第十章 十二時間のデスゲーム 8
繰り出される薙ぎ払いや突きを双短剣で凌ぎながらどうするか考える。
「ははっ!さすがトーア!あいつ等とぜんぜん違う!」
「っ……ふっ……」
何度も攻撃を弾き、凌いでいるうちにレスティは笑い声を上げた。だがその一撃一撃が重く油断のならないもので、すでにトーアの腕はしびれ始め、息も上がり始めている。
「ふぅん……ならちょっと本気でいくよ」
「な……」
レスティがつぶやくと同時にうねり襲い掛かってくる【不確定性因果律】の先端を左の短剣ではじく。次に迫る攻撃を体を捻りながら右の短剣で横に弾こうとする。
が、先に弾いたはずの胴体部分が迫る【不確定性因果律】の先端の軌道を変えた。
「ぐっ……」
短剣の刀身の腹部分で先端を受け止め、後ろに飛んで勢いを殺しながら横へと弾き飛ばす。着地を狙った攻撃も短剣で押し込んで逸らし、着地する。
トーアは手が痺れることはあるものの、次第に攻撃に慣れ始めており次の攻撃も二つの短剣と体捌きで凌ぎきった。
「さすがはサクラさんやディーさんが褒めるだけのことはあるね」
「え……」
伸ばした【不確定性因果律】を棍の状態に戻したレスティの言葉に、トーアは戸惑う。サクラからもディーから褒められた覚えがなかった。
「『最高の器用貧乏』、『天性のオールマイティ』、『究極の万能プレイヤー』そんなところかな」
「それは……褒められているんですか?」
双短剣を構えなおしながら尋ねる。今は時間が稼げればどんな方法でもよかった。
「もちろん、私もそう思うし……。全ての生産系アビリティを修めているプレイヤーは他にも居るけど、得手不得手っていうものがあるよ。でもトーアはそれがないどころか、他の全く違う分野同士を組み合わせて全く新しいものを作り出せている。そして、こうして私の攻撃を凌ぎ続けれるだけの下地があるんだからね。私が殺した人たちなんて、中堅の下、初心者の上ってくらいの感じだったけど、今のであっさり死んだしね」
そんな風に評価された事は初めてと頭の隅で考えながら、再び始まったレスティの攻撃をしのぐ。だが次第にレスティが距離を縮め始めトーアは距離を取ろうとする。
逃げようとした先に伸びた【不確定性因果律】が繰り出され、妨げられているうちに徐々にレスティとの距離が近づき始めた。
近づくにつれて攻撃が激しくなり避けきれずに攻撃が体をかすり始める。
――レスティさんは私を……殺すつもりだっ!私は、レスティさんを無力化できるほどの力量はない!だからって……だからって、殺されたくない!
そう思っても対策は現状を維持するか、レスティを殺すかの選べない二択しかない。【不確定性因果律】の中心を伸ばし、双剣のように構えて飛び掛ってくるレスティにトーアは足を止め、左手の短剣を順手に持ち替えて迎え撃った。
「っぅ……!」
「ははっ!さすが!さすがトーアだよ!」
双剣に変わったレスティの攻撃は先ほどよりも防ぎやすくなったが一撃がより重たく、距離を取ろうとするがぴったりとレスティはついてくる。
振り上げられた【不確定性因果律】を真正面から受け止めるが手が痺れ、次に迫る【不確定性因果律】を避けることができなかった。
「ぐっ……がぁっ……!?」
左わき腹に一撃が入り体がくの字に折れ曲がる。さらに迫る追撃をよろめきながら後ろに飛んでかわす。レスティの右手に持った【不確定性因果律】が再び蛇腹状に伸び、トーアの左腕に絡みつき引き寄せられる。宙に居たトーアはどうする事もできずに引き寄せられてしまう。引き寄せられた先にはレスティの左手に握られた【不確定性因果律】の鋭利な先端が待ち構えていた。
トーアは思わず、自由な右手を真っ直ぐに突き出す。そしてトーアはレスティの体に当たる。突き出した右手、握られた短剣が半ばまでレスティの腹部に突き刺さっていた。
「な、なんで……なんで!?なんで棍を避けたんですか!?」
「ふ……がっ……はっ……最初から、これが、狙いだったんだ」
血を吐きながらレスティは薄く笑みを浮かべた。
最後の瞬間、レスティは【不確定性因果律】を横に避けてトーアを抱きとめるように腕を広げて、短剣をその身体で受け止めている。
レスティの腹部からは血があふれ出し、短剣のナックルガードを濡らし、トーアのグローブを染めた。暖かな鮮血はレスティの命の温かさでもあり、反射的にトーアは短剣を離そうとする。【不確定性因果律】から手を離し、トーアを抱きしめたレスティはトーアの手ごと短剣を握り、横に捻った。
「ぐぅぅぅっ!!?」
「あっ!あっ!?あああっ!!レスティさんっ……!やめっ……だめっ……!!死んじゃう!!」
音を立てて鮮血が飛び散り、トーアの体を赤く濡らし、二人の足元に血溜まりを作る。レスティはひねった後、短剣を横に動かす。トーアの手にレスティの内臓をかき混ぜる感触と、皮や筋肉を斬り裂いていく生々しい感触が伝わり半狂乱になりながらも止めようとした。そして、ポーションを取り出そうともするトーアの左腕は【不確定性因果律】が絡み付いて動かせず、右手はレスティに掴まれたままだった。
「いい……いいんだ……初めからこうして誰かに殺される事を望んでいたんだ。結局、私が人を殺した事は変わらないし……その罪を……誰かに罰して欲しかった」
「ぁ……あぁぁ……だめっ、ダメですっ!レスティさんっ!そんなっ……」
トーアの視界は既に涙でゆがみ何度も頭を振る。レスティの体からはゆっくりと力が抜け、トーアに寄りかかってくる。足元に広がる血溜まりもかなりの大きさに広がっていた。
「はは……あぁぁ……ありがとう、トーア」
小さな呟きを残し、レスティは光の粒となって消える。
血溜まりと真っ赤に染まった短剣と身体だけが残り、トーアは呆然としながら力なく血の上に座り込んだ。
「あ……あ……あっ……ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!?」
返り血に全身を濡らし、握ったまま離れない真っ赤な短剣を見て叫び声をあげる。
――レスティさんを罰するために殺して、残された私は……どうすればいいんですか?
消えたレスティ問うことが出来ないまま、トーア自身の声が遠くなり意識がぶつりと途切れた。
暗闇の中、レスティとの戦いが何度もフラッシュバックする。濃く生暖かい血の臭い、肉や皮を裂く感触、そして、徐々に力を失っていくレスティの身体の重みにトーアは悲鳴を上げる。
「いやぁぁああぁっっ!!?」
「トーアっ!?」
肩をつかまれ顔を覗きこんでくるギルにはっとして、荒くなった呼吸が不自然に部屋に響いた。
「ぁ……ぁ……ぇ……こ、ここは……?」
「僕のホームドアだよ」
そう言われゆるゆるとあたりを見渡すと、何度か家具を届けたギルの寝室だと気が付いた。呼吸が落ち着いたのを見てか、肩を押さえ込んでいたギルは手を離し、ベッドの端に腰掛ける。
かけたれたシーツを握りこんでいた手を見るとグローブが外されており、身につけていた防具も脱がされ清潔なシャツとズボンに変わっていた。
「あ、あれから……どうなったの?」
聞きたくはなかったが聞かなければならないと思い、ギルに尋ねる。
「トーアの声を聞いて、全員があの場所に集まった。そして、気を失ったトーアを見つけたんだ。サクラさんとディーさんの指示で街に戻ってきた。それで……あの時から一日が経ってる」
「一日も……。……れ、レスティさん……は……?」
口の中が乾き、声がかすれる。ギルは少しだけ迷ったような素振りを見せたあと、口を開いた。
「レスティさんはトーアを見つけたときにはもう居なくなっていた。ディーさんが確認したけど、フレンドリストの表示は灰色に変わっていたよ」
ギルの説明を聞いた瞬間、胸が痛くなり視界がぼやけ、すっぱいものがこみ上げてくる。自然と手で口を押さえるが綺麗になったはずの手からは血の臭いがした。
「わ、わっ……私がっ……私が殺したんだ……」
「トーア、パーソナルブックに罪状は増えてる?」
ギルに言われ取り出したパーソナルブックを恐る恐る開き、プロフィール欄を確認すると“罪状なし”といままでと変わらない表示がされていた。レスティを確かに手にかけたのに罪状が追加されていないことに愕然としながらゆっくりと視線をギルに戻す。
「レスティさんはPKで罪状持ちになっていた。そのプレイヤーを……倒した場合は罪状は追加されない。これはデスゲームが始まる前からそうだった……」
「あっ……で、でもっ!でも!私はっ……私がっ……!!」
殺した罪はないと言われたような気がしてギルにすがりつく。視界がゆがみぐらぐらと揺れ始めるなか、何度もトーアはレスティを殺めたことを口にする。
「私が……私が……レスティさんを……」
「トーア、トーア……!いまは……休むんだ」
ギルの服を握り締めていた手を優しく離され、ギルからゆっくりと頭を撫でられているうちに目を閉じ、意識を失うように眠りに付いた。
暗闇の中でレスティの姿が浮き上がるようにして現れる。レスティは笑顔のまま両手を広げてゆっくりと近づいてくる。
『トーア、私の罪を罰してくれ』
「ぃ……ゃ……だ……め……」
抵抗しようとするものの右手はゆっくりと短剣を構え、近づいてきたレスティの腹部に深く突き刺さった。皮を、肉を、内臓を切り裂く感覚が伝わり短剣を離そうとする。だが手がしっかりと柄を握り締めていた。
『ありがとう、トーア』
レスティがつぶやきと共に消えて、真っ赤に染まった短剣と身体を見てトーアは叫び声を上げる。
夢から覚めて飛び起きたトーアはゆっくりとあたりを窺うと、眠ったときと同じくギルのホームドアにある寝室に居ることを確認して長く息を吐いた。窓の外は暗くなっており、長い時間眠っていたようだったゆっくりと両手を開くと寝る前とまったく変わりなかった。
――どうして……どうしてこんなことになったんだろう。
身体を起こしたまま、静かに涙が流れ始める。流れる涙はなぜか冷たく感じた。
外が明るくなってきたがトーアは一睡もすることもなく朝を迎える。睡魔に負けて意識が途切れると再び血溜まりのなかでレスティを刺し、抱きかかえる夢を見て目を覚ますという事を繰り返していた。
「おはよう、トーア」
「おはよう……ギルはどこで寝ているの?」
「新しい寝室を用意したから気にしないでいいよ。何か食べれそうかい?」
ギルが手にしていたトレイにはパン粥が入ったグラタン皿あり、湯気が立ち上っている。香ってくる甘い臭いに食欲ではなく、吐き気がこみ上げてきた。
「……ごめん、食べれそうにない」
「わかったよ……眠れていないみたいだし、少し眠ったらどうかな?」
ギルの言葉に小さく頷いてベッドに横になり目をつぶる。扉が閉まる音にギルが退室したことを察した。
目をつぶり眠るたびにレスティを殺す夢を見る。そのたびに飛び起きるのを何日も繰り返すうちに、トーアの目の下に隈ができていた。
食事も取れず、頬がこけ始めていたがトーアはそれを気にすることはなかった。
――私がレスティさんを殺さなかったら私が死に、ディーさんかサクラさん、ギル、他の人がレスティさんを殺すことになったのかな……。
それが良かったのか、レスティを生かす方法はなかったのか、もっと別の方法はなかったのか、と同じ思考をぐるぐると回る。
「どうして……私が生き残っているの……レスティさんに殺されればよかったのかな……でも……それは……」
答えが見つからず、身体を横にすることも出来ず、身体を起こしたままでトーアは虚ろな表情で考え続けていた。
「…………」
「……トーア?」
いつの間にか傍に座っていたギルが顔を覗きこんでくる。緩慢な動作でギルに視線を向けると少しだけやつれたように見えた。
「ギル……私の……せい?」
枯れたと思っていた涙が溢れ、視界が歪む。ギルの頬をそっとなでると驚いた顔をしたギルはそのまま目を伏せて小さく首を横に振る。
だがトーアはレスティを殺めてからずっとギルに世話をさせていることに気が付いてしまった。
「違う、トーアのせいなんかじゃない」
「私がっ……悪いのっ……レスティさんを殺して……それからずっとギルのところにっ……!」
「トーア!」
ギルにすがりつき何度も謝罪の言葉を口にした。ギルは躊躇する様子もなくやさしく抱きしめてくる。それでも、ギルの重荷になっている事がトーアの弱った心を辛うじて支えていた最後の何かを砕いてしまった。
「ギル……ギル、私を……殺して」
ずっと罰を受けるべきだと考えていた。レスティを殺したはずなのに、パーソナルブックの罪状は追加されず、誰もトーアを責めず、ギルに優しくされることに甘んじていた罪悪感にトーアの心は折れた。
「トー……ア……」
抱きしめられていたギルの腕に力がこもり、よりきつく抱きしめられる。その力強さに少しだけ安らぎを覚えた。
「トーア。トーアがそれを本当に望むのなら、僕がトーアを殺してあげる。だけど……そのあと、僕は死ぬ。トーアを殺して生き続けようとは僕は、思わない」
耳元で囁かれるギルの言葉にトーアは、自身がレスティにされたことをギルに背負わせようとした事に気が付いた。
「ぁ……あぁぁっ……やだっ……だめぇ……!そんなのっ……ごめっ……ごめんなさいっ!私っ……こんな、なんでっ……ごめんなさいっ……ごめんなさいぃ……!」
半狂乱になり咽び泣きながら何度も『ごめんなさい』を繰り返す。ギルは大丈夫と優しく声をかけて続け、トーアが意識を再び失うまで抱きしめ続けてくれていた。




