない楓だった。




