幕間1.猫と狼と不審人物×3
僕の名前はミヒャルト・ネコネネ。
16歳になる猫の獣人。ちなみに性別は♂。
たまに間違える奴がいるけど、そんな節穴な眼球は催涙スプレーぶっかけられても文句言えないよね?
「いや、駄目だろ。こっちから手を出したら母さん達にしょっ引かれるからな?」
「スペード、馬鹿? 僕が捕まるようなこと本当にするとでも?」
「ああ、お前まずは精神攻撃からだもんな……」
隣にいるのは僕の相棒、犬……狼獣人のスペード。
なんだかんだでゼロ歳児からの付き合いになる。
今まで、多くのことを一緒にやって来た。
辛いことも大変なことも、気の進まない事だって。
だから、良いよね。
うん、構わないよね。
道連れにすることに、何の呵責も感じない。
「なあ……ミヒャルト? 俺ら、どこ向かってんの?」
「今日のねぐら」
「は? 商会の宿舎に泊まるんじゃねーの?」
「誰もそんな事言ってないよね」
「マジかよ……俺、初耳なんだけど!?」
「いま言ったよ。大丈夫、メイちゃん達も既に知ってるから」
「当事者後回し!」
頭を抱えるスペードの後頭部を叩き、僕はさっさと先に行く。
もう夕方だし、なるべく明るい内に目的地へは辿り着きたい。
母さんに貰ったメモを見ながら、写してもらった紋章を探す。
「っつうか、ここ貴族の屋敷街じゃん。お前の言うねぐらってここの近辺なのかよ? 宿なんて無さそうだし、あっても馬鹿みたいな高級宿……」
「――ああ、あった」
「あったのか!?」
「あそこだ、スペード」
「………………は?」
僕の指差す先には、猫の紋章を掲げた門扉。
弓を持った猫と、剣を持った猫が武器を交差させる――スコグカッテル子爵家代々の紋章。
「あそこが僕とお前の王都滞在の拠点……僕の祖父宅だよ」
「はあ!?」
僕の祖父――母の父――とは、記憶にある限り1度も会ったことがない。
初対面でいきなり泊めてもらおうなんて厚かましい気もするけれど、母さんから連絡がいっているはず。
僕は母親に似ているし、祖父宅には確か姉も住んでいた気がする。
門前払いということはないだろうと、僕は門を守る男達に声をかけた。
「……お嬢様!?」
「違うから。誰と間違えてるのさ……僕はミヒャルト・ネコネネ。母から知らせがきてると思うんだけど、屋敷に入れてもらっても良いかな」
「っ確かに、聞いております。いま屋敷に知らせて参りますので、少々お待ちください」
話が早くて助かるね。
まあ、僕の顔が通行手形の役割も果たしたんだろうけど。
平然と門番に接する僕の、袖をスペードが引っ張った。
「祖父宅って……貴族の屋敷じゃねーか!」
「スペード、気を抜かないでね。今夜は修羅場だから」
「はあ!? 修羅場!!?」
慌てて狼狽えるスペードは、置き去りにして。
僕は祖父との初顔合わせ……に付随して起こるだろう面倒への腹をくくって門の中へと足を進めた。
僕の母さんは、代々騎士の家系として続く子爵家のご令嬢ってヤツだった。
ただしその生活実態は『令嬢』という言葉とは程遠い。
伯父と母しか子供のいなかった祖父が、貴族家の習いとして母を騎士に育てたからだ。
幼少期からの厳しい訓練も、幸か不幸か母の気質に合っていたらしい。少なくとも、令嬢教育よりは。
今の僕と同じ年の頃には立派に騎士の末端として王城に仕官していたっていうから凄いよね。
そこらの男より、ご令嬢方の人気を博したらしいよ? 今とあまり変わってないんだろうなぁって、現在の母さんの周囲を思い出しても頷ける。
騎士の仕事に理解があるのは確かだし、スコグカッテル家と同じような騎士の家系からは縁談もあったみたいだけどね――縁談を聞いて、母は言ったらしい。
「自分よりも軟弱な騎士には嫁ぎたくありません」ってさ。
母さんとの縁談を望む騎士は求婚以前に決闘して勝たなくちゃいけないって条件が付加された。
これ縁談の話だよね? なんで決闘だとか試合だとか漢臭い話になるのか理解不能だよ。
祖父が徹底的に厳しく騎士として仕込んだことが災いし、母の縁談は全く纏まらない。
そんなある日、母さんは僕の父さんと出会った。
細くて小さくて、童顔で。
学者なんてやってる、強さとは無縁の父さんと。
……王都の研究所と、交流を兼ねて所属する学者の短期交換が時々実施される。
父さんは短い間だけど、王都の研究所に派遣されていた。
そして王都滞在1日目にしてチンピラに絡まれてカツアゲされた。
身体能力に優れた獣人がカツアゲされるって余程だよ?
細く見えても、獣人をカツアゲしようなんて考える暇人はあまりいない。
そこを敢えて標的にされたって言うんだから、父さんのモヤシぶりに泣けてくるね。
……カツアゲじゃなくて女と間違われてナンパされたんだって説もあったけど。
まあ、とにかくチンピラに絡まれて涙目になっていた父さんを救助したのが、母さんだったって話。
これ男女が逆だったらありきたりで陳腐な恋物語の出来上がりなんだけどね。
なんで男の父さんが絡まれて、女の母さんが割って入っているんだか。
あっという間にチンピラどもを追い払い、後に夫婦となる2人の縁はこの時結ばれた。
そのままとんとん拍子に交流を重ねて結婚に至ったっていうんだから運命ってわからない。
お前逞しくって強い男が良かったんじゃないのかと頭を抱えた祖父に、人生初の春の到来で頭が恋のお花畑になっていた母は言い放ったらしい。
「私より弱い騎士には嫁がないとは言いましたが、相手が騎士でなければその限りではありません」
うん、騎士差別だね。
というか相手の職種を騎士に限定していたから強さを重要視していただけで、学者が相手となれば強さは判断基準に入らないらしい。それぞれ得手不得手はあるし、その職務に応じて基準が違うのは妥当だと思うけど。
頭を抱える祖父の制止を振り切り、僕の両親は結婚した。
その新居の場所も、祖父の計算を大いに外して。
元々父の所属研究所はアカペラにあるんだから、アカペラの街で暮らそうって思うのもおかしくはないよね。母さんはあっさり騎士を止めて庶民のネコネネ家に嫁いだ。
祖父としては騎士を続けて王都に留まってほしかったらしいけどね。
そして祖父には更なる予想外がトドメに発生。
生活する場がアカペラの街なので、両親の結婚式はアカペラの街で行われた。
そこで新婦の身内として式に参加していた伯父は本人曰く『運命の人』と出会った。
半ば駆け落ち同然の強引さで結婚を決め、王宮を辞してアカペラに移動する伯父。
どうやら伯父も恋愛脳ってやつだったらしいね。
お前もかと叫ぶ祖父に、伯父は言ったらしい。
「跡取りでしたら分家の者からお選びください。後継には代わりがおりますが、愛に代わりはないのです」
そうして現在に至る、と。
伯父夫婦には娘が2人生まれたけど、どっちもそれはそれは『女の子らしい女の子』ってやつで武門の家系に適合は無理だろう。
祖父は孫に跡を継いでくれないものかと期待を寄せているらしいけれど……
母さんに憧れて「お母さんみたいになりたい!」と強く主張した僕の姉さんって人が、ほぼ祖父に丸め込まれるような形で王都に住んでいる。まだ幼い内から騎士修行をしないとなれないって思わされたんだろうね。祖父の屋敷で育ち、今は王宮で見習い騎士をやってるらしいよ。父さんも母さんも、姉さん本人の意思が固くて引き留められなかったんだってさ。
「――さて、そんな子供二人の恋愛脳が原因で、予想外の方向から跡取り2人を失った子爵家にだよ? 一応跡取り候補といえなくはない孫娘がいるとはいえ、直系の孫唯一の男である僕が顔を見せに来るわけだ。それも、剣の心得がそこそこそれなりにある実戦経験持ちの孫息子がね」
心得があると言っても、正式な『剣術』を習った訳じゃないから変則的だけど。
それでも剣を扱う下地があるってことには変わりないよね。
本当、祖父が変な気を起こさないか心配しかない。
僕に跡を継げとかトチ狂ったことを如何にも言いそうな気がするのは杞憂かな?
「っつうか実の祖父なのになんで今まで会ったことねーの?」
「姉さんを『取られた』前科があるせいか、母さんが僕まで取られやしないか警戒して会う機会を潰していたらしいよ。結果的に姉さんと会う機会も潰れたから姉がいる実感皆無だけどね」
記憶にある限り、対面したことの無い身内との顔合わせ。
母さんへの憧れが度を過ぎた結果、騎士を目指す姉と、子供が恋愛脳だったせいで跡取りを失い、跡継ぎの確保に強迫観念のある祖父。
彼らとの『ハジメマシテ』は、予想していた通り……中々に愉快(皮肉)なことになった。
取敢えず不気味なくらい自分とそっくりな顔をした姉さんとやらには決闘を申し込まれたけど、矛先をスペードに押し付けることで万事解決した。
「いや、解決してねえよ? してねーからな? っつうかなんで俺がお前のねーちゃんと決闘しなきゃなんねーんだよ!?」
「なりゆきなりゆき、がんばれ馬鹿犬。負けたら忘れた頃に一服盛るからな?」
「なにを!? なあ、何盛る気だよ!」
「下剤」
「えげつねえ!!」
波乱を感じないではなかったけれど、今後もスペードをイケn……壁にしておけば何とか穏便に滞在を乗り切れそうだね。相棒がここにいて良かったよ、少し安心した。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
俺の名前はスペード・アルイヌ。
16歳の狼獣人、で……現在、何故か修羅の家に滞在中…………
なんでか、とは言わない。
ミヒャルトの野郎に引きずり込まれたせいだ。
巻き込みやがって。あの陰険猫野郎。
なんでそうなるのかわかんねーけど、あいつが「僕と勝負がしたかったら先にこいつを倒してからにしてもらおうか。こいつ1人倒せないような、骨のない相手とは戦っても無駄だし。こいつが倒せないようじゃ、僕とはいくら勝負しても無駄だよ」なんぞと言いやがったせいで、俺は今げんなりしている。
いわれずともわかるぜ……あの陰険猫野郎の言う『こいつ』=『俺』だ。
あいつ、焚き付けつつ俺の方に矛先ずらしやがった。
お陰で初めて会ったってのにアイツの姉ちゃんって人に果し合い申し込まれまくって俺は疲れた。
っつうか、なんで初対面の姉ちゃんと果し合いしなくちゃなんねーんだよ。
これ、あいつの家の問題だろ。
正直な話、こんな理由で女の人と果し合いとかやってられないんで、一晩明けて早々に修羅の家を飛び出した。可能な限り外出して接触の機会を減らし、なんだかんだと逃げを打つ作戦だ。
弱腰だとか言うなよ? こっちは親しくもない初対面の、しかも親友とそっくりの顔をしたお姉さんに剣を突き付けられるっつう訳のわからん状況に巻き込まれてるんだからな?
とりあえず夜までその辺をぶらつこう。そうしよう。
考えてみりゃ王都なんて滅多に来れないし、この機会に見て回るのも良いかもしれない。
まあまずは、王都までの旅で減った物資の補給でも……と。
買い物しようと俺は、『アメジスト・セージ商会』の王都3号支店に足を向けた。
そうしたら、なんか面倒臭いのに遭遇した。
『アメジスト・セージ』誕生の経緯を知っている元セージ組一同は、大なり小なり『アメジスト・セージ商会』と関りを持っている。大多数はそこに就職したしな!
かく言う俺やミヒャルトも、一応、商会従業員の名簿に名前を連ねていた。
元セージ組の面子は『アメジスト・セージ』に関する諸々の秘密に関する口留めも兼ねて永久保証の割引優待券を持っている。だから何か買い物をしようって時に『アメジスト・セージ商会』の商品で賄える物はそこで買うんだけど……。
「だ・か・らっ 確認したいことがあるんだってば! 良いから会わせてくれよ!」
「そんなことを言われましても~? 一従業員としてはお約束できかねますのでー」
「絶対に変な事にはならない! 揉めるようなことはしないから」
「いやいやホント~、自分はただの店員ですのでー? 上の方の方々に関することは何とも難しくー」
3号店の扉を開けると、レジカウンターの店員が客らしい3人の男女に絡まれていた。
実際に街を出て何らかの戦闘行為を行う際にお役立ちの商品を取り扱っている店だ。
客層は自然と賞金稼ぎを筆頭とした荒くれ者や騎士、兵士といった戦闘職が中心になる。
荒くれ者も来るが軍関係者も来るので店内の平和は保たれていた筈……なんだがな?
俺の目には、カウンター越しに店員へと詰め寄る3人の姿が変わらず見える。
年頃は……俺らとあまり変わらねーな。若い。
顔ぶれは人間の男と熊獣人の男、それから魔人の女。
携行している武器といい、旅の埃で若干薄汚れた装備といい、正規の軍人には見えない。
王都はいま、メイちゃんの親父さんも参加する武術大会の話題で沸いている。それ目当てに方々から人が流れてきているっつうし、変な奴も増えてたりするのか?
何が気に食わないのかは知らねーけど、店員に絡むなn……
「さっきからはぐらかすようなことばっかり! いいから、『アメジスト・セージ』を呼んでくれよ!」
「あっはっは。商会のトップをこんな一店舗に呼び出すとかできる訳ないですよ! 下っ端に出来る領分じゃありませんからー? 店舗の責任者は呼べても、そっちは無理ですねー」
……って、絡まれてんのウィリーじゃねえか!
なんであいつ此処にいんの?
「おい、ウィリー? どうした」
「あっれ、スペードじゃん。奇遇ー」
「お前、なんで王都にいんの」
「ほら王都に店出したは良いけど、店舗の担当は新人さんばっかりなんだよね。他の店舗ならそれでも回るけど、3号店ってラインナップが物騒なの多いじゃん? 扱いに気を付けないといけない点が多いから、新人研修もかねて僕が出向することになったんだよね」
「その扱いに気を付けないといけない『危険物』をミヒャルトと一緒に量産したヤツはお前だけどな。おい、アンタら! 何が気に食わなくってそいつに絡んでるのか知らねえが……そいつはヘラヘラ笑っているようで、強盗対策でカウンターの下にこれでもかって『危険物』仕込んでるようなタイプの準危険人物だぞ。悪いことは言わねえから、もうちょっと距離取って言動心持ち穏やかに注意しとけ。攻撃しても良いと思ったらここぞと新商品の防犯グッズ試してくるからな」
「やだなぁ、危険物だなんて! スペード、ここは僕の店って訳じゃないんだから……現時点ではまだ唐辛子爆弾と催涙スプレーくらいしか仕込んでないって」
「って、それ……おい、アンタら。ホント悪いことは言わねえから。下手にこの店員に絡むと一ヶ月くらい嗅覚が死ぬことになるぞ」
「あれ、まだスペード根に持ってる」
「根に持たずにいられるか! 前に実験台にされた時、マジで鼻が利かなくなったんだからな!?」
ウィリーがあっけらかんと危険物の仕込みを認めつつ、その手にパッと取りだして見せたのは……どう見ても催涙スプレーとか唐辛子爆弾とかじゃねえな。別のもっとヤバ気なナニかだ。
「自爆が怖くねぇのか、お前……さっきから、狭い空間での拡散が怖ぇのばっかじゃん」
「ふふふー! 心配しなくっても、ちゃんと防毒マスクは完備してるし?」
「他の客に被害が出るだろ、馬鹿」
「ハッ 言われてみれば……!」
俺の言とウィリーの反応でヤバい空気を察したのか。
ウィリーに散々絡んでいた3人組が、ズザッと1mくらい距離を取った。
俺としてはもうちょっと離れることをお勧めするけどな? そこまだ射程圏内だぞ。
「それで? なんで揉めてたんだよ。他のお客の迷惑だろ。それなりの理由があってのことか、営業妨害か……妨害になってた自覚はあるよな?」
「なんでいきなり現れたアンタが仕切り始めるんだよ……なに? ここの関係者?」
「一応、な。俺もここの商会の荒事解決要員だし話くらいは聞いておきたいんだけど」
「荒事って……あんたが? 随分若そうなのに?」
「若いのは否定しない。けど、アンタらだって似たような年頃じゃん」
あ、こいつ今さり気無く鼻で笑いやがった。
お前らも同じくらい若いだろーが。ヒトの事、年齢で判断してんじゃねーよ。
どうも腕に自信がありそうだなってのはわかる。
そこらへん、無自覚だろうが自負みたいなのが滲んでるし。
……でも俺から見て、そこまで強そうには思えないんだけどな。
身の程知らずか、俺の目が節穴か。さてどっちだろうな?
「知らないって怖いね。スペード、故郷じゃ『爆砕Jr.』って呼ばれる凄腕賞金稼ぎなのに」
「やめろ。そのあだ名はやめろ。なんかいつまでも『爆砕』に勝てない呼ばわりされてる気になるから切実にやめろ」
ちなみに『爆砕』ってのは俺の母さんの異名でな……。
俺の母は今日も元気にアマゾネスだ。
脳裏で豪快に高笑いをあげる、未だ衰えを知らぬ女戦士。
ちょっと強過ぎる母の面影を頭から追い出し、俺は話を戻した。
「揉めた時は双方に話を聞くもんだよな。それで? 何が原因だよ」
「それがさ、この人達……『アメジスト・セージ』に会わせろって言ってきかないんだよ」
「はあ?」
いきなり、何事だよおい。
仮にも『アメジスト・セージ』は商会のトップだ。名ばかりってヤツだけどな。
しかもその正体は、あのメイちゃんだぞ。
色々な意味で、そんな身元もわからねえ奴らにおいそれと会わせられるか!
そもそもいきなり呼びつけて出てきてもらえるはずもねえだろう……。
どういうつもりか測りかねて、俺とウィリーは改めて3人組へと視線を向けた。
……3人組の内、1人の腕には『アメジスト・セージ』の……メイちゃんの考案した商品が色々わんさと積み上げられている。
どんなつもりかわかんねえが……『アメジスト・セージ』の商品狙いか?
何か言いがかりでもつけるつもりかと、咄嗟にクレーマーへの対応マニュアルの内容を思い浮かべかけた。けど。
「俺らは……いや、『アメジスト・セージ』は、俺達と同郷に違いないんだ! だから、どうしても会いたい」
覚悟を決めたような、強い視線でそう言ったのは熊獣人の野郎。
何を根拠に同郷だなんていうんだ?
メイちゃんは生まれも育ちもアカペラの街だ。
あの街は広いし、交易の拠点でもあるから人の入れ替わりはそこそこ多い。
でもずっと生活していれば、なんとなく根っからの住民は顔に見覚えも出て来るもんだ。
けど、こいつらに見覚えはなかった。ウィリーの方も、見覚えは無さそうだ。
それに俺達は『白獣』なんて呼ばれて、ちょっと顔が売れている。
本当に同郷なら、向こうが俺の顔を知っていそうなもんだけど。
「お前ら、出身は?」
「……『ニッポン』。『ニッポン』よ。『アメジスト・セージ』に『ニッポン人』っていってもらえば、きっとわかってもらえるわ」
え、なにその自信。
『ニッポン』なんて聞いたことねえよ?
『~人』って言い方をするんなら、多分地名か民族名なんだろうなってことしかわからん。
さりげなくウィリーに視線で聞いてみるけど、肩をすくめて首を振られた。
ウィリーも知らねえってことは、少なくともアカペラの街で交易している場所じゃない。
けどアカペラの街って、かなり広い範囲と交易してるんだけどな……?
一般的じゃないこと確実の地名を聞いて、なんでメイちゃんならわかるって断言できるんだ?
多分、メイちゃんだって聞いたことねえぞ。その地名。
「あー……『アメジスト・セージ』に心当たりがあるかどうかはさて置き、本当に面会したいってんなら王都の事務所にでも行って手続き申請してくれ。申請書の備考欄に言いたいことを書き添えておけば、『アメジスト・セージ』の目に留まる可能性もあるだろう。申請が通っても十中八九会える相手は商会の実務を取り仕切ってるロキシー……ローズメリア女史までがいいとこだろうけど……そこは『アメジスト・セージ』の露出を制限して神秘性を保つっていう商会の方針があるから納得してもらうしかねえな」
「そんな! 本当に、大事なことが……聞きたいことがあるっていうのに」
「いや、待てよ」
「オガ?」
幾つか気になる点がなくもないけど、いい加減に店の中で揉められると真剣に営業妨害だ。
だから正規の手続きを踏め、と。
俺の言ってることは間違ってないはずなんだけどな?
それまで一言も口を利かず、黙って観察するような目で見ていた3人組の1人。
1番小柄な男が、ずいっと前に出てきた。
強い口調で、俺を凝視している。
「あんたの口ぶりとか、態度とか……ずっと気になってたんだ」
「え、やだ告白!? スペード、モテモテじゃん! 相手、男だけど」
「済まん! 俺にそっちの趣味は……」
「違う。そういう意味じゃない」
混ぜっ返すウィリーに、イラっとした様子を隠しもしない。
周囲を観察するような一歩引いた態度から、一瞬、ミヒャルトの同類かとも思ったが。
ポーカーフェイスが甘いな。ミヒャルト程には警戒しなくっても良いだろ。
若干気の抜けた俺に、不愉快そうに男は自分の言いたいことを言う。
「あんた、『アメジスト・セージ』と近しい間柄なんじゃないか?」
「へえ? そう思った根拠は?」
「根拠なんてない。勘だ。だけど、俺の勘は外れない」
「ふぅーん……それで? 俺に何の確認を取りたいんだよ」
「俺達は『商会のトップ』に用がある訳じゃない。『ニッポン人』かもしれない『アメジスト・セージ』に用があるんだ。あんたがもし、個人的に親しいっていうんなら……仲立ちを頼まれてくれないか」
「却下」
何を思って、そう一方的な頼みが出来るのかは知らないけどな?
こいつらは身元も知れないし、名乗った訳でもない。当然、挨拶だってしていない。
そんな相手を、奴らの推測通り『親しい相手』を、どうして俺が紹介しないといけないんだよ?
交渉するにしたって利点の説明はなかった、一方的なお願いで成立するはずがない。
完全に初対面の人間にどうしてそう厚かましいお願い事ができるってんだか。
交渉以前の拙い申し出に、俺は冷めた目で呆れの溜息を吐いた。
こいつら、世間知らずっぽいな。
「俺にお前達を『アメジスト・セージ』に引き合わせてやる義理はない」
「じゃあ、どうやればその『義理』が出来るのか……力づくでも、聞き出したいね」
「お? やるか?」
俺は苛立ってる。自分でもわかるくらいに。
だってこいつら、俺に目を付けやがった。
しつこく店員に絡むくらい、こいつらは『アメジスト・セージ』に会いたいんだ。
そうして俺っていう、『アメジスト・セージ』に繋がるヤツに当たりをつけた。
王都にいる間、迂闊にメイちゃんに会えなくなっちまったじゃねーか!
商会の事務所で会う分には構わないだろうけど、あまり長く一緒にい過ぎたら『メイちゃん』っていう親しい女の子の存在がこいつらの目に留まる。当然、一緒に王都観光は以ての外だろ。
こりゃ今晩もミヒャルトの爺さん家に泊まるしかねーな……
メイちゃんの側にはヴェニ君がいるから大丈夫だろうが、これメイちゃんとヴェニ君と、それからロキシーにも注意喚起しといた方が良さそうだ。
「俺達が勝ったら、『アメジスト・セージ』に渡りをつけてほしい」
「その要求を俺が呑む必要はないな。それ以前に、俺に簡単に勝てると思ってるところにも物申してーし。面倒だからお前ら、俺に負けたら王都の『アメジスト・セージ商会』にゃもう近寄るな」
「スペードー? 闘り合うんだったら店舗裏に回ってくれる? お店や道で、なんてのは論外だからね。店の裏には戦闘補助アイテムの実験用に確保してある空き地があるから、そこでやって」
やれやれといった様子のウィリーに促され、俺達は空き地で互いに構えた。
相手は自分の『強さ』に自信がある、みてぇだが……
その足運びやら、体の動かし方やら見てればわかるものがある。
武術を習いたてで実戦経験のない、道場剣術のお弟子さんに多いパターン臭い。
『必殺技』とか『大技』重視の、基本が疎かになってる『素人さん』ってヤツ。
こっちはヴェニ君にそればっかり叩き込まれてきたんだ。
洒落じゃなく、弟子入りしてからこの9年そればっかり繰り返してきた。
修行内容のほとんどは基礎練習と体力づくりと実戦だ。
必殺技的なモノは一切教わることなく、ただただ体の動かし方ばかりを叩きこまれた。
技だなんだと『型』にばっか拘って、身体操作の運用疎かにしてたヤツには負けねーよ。
そうして、試合の行方は俺の予想を外れることなく。
……まあ、思ってたよりはヤル方だったけど。
それでも難なく俺の勝利で幕を引いた。
おととい出直してきな。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
「……なんなんだよ、あのチートキャラ!」
そこは、王都の外れにひっそりと店を構える酒場のひとつ。
全身に疲労を滲ませ、擦り傷を量産して。
3人の若い男女が、うんざりした様子でテーブルを囲んでいた。
憤慨を隠さない様子で、熊耳の少年がジョッキをテーブルに叩きつける。
飛び散る飛沫に、魔人の少女が苦笑を零した。
「あんなの『ゲーム』にいたか!?」
「いや、いなかった……はず。少なくとも俺は覚えてない」
「でも、ちょっと良かったな。あの子。……犬耳もかわいかったし♪」
「はあ!? 正気かよ……あんだけやられたってのに!」
「男のケモ耳なんて誰得だよ」
「私は良いと思うんだけど、なぁ」
彼らの脳裏にあるのは、1人の少年の姿。
以前から気になっていた『人物』の実像を確かめるべく、調べようと動いた矢先の事。
僅かな手がかりでもと欲して迂闊に動いた先で、3人の動きを警戒するように立ち塞がった。
年齢は彼らとさほど変わらないだろう。
同年代でありながら、しかし実力は見た目以上。
3人は自分達を強いと思っていた。
理論は完璧に理解していた筈だし、魔物相手に十分に経験も積んだ。
だけどそんな彼らは、先ほど1人の少年相手に完膚なきまでに負けてきたばかりだった。
自分達は強い。それはあくまでも、自分達でそう思っていただけだと突き付けられた。
……その事実を呑み込むのか、目を逸らすのか、気付くのか気付かないのか。
そこは、彼ら自身の認識に委ねられるのだが。
「それよりさ、どうするよ。会えるチャンスふいにしちまって。……どう考えても『アメジスト・セージ』ってヤツ、『転生者』だろ」
「……正直なところ、彼に勝てたとしても会えたかどうかは怪しいけどね」
「えっじゃあなんで俺達わざわざボコボコにされたんだよ!?」
「出方を窺っていた、と思ってほしいかな。少なくとも『アメジスト・セージ』が周囲にどう思われているのか……測れるだけの反応を引きずり出したかったんだけど。まさか俺達が負けるとはね」
「俺達が知らなかっただけで、強いキャラは『パーティメンバー』以外にもいたってことか」
「一旦、『アメジスト』との接触は諦めよう。彼が『最後の1人』とは限らないし……『最後の1人』は、俺達とは色々条件が異なる、とも聞いているしね」
この場のほとんどの者には意味の通じない、そんな会話を繰り広げつつ。
自分達の話を理解できるはずもないと、声を潜める努力すらせず。
困った困ったと今後の方針に頭を悩ませる彼らは、まだ自分達の油断と慢心に気付いてもいなかった。
狼「メイちゃん、『ニッポン』ってわかるか?」
羊「にっぽん……? なんか、聞き覚えはあるような……」
狼「マジか?」
羊「うーん、うーんとうーんと、うー……本当、聞き覚えはあるんだけど………………あ! 『ニッポニア・ニッポン』!」
狼「にっぽにあにっぽん?」
羊「うん、鳥さんのお名前だよ! 白っぽくってピンク色!」
狼「…………じゃ、違うか」
羊「めう?」
※メイちゃんの前世記憶はかなり怪しい。ゲームのこと以外。




