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俺のカラダを返せ!  作者: 道化師ピエロ
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第11話 国境の街で働く③

 通り魔の事件が起きた現場からは、キアラの飲食店は目と鼻の先だ。柊と楓が飲食店のドアを開けて中へ入ると、まだ開店の準備が出来ていない様子だった。いつもなら二人が店に到着した時には厨房に火が入って、食材が焼けるような臭いが立ち込めている。それが、火を燃やすような臭いすらしていない。

 店の中を見回すと、片隅でキアラが特に何をするでもなく、こちらに背中を向けて立っていた。


「あ、女将さん。すぐそこで事件があったみたいですけど、大丈夫でしたか?」


 取り敢えず、荷物を床に置いて楓がキアラに近寄って行くと、柊の肩にはメイプルが慌てた様子で現れた。


「あいつ、人外だよ!」

「楓、そいつから離れろ!」


 咄嗟に柊は楓を呼び止めた。だが楓は、え?という感じで立ち止まり振り返る。そんな楓をキアラの姿をした人外は、背後から腕を回して羽交い締めにした。

 人外はキアラの姿をある程度保ったまま、まるでモーフィングのように異形の姿へと変貌して行く。体全体が膨張してビリビリと衣服を裂きながら、見上げるほど身の丈が大きくなった。その姿は口が耳まで裂けて、狼のような牙がある。毛が生えて悪臭を放ち、半分は人間で半分は獣のようだった。


「へへっ、エルフのおチビちゃんよりも、よっぽどいい体してるなぁ」


 人外が楓の洋服の胸元を掴んで、無造作に引き裂いた。ブラジャーは伸縮性があるので辛うじて原形をとどめていたが、片方の乳房が露出している。それを人外が荒々しく揉んでいた。そして反対の手でスカートをたくし上げ、大事な部分を触っている。


「あ…嫌…」


 恐怖のあまり、まともに声も出せない楓を見て、柊は剣に手を掛けた。


「駄目!あんたの勝てる相手じゃないよ」

「勝てなくてもいい、楓を助けたいんだ。俺が殺られる前に、メイプルは楓が逃げられるよう誘導してくれ」


 止めても無駄だということは、メイプルには分かっていた。そんな柊だから、守ってあげると約束したのだ。


「分かった、協力するよ。でも、あんたのことも絶対に死なせないからね」


 メイプルは言葉ではなくイメージを直接、柊の頭の中へ送り込む。音声で会話をすれば、人外にも分かってしまうからだ。メイプルを可視化する前に、精神で対話していたような状態だ。あまり効率は良くないが、伝えることも多くはないので、それで充分だった。


「そうか!」


 柊は壁際へ寄ると、ブーツの底で窓を蹴破った。窓が枠から外れて外へ落ちる。そして、腰に付けたポシェットから、矢尻の付いた羽根を全て取り出した。


「楓に当てるなよ!」


 一気に羽根を空中へ放り投げると、壊れた窓から勢い良く風が吹き込んだ。


 ズコズコズコズコズコ!


 二十本の羽根が、全て人外の顔に突き刺さった。


「ぎゃあああ!」


 人外は楓を離し、慌てて顔に刺さった羽を抜く。すかさず柊は剣を抜いて切っ先を人外へ向けると、そのまま突進して行った。

 だが、剣が刺さる前に人外は、凄まじい力で柊を振り払った。ボーリングの玉のように柊の体は床を転がり、椅子やテーブルを幾つも薙ぎ倒して行く。

 関節が無理な動きを強いられて、激しい痛みに襲われる。壁にぶつかって静止した時には、体中のあちこちをぶつけて、立ち上がることも出来なくなっていた。


「柊!」


 正気に戻った楓が柊に駆け寄ろうとするが、その肩の上にメイプルが現れた。


「落ち着いて!ヒイラギを信じて、あんたはあんたの出来ることをやって。でないと、本当にヒイラギが死んじゃうからね」


 それだけ言って、メイプルは姿を消した。


「私に出来ること…」


 楓は必死に何が出来るかを考えた。今、自分に出来ることと言えば助けを呼ぶくらいしかない。そう、助けを呼ぶだけでも役に立つ筈だ。

 急いで楓はブラジャーを元の位置に戻し、破れた胸元を手で押さえながら、扉を開けて店の外へ飛び出した。そして力の限り大声で叫ぶ。


「誰か来てぇ!殺される!助けてぇ!」


 行き交う人々が、一斉に楓の方を見る。近所の商店からも、何事かと人が出て来た。そして、その声は遺体を片付けていた軍人の耳にも届いていた。

 人外は柊の所まで来ると、その体を両手で掴んで持ち上げた。両足が床から離れて、宙に浮いている。


「このクソガキがぁ!舐めんなよ」


 人外は両腕に力を入れて、ギリギリと締め付ける。


 ボキッ!


 肋骨が折れる音がした。


「ぐはっ!」


 柊が血を吐いて人外の顔に掛かるが、尚も体を締め付ける。


 ボキッ!ボキッ!


 また何本か、肋骨が折れる音がした。


「げほっ!」


 再び、吐いた血が顔に掛かる。人外は締め殺すのを諦めて、大きく口を開いた。耳まで裂けた口が柊の頭を飲み込もうとした時だった。


「メイプル、今だ…」


 再び窓から風が吹き込み、渦を巻く。その中心にあった剣が吸い上げられるように跳ね上がって、柊の手の中に収まった。その剣を口の中へ根本まで刺し込む。


「うがぁぁぁ!」


 柊は人外に投げ捨てられて体が空中を舞い、壁に叩き付けられてから床に落ちた。その勢いで内臓が口から飛び出しそうな衝撃があった。

 とどめのつもりだった。しかし、人外は自分で剣を抜いて床に放り投げた。ダメージがない訳ではない。痛みは感じるのか悶絶しているが、致命傷にはならなかったようだ。


(もう駄目だ…)


 完全に手詰まりだった。体が動かないので、逃げ出すことも出来ない。死を覚悟した時に、四人の軍人が店の中に飛び込んで来た。


「化け物か!」


 軍人が一斉に剣を抜いて、人外を攻撃する。その隙に楓が、柊の両脇に手を入れて離れた場所まで体を引きずって行った。


「柊!しっかりして」

「楓…無事だったか…」

「ばかぁ…自分のこと心配しなさいよ…」


 楓の肩にはメイプルが乗っていた。もう柊には、メイプルを可視化するほどの精神力が残っていないからだ。


「さすが、悠久の英知だな…何とかなったよ…げほっ」


 吐いた血が喉に詰まらないように、慌てて楓は柊の顔を横に向けた。大きな外傷はないので、出血は細かい傷と吐いた血だけだ。それでも、ビリヤードの玉のように弾き飛ばされていたので、内部のダメージはかなり大きいだろう。

 軍人が四人掛かりで人外を倒し、とどめを刺した。床には異形の残骸が横たわっている。すると、軍人に切り裂かれた腹の中から、ナメクジを大きくしたような得体の知れない生き物がズルズルと這い出して来る。床を這うその生き物を軍人が踏み潰すと、ブシャッとドス黒い血液が飛び散った。


「人外か。話しには聞いていたが、見るのは初めてだな」


 隊長らしき男が二人に近寄って来て、柊の様子を伺った。


「すぐに詰所へ運んで、手当てをしよう」


 そう言って、柊をお姫様抱っこで持ち上げた。男性に抱っこされるなんて勿論、柊には初めての経験だ。意識ははっきりしているので恥ずかしくて仕方がないのだが、どうにも体が動かない。

 楓は急いで散らばった荷物を掻き集めた。破れた洋服の胸元はどうにもならないから、布の端をブラジャーの隙間に差し込んでそれ以上はだけないにようにする。

 柊を抱きかかえて店を出て行く隊長の後を、二人分の荷物と剣を持って付いて行った。



 国境警備隊の詰所に運ばれた柊は、女性隊員によって手当てを受けた。肋骨が何本か折れているのと、手足の関節をほぼ全て痛めていた。まともに動かせるのは、指先くらいだ。

 柊は二段ベッドの下の段に寝かされて、楓と共に事情を聞かれた。人外の侵入を許したとなれば、国境警備隊の沽券に関わるのだろう。

 おそらく人外という生物は、人間に寄生する形で体を奪うのだと思われる。キアラは人外に寄生されて、元の宿主はすぐに捨てられてしまった。人だかりの中、軍人が片付けていた遺体が元の宿主だったのだ。

 メイプルはそのことを知っていたから人外の体内へ剣を刺し入れて、直接本体を攻撃する作戦を考えたのだろう。しかし、柊の剣は片手で持つ軽量なタイプで、本体までは届かなかった。楓の長剣なら何とかなっていたのかもしれない。

 でも、柊にはキアラがどこかで生きている可能性も捨て切れなかった。限りなくゼロに近い可能性ではあるのだが。


 * * *


 一晩、国境警備隊の詰所に泊めてもらった柊と楓は、次の日の朝にはそこを出て行った。軍人には止められたが、あまり長居はしたくないので、泊まる場所があると言い訳をした。

 人外は軍人が息の根を止めてくれたが、同じ街に長く居るとまた命を狙われるかもしれないという恐怖心がある。だから、この街を出て行くつもりだった。

 体が自由に動かない柊を楓が背負い、二人分のリュックと剣も持って街道を歩いていた。


「楓、ごめん…」

「お詫びなんて聞きたくないから、お礼を言ってくれる?困った時は、お互い様でしょう」

「楓、ありがとう」

「それでいいのよ」


 重くて辛くても、へたり込む程ではない。重さよりも、どうやって荷物を持つかの方が大変だ。柊を背負ったまま、二つのリュックと二本の剣を体の前で担いでいた。何処にそんな力があったのかと、自分でも感心してしまうほどだ。

 楓は柊とお揃いの洋服を楽しんでいたことに、自分が情けないと思っていた。その洋服はたった一度着ただけでボロボロになってしまったが、柊は命がけで守ってくれたのだ。自分は何を浮かれていたのだろうと自己嫌悪に陥っていた。


「柊、ありがとう」


 今度は楓が、お礼を言う。


「え?」

「私を一人にしないって言ったよね。約束を守ってくれて、ありがとう」

「ああ…お互い様だよ」


 街道を歩いて行くと、商店の前で馬車から荷物を降ろしている男を見付けた。こちらの世界では交通手段が発達していないので、お金を払ってついでに乗せてもらうのは普通のことだ。


「どちらへ行かれるんですか?」


 楓が声を掛けた。


「東へ行く街道を進んで、隣国を通り抜けて行くよ」

「乗せてもらえませんか?」

「五千イェンでどうだ?」

「三千イェンでお願いします」

「乗りな」


 最初は多めの金額を言われるので、一度は値切るのも普通のことだった。

 楓は柊を馬車に乗せると、自分も乗り込んで二人分のリュックと剣を降ろした。この世界では前払いが基本なので、先に約束の金額を渡す。


「エルフのお嬢ちゃんは、大怪我をしてるのかい。あまり揺らさないようにしないといけないな」

「すみません、助かります」

「エルフと黒髪なんて、珍しい組み合わせだな」


 どこへ行っても必ず言われることなので、もう楓も慣れていた。


「こう見えて、姉妹なんですよ」


 血の繋がらない姉妹は珍しいことではないので、男は特に追求はしない。荷物を降ろし終わると自分も乗り込んで、ゆっくりと馬車を出発させた。


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