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第九章 二人の秘密 13

 壁となっている入り口を軽く叩いて確認するがびくともせず壁となっている。他の扉もなく完全な密室になっていた。

 ギルやフィオンも同じように確認するが首を捻っているようだった。CWOの時であればバグか何かかとGMゲームマスターと呼ばれる運営スタッフに連絡を取るが異世界とは言え現実である。

 ギルドの資料にもこのような事態が起こったという記述はなかった。もしかすれば、報告できないような事態に陥っているためかもしれない。

 事態の異常さをひしひしと感じながら剣を鞘に収めずに【湧き水】で生み出した水を飲み、状態を万全に整える。

 再び入り口を覆っていた壁を見ると昨夜、採掘のために崩した洞窟内の壁と似ていることに気が付いた。


「うーん……扉というか入ってきた所は壁と同じような材質だし……ツルハシで掘れるかも」

「やってみるのはいいかもね」


 部屋を再び確認し、ゴブリンの生き残りが隠れていない事を確認していたギルが近づきながら言う。フィオンは先ほどからトーアの近くで不安げな顔をしていた。

 ツルハシを取り出すためパーソナルブックを取り出そうとすると、壁が開く音が部屋に響く。反射的に壁を背にして剣を構え、トーアを中心にギルやフィオンも剣を構えながら壁を背に、互いを補助できるように左右に集まる。

 ホブゴブリンとゴブリンが出てきた扉が再び開き一体のホブゴブリンが姿を現した。その頭部には黒い角が生えており、思わず顔をしかめる。


「あれって……」

「特異個体。普通のホブゴブリンじゃないから注意して」


 どうしてこんな所に特異個体が出てきたのか不思議に思うが、ホブゴブリンの後ろからゴブリンがすばやい動きで隊列を組みながら姿を見せてホブゴブリンの両脇を固めていく。先ほどのホブゴブリンとゴブリンとは全く違う動きにフィオンは驚いた顔をするが、気を引き締めたのか見たこともない険しい表情をして剣を握りなおしていた。


「驚イテイルヨウダガ、ソノ扉ガ開カナイノハ俺が居ルカラダ」

「しゃ、しゃべった……」


 フィオンが思わず驚きに声を漏らす。


「ハハ……魔物ガ人ノ言葉ヲ話スノハ、ソンナニ驚ク事ナノカ」


 ゴブリン達の中心に居るホブゴブリンの装備は先程戦ったホブゴブリンのものよりも上質なようで、右手には刃こぼれの少ない剣と左手には円形の盾を手にし、新品とはいかないものの輝きを保っている。他のゴブリンも似たような装備をしており、ゴブリン騒動で戦ったあのゴブリンの事を思い出していた。


「いいえ、黒い角を生やした魔物は二度目だし」


 近づいてくるゴブリンを剣で牽制しつつホブゴブリンと話を続ける。


「オマエハ俺ト同ジ角ヲ生ヤシタごぶりんヲ知ッテイルノカ?」

「ここではなく外の世界でね」

「ソウカ。無事ニ外ニ出レタノカ……ダガ、オ前ガココニ居ルトイウ事ハ」


 すぐにトーアがゴブリンを倒した可能性に気が付いたらしいが、ここでそれを話していいものか一瞬迷う。激昂しゴブリンをけしかけられても困るが、それによって隙が出来る可能性もあった。


「マァイイ、ココデモ恐ラク外ノ世界デモ強イ奴ガ生キ、弱イ奴ガ死ヌ!ココデオマエガ俺ニ倒サレル様ニ!アイツヲ俺ノ前ニ引キズリ出セ!!」


 嘘をついても激昂しただろう結果にトーアは溜息をつきそうになる。ギルも若干苦笑いを浮かべていた。

 盾を構えて迫るゴブリン達の中で不用意に脚を出していたゴブリンに切りかかり、脚を浅く斬る。

 悲鳴を上げて盾が下がったところに剣の切っ先ををゴブリンの喉に押し込んだ。一瞬で白い塵に変わるが新たなゴブリンが盾を構えながら前に出てくる。

 同じようにギルも迎撃をはじめ、フィオンは繰り出される攻撃をさばき無防備な手を中心に攻めていた。

 だが致命傷を与える事が少なくなるが傷つけられたゴブリンの身体から流れ出した血の匂いが辺りに立ち込め始めている。トーアやギルに近づくゴブリンは腰が引けているようだったが攻勢は止まらず、フィオンの息が上がり始め、肩で呼吸をしていた。


――やっぱりフィオンの消費が激しい。私とギルの後ろに……。


 そうフィオンに声をかけようとしたとき、ゴブリンの一撃に押されフィオンが後ろに倒れるのを視界の端で取られる。


「きゃぁっ!?」

「フィオンっ!このっ……!」


 倒れたフィオンに襲い掛かろうとしていたゴブリンの首を逆袈裟に斬り飛ばし、さらに押し寄せるゴブリンに向かって剣を振り、ギルがフィオンのフォローに入ることを信じながら前に出る。

 時間は稼げたはずと後ろに引こうとするが、ゴブリンがギルの剣を恐れずに飛び出してトーアの退路をふさぎにかかってくる。


「このっ……!」

「トーアっ!」

「っ……いいっ!ギルはフィオンを守って!」

「ならっ……使うよ!」


 苦しげに顔を歪ませたギルは右手に持っていた剣を真っ直ぐに構えた。柄頭に象嵌された金色の珠が鈍く輝きを放つ。刀身や鍔に切れ込みが生まれ、金属同士がぶつかり合うような変形音を響かせて、形状を変える。

 ギルの持つ成長装具【機械仕掛けの腕・金】の“長剣”形態である。そして、左腕に付けていた【機械仕掛けの腕・銀】も音を立てて形状を変えて長剣に変形する。

 ギルの持つ【機械仕掛けの腕】の基本能力として“手に持つことのできる武器、防具に変形する”成長装具で、いま手にしてみせた剣はギルが得意とする武器であり、トーアの全盛期に作った剣に引けをとらない鋭さをもっている。

 構えたギルに不用意に突っ込んだゴブリンはギルが片手で無造作に見える動きで振り下ろした剣によってあっさりと左右に分かれた。


「フィオン、立ち上がったらそのまま壁の近くに居て。……これのことはあとで話すから」

「は、はいっ……!」


 フィオンの前に立ちはだかったギルは、近づくゴブリンを手にした出来損ないの盾や武器ごと斬り裂いていく。刃が少しでも鈍れば機械音ともに刃が刀身の内部に格納され、新たな刃に交換される。


「ギルさんの……まさか天命兵装……!?」


 驚いたままのフィオンを遠目にしながらトーアは円形にならんだゴブリンの中心でホブゴブリンと対峙していた。


――結局、こうなったか……。


 囲まれ始めた時にトーアが突っ込んでホブゴブリンを倒す事を考えていたが、結局、同じようなことになったと小さく嘆息する。一対一ということなのか、辺りのゴブリンは手を出してくる様子はなかった。


「ところで、あの黒い角をもったゴブリンの事を知ってるの?」

「アイツハコノ場所ニ迷イ込ミ、俺ト会ッタ。ソシテ、コノ角ノ祝福ヲ得テ“外”ヘト戻ッテイッタ」


 剣の刃を軽く確かめながら気になった事を尋ねるとあっさりと答えが返ってくる。結果はさらに謎が深まっただけだった。


「祝福?その黒い角はお前がやってるの?」

「違ウ!何カガ俺ニ聞イタンダ、“チカラガ欲シイカ”ト。俺ハ答エタ!ドンナ奴デモ殺セルチカラガ欲シカッタ!」


 姿を見せた扉の奥で目を覚まし、やってくる冒険者に次々に殺されるホブゴブリンやゴブリンを見てそう思ったと叫ぶようにゴブリンは話し続ける。

 ますます特異個体に生える“黒い角”の正体がわからなくなったが、黒い角を生やした特異個体のホブゴブリンが手にしていた剣と盾を構えたの見て、腰を落として剣を構えた。


「角ガ言ウンダ、イツカコンナ場所カラ出ル時ガ来ル、ソレマデココニ来ル“人間”ヲ殺セッテ!ダカラ、殺ス!アイツガ殺セナカッタオマエヲ殺ス!オマエガ最初ノ獲物ダ!!」


 ホブゴブリンから向けられた殺気にトーアは小さく溜息をついた。ギルに向かっていたゴブリンたちはギルに怯えきっており、盾を構えたまま動いていない。ギルもまたフィオンのことがあるので動けないようでもあった。

 特異個体のホブゴブリンの言葉を信じるならば、このような状況に陥ったのはトーア達が最初ということであり、余計な犠牲者が出なくてよかったと心の片隅で思う。


――一対多の優位性を捨てて一対一という状況にしたってことはそれなりに自信があるってこと……かな?


 先ほどの殺気がホブゴブリンの精一杯の威圧だったのか、驚いた様子のないトーアを訝しげな様子をみせる。だがすぐに盾を前に身体のほとんどを隠し、剣を下にした構えに見覚えがあった。

 このホブゴブリンが、ゴブリン騒動の際に倒したゴブリンにこの戦法を教え込んだのだろうかという考えが頭を掠める。


「ギッ!」


 距離をつめてきたホブゴブリンの突きを体をひねってかわし、踏み出して無防備になった足を浅く斬る。


「ギャッ!?コ、コノッ!!」


 鋭い痛みに顔を歪ませたホブゴブリンは盾で隠していた身体を見せて、距離を取るため牽制の剣撃をしてくる。剣をあっさりと弾き、反動で泳いだ腕の腱の部分を狙って斬った。

 再び悲鳴を上げるホブゴブリンに、辺りのゴブリン達はざわついて踏み出そうとするが、殺気を放ち威圧する。

 ホブゴブリンの顔は憤怒に染まっており、右手で剣が振れなくなったのか盾を捨てて左手に持ち替えて右手を添えていた。そして、剣を上段に構える。

 その構えはゴブリン討伐戦で特異個体のゴブリンが最後に見せたものと同じだった。飛び掛ってくるホブゴブリンに対し反射的に同じ構えを取り、踏み込みながらホブゴブリンの剣が届くよりも早く剣を振り下ろす。トーアの剣はホブゴブリンの剣を砕きながら鍔を斬り裂き、柄ごとホブゴブリンの手を両断した。


「ギャァァァァッ!!?」


 悲痛な叫びを上げて、自身の身体を抱くように腕を身体の前で交差させたホブゴブリンは、よろめきながらも後ろへと後ずさる。

 止めを刺そうとするトーアの心は静かなもので、前に立つホブゴブリンを倒す、それだけを考えて剣を構えて距離をつめた。


「グゥゥッ!!チ、チカラ……!モット、モットッ、俺ニチカラヲォォォォッ!!!?」


 身体を緑色の体液で濡らしながら声の限り叫ぶホブゴブリンの声が唐突に裏返る。額に生える黒い角が僅かに脈動するの感じて、何をしてくるのか見当が付かないためトーアは距離をとった。あたりのゴブリン達も驚きに口をあけており、ギルはフィオンに注意するように声をかけていた。

 生えた黒い角の根元から角と同じ黒い色がホブゴブリンの体に広がりはじめるが、その影響からかホブゴブリンは白目を剥いて、激しく痙攣し始め真後ろに倒れこんだ。

 そして、鈍い音とぐちゃりぐちゃりという生々しい音と共に、ホブゴブリンの身体が黒く染まりながら盛り上がり、急激に質量を増やしながら身体の形が変わり始める。


――っ……こんなことになるなら、すぐに首を跳ね飛ばせばよかった!


 痙攣が止まったホブゴブリンの体は黒く染まり倍以上に分厚い筋肉に覆われて巨大化しており、額の黒い角もより大きくなっていた。

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