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獣人メイちゃん、ストーカーです!  作者: 小林晴幸
2.羊娘からの試練
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1.旅立つ彼ら



 さてさてさてさて!

 『ゲームシナリオ』がなんかどっかの中ボスのせいでとち狂いはじめた気がして、メイちゃん戦慄していたんだけれども!

 ちゃんと、こっちの想定通りに『ゲーム主人公(リュークさま)』が行動してくれるかなって。

 本当にもう、そればっかりが心配だったんだけどね?

  

 現在、私は街道脇の林の中に潜伏中。

 

 息を殺して気配を潜めているよ!

 なんでかって?

 それはもちろん、言うまでもなく!

 リューク様ご一行が街道をてっくてくてく歩いているから、なんだよー!


 隠れ潜んだ私と、クリスちゃん。

 いざリューク様を見失った時の為、竜の気配を辿れるクリスちゃんがいると安心材料になるよね。

 ってことで、秘かにアカペラの街から招き寄せていたわけなんだけど。

 現在、私とクリスちゃんはふたりで街道を注視している。

 整備された道の上、先頭を歩くのは屈強な体躯の戦士ラムセス師匠。寡黙で落ち着いた物腰なのに不思議と遠く離れた(ここ)にまで気迫を伝えてくる。

 師匠に続く形で2番手を歩くのは、元気印の太鼓判を押せそうな活力溢れるアッシュ君。

 アッシュ君が度々振り返ってちゃんといることを確認している相手は、エステラちゃん。

 エステラちゃんが一所懸命話しかけている相手は、我らが主人公リューク様。

 そして体力に不安のあるスタインさんとサラス君親子が少し遅れて続き、そんな2人を気遣うように清廉な空気を纏った騎士様なクレイグ・バルセットがせっせと甲斐甲斐しく話しかけている。

 それは、確かに。

 そう、確かに……私が、何を置いても絶対に見たかったもの。

 この世界が『ゲーム』をなぞっているって、そう気づいた5歳の時から……ううん、前世の、『ゲーム』に心酔(ドはまり)していたその時から。

 ずっとずっと、ずーっとホントの本当に見たかった光景。


 『ゲーム主人公』御一行様の、旅の風景だー!


 もうもうもう、その光景だけで、それを見られるってだけで。

 私はもう、感激で胸が詰まって、変な涙が出そうだった。


 彼らの向かう先は、私の不安を笑い飛ばすように。

 『ゲームシナリオ』での第1の目的地へと続いている。

 ちゃんと『シナリオ』にそった旅になりそう! 少なくとも、出だしは!

 ちょっと時期が前倒しにズレてるけれども!

 という訳で、そんな現状を確認出来てメイちゃんはほっと胸を撫で下ろしているんだよ!

 

 今更言うことでもないかもしれないけど。

 ……御一行様の面子が、ちょっと想定外なことを除けば。

 うん……うん、不安要素なんてないんだよ☆

 ………………嘘です。めっちゃ不安だよ。


 だってさ、なんで……なんでか、さ。

 『シナリオ』ではまだ仲間にならないはずの、騎士(クレイグ)がいつの間にか加入してるんだもんー!

 騎士(クレイグ)の加入イベント見そびれた――!!

 っていうかここにいる時点で加入イベント消滅したーーー!!!

 え? っていうか大丈夫? メインキャラクターの1人だよ?

 そのパーティ加入イベント消滅って、『シナリオ』的にも今後の展開的にも大丈夫なの!?


 冷静に考えてみればスタインさんが仲間になるどさくさに、いつの間にか仲間になっていたサラス君のことも考えればこれでメインキャラの加入イベント2つ潰れてるんだけどね。

 隠しキャラのヴェニ君のことも計上すれば、仲間の加入イベント潰れるの3つ目だけどね。

 でもでも、でもね。

 私が知らずに潰しちゃったヴェニ君のイベントは、もう諦めたよ?

 サラス君も、スタインさんとの関係を考えれば納得できなくはないよ?

 でもさ、クレイグさん。

 貴方はどうしてそこにいるの?

 今まで何の影も形も、予兆の予の字もなかったのに!

 なんでしれっと仲間になっているんだろう……その経緯がわからない分、余計に心が掻き乱れるんだけど!


 そんな感じで、私の心中は色々複雑です。

 『シナリオ』、狂ってるの? ギリ正常だと判断して良いの? どっちなの?

 自問自答が、胸の中でぐるっぐるだよぅ……。


 だけど『シナリオ』の齟齬を除いて考えれば、旅立ち初期からの戦力増強は有難い気がしなくもない。

 『ゲーム』ではそこまで描かれていなかったし、存在そのものが割愛されていたけど。

 この世界で最も一般的な移動手段は、徒歩。

 馬は手に入れるにも維持するにもコストがかかるから庶民の手には届かないしね!

 そして徒歩で移動するとなると、どうしたって長距離の移動が難しくなる。

 王都や私達の育ったアカペラの街は栄えているし、流通の中心にあるし。

 だから人も自然と集まるんだけど、街道には『そういう人』をターゲットに宿場町が点在していた。

 大きな街の、成人が徒歩移動して1日、くらいの距離には大体あるんだよね。宿場町。

 王都だったら街道沿いに、2、3日を目安にした位置くらいまでだったら。

 あまり距離が開きすぎると、魔物の襲撃度が高くて維持も難しくなるらしく、宿場町もぐっと数を減らすけど。

 2、3日くらいの距離までだったら、王都の騎士さん達が巡回してることもあって魔物の数も少ないし、犯罪者も大っぴらには暴れないしで宿場町はここぞとばかりに金を稼ごうと栄えているもの。

 宿が増えれば他の店や施設も自然と増えて、本当にちょっとした『町』になるんだよね。

 

 そういう事情もあるので。

 本来なら、宿場町がある範囲……王都から2、3日の距離くらいまでなら、騎士さん達が熱心に見回りしてサーチ&デストロイしている関係上、魔物なんてそうそう滅多に出てこないはずなんだけど。


 獣のお耳をぴんと立てて、ラムセス師匠が鋭い声を上げた。


「前方、右手から来るぞ」


 その声により早く反応したのは、リューク様とアッシュ君。

 ラムセス師匠と同じく獣人のサラス君も、一瞬遅れてお耳を立てた。

 ハッとした様子で、彼らが注目する中。

 街道の左右に広がっていた林から、小規模な魔物の群れが飛び出した。

 手に手に武器を構え、駆け出すよりも待ち構える態勢で戦闘に突入する。


 まだ王都を発ってから、1日目だっていうのに。

 もう何度も、リューク様達は魔物の襲撃を受けていた。

 王都襲撃戦の影響で、逃亡した魔物が一時的に王都周辺で増えているのかもしれないけど……

 それにしたって騎士さん達の巡回は行われているのに、この襲撃頻度はちょっと異常だ。

 リューク様の抱える、ある『事情』を考慮しなければ猶更に。


「援護します!」

 

 スタインさんが鞄から何か怪しい薬剤やら網やらを取り出す。

 その隣ではサラス君が白い杖を掲げて小さく祝詞を口ずさむ。


「浄化の加護を……えーと、リュークさんとアッシュさんと、ラムセスさんに! あ、あとクレイグさんにも!」

 

 猫耳少年神官の宣言に合わせて、杖から透明な光が飛び散る。

 それぞれに分かたれて、名指しされた人達の武器に光は飛び込んだ。

 淡く発光し始める剣に、クレイグさんが驚いたような、感心した声を零した。


「その幼さで、もう付与まで出来るんですか……しかも複数を対象に、1度で。優秀という前評判に違わぬ才能ですね」


 出会ってそう時間も経ってないんだろうし、連携なんてまだ芽生えてもないんだろうけど。

 でももう、既に役割分担については決まっていたのかもしれない。

 前に出て戦うのがリューク様やアッシュ君なら、弓矢で敵の牽制を担うのがエステラちゃん。

 全体の統括と、攻撃を行うラムセス師匠。

 後方支援という形で援護に徹するスタインさん親子。

 手薄になりがちな後方の警戒と、後衛の護衛を務めるクレイグさん。


 そしてさりげなく、なんか厭らしい攻撃しそうな敵に死角からこっそり石を投げるメイちゃん。


 あ。あれ毒持ってるヤツだー。

 『ゲーム』じゃ王都周辺じゃ出てこない種だけど、やっぱり『現実』は違うねー。

 えい、くらえただの石!


  どぐしゅっ

 

 ありがとう、スペード。

 貴方に作ってもらった投石紐(スリング)は今日もお役立ちだよ!


 『ゲーム』だと戦闘に参加できる人数は限られていた。

 だけどそんな制限のない『現実』だと、こんな風になるんだなぁ。

 なーんて、リューク様達の認識の外からそんなことを考えるストーカーな私。

 うん、今、私ストーカーしてる! 夢を叶えてるよ、(セムレイヤ)様!

 しかも念願の戦闘シーンまで生で拝めているんだから、言うことなし。


「しかし……王都から出て、いくらもしない内にこの襲撃頻度とは。魔物の出現率が上がっているという話は本当だったようですね」

「俺らの襲われ率が半端ないって説もあるけどな……!」

「他の旅人に聞いた話より、明らかに多い」

「……では、もしかしたら魔物にはわかるのかもしれませんね。リューク殿が、紛れもない『再生の使徒』なのだと」


 戦闘の合間に、そんな会話が聞こえてくる。

 うんうん、『ゲーム』では描かれなかった生の会話だね!

 どうして自分達ばっかりこんなに襲われるのかと、疑問に感じているらしい。

 ――さて、その理由。

 メイちゃん知ってるよ。前にセムレイヤ様に聞いたもん。


 この世界では千年以上前、神々の大戦が勃発している。

 発端は主神であるノア様の身勝手な決断。

 神々が力を合わせ、全員で創り上げ育ててきたはずの、この世界。

 だけどノア様の目には、この世界が……というかこの世界に生きる人々が、失敗作に見えた。

 だから全部無に帰して、最初から創りなおそうとした。

 この世界の創造と発展に尽力したのは、ノア様だけじゃないのに。

 何より、地上に生きる人々を慈しんでいる神々だってちゃんといたのに。


 この世界は主神だからって全ての決定が通る訳じゃない。

 主神の独断で勝手が通らないよう、いざという時の抑止を担う神様もいた。

 主神に次ぐ立場を与えられた、2柱の神。

 2柱の内、片方が竜神の長であるセムレイヤ様だった。


 そうして神々の暮らす天界は二分され、史上類を見ない大戦が起きた。


 どうやら、神の中でも『竜』の神々はノア様と愉快な下僕(なかま)達とは別系統?に当たるらしく。

 竜の神々はノア様よりもセムレイヤ様に従属してノア様に従う道を選んだ神々と激しく争った。

 争って、争って、争って……神々は倒されたり、力を奪われて封印されたりした。

 最後にはもう互いの旗印であるノア様とセムレイヤ様の2柱しか残らず、一騎打ちとなる。


 だけどセムレイヤ様は、天界屈指の武神様であったそうな。


 強い神様には違いないんだろうけどー、単純に考えて同格の神様同士で片方が武神だった場合、一騎打ちで勝ち目ってあるの? あるのかな?

 例えていうなら、アレだよ。

 『進学クラスの生徒会長』と『運動部連合のキャプテン』のガチンコの殴り合い対決を行ったらどっちが勝つかって話だよ。あ、話の前提として生徒会長の体育の成績は5段階評価の3で、運動部連合キャプテンはボクシング部の部長ってことにしとくね!


 当然の帰結として、一騎打ちはセムレイヤ様の完勝だった。


 完勝したけど、天界最後の神様になっちゃったから試合に勝って勝負に負けた感凄いけど。

 セムレイヤ様、他の神々が担っていた仕事全部単独でやんないといけなくなっちゃったからね!

 しかも同格だったが為に滅ぼせず封印するしかなかったノア様が、虎視眈々と反撃を狙っている。

 それが、地上の人々が知らない今の天界事情。


 そして神々の大戦以降、地上に溢れだした『魔物』という生物。

 人々の知らないその正体は、『力を奪われて零落した神々』に他ならない。

 そんでもって力を失って身体能力思考能力知力その他が諸々低下して獣同然のイキモノにまで弱体化しちゃった神々は、かつての力と栄光を取り戻そうという本能で動きまわることに……

 人が持ってる魔力は、厳密には神々の力とは別のもの。

 だけど似た性質を持っているらしく、力を取り戻したいという本能に突き動かされた魔物は魔力の気配に引き寄せられ……問答無用で、人々を襲う。より強い魔力の気配に引き寄せられる。

 というところを前提に、今の状況だよ!


 リューク様は自覚がないけど、その正体は竜神(セムレイヤ)様の実の息子さん。


 千年前に命を落とした奥さんとの間に設けた、由緒正しい――つまりは神様のお一柱(ひとり)で。

 当然ながらその身に内包しているのは人の持つ『魔力』とは違う、『神力』。

 はい、取り戻したいって魔物な元神様達がうろうろ探し回っているソレそのものですねー、と。

 つまり、そういうことなんだよ。


 似た性質を持つってだけで魔力にうようよ寄ってくるのに。

 自分達が失った神様の力そのものを纏った青年が近くにいたら。その気配に気付いたら。

 うん、魔物が殺到するのも無理ないよね。

 リューク様は天界一の武神(セムレイヤ)様の息子だもん。

 パパさんがかつての主神と同格なんだよ?

 自覚がなかろうと、その身に秘めた潜在能力はヤバいものがありそう。

 そんな理由があるから、まあ、魔物に際限なく積極的に襲い掛かってこられるのは仕方がないことなんだよ。うん。


 だからね、メイちゃん思うの。


 やっぱり早い段階で仲間が増えたのは、良かったかもしれないって。


 メンバー加入イベントがすっ飛ばされたのは、悲しいけど。

 断腸の思いで悔しがるくらい、悲しいけど……!

 だけどリューク様達は常に狙われて襲い掛かられて、戦いの連続なんだよ!

 戦力の増強は、単純に考えても歓迎すべき事態です……!

 単純に戦力が増えるっていう安心感もあるけど、加入が早まればその分早くから鍛えることもできるし!

 ……うん、『ゲーム』をプレイしていた頃とは違って、現実のこの世界でメイちゃんが『主人公一行』のパワーアップに直接関与はできないけど。

 でも直接は無理でも。


 間接的には、関われるんじゃないかなぁ……?


 具体的に言うと、『強化イベント』の発生ポイントに誘導するとか、さ。


 丁度王都の近くに、あるんだよ。

 『主人公(リュークさま)』のパワーアップ系隠しイベント発生地点が。

 それも発生期間の限られた、連動イベントの。


「――という訳でクリスちゃん! 作戦の成功は君にかかっているの」

『やれと言われればやるけども』


 順調に育ってきて、最近ひとの言葉も使えるようになってきたクリスちゃん。

 ……こっそりアカペラの街から移動してきてもらっていた、真っ白な『小竜』。

 リューク様と同じく竜神の生き残りであるはずの彼女の首で、ちりりんと。

 セムレイヤ様が特別に拵えてくれた、気配隠蔽の鈴が軽やかな音色を立てた。





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