3.火竜将攻略
ふわり、と。
メイちゃんの胸から青い光が零れ落ちて。
火竜将が目覚めたのとほぼ同時刻――
「……っ」
「ん、おいリュークどうした? んな深刻そうに、息呑んで……つか、どこ見てんのお前」
前向いて走れよ、転ぶぞ。
そんな声をかけるアッシュ君にも構わず、リューク様は森の木々に遮られた彼方へ視線を向ける。
吸い寄せられるように、一直線に『どこか』へと向かって。
「……『誰か』に、呼ばれている、気がする」
「誰かって誰だよ」
「わからない。けど、多分……」
――『あの子』の、気がする。
リューク様の呟きと、どちらが先だったのか。
彼らの仲間を空へと連れ去った『怪鳥』。
ひたすら走って追いかけていたそれが、突如空で体勢を崩す。
もしや墜落するかと、一行に緊張が走るが……
彼らの緊張など、知らないとばかりに。
明らかに様子の変わった『怪鳥』は……焦りすら漂わせる勢いで。
動揺も顕わに、方向を変えて『どこか』を目指す。
まっすぐに。
今まで一行の前を飛んでいた速度は、加減されていたのだとあからさまに示すように。
比べ物にならない速さで、一直線に『どこか』へ向かおうとする。
その方角は……つい今しがた、リューク様が目を向けていた方向と同じだった。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
なんでこんなことになっちゃったの?
考えてもわからないから、たぶん運命の悪戯だと思う。
私の目の前には、火竜将。
そして本来、火竜将さんと戦う予定のリューク様達はここにはいない。
スタインさんを空に掻っ攫ったクリスちゃんに翻弄されて、遠回り中。
いずれここに来るよう誘導している筈なんだけど、まだ影も形も見えないよ。
火竜将さんは瀕死の状態で石になっていた。
石化が解けた今、その状態は……率直に言って、うん、もうなんかヤバそう。
いつ死んでもおかしくないのが、息の荒さとか満身創痍な見た目とかからダイレクトに伝わってくる。
死ぬ前に、誰か同胞に力を継承させる。
その為にわざわざ石になってまで延命していた。
石化が解けて、きっと火竜将さんはいま内心、とってもとっても焦ってるんじゃないかな?
そう、こんなとんでもないことを言い出すくらいには。
『同胞がこの場におらぬのでは、致し方なし……しかし見ればそなた、我らが一族と深い縁を結んでいるようだ。もう、我が命も許された時は僅か……この際、そなたで妥協しよう』
「本人目の前に堂々と妥協とか言っちゃうの、メイちゃん良くないと思うな! ……っていうか何言い出すの火竜将さーん!? 石化してまで待ってたのなら妥協を許さずこだわろうよ細部まで!」
『ほう、我を知るか……そなたに伝え、語る者がいたということか。ますますもって興味深い。竜神と語らう場を許されるほどの庇護を与えられていようとは』
「別にそんないうほど特別じゃないっていうか!? そんな特別視するような素敵な扱い受けてる訳じゃないんだからね!?」
竜神様とは夜ごと頻繁に語り合っているけど、話題はもっぱら竜神様の息子さん談義です。火竜将さんのことはたま~に補足説明として触れる程度かな!
わたわた手をばたつかせながら、待って待ってと思い留まるように声をかける。
だけど色々全身に無理が来てる火竜将さんは、私のお願いなんて聞いてくれない。
流石、『ゲーム』では問答無用で襲い掛かってきたイベントボス……相手の都合はお構いなしだ!
『竜と縁持つ者よ……神の目を前に、偽れはしまい。その深き魂の繋がりがあれば辛うじて耐えられよう……(ギリギリだが)』
「ちょ、いまなんか最後にボソッて言ったー!!」
『同胞がこの場にいないのであれば致し方なし。我が力、そなたに託す』
「託されても困るのー! っていうかね、あの、ちょっと待って! 待って! 来るから! ちゃんと来るから! もうすぐお待ちの人材がここにやってくるはずなんだからー!!」
『……それは、いつだ?』
「め?」
『我の猶予は既にない。即座にいつと断定できぬものを待つことは出来ぬ……!!』
「それくらい待ってほしいの本当にすぐだからー! っていうかメイちゃん羊獣人だよ!? 竜じゃないよ!? そんな私に譲ろうとか、絶対おかしいよね!? 無理だよねー!?」
『竜でないことくらい見ればわかる。だがそなた、魂に竜との強くて太い繋がりを抱えておろう!? その繋がりを辿って、そなたと縁の深い竜へと我が力を託すこともできる! (……と、良いなぁと思わなくもない)』
「最後! だから最後ー! 絶対何かボソッて言ったよね今ぁ!!」
どうしよう。
清々しいまでに一方的な事情を押し付けてくる! 話を聞いてくれない!
なんか聞き捨てならないことを言ってた気がするんですけどー!?
めえ? メイちゃんが火竜将さん凹ってもイケるの? め? め???
魂の繋がりってアレだよね、セムレイヤ様が言ってた、神様と信者の関係的な。
あれで、私経由で火竜将さんの力が……?
でもそれさ、リューク様的には何もしてないのに身に覚えのない謎パワーが身につくっていう……め? それリューク様からしたらちょっとしたホラー現象じゃ?
可能かどうかも定かじゃない方法でメイちゃんに他の竜との繋ぎ役になることを望まれてるっぽい……ん、だけど。それならそれで素直にそうと頼むくらいの誠意は見せてくれても良いんじゃないかなー……?
………………いや、いやいやいや。
うん、駄目だ。だめだめだよ、ソレ。
死にかけ火竜将さん1柱くらいなら、死にかけな分なんとか……ゲームでの攻略もLv.25以下で倒せる程度だし、私でも倒せないことない? かも? しれないけど。でもだからって私が凹っちゃだめだよ! だめだめなんだよ!
だってこれ、連動イベントなんだよ!
今までにもなんかよくわかんないけど、知らない内にイベントクラッシュしちゃったことは大小多々あるけれども! でもこれは本当に駄目だ。
このイベント、最終段階まで進めたら……リューク様のお母様に関するイベントが発生するんだから。
ここでやれそうだからって私が手を出して、イベントの連動が上手く作用しなくなったりとかしたらメイちゃん泣くよ!? 私のせいでリューク様の旅がより困難になったりとかしたら本当に泣いちゃう!
メイちゃんは、少し泣き虫さんかもしれない。
けど泣き虫さんだからって、泣くのが平気な訳じゃないの。
泣くのは、イヤだ。
だったら。
泣かずにいるためには。
火竜将さんを半殺しにするしかない、よね。
いや、既に現段階で半殺し続行中なのか……でもギリギリ死なないラインを見極めて凹るなら、やっぱり半殺しで良いのかな。
要はアレだよ! 火竜将さんは死にかけているこの時、目の前に自分の力を託せる同胞がいないから無茶を言いだしたんだ。この場にいて、一応何となく他の竜との繋ぎに使えないこともなさそうなメイちゃんがいたから、このいたいけな白羊さんで妥協してしまおうとしている訳で。
しかし! 私はそんなの許容できない!
だってリューク様の大事な、取り返しがつかない系のイベントが消えちゃう可能性があるから!
それを避けたいなら道はひとつ。
火竜将さんに妥協させなきゃ良いんだよ!
幸いにも、火竜将さんが本当の意味で待ち望んでいる同胞……しかも彼にしてみれば主君の嫡子にあたるリューク様はもう近くまで来ている。はず。
クリスちゃんの誘導により、間もなくこの場に辿り着く。……はず!
火竜将さんも実際に竜を目の当りにしたら、きっとそっちが良いってなるよね!
だから私は、死なないギリギリの線を見極めつつ、適度に凹って弱らせながらリューク様が来るのを待てばいい。
つまりは時間稼ぎだよ!
……リューク様が来たタイミングに合わせて、うまいこと姿を見られず離脱できるのかっていう微妙に高難度ミッションが発生することになるけど。
あれ? 何気にストーカーとしての手腕を試されてる?
もしかしてこれ、ストーカーへの試練?
なんか思わぬところで思考の迷路に陥りそうになったけど。
火竜将さんは余計なことまで考えていられるような時間はくれなかった。
『さあ、獣人の娘よ……我が力、そなたに託そう。これを受け取るが良い!』
「託されても困る! ……って、これなぁに?」
『そうして最低限、これを託すに足るか否か試させてもらおう!』
「託すに足りないので試練もご遠慮願いますー!! っていうか本当にこれなぁにー!?」
託す、火竜将さんがそう言うと、ぽわっと仄かに赤い光がお空に灯る。
それはほわほわと私の方まで飛んできて……これ、振り払ったらどうなるのかな?
ちょっとやったが最後なことになりそうなことを考えつつ、本当に振り払う訳にもいかないので見守っていると。
それは私の腕の中に飛び込んできた。
ふわり、光が弱まって何かが見え……
うん? 見えてきた、んだけど?
め? 火竜将さん、これ本気?
ふわっとした光の中に見えてきたもの。
それは流麗な金の飾り文字で表書きの書かれた、瀟洒な赤い封筒で。
前世の世界的に言うと、『贈答品目録』って書かれた熨斗的な。
そんなニュアンスの、薄い封筒。
え、これで神様の力託せちゃうの? まじ?
信じられない思いでぱちくり目を瞬かせている間に、すぅっと空気に溶けるように封筒の存在感が薄くなる。
僅かに零れる光の尾を引いて、私の胸に吸い込まれるように。
あ、やば。
わー……こっちの承諾なしになんか一方的に押し付けられちゃう!
でも押し付けられても困る!
このままじゃヤバイ。
その一心だった。
私はつい、咄嗟に。
手に持っていた竹槍で、贈答品目録を打ち返していた。
姿が薄れつつもまだかろうじて封筒の姿をしていた、贈答品目録。
距離がちょっと近かったけど、一歩後ずされば問題ない。
私が腰から振りぬいた竹槍は、しっかりと贈答品目録を捉えた。
やったねホームラーン!!
狙い過たず、贈答品目録は吹っ飛んで。
まっすぐ火竜将さんの顔面に命中した。
……火竜将さんの額に、張り付いてるよ贈答品目録。
『な、なんとー!? そなた、何を……!?』
「押し売り反対、クーリングオーフ! ご返品させていただきますー!!」
『な、突き返すでない、罰当たりな!』
「だって本当に託されても困るんだよ!」
『我だって困っておるわ! そなたに託す以外、どうしろというのだ!?』
「だからさっきからちょっと待っててって言ってるのに!」
『そのちょっとを待てるほど猶予がないと言っておろうが! く……っこうなれば意地でも受け取ってもらおうか! まずはもう突き返せぬよう、抵抗を封じさせてもらう!』
「めっ!? ちょ、何する気……」
『さあ、いざ尋常に勝負――!』
「めえぇー!?」
こうして、何が何やら、というか……うん。
こっちの事情はお構いなしに、問答無用で戦いが始まった。
私の脳裏に、師匠の教えがちらっと過ぎる。
戦いとなったら――前後に何があろうと気持ちはとっとと切り替える!
相手をぶちのめすことにのみ、意識を集中させろって前にヴェニ君言ってた気がするのー!
そしてメイちゃんは、戦いとなったら機先を制するのが好みです。
だから私は、かつて師匠にいただいた言葉を尊重して。
まずは竜が相手だろうと確実に有効打になるだろう最高の手札をとっととお見舞いすることにした。
機先を制して、戦いを有利に進めるために。
そして、私は。
「喰らえ! 竹槍ミサイルー!!」
とりあえず見た目が世界でいちばんしょぼいであろう、神器を投擲した。
人知れず竜神様の鬣を内包している、私愛用の竹槍を。
ズ ド ン ッ
『痛っ!?』
………………なんか凄い音がした。
ヤベッ 火竜将さん死んでないよね!?
メイちゃん、ただの獣人だし。
このくらいの強い武器で遠慮なく攻撃しないと竜神様(※瀕死)のHP削るのは厳しいかなって、そう思ったんだけど……せめてもっといたわりに満ちた攻撃で様子を見ておくべきだったかもしれない。
まさかまだ死んでないよね、と恐る恐る見た先では……
地に伏せて悶絶する火竜将さんがいた。
そして咽ている。めっちゃ咽ているよ。
どうも竹槍は、腹に命中して食い込んだらしい。
悶絶はしているけど、尻尾がびったんびったんのたうっているのでセーフ! まだ大丈夫! 生きてる!
ちゃんと動いて荒いけど咳をしつつも呼吸していることに、ほっと安堵した。
『しょな、た……ここここここりぇ、は…………なじぇだ!? 主の気配がしゅる!?』
火竜将さんは何かを言いたそうにこっちを見ている!
しかし呂律が回っていない!
なんとなくこうかな、と。
言いたげにしていることを汲み取ってお返事してあげるべきかな。
その目が食い入るように竹槍を見ているので、きっと聞きたいのは竹槍のことだよね。
私は竹槍と私の手首を繋ぐ紐を手繰り寄せながら、重々しく頷いて見せる。
手元に戻ってきた竹槍を天に掲げて、元気に主張してみた。
「セムレイヤ様の鬣入りの竹槍です」
正確にはセムレイヤ様の鱗を砕いた粉でコーティングした鬣を内蔵し、同じく鱗を砕いた粉でコーティングした穂先を持った竹槍です。
特徴:よくしなる
『貴様……我が主の一部でなんというものを……!』
「セムレイヤ様の許可はいただいてるから問題なーし!」
『何故ですか主……! 何故このような珍妙な神器の作成を許可してしまわれたのです!』
何故ってメイちゃんの強化が巡り巡って息子さんの助けにならないこともないと思ったからじゃないかな! あと、ストーカー同盟の結ぶ友情的な?
しかし外側が竹槍でも、中にセムレイヤ様の鬣が入っているお陰かやっぱりかなりの威力があったらしい。考えてみれば、前にこの竹槍で岩盤ぶち抜いたりとかしたような記憶もあるし……いきなりどてっぱらにぶち込むのは危険だったかもしれない。
うん、これからは気を付けよう。
メイちゃんの手に係ればイベントボスだってキャラ崩壊。




