6.粗雑に扱われた贈答品目録の逆襲
綺麗に、極まった。
極まってしまった。
私の足元には、リューク様が何故か倒れ伏している。
何故か?
ううん、違う。
本当はちゃんとわかってる。
だけどとっさに自分でしてしまった暴挙が信じられなくて、信じたくなくて、ついつい現実から目を反らしたくなっちゃうんだよ。
だってリューク様を地に沈めたのは、他でもない私なんだから。
「ごめんなさい、リューク様……私の黄金の右膝が、勝手に」
あの瞬間。
背後からリューク様に羽交い絞めにされるような格好で、抱き留められていると気づいた瞬間。
それだけでもまずいまずいと焦りまくっていたし、動揺は酷いことになっていたのに。
更に頭上から、リューク様が私の顔を覗き込もうとしている気配を感じてしまったものだから。
私は本能の赴くに任せ、やらかしていた。
この危ないと感じると条件反射的に攻撃に転じてしまう、賞金稼ぎとして培った自分の習性が憎い。
私が蹴り上げ、頭上へと吹っ飛んでいた贈答品目録。
それも時とともに自由落下で私のところまでまっすぐ落ちてくる。
あの時、私は目の前に降ってきたそれを、咄嗟に掴み取っていた。
とにかくリューク様の目を塞がないと、その視界から逃げないと、と。
そればかりが頭を占めていたからさ……。
掴んだ贈答品目録の端を、両手で掴んで。
その手を迷うことなく、リューク様の顔面に叩きつけていた。
リューク様の顔面を、贈答品目録で覆うようにして。
そこで動きを止めていれば、まだこんなことにはならなかったのに。
私の体は、そこで何故か止まらなかったんだよ。
多分、逃げたいって願望が過剰に仕事しちゃったんだと思う。
私は贈答品目録ごと、リューク様の顔面を鷲掴みにして。
両腕を引き寄せる動きに交えて、反動をつけた。
要領としては、鉄棒の逆上がりに近いかな?
私の体が持ち上がる。
リューク様の頭を引き寄せるようにして。
そのまま一気に、私はリューク様の頭上を飛び越える形でリューク様の背後へと身を翻していた。
「う、うわっ!?」
そして引き換えに、私の腕に急にぐいっと引っ張られる形になって。
視界を塞がれたまま、リューク様は顔面から地面に……
リューク様に脇の下から腕を回されていたし、逃げられる先は『上』しかなかったんだもん。
謝るべきか、逃亡するべきか。
自分でも迷ってしまうくらい、酷いことをしてしまった自覚はあるよ。
うん、自覚はあるんだよ。
……つい、癖で。
リューク様の頭上を飛び越える時、リューク様の背中に膝を入れて地面への抱擁を後押ししてしまった事実から全力で目を背けたい。
こういうことする時って、大抵の場合、賞金首とか絡んできた同業者とかが相手だったから……体が勝手に!
あるいはもしかしたら、リューク様に姿を見せるなんてストーカーにあるまじき!なんて無意識が私の体を動かしたのかもしれない。
うん、本当にごめんなさい。
せめて逃亡するにしてもリューク様の具合を確かめてから逃げるべき。
そう思って、顔を上げると。
「あれ? ミヒャルト、スペード、何してるの……?」
何故かそこに、驚き顔で硬直している2人がいた。
っていうかスペード、どうして臨戦態勢で固まっているの?
ミヒャルトも、その手にある剥き出しの剣は何事かな……?
「いや、なんつうか……俺らが手を出す暇がなかったっつうか」
「もっと素早く動けるようにならないと駄目か……流石に、既に倒れた相手にトドメを刺せるほどの大義名分はないしね」
「うん、なんだか物騒なことになる一歩手前だったことは理解したよ」
2人とも、なんでか私相手に過保護だよ。私の方が強いのに。
多分だけど、私がリューク様に羽交い絞め状態で動揺しているのを見て取って、私とリューク様を引き離そうって思ったのかな? ただの予想だけど、そんな気がする。
でも私に向かってくるよりも、どうせなら別のことやってほしかった。
火竜将さんとリューク様ご一行が戦う方向に仕向ける、とか。
だけど残念なことに。
リューク様のお仲間達は戸惑いのお顔全開で。
一体何が起こったのか、と。
そんな疑問符一杯に動きを止めていた。
中には火竜将さんに武器を向けて、今にも向かっていきそうな姿のまま固まっている人もいる。
なんでみんな、メイちゃんの方にそんな唖然とした顔を向けてるのかなぁ……いや、わかるけど。わかるけどね。
居た堪れなさが凄い。
フードを被っていて良かった。
辛うじ顔を確認されてはいないだろう現状に、心底、そう思った。
「う……」
ふと、足元から声が聞こえた。
ハッとして目を向けると、リューク様が呻いているご様子。
どうやら、意識を刈り取るまでのダメージは入ってなかったらしい。
それが良かったのか悪かったのか。
リューク様は頭を押さえながら、身を起こそうとする。
ヤバイ。距離が近い。
私の額から、冷や汗が滲む。
逃げなきゃ。
そう思うけど、リューク様を心配な気持ちもあって。
そろり、そろりと距離を取る。
距離を取りながらも、リューク様の容体が気になって目を逸らせない。
そうこうしている内に、リューク様がむくっと顔を起こした。
「……!? め、目が……目が見えない!」
驚愕に満ちた、リューク様のお声。
当然ですよねー!
だって『贈答品目録』がまだ、リューク様のお顔に張り付いていた。
まるで目隠しするようにぴったりと。
というか。
「な、なんだアレ……光りだしたぞ!?」
「りゅ、リューク……っ! だいじょうぶっ!?」
異常な事態に、アッシュ君は目を丸くして、エステラちゃんは駆け寄った。
リューク様の顔に張り付いたまま、『贈答品目録』が赤い光を放ち始めたから。
うん、本当に異常な事態だよ……。
リューク様は何が起きているのかわからないんだと思う。
狼狽えているのか、混乱しているのか。
自分の状況も認識できないから当然だけど。
顔を両手で押さえて、しきりにきょろきょろしている。
きょろきょろしても、何も見えないだろうけど。
「何が起きているんだ……っ」
うん、何が起きているんだろうね……
私の目も思わず遠くなる。
だけど遠くを眺めているだけじゃ駄目だったみたい。
「……君、あれは一体どういうことだ!?」
私の肩に背後から掴みかかってきたのは、クレイグ・バルセットさん。
なんかメイちゃんの知らない間に旅の仲間へとご加入なさっていた騎士様だ。
本来なら旅先で武者修行中の彼が合流してくる、って過程を経るはずなんだけどなー。おかしいなー。
そして私に聞かれても困るんだよ。
リューク様に何が起きているのか? あの顔にはっついてる封書は何か?
それを聞くなら相手が違う。
聞くべき相手は私ではなく、『贈答品目録』を顕現させた火竜将さんに他ならない。
だから私はその旨を正直にお伝えすることとした。
「私に聞かれても困るのー! それはあそこにいるドラゴンさんに聞いてくださいー!」
「ドラゴン……!?」
私の発言に、居合わせた皆々様がぎょっと目を剥いた。
リューク様の顔を心配そうに覗き込んでいた面々や、遠いところで油断なく火竜将さんに警戒の眼差しを注いでいたラムセス師匠までも。
でも、それも無理はない。
だって、『ドラゴン』だもの。
ドラゴン、つまりは竜。
この世界で竜っていうと、それはやっぱり特別だ。
だってこの世界の『竜』は、『神様』の一族だから。
セムレイヤ様をトップに血族で団結する、竜の神様達。
彼らは神々がこの地上を滅ぼすか存続させるかで争った時、地上を存続させるべきだとしたセムレイヤ様に従い、滅ぼす側にいた最高神ノア様やその派閥の神様方と激しく対立した。
つまりは地上の人々を守る為に戦ってくれた、神々の中でもより親しみの持てる存在ってことで。
そんな竜の神様の端くれだ、と。
ただいまメイちゃんが、さらっとそう宣言した訳なんだけど。
あたりまえだけど、千年前にセムレイヤ様だけを残して倒れていった竜達を見たことのある人なんて、この地上には存在しない。メイちゃんって例外を除いて。
たった1柱残っちゃったセムレイヤ様も、他の神々がごっそりいなくなったせいで氾濫する勢いの神々のお仕事を単独で引き受ける羽目になった為、そうそう滅多なことじゃ人前に出てくる筈もない天界の引きこもりと化している。ストーカー同盟の活動は一部例外として。
つまり、竜なんて話に聞いたことはあっても、千年以上前に誰かが描いた絵とかを見たことがあったとしても、実際にどんな姿の生物なのかを知る人はいない。
そんなところでいきなり目の前に竜がいますよ、なんて言われても。
「ど、ドラゴン……え、嘘だろ」
まあ、すんなり信じる人はいないよね。
「嘘だ、ドラゴンっていったら荘厳でなんていうか、こう……威厳のある神様の筈だろ!? それがなんでこんな森の奥で、満身創痍のくせに女の子と得体のしれないモノぶつけあうような変な応酬してんだよ!」
って、アレ?
もしかしてメイちゃんの存在が信じられない要因に?
確かに冷静に考えてみたら、さっきまでの贈答品目録パス回しは神様らしい威厳とか皆無の、むしろそれを木っ端みじんにする勢い全開な感じだったかもしれないけど!
え、これってメイちゃん、責任を感じるべき?
いやでも、あれって火竜将さんのせいだよ!?
だって火竜将さんが私にぶつけようとしてくるから!
なんだか場の空気は、とっても微妙。
リューク様は目が見えない状態でメガネを探す人みたくなってるし。
いきなり目の前にいる異形は神様ですなんて告げられて、懐疑の眼差しが殺到しているし。
そんな中、私はこの場を離脱するタイミングを計りかねて視線をあちこちにさ迷わせていた。
だから気付かなかったんだけど。
いつの間にか、あんなに騒がしかった(※メイちゃんのせい)火竜将さんが急に物静かになって。
目を見開いて、目が見えない状態でおろおろしているリューク様を、食い入るように凝視していた。




