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俺のカラダを返せ!  作者: 道化師ピエロ
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第12話 森に棲む魔女①

 森の中で果物を集めていた楓は、存在感のある大木を見付けた。樹齢が千年を超えていれば、怪しい奴が近付いて来た時に教えてくれる。そのために、柊の長い金髪を数本持っていた。

 大木にお願いをして、枝に柊の髪の毛を結び付ける。そうしていると別の枝に、既に髪の毛が結び付けてあるのを見付けた。茶色い髪で、柊の物でないのは一目瞭然だった。


「この森に、もう一人エルフが居るってこと?」


 楓の肩には、メイプルが乗っている。


「これはエルフの髪じゃなくて、一般的な種族だね」

「一般的な種族でも、大木からの知らせを受信出来るの?」

「出来る人も居るよ。それこそ、世捨て人くらいにならないと無理だけどね」

「へえ、世捨て人がこの森に居るんだ」


 世捨て人なら、森の中で出くわしても危険はないだろう。事情を説明して、敵意がないことを理解してもらえば良い。


 楓は集めた果物をトートバッグに詰めて、森の中を歩いて行く。岩場に辿り着くと、洞穴の中へと入って行った。そこには、柊の姿がある。

 メイプルは一旦姿を消してから、柊の肩の上に現れた。


「やっぱり、ヒイラギの方がいいね。がさつな女と一緒だと疲れるよ」

「なんか腹立つな、この精霊…」


 柊と楓はエイサーデル王国へ向かっていたが、治安があまり良くないらしく行商人は嫌がって、そちらへ向かう馬車が見付からなかった。

 国境を超えるには、歩いて行くしかない。しかし、自由に体を動かせない柊を楓が背負って行くのは、リスクが大き過ぎる。完全に回復するまで待つのが得策だった。

 街中で宿に長期間泊まることも考えたのだが、楓が四六時中一緒に居る訳には行かない。ベッドに寝かせたままの柊に、食事を運ぶことは最低限必要だ。その間に柊が襲われたら、抵抗することも出来ないまま殺されてしまうだろう。

 森の中であれば敵に狙われる危険は少ないし、怪しい奴が来ても樹齢千年を超える大木が教えてくれる。楓は大木からの知らせを感じ取ることは出来ないが、メイプルには分かる。洞穴を離れていても、すぐに駆け付けられるように行動を共にしていたのだ。


 楓が集めて来た果物をトートバッグから出して、皮も剥かずに丸齧りする。森へ入る前に干し肉などの保存食を大量に買い込んで、手持ちのキャンプ用品で焼いて食べていたが、それももう残り僅かだ。そろそろ、買い出しに行かなければならないと楓は思っていた。


「この森に、世捨て人が居るみたいだよ」


 柊はもう、自分で体を起こして食事が出来るくらいには回復している。ただし、足場の悪い森の中を自力で歩くことはまだ出来そうもない。世捨て人だけに話しが通じない相手だったら、楓が背負って移動しなければならないと思っていた。


「子供みたいだな。こっちへ向かってる」


 大木からの知らせを受信しているようだった。同じ大木にそれぞれが髪の毛を結んでいるのだから、当然向こうにも知らせは行っているだろう。子供なら、慌てて移動しなくても良さそうだ。


 暫く待っていると、七〜八歳くらいの女の子が洞穴の中へ入って来た。森の中には似つかわしくない、『不思議の国のアリス』のようなエプロンドレスを着ている。


「凄い!凄い!肩の上に精霊が乗ってる!」


 女の子には、メイプルの姿が見えているようだった。それだけでもう、悪意がないことは分かる。精霊の姿を見るには自然に対する敬意が必要だ。それは生き物に対しても同じで、柊を殺そうとしている者に見えるようなことはないからだ。


「お嬢さんは、この森に住んでるの?」


 柊に駆け寄って、間近でメイプルを見ている女の子に楓が声を掛けた。


「そうだよ、ママに頼まれたの。大怪我をしてる女の子が洞穴に居るから、連れておいでって」


 それは、善意と受け取った方が良いのだろうか。こちらが警戒心を抱かないように、わざわざ子供を使いに寄越したのだと思われる。素直に甘えた方が良さそうだが一応、楓は柊とアイコンタクトを取って確認した。

 楓が柊を背負い、リュックと剣を一つずつ持つ。もう一つのリュックと楓の長剣は女の子が持ってくれた。


「名前を聞いてもいい?」


 足場の悪い森の中を進みながら、楓が聞いた。


「ミレイだよ。お姉ちゃん達は?」


「私がカエデで、こっちがヒイラギ。それから、肩に乗ってる腹の立つ精霊がメイプル」


 メイプルを可視化したままだと柊の精神力を消費してしまうのだが、ミレイが喜んでいるのでそのままにしていた。疲れたら、楓と交代すれば良いことだ。


 森の中は景色があまり変わらないので、どれだけ歩いたのかよく分からない。ようやくポツンと一軒だけ建っている、こじんまりとした家に辿り着いた。その家の前では、ミレイの母親らしい女性が待っていた。


「いらっしゃい。こんなに分かりやすい精霊、初めて見たわよ」


 分かりやすいと言うのは、メイプルが人の形をしていることだろう。ゲイルも言っていたが、こちらの世界の人には精霊を擬人化するという発想はないらしい。

 何の詮索もされないまま、二人は家の中へと入れてもらう。そして、ベッドがある部屋へと案内された。


「ミレイ、エルフのお姉さんにベッドを貸してあげてね。ミレイはママと一緒に寝ればいいから」

「えーっ、エルフのお姉さんと一緒がいいな」

「駄目よ、大怪我してるんだから。夜中に蹴飛ばしちゃうでしょう」


 楓は柊をベッドへ寝かせると、荷物も降ろした。さすがにメイプルは、もう姿を消している。


「あ、あの…」

「クレアよ。大怪我をして洞穴で寝泊まりしてる女の子を、放っておけないでしょう」

「あ、ありがとうございます」


 楓は深々と頭を下げた。大木に結んであった髪の毛は、クレアの物に間違いないようだ。楓の気付いていない髪の毛が他にもあるのだろう。二人の行動は把握していたということだ。

 そして、ミレイにしたのと同じように、自己紹介を済ませた。


「それじゃあ、ヒイラギの怪我を見せてもらうわよ。ミレイ、医療品を持って来て」

「はーい」


 クレアは柊をベッドに寝かせたまま、着ている洋服をはだけて怪我の状態を見る。包帯や添え木も全部取ると、それだけで結構な量になった。

 すり傷や切り傷の他にも、あちこちが内出血していて白い肌が黒ずんでいる。顔だけが無傷なのは、柊の出来る限りこの体をそのまま返したいという気持ちから、死にものぐるいで防御したからだった。

 ミレイが大きな手籠に入った医療品を持って来ると、薬などを塗って綺麗に包帯を巻き直した。


「何をどうしたら、こんなに全身隈なく負傷するのかしらね」

「人外と戦ったんです」

「それは、生きてただけでも有り難いわね。精霊に守られてるような子だから、助かったのかしら?」


 人外と聞いても、意外にクレアは平然としている。柊は実際に目の当たりにする前から得体の知れないものだという感覚はあったのに、女性のクレアは怖くはないのだろうか。


「クレアさんにも迷惑が掛かるかもしれないから、動けるようになったらすぐに出て行きます」

「大丈夫よ。この辺りには結界が張ってあるから、人外に限らず人間も入って来れないわ」

「結界?」

「私は何の見返りもなく、こんなことをしてるんじゃないのよ。動けるようになったら、少なくとも一ヶ月はミレイの遊び相手になってくれないと困るのよね。どうしても出て行くつもりなら、生かさず殺さずジワジワと持て遊ぶからね」

「分かりました。喜んで遊ばせて頂きます」

「良かったわね、ミレイ。エルフのお姉さんが、元気になったら遊んでくれるって」

「やった!早く元気になってね」

「それからカエデにも、きっちり働いてもらうから」

「あ、勿論です!」

「それじゃ、取り敢えず焚き木でも拾って来てもらおうかしら。一人で結界の外に出ると二度と戻って来れないから、ミレイから離れないようにね」

「お姉ちゃん、行こ!」


 ミレイが楓の手を掴んで引っ張って行く。てっきり、柊のことばかり気に入っているのかと思っていたが、単純にエルフは見た目が幼いので、自分と歳が近いと勘違いしているだけだった。


 楓とミレイが出て行った後に、柊はクレアに何を質問すれば良いのか頭の中を整理する。


「あの…クレアさんって、どういう人なんですか?」


 色々、考えた末の質問がこれだった。


「魔女の正当な後継者よ」

「魔女…」


 魔女と言っても、魔法使いのことではない。自然界に存在する物質に精通していて、怪我や病気に効く薬を作り出せる技術を持った人のことだ。それは必ずしも人間にとって有益な物ばかりではなく、麻薬や毒薬のような使い方を間違えれば大変なことになる物も含まれている。

 自然界との関わりが深いために、時には精霊と繋がって魔術的な現象を起こすこともある。それが魔女という名称の由来だと思われる。

 素材を集めるために、人里から離れた場所に住んでいることが誤解を生むこともある。一般の人々にとって有益なことももたらされるのに、悪い面ばかりが取り沙汰されて迫害された者も居る。

 後に『魔女狩り』などという不遇の時代を迎えるのだが、それはもっと先の話しだ。この時代の魔女が世捨て人のような生活をしているのは、あまり人と関わって悪い噂を立てられたくないのだろう。

 クレアが魔女だとすれば、生かさず殺さずと言うのも出来ないことではない。


「あの…生かさず殺さずって、冗談ですよね」

「あら、簡単なことよ。死なない程度に毒を盛るの。体の自由が利かなくなるから、私としてはミレイと元気に遊んでくれた方がいいんだけど、ヒイラギとしてはどうなのかしら?」

「ミレイと元気に遊びたいです」

「そうよね。私もそう思うわ」


 他愛もない条件の割に、それを拒否した時の代償が大き過ぎる。ニッコリと微笑むクレアは、どこまで本気なのか柊にはよく分からなかった。


 楓はミレイと一緒に森の中へ入り、枯れ枝を拾い集めていた。結界がどういう物なのか今一つ分からないが、外からは入って来れないらしい。安全は確保されているのだと思って、剣は置いて来てしまった。


「ミレイは生まれてからずっと、この森に住んでるの?」

「そうだよ。エルフも黒髪も、見るのは初めてなの」


 楓はクレアが言っていた、生かさず殺さずというのを真に受けてはいない。娘の絶好の遊び相手が現れたのだから、それくらいのことは言うだろう。

 特に柊は体格だけで言えば、ミレイとそれほど大きな差はない。楓はミレイから見ると、やはり大人の女性になってしまうだろう。お友達としては、柊の方が向いている。

 行く先々で危ない目に遭って、ついに柊は自力では動けないほどの重症を負ってしまった。ここが安全な場所なら、このままここに居たい。楓がそう思うのは仕方のないことだ。

 それに、クレアの物の言い方が、どこか亡くなった母親に似ているような気がしていた。柊や楓を叱る時は、きついことを顔色一つ変えずに言う。そんな人だった。


「お姉ちゃん、私から離れたら駄目だよ」


 ぼーっとして立ち止まっている楓に、ミレイが声を掛けた。


「あ、ごめんね」


 柊が動けるようになった後も、最低一ヶ月はここに居るだろう。それから先のことは、柊が決めることだ。楓は自分に、そう言い聞かせていた。


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