19.王子襲来
とってもご都合主義なことこの上ないけど。
この国には『再生の使徒』認定に使える便利アイテムが国宝として伝わっている。
だからこそ、『ゲーム』ではこの国から物語が始まったんじゃないかな。
『再生の使徒』認定イベントが発生するから。
普段は王位継承者の資質判定に使われてるらしいけどね。
王子様や王女様がどんなに立派に見えても、王位につけた途端に急変されたら堪らないから、誤魔化しの効かないアイテムを使っての資質判定。
善人である必要はないけど、自制心が欠如していたり理性が弱かったりすると大問題。
どんな欲望や悪意を持っていてもそれを自制出来るだけの思慮があれば問題ない。
うん、王子様だって人間だもの。
人間である以上、完璧ではいられないし欲望だってあるよね!
件のアイテムは、鏡。
鏡なのに何も映さないけれど、鏡面に触ればあら不思議?
触った人の本質を映し出すんだって。
とはいっても、大体の場合は抽象的・比喩的な姿を映し出すそうだけど。
お城には映し出されたモノを分析する為の専門職もいるそうだよ。
そうして映し出されたモノは、その人の個人的な紋章として使われる。
さて、今回の場合だよ。
『ゲーム主人公』である、リューク様の場合だよ!
私は『ゲーム』の展開で、何が映し出されるのかは知っていた。
『鏡はその人の本質を映し出す』――リューク様の場合は、『竜』だった。
うふふふふー? うん、本質?
うん、『本質』だよね。
竜が映るのはある意味で大正解。
だってリューク様は、竜神様の由緒正しい息子様。
人の姿に見えるけど、本性は『竜神』なんだから。……無位無官だけど。
『ゲーム』をプレイして知っていても。
見ると聞くとじゃ大違いだっていうよね。
うん、実際にこの目で見ると、やっぱり色々違った。
そうなの! メイちゃん、実物が見たかったの!
リューク様の目に触れないよう、夜会の会場になっている広間の、端っこで。
だけどリューク様の『使徒』認定イベントを見るには、絶好のポジションで。
壁際のカーテンに隠れるようにして、私は瞬きも惜しんで目を凝らした。
手元のスケッチ道具を持つ手も震える。
緊張と期待とワクワクで、ソワソワしちゃうよ。
隣で一緒にカーテンに隠れているルイに、疑問たっぷりの目で見られたけどね!
そんな不審人物を見るような目で見られると流石に胸に刺さるよ、ルイ君!
そうして、じっと成行きを見守る先で。
王子様と王女様に促され、リューク様の手が鏡に伸びる。
……こんな場面でツッコミとか入れたくないんだけどさ。
どうでも良いけど、なんか王子様ビジュアル違くない?
王女様は『ゲーム』の立ち絵そのままなのに。
王子様だけ、なんか違くない? ね、違うよね?
こんな重要場面で、そんな余所見はしたくないのに。
あまりにも『ゲーム』との差異が大きすぎて、ついつい目が行っちゃうよ……!?
なんでそんな、少年漫画の主人公張りに爽やかに熱血っぽい雰囲気の青年に育っちゃってるの!?
『ゲーム』じゃ気怠げなお色気溢れる流し目のおにーさんじゃなかったっけ、ねえ!
……とと、今はそんなところに気をやってる場合じゃなかった!
肝心の、リューク様に集中しなきゃ!
ちょいちょい、他の事に気を取られながら。
そんな自分を戒めて、意識してリューク様の一挙一動に目を凝らす。
そうして、リューク様の指先が。
特別な鏡の表面へと触れた。
瞬間、光が弾ける。
リューク様が手を触れた鏡からは、鮮烈な光で形成された竜が飛び出した。
……そう、飛び出したんだよ。
青と銀と金の光で出来た竜。
本来なら鏡に映るだけの筈なのに、鏡から盛大に飛び出てお集りの皆さんは度肝を抜かれた。
光の竜は大きく羽ばたき、誰もが反応できずにいる間に天へと突き抜けて行った。
城が壊れる! そう思って咄嗟に頭を庇ったり屈み込んだりするヒト達。
だけどその大慌てを鼻で笑うように、実体のない光はお城を破壊することなく。
そのまま天へと一直線だった。
竜の姿を目にしたのは、夜会の会場にいた人達だけじゃなく。
その光景は遠くからもよく見えたらしいよ。
あれはなんだ天変地異か神の怒りかって騒然となったらしいけど、渦中の王宮が崩壊どころか全く破損していないんであれは何だったんだろうかって周辺の人々に疑問を残したそうな。
お騒がせだね!
でもリューク様のせいじゃないからね!
自分の目で直に見る光景は、大迫力としか言いようがない。
感動で、胸が震える。
現場は王宮、半ばこの目で見ることを諦めていたから。
だからその分、感動は一入で。
歓喜に涙が零れそうになるけれど、涙は根性で飲み込んだ。
泣いている場合じゃないのよ、メイちゃん……!
涙なんて出てきたら、視界が滲んで見えなくなっちゃう!
あとお化粧が落ちてロキシーちゃんに怒られる。
私は目を離せずに肩を震わせながら、右腕だけが高速でざかざかとスケッチブックの上を踊り回っていた。
目に焼き付いている内に、この感動を忘れない内に……!
しっかりと強く握った鉛筆で、ががががががががって音が出そうなくらいに何枚ものページにリューク様の雄姿をスケッチしていく。
「め、メイちゃん? 何枚スケッチするの? えっと、そのくらいで良くない?」
「まだまだぁ……! あと15枚!」
「スケッチブックのページが先に尽きるよ!?」
「あ……」
「もう1冊使い切ったの!?」
「えーっと……じゃあルイ君、このスケッチブックよろしく」
「ええぇ……」
スケッチするところまではメイちゃんの仕事。
だけど色を付けるのはルイのお仕事!
私は感動を画き込みまくったスケッチブックをルイ君にはいっと渡して、深く溜息をついた。
疲れた訳じゃないよ? 感嘆の溜息だよ!
私がスケッチブックをざかざかやってる間に、夜会の舞台は新たな局面に移っている。
あれは……
「そ、の……俺は踊り方なんてわからない。だから」
「うふふ、お任せくださいませ。大丈夫、このダンスのステップは簡単ですもの。わたくしが教えて差し上げますわ。使徒様もすぐに覚えられますわ」
……多分、『再生の使徒』のお披露目の一環としての演出なんだろうけど。
気が付いたら、リューク様の手を軽やかに優しく引き寄せて。
会場のど真ん中で、リューク様と王女様のダンスが発生していた。
え、なにあれ。
「『ゲーム』にあんなイベントなかったよー……?」
『ゲーム』では、鏡から竜がぶわーって出てきて。
唖然騒然となる人々の前で、現れた竜こそ彼が竜神様の使徒である証明だ――って王様が宣言して。それで周囲の人々からの喝采で場面は閉じたのに。
認定イベントの現場が夜会の真っ只中になったから、なのかな。
『ゲーム』ではなかった、今だからこそ。
突発的に発生した、偶発的なもの……かなぁ?
何にしても、『ゲーム』ではヒロインの1人に数えられていた王女様と、リューク様のダンス……!!
これは見過ごせない!
「ルイ、スケッチブックおかわり!」
「もうないよ!?」
あああああ、もう! 私の馬鹿ぁ!
なんで後先考えずに1冊使い切っちゃったんだろう。
考えてみれば現場は夜会だよ!?
相手が王女様じゃないにしても、色々と見過ごせないお宝映像が発生する可能性は未知数だよね!? エステラちゃんとも踊ってくれないかな! ←混乱中
色々惜しくて悔し涙が滝の様に流れそう。
どうして私、スケッチブックを使い切っちゃったの……?
くすんと鼻を啜りながら、スケッチした紙の裏面にダンスする2人の様子をざざっと描き起こす。
「あ、裏面使うんだ……」
「もう描けるんなら裏も表も関係ないよ」
食い入るように、私はリューク様の踊る姿を観察した。
王女様に引っ張られるようにして、ちょっとぎこちなく。
それでも運動神経の勝利かな?
時間が経つごとに、少しずつ動きが滑らかになっていく。
くるりと王女様がターンすると、ひらひらのドレスがふわっとお花みたいに広がって翻る。
わあ、とっても華やか。
そしてやっぱり、メイちゃんの衣装と趣が違いすぎるね?
会場中のどこを見ても、私みたいな奇をてらった格好をしているお嬢さんはいない。
みんなふわふわのドレス姿だよ……!
そんな中でメイちゃんだけがなんちゃってアラビアン。
うん、中々この物陰からは出て行き難い。
さっきカーテンの影に入り込むまでも、頑張って気配を希薄にしているのに物凄い注目浴びてたしなぁ……今も、何人かちらっちらこっちを見ている気がする。
本当は支援者代表の王子様にご挨拶とかしないといけないんだけど。招待してくれたのも王子様だし。
だけどこの格好で権力者に挨拶に行くのも勇気がいる。
結果、『カード』の下絵の更に下絵になるスケッチの作成っていう、王家からの提案による仕事を口実にしている部分もあった。そうだよ、現実逃避の一種だよ!
こんな目立つ格好で、リューク様の目に留まっちゃったら……いや、十中八九目に留まるな。
髪の毛染めたお陰か、普段と印象違うから正体がバレる心配はしてないけれど。
会場に招待されているだろう、パパの存在も警戒しないとだなぁ……。
他にもロキシーちゃんに渡された『ご挨拶する人リスト』に載ってる方々と挨拶しなきゃいけないんだけど(ちなみに私は顔を知らないけどルイ君が知ってるらしい)、なんとか目立たずに挨拶を済ませる方策はないかなぁ……こんな王国のドレスの主流を盛大に無視した格好じゃ無理があるけど!
ああ、本当にどうしよ?
なぁーんて。
自分の身バレの心配をしていられる時点は、まだ平和だった。
「――ああ、こんなところにいらしたんですね!」
…………そう、こんな声をかけられる、その時までは。
最初は、その声が私にかけられたものだとは思わなかった。
そりゃもう、リューク様の姿をスケッチブックに写し取るのに夢中だったので。
だけどね、ルイ君が私の裾をツンツン引っ張るの。
しかも焦ったように「会長、会長っ」って囁いてくる。
確かに私は『アメジスト・セージ商会』の商会長だけど、それは肩書だけのことだし。
普段、私の事をそんな風に呼ぶ人はいない。
事情を知ってる1人のルイだってそれは同じ。
そこを敢えて私のこと『会長』なんて呼ぶんだもん。
正体を隠している私を「メイちゃん」とは呼べなかったんだろうけど、それってつまり人目を憚らないといけない事態になっちゃってるってことだよね。
何事かなって、顔を上げたら。
目の前に、キラキラ笑顔の王子様がいた。
何故、目の前に王子……
比喩でも、ニュアンスでもないよ。
文字通り、この国の第一王子様が目の前に、いた。
『ゲーム』と違って、特に着崩した様子もなく正装をきっちり身に纏って。
満面の笑顔で、私に話しかけて来る。
「間違いない、貴女だ。貴女が……アメジスト・セージ殿ですね!」
「え、え……?」
こちらが特に名乗ってもいないのに、一発で看過した、だと……!?
思わず驚きに目を丸くしたけど、多分そこは仮面でわからないと思う。
でも戸惑っている気配を察したのか、王子様は苦笑してすみませんって頭を下げてきた。
え? 頭を下げた? 王族ってそんな簡単に頭下げて良いイキモノだったっけ?
「本物の貴女を前にしていると思うと、つい……気が急いてしまったようです。驚かせて申し訳ありません。こちらからお呼びたてしたのに、ご挨拶も遅れてしまいましたし」
「え、ええと、あの……ご挨拶に伺うべきだったのは、こちらの方です。私こそ、ご挨拶が遅れてしまい……」
「謝らないでください。私は貴女を怯えさせたくて夜会にご招待した訳じゃありません」
しかも敬語? いま敬語で声かけてきたの、この王子様?
敬語キャラでも丁寧語キャラでもなかったでしょ『ゲーム』では!?
色々とツッコミどころっていうか……うん、色々あり過ぎてどう反応して良いのかわからない!
最たる戸惑いポイントは『ゲーム』とのキャラ変激し過ぎるところなんだけどね!
これ別人じゃないよね、影武者とか替え玉じゃないよね。本人だよね!?
「その……私が確かに『アメジスト・セージ』です。お初にお目にかかります、王子殿下」
「ああ、やはり……! 一目でわかりました。貴女こそが『アメジスト・セージ』殿だと」
「王子殿下、あの、どうしてそんなに私に対して畏まった態度を取られるのですか? 居た堪れないので、出来れば他の臣民に対するように扱って欲しいんですけど……それに、一目でわかったとは、何故?」
「わからない筈がありません! ……と、確かに私が一方的にセージ殿のことを敬愛していても、態度に顕わしては戸惑う者が多いでしょうね。貴女含めて。配慮が足りず、申し訳ありまs……すまなかった。どうか許してほしい」
「いえ………………それで、その、わからない筈がないとは」
「貴女がこの世にもたらした至上の福音……『カード』を心から愛し、情報収集に余念のない者であれば即座にわかるはず! わからないはずがない! セージ殿のその装束、見事な再現&アレンジです。感無量です。まるでこの地上に、本当に本物の『紫虹晶姫』が降臨したのかと……! 驚きと感動で心臓が止まりそうだ!」
「え、ええっ?」
王子様の言葉に、ハッとした。
言われてみれば確かに……!
この衣装、去年発表したSレアカード『虹水晶の姉妹姫』シリーズの1枚が着てた衣装に似てる!
ううん、似てるっていうか明らかに意識してるよね!?
現実に人が着ることを想定して、『カード』の衣装より随分と現実的にアレンジされてるけれど。
よくよく『カード』の絵柄を実際に観察したことのある人なら一発で情報が繋がるくらいには酷似していた。完全に同じじゃないけど、雰囲気とか全体的な印象とかはモロに一致している。
完全に、狙っていた。
勿論、狙ったのは私じゃないけど。
うん……どう考えてもロキシーちゃんの差し金だよね。
衣装の手配をしてくれた時点で、ロキシーちゃんの故意が絡んでいるとしか思えない。
具体的に何を考えて私の衣装にそんなネタを仕込んだのか、よくわからないけど。
そういうことは実際に衣装を手配する前に、狙った時点で着用する本人に相談してほしかったと思うんだけど。そう思うのって、私だけ?
っていうかこれ完全に、『カード』のコスプレだよね……!?
この世界、コスプレなんて概念なかったよね!?
え、もしかしてコスプレって概念発祥の瞬間? 私がこの世界初のコスプレ実践者?
ロキシーちゃんに物申したいことが、僅かな時間で凄く膨らんでいた。
どうして衣装を目にした段階で気付かなかったんだろ、私……。
というかこの王子様、私は気付かなかったのに一目で気付いたんだね。
今も私の戸惑いを加速させる感じだけど、興奮が隠せないって感じのキラキラした眼差しで私を見つめている。
その顔はどう見ても、「憧れの人」を前にした純粋な少年のソレだし。
嬉しさを隠しもせず、王子様はうきうきしている。
「ずっと『カード』を誕生させた『アメジスト・セージ』殿にお会いしたいと思っていた……! こ、こんにゃ、今夜は是非! 是非とも『カード』の誕生秘話など様々な話を聞かせてほしい!」
顔を興奮で赤く染めて、嬉しさ満面の笑みで。
女性を前にして全力で誤解させそうな様子でありながら、口から出て来るのは『カード』への関心オンリー。言うまでもないけど、そこに色気は皆無。ただ王子の嬉しさ全開オーラと笑顔に無意識からくる天然の色気が滲んでいるのみ。流石は(本来は)色気過剰キャラ、無意識に零れる程度の色気でも威力が半端ない。今だってほら、王子様の様子をちらちら窺っているお嬢様達が色気の流れ弾を喰らって悩まし気な溜息を吐いているよ? お嬢様達のお顔も真っ赤だよ? そして私には殺意の籠った視線が突き刺さっているよ。
私は王子様にそういう色めいた意図はないって言動の端々からハッキリわかる分、お嬢様達みたいな変な誤解は皆無だけどね! この王子様、さっきから徹頭徹尾『カード』のことしか頭にないよ多分!
……この王子様ちょっと『カード』にのめり込み過ぎじゃないかな?
なんかちょっと、王国の将来が心配になった。
ついでに淑女の興味関心の的であろう王子様に、こんな様子でせっせと話しかけられるっていう私の状況に、貴族の方々から妙な誤解されて身の危険が発生しないだろうかって点でも物凄く自分の身が心配になった。
え、これ……メイちゃん、今夜は無事に宿舎に帰れるの?




