21.竹光は銃刀法に触れるのか
更新に大分間が空いてしまって申し訳ないです。
なんというか状況が……そう、羊っ娘の状況が膠着してしまいまして。
視点をちょっと変えて、今回は別方面の出来事を扱っています。
焦らしてしまって申し訳ありませんが、追い詰められたメイちゃんについてはまた次回に。
夜会の会場は、常識から逸脱した異様な空間へと変貌していた。
何しろ会場の半分ほどのスペースが、急遽カードバトル会場へと早変わりしてしまったので。
王都に暮らし、王城の事情にも明るい王都貴族の方々は察して遠い目をしつつも慣れた様子で受け入れ、カード愛好家らの占領を免れた空間でくるくると踊っている。何故こんな状況で、平然と夜会を続行できるのか……全ては『慣れ』の一言で説明されてしまう。国王・王妃のペアでさえ飄々とカード愛好家達の突発的に開催された大会を咎めることなく優雅にステップを刻んで踊っていた。せめて咎めよう、お宅の息子さんを。
国王様サイドの思惑としてはこれから『カード』を媒体に『再生の使徒』を推し出すつもりなので、普及の一環となるようなイベントは都合が良いので黙認している状態である。主導しているのが王子だったこともポイントが高い。これが王家の者でなく、その辺の貴族による暴挙であったら流石に咎めただろうが。
可哀想なのは、王都の事情に疎い地方貴族の皆さんである。
普段から領地を拠点とし、『カード』自体に馴染みがない。
極めて一般的な感覚をお持ちの地方貴族の方々は状況について行けず、会場の壁際でそわそわざわざわと戸惑っていた。
そんな戸惑いさざめく一般的な貴族の方々の間を、擦り抜けるように移動する騎士が1人。
するするとまるで流れる水のような動きに派手さはなく、目立ちはしない。
だが見る者が見れば、その流麗な身のこなしに只者ではないと感心したことだろう。
やがて普段は夜会の会場で目にするのも稀な友人の姿を目に留めて、足を止める。
騎士は驚きを隠さず、猫頭の友人に声をかけた。
「リンクス、君かい? 夜会嫌いの『猫騎士伯爵』がまだ会場に留まっているなんて、珍しいね。いつもは最低限の挨拶を済ませたら、早々に帰ってしまうのに」
「……やあクレイグ。私だって必要を感じなければ即座に帰りたかったよ」
「何かあったのか?」
「………………ミレニアが、私の知らない猫獣人のエスコートで来た、らしい」
「あー……なるほど?」
猫騎士伯爵の口から出てきたのは、とあるご令嬢の名前。
それは面倒を嫌がる目の前の友人とは別の理由で夜会の出席率が低い令嬢の名前だった。
猫騎士伯爵がご執心の相手だと気付き、クレイグは納得の頷きを返してみせる。
猫獣人貴族の中でも、古くから騎士の家系として名を馳せる名門スコグカッテル。
貴族の令嬢で夜会の出席率が低いと言えば、多くの貴族は理由として金銭的な困窮を思い浮かべるだろう。
だが現当主の孫娘は、金銭面で不足している訳ではない。
ただただ生真面目に、「自分はまだ未熟者ですので」「一人前になるまでは、無為に興じることなど」等々と述べて、義務として出席を要する会以外は軒並み欠席していた。
令嬢である以前に騎士(見習い)たらんとする女性なので、当然ながらエスコートの相手にも今まで代わり映えはしなかった。それこそ家門の当主である祖父や、適当な騎士仲間の先輩や友人などと参加するのが常であり、そこには欠片も色気というものが介在しなかった。
そんなミレニア嬢が。
一応、王都の猫獣人系貴族の筆頭として、王都の猫貴族をほぼ把握している『猫騎士伯爵』の知らない猫獣人の男にエスコートされて夜会に来た、らしい。
怠い、しんどい、面倒臭い……そんなやる気の感じられない口癖を持つ男が夜会に居残る筈である。
今までは本当に、目的を達したら速攻で姿を消していたのだ。リンクス・キャタマウント伯爵は。
しかしご執心の令嬢が『知らない男』を連れていたとなると流石に気になるらしい。
獣人の男は、本能に根差した弱肉強食の掟をうっすら行動原理に残している。
即ち対立が予想される相手とは牽制とマウントの取り合いに余念がない。
目の前のやる気が死滅しかけている猫騎士伯爵もまた、辛うじて本能は生き残っていたらしい。
ミレニア嬢のエスコートを務めたことのある騎士達にも、ミレニアの知らないところで牽制している。まあ、今までは完璧にミレニア嬢との間に恋愛要素がない男ばかりだったので、さくっと話はついていたのだが。
『知らない男』『把握していない猫獣人』という要素が余計に警戒を煽っているらしい。
態度は常と変わらず気だるげだが、よく見ると目の奥に鋭い光がある。
猫髭が、ぴんとしなっていた。
これは下手をすると波乱が生じるな、と。
騎士クレイグは、万が一にも夜会の場で刃傷沙汰に発展しないよう、一応の顛末を確認しておくことにした。
早々に、自分立ち合いの下、その『知らない猫獣人』とやらを猫騎士伯爵と引き合わせて事実確認をしておいた方が良さそうだ。
もしかしたらということもあるが、クレイグもミレニア嬢の色気が全くない真面目な生活態度を良く知っている。家の決めた婚約者という可能性がなくもないが、高確率で今回も色気のない関係の相手だろうと察した。さっさと男同士の話をつけてもらった方が安心だ。
……男同士の話をつけるといっても、既にミレニア嬢に30回くらいふられている猫騎士伯爵に首を突っ込む権限は実質的に欠片もないのだけれど。
一人前になるまでは色恋に現を抜かす余裕はない、とか。
家を継がねばならないので、他家の当主である貴方とは結婚できません、とか。
……そんな彼的には納得のいかない理由で求婚をお断りされ続けてきた男、リンクス・キャタマウント。しかし彼は一途と言えば聞こえは良いが、諦めが悪かった。
ミレニア嬢の「入婿出来ない男はお断り」という理由はお断りとして真っ当なものなのだが、猫騎士伯爵的には理由にならないらしい。貴族社会的には一人娘に婿を取って家を継がせたいと望む親は多いが、最終的には血筋の近い家から養子を取れば済む話なので絶対ではない。
クレイグは他の相手を選ぶのが面倒なので一途に突っ走っているだけじゃなかろうかと内心疑っている。
猫騎士伯爵に言わせると「王都でいちばん強い猫獣人の淑女」に求婚しない理由がないらしいが。
普段はだるだるとやる気なく生活しているキャタマウント家の男は、何故か女性の好みだけ弱肉強食の掟にモロに影響を受けていた。
そうして彼らは、ドレスでダンスを踊るミレニア嬢という珍しい光景を目にすることになる。
ダンスの相手は明らかに、身内。
瓜二つと言っても過言ではないくらいによく似た顔の少年が相手だと気付き、クレイグ・バルセットは一気に気が抜けるのを感じた。相手は見るからに、近しい身内だった。
……親戚筋から入婿を取ろうとしている可能性がなくもないが、それにしても似すぎなので弟か従弟だろう。ミレニア嬢には遠くの街に離れて暮らす家族がいることが知れていたので、今まで自分達の知らない弟がいてもおかしくない。
話しかけてみると本当に弟だったので、クレイグ・バルセットは勝手に肩の力が抜けるのを感じるのだった。
その、ミレニア嬢の弟が。
こんなことを言うまでは。
「ところで伯爵様、うちの姉をこの会場から攫ってくださって構いませんので、そのお腰につけた儀礼剣貸してもらえませんか」
「ミヒャルト!? 何を言い出すの!」
少年は突如、自身の姉を物騒な対価と引き換えに売った。
それまでの会話の流れをぶった切るような不自然さで。
「良いけどこれ、竹光だが」
そして買われた。
猫騎士伯爵は何の疑問も差し挟まなかった。
中身はどうせ竹光だから良ーや、という気軽さで見た目だけは立派な武器をあっさり手渡そうとする。
ちょっとマテ、そういってクレイグ・バルセットが男2人の肩を掴んだ。
鷲掴みだった。
猫騎士伯爵リンクス・キャタマウントの腰には、夜会服に似つかわしくなく剣が下げられている。
格式に合わせた装飾性の高い、実用性に欠ける剣ではあったが。
普通の紳士は、夜会に武装して参加しない。
武装が許されるのは本来、護衛の任務を負う騎士や衛士達だけ。
例外としてそれが許されるのは、相応の由来を持つ特別な相手になる。
猫騎士伯爵は『猫騎士』と呼ばれてはいるが、本当に騎士職に身を置いている訳ではない。
夜会に剣を持参する理由は後者の方であり、それが義務化している。
彼の家の成り立ちに由来する理由で、王家から常時剣を帯びることを特別に許可されているのだ。
本人的には、安全が保障されている場所にまで常に剣を持っていかないといけないなんて面倒、という有難くもない名誉らしいが。
そう、名誉。
王家の主催する夜会や、王城の奥深くまで剣を持って来ることを許されているという事は、王家からそれだけ信頼されているのだと目に見える形で明示する紛れもなく『名誉』なのだ。
キャタマウント家の当主は、代々面倒だと断言していたが。
今代の当主リンクスは、面倒さが極まって適当に鞘だけ立派な竹光を愛用していた。
重たい鉄の塊を持ってうろうろするより軽くて便利、が本人の弁である。
そんな、例え実は竹光だとしても、王家の信頼のあかしである剣を。
初対面の少年(思い人の弟)に、あっさり売ろうとする猫騎士伯爵(対価は思い人)。
クレイグ・バルセットは頭を抱え、うっかり成立しかけた取引に待ったをかけるのだった。
そして、10分後。
男達の話し合いの末、妥協に妥協と妥協を重ねて素敵な『孫の手』を手に入れた猫耳の少年が、スタスタツカツカとまるでダッシュするかのような速さで優雅に歩きつつ、夜会の会場を離脱しようとしていた。
その途中でくるくると働いていた給仕の男を捕まえ、伝言を頼むのも忘れない。
「ちょっと従者用の控室まで行って、スコグカッテル家のお仕着せ来た男を呼んできてもらえる? 白い狼耳の……そう、テラスから出たところにいるから。そこまで来るように伝えて」
彼らが『夜会の招待客』から『顔を覆面で隠した謎の襲撃犯』になるまで、後10分。
そこに至るまでに要した20分という時間で、テラスから出た先……夜の庭園では、夜会会場の誰も予想していない急展開が発生していた。
リンクス・キャタマウント
猫騎士伯爵
王都がまだ山猫獣人の集落だった頃、長をやっていた家系。
王家の祖を上に立てたが、その由来から尊重されている。
流石に実剣だったら渡さない、……はず。
クレイグ・バルセット
仲間の騎士
……近衛騎士団長のご子息にして、現場でしごかれる毎日を絶賛満喫中の騎士のおにーさんである。
↓ミヒャルトが「姉を売るから剣貸して」と言う直前の会話
猫騎士「立派な弟がいることだし、やっぱり嫁いで来ないかミレニア」
姉「な、何を言うんですかキャタマウント伯爵……当家の跡を継ぐのは私です。弟は貴族らしい教養を何も知りませんし、学ぶつもりもない男です。跡継ぎに据えるには問題が……」
騎士「教養を知らない? そうとは思えないくらい、見事に踊っていたのにですか。ワルツ」
ミヒャルト「ワルツ? ああ……あんなもの、地元の伝統芸能『納涼マタンゴ音頭』に比べれば何という程のモノでも」
猫騎士「納涼マタンゴ音頭? なんだか妙に気になる名称だな」
姉「キャタマウント伯爵が食いついた!? あの怠惰なキャタマウント伯爵が!」
騎士「本人を前にして怠惰とかハッキリよく言えたね、ミレニア嬢。それで? 納涼マタンゴ音頭とはどんな踊りなのかな」
姉「貴方もですか。貴方も気になっているんですか……」
ミヒャルト「86のステップと49の型の組み合わせで構成された、160分もの時間に及ぶ伝統芸能という名の苦行ですよ。伝統と名が付き、ただ無為に長く続いているというだけで後世に伝えなきゃいけないなんて錯覚も良いとこの義務感人に植え付けて郷土に蔓延る悪習の一つです。幼馴染の祖父が保存会メンバーの1人で、何度練習会とやらに巻き添えで捕獲されそうになったことか……。煙玉の有用性と有効な使い方を学ぶことが出来たので、アレはアレで身になる経験だったけど」
姉「待ちなさい、ミヒャルト。貴方はご老人に何をしている。敬老と言う言葉を知らないの?」
ミヒャルト「僕は年齢を理由に贔屓も差別もしない主義なんだ。しかも初級学校とタッグを組んでいて学校で練習を強要さr……ところで伯爵様、うちの姉をこの会場から攫ってくださって構いませんので、そのお腰につけた儀礼剣ドレス・ソード貸してもらえませんか」
祖父の名代として姉をエスコートがてら参加する羽目になったミヒャルトと、従者枠で巻き込まれ参加したスペード。
(しかしスペードは面倒な空気から逃げて使用人たちの酒盛り現場に乱入して時間を潰していたが、ミヒャルトに襲撃計画を持ちかけられて現場へと急行する。)




