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22.迷ったときの導は師の言葉



 男が1人、そして女も1人。

 2人の若い男女が、月下の庭園……ライトアップされた噴水の前で、向かい合ったまま佇んでいる。

 少女は仮面越しに青年を見つめ、青年は仮面越しの少女を見つめていた。

 視線は交錯し、思いがけず訪れた2人の時間。


 するり

 剣を握る固い指先が、白く柔らかな頬をなぞる。


 伸ばされた腕は少女の頬を伝い、ふわりと髪を払って白い耳へと辿り着く。

 

「………………羊じゃ、ない?」


 そこにあるのが人の耳で心底不思議、そんな心情が短い言葉に込められていて。

 ぽつりと落とされた言葉が、静かに沈黙していた時間が再び動き出す合図となった。

  

 同じ場所に存在する。そのことにドキドキする。

 だけど接触するつもりはなかったのに――混乱は深く、少女の思考を侵食していた。

 停滞していた時間が急に動き出したことに急かされて、ついつい体が動いてしまうくらいには。


 しゅぱっ


 空気を切り裂く、鋭い音が響く。

 その音はあまりにも研ぎ澄まされていて、狙われた相手を逃すとは思えない速度が乗っていた。

 しかし狙われた相手は……リューク様は、戦士の勘によるものか、戦士の経験がなせる業か。

 一拍にも満たない僅かな時間で、後ずさる。

 ギリギリの、本当に接触する寸前に狙われた場所から距離を取る。

 それまでリューク様の顎があった場所を、垂直に地から伸びたナニカが貫いた。

 否、貫くはずだった目標を見失い、空気を切り裂いて再び地へと戻る。

 足は弾むように地を蹴り、少女もまた青年から距離を取る。

 握られていた手は既に、青年が回避した反動で外れていた。

 たった今、スカートの乱れも気にせず苛烈な前蹴りを放ったとは思えぬ優雅さで。

 彼女の動きにわずか遅れて、スカートがふわりとたなびく。

 仮面越しに微笑む少女の顔は……近くで見ないとわからない程度に、微かに冷や汗で濡れていた。

 


 ――リューク様の手が、メイの顔に触れている。

 顔に、触れてる……!

 混乱の中、私はただその事実に辿り着いて思考が暴れ馬みたいに走り出した。

 メイ、羊だけれども!

 顔に触れているということは、やろうと思えば仮面をはぎ取れるってことで。

 ……それは流石にNGだよ!!


 暴走した思考はこの状況をどう打開すべきかと必死に頭を回転させる。

 だけどそもそも思考が暴走していたものだから。うん。

 ……うん。


 現状を切り抜ける為、どうするか。

 求めた答えを探して、うっかり思い出したのは師匠(ヴェニくん)の言葉だった。

 道に迷ったとき、困ったとき、(しるべ)となるのはやっぱり師の言葉で――

 それは、かつて私がした質問に答えてくれたもの。


『――ああ? 首筋トンで相手を気絶させられるかって? ………………お前、それ絶対に試すなよ? やるなよ? フリじゃねえからな? 絶対にやるな。俺もやらない。

はあ? なんでかって? 馬鹿か、よく考えろ。首だぞ、首。モロに重要な器官があるだろーが。相手を再起不能にしても心が痛まねえってんなら止めないが、間違っても興味本位ではやるな。

お前、しかも俺らは獣人だろ。相手が人間や魔人――獣人より圧倒的に体の脆い奴ら相手にやったら洒落にならねーからな。昔、それで獣人が相手の首捩じり折ったとか背骨折ったとかいう逸話があるくらいだからな。誰がやったことかは知らねえけど、俺の実家(道場)で教訓として伝わってる話だから冗談じゃないぞ。

相手を無傷で無力化――気絶させてえってんなら顎狙え、顎。盛大に衝撃を与えて脳震盪狙え。人は頭は鍛えられねーんだから』


 何故よりにもよってこの場面でこんな言葉を思い出したの、メイちゃん!

 自分で自分の肩ひっつかんでがくがく揺さぶりたいと後で思ったけど、この時の私はうっかり師匠の言葉に「これだ……っ!」と思い込んで縋っちゃったんだ……。

 うん、それだけ切羽詰まってたんだよぅ……。

 そして追い詰められた私は、崇拝対象(リュークさま)の顎を執拗に狙う対戦者と化した。

 

 無言で対峙する時間は、どれ程だったのか。

 体感時間が動揺と焦りで狂ってしまったのか、実際に何分だったのか、何秒だったのか。

 もうわからない。

 ただ目の前にいる、リューク様しかわからない。

 他が意識に上らないくらい、私は集中していた。

 ただただリューク様の顎を蹴り上げる、それだけが思考を占拠していた。


「どうして、蹴るんだ」

「あ、あら! 初めて顔を合わせる男性にいきなり手を掴まれて、顔を撫でられたんですよ! か弱い女の子ですもの。ちょっと強引にでも反撃なり逃げるなりしようって必死になるのは仕方がないと思うの!」


 うん、そうだヨ! 仕方ないヨ!

 考えてもみよう! 私がリューク様とまともに面と向かい合うのはこれが初めて!(しかし仮面越し)

 まともに顔を合わせたのは9年前の夢の中。うん、現実じゃないからノーカンだよ!

 それ以外は……顔を合わせそうになっても、逃げて、隠れて、顔を隠して。

 挙句の果てにはただの羊さんのふりをして。

 うん、ほらね! 顔は合わせてない。誰が何と言おうと、断固として断言するよ!

 だから私は嘘は言ってない。

 私がか弱い女子ってとこ以外はね!!

 そこは嘘だって認める。うん、反論の余地はない。

 

「初対、面……」


 はっきり、しっかりと初顔合わせだと断言した私。

 リューク様は明らかに納得がいっていないってお顔で……いや、表情は変わってないな。

 わずかに眉を寄せ、困惑と戸惑いが入り混じった空気(オーラ)を背負っているような。

 ……表情は、やっぱり変わってないけど。

 でもなんとなく、考えてくることが伝わってくる。

 そう、雰囲気! 雰囲気がわかりやすい!

 今はどことなくしょんぼり悲し気?

 若干、肩が下がったせいかそう見える。

 なんでだろう……へにょんって垂れた犬耳の幻が……そんなの見えるの、私だけだと思うけども!


 私に初対面だと断言されて、途方に暮れているように見えた。

 っていうかリューク様、もしかして表情筋がお仕事してくれないタイプ?

 5年前までは、子供の頃は表情豊かだったのに。

 ……12歳で故郷が滅ぶとか、それで強制旅立ちとか、そんな経験していればトラウマにもなるだろうし。体の健全な機能ってものが1つ2つ損なわれても仕方ないけど。

 でも表情が乏しくっても妙に気持ちが伝わってくるのは、きっと表情以外の部分で感情豊かだからなんだと思うけど。


 納得のいっていない様子のリューク様は、更に何を確かめようとしてか、開いた距離を詰めようと……一歩、踏み出してきたので。

 私はその分の距離を調節して、リューク様の一挙一動に全身で集中する。

 間合いは、たぶん私もリューク様もあまり変わらない。

 手足の長さ分、リューク様の方が少し広いかな?

 だけど私も、足の稼働領域には自信がある。

 だってメイちゃん、羊と馬のハイブリッドだから……!

 

 相手も、さっきの蹴りで攻撃される可能性があることを知った。

 警戒されているようには見えないけど、不意を突くのは難しい。

 それでも仕掛けないことには、顎にヒットは入らない。

 相手は『ゲーム』の主人公……でも、今この時なら!

 まだ! 私の方が強いはず――! たぶん!


「先手必勝!」

「!」

 

 リューク様が躊躇いがちにこっちを窺っていたので、様子見がてら強く踏み込む。

 掌底で、形のいい顎を狙った。

 私の方が小柄だし、力は弱いかもしれない。

 その分、懐に入り込んでからの一撃には自信がある。

 自分より体格の良い、おにーさん相手の戦闘経験は、ヴェニ君との修行で慣れてるんだからー!


 私の掌底は、だけどリューク様の顎を打ち砕く寸前で妨害された。

 いや、その前にメイちゃん、ちょっと落ち着くとしようか。

 ついついヴェニ君相手の感覚で手加減なしにやっちゃったけど、打ち砕く勢いで攻撃するのはどうなんだろー!? やった後で気付いたけれども!

 襲い掛かる私の手首はリューク様に取られ、止められた。

 そのまま握られたまま、リューク様の方へと率い寄せられる。

 恐らく、私の足元やら体勢やらを崩そうとしたものと思われる。

 もともと懐に飛び込むくらいの勢いで近寄っていた勢いも手伝っちゃって。

 私はリューク様の胸元にぽすんっと。

 ……倒れこみそうになったけれど、ギリギリで小さく足を踏み出し、何とかこらえる。

 掴まれた腕を取り戻す為、全身でリューク様の腕を巻き込むように回転する。

 ………………掴まれた腕を高く掲げられて、タイミングばっちりにいなされる。

 ……私の体が回転して終わった。手は、まだリューク様に捕まえられたまま。

 ちょっとむなしい。

 だけどリューク様が腕を上にあげている。

 即ち! 今なら脇がノーガード!

 私はすかさず、回転の勢いを足すようにして蹴りを試みた。


 だけど攻撃しながら、思う。

 戸惑いまくってるみたいなのに、攻撃されたら即座に反応できちゃうなんて。

 やっぱりリューク様、『主人公』なだけあるよね!

 その才能と反応速度、素敵!


 そうして、最初とは何もかもが違う2人の時間が始まった。

 まるで、対成す舞を作り上げるように。

 示し合わせた訳でもないのに自然と合う呼吸、指先まで制御された動き。

 互いの動きに対する読み合いは無言で加速し、相手への予測が挙動を積み上げていく。

 踊っているかのように互いの位置を入れ替え、立ち換え、次々と手足を繰り出して。

 

 人はそれを、組手という。


 夜会の夜なのに、決してダンスではなかった。

 今夜の主役ともいえる立場なのに、2人そろって夜の庭園で何をやっているのだろうか。

 残念ながら、この場にそれを指摘(ツッコミ)する者はいない。

 いるのは目の位置に穴をあけた紙袋を装備する襲撃者だった。






リューク様

 緊張したり余裕がなくなると表情筋が仕事放棄するタイプ。

 そのおかげで緊急時や非常事態でも冷静なように見えるお得感。

 本人に自覚はない。


メイちゃん

 こうと決めたら! ひたすらまっすぐに突き進む猪突猛進な面がある。

 決めた方向が例え斜めに傾いていても、ただただひたすらまっすぐに。



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