062 帰路の雑事
「こちらに核を用意させていただきました。私も出ていたほうがよろしいでしょう。計測の用意ができましたらお呼びください」
これで部屋には私とシルヴィアとパウラだけ。
ちゃんと核も用意されている。
灰石象と同程度のサイズの核が計10個。
これらの魔力を差し替えるだけで、金貨100枚以上を簡単に稼げることができるとはなんて素晴らしいことだろう。
「パウラ、あなたは見ているだけよ。もっとも何も分からないとは思うけれど」
魔法使いでもない限り、そして魔力を見る才能のない者は他人の魔力の変化に鈍感だ。
核の総魔力量の変化は見ていても分からないだろう。
「まずはシルヴィア。この核を見てちょうだい。周りの核との違いは分かる?」
丸呑鯨の核と用意された核との違い。
吸収できる才能の有無を見分けることができなければ、シルヴィアに頼れなくなってしまう。
「これは……不思議な感覚です。魔物の核は初めて見るはずですのに、この核とそちらの核だけは特別なもののように感じます」
「そうそう、それが……なんですって?」
「この丸呑鯨の核もそうですが、似たような感じの核がもうひとつ紛れていませんか?」
シルヴィアに指摘されて初めて気づいた。
テーブルに並べられた10個の核。
その中のひとつも非常に美味しそうだったのだ。
なんという幸運だろうか。
これならばアルベルトが連れてくるであろう傭兵にもすぐに教えることができる。
もちろんその前に血族にすることが必要で、それも私が気に入るかどうかが前提にはなるけれど。
「このひとつは頂いておきましょう。それではシルヴィア、その核をどうしたらいいのかはもう分かるわね?」
「ええ……触れているだけで、何をどうしたらいいのかが分かります」
丸呑鯨の核がシルヴィアの胸に抱かれる。
同時に魔力が核からシルヴィアへと流れ込んていく。
一分にも満たない時間だったけれど、淡く煌く魔力の輝きは目に焼き付いて離れないのだろう。
「……これで終わりでしょうか」
シルヴィアから核を受け取ると、中身は空っぽになっていた。
新たに芽生えた才能は……伝達。
丸呑鯨はこの才能で周囲の魚たちを操っていたのだろうか。
シルヴィアが覚えたところで、魚と会話できるだけならば無意味限りないスキルになる。
時間がないので検証は後回し。
「どうやら上手くいったようね。今ならテーブルに並んでいる核からも魔力を吸えるようになっているはずよ」
「……あら、不思議ですね。先程までは何も感じなかった核のはずですけれど」
「核は何も変わっていないわ。変わったのはあなた。核に対しての理解が深まったのだと思いなさい」
というかそれ以上は説明できないのだ。
私も核から才能を吸い出せば理解できるのかもしれないが、残りのひとつの核も使用者は決まっているし。
シルヴィアが魔力を吸い出す端から私が魔力を込めていく。
ひとつ金貨30枚として全部で300枚か。
これだけでも一生暮らしていけるだけの価値がある。
持ち逃げなんてしないけど。
全ての核に魔力を込め終えた。
さすがに10もの核を吸い取れば、シルヴィアの魔力も人並み以上へと増えていた。
口を開くと魔力が減ることには変わりないが、少なくとも数日食事を抜いたぐらいで倒れることはないだろう。
「あとはゲルト組合長に買い取らせるだけね」
「……今、何かしたのか?」
「そうよ。と言ってもパウラには分からなかったでしょうね」
自分の魔力の流れにも気づかないぐらいなのだから、核の魔力の変化に気づくはずもない。
「本当に何かしたのか? 私にはただ触れているだけにしか見えなかった」
「さて、それは値段を知れば分かることでしょう」
ゲルト組合長はすぐにやってきた。
待ちきれずに部屋のすぐ外で待機していたのだ。
「ほう……これはこれは、いや素晴らしい。どれもが比べ物にならないほどの魔力を持っていますな」
測定器で魔力を調べるなり、ゲルト組合長は笑いを抑えられない様子だ。
「そうでしょう。全部でいくらになるかしら」
「はて、ひとつ足りないようですが……?」
「手間賃だと思いなさい」
「……まあいいでしょう。全部で金貨280枚といったところですか」
ぽんと、間違いなく重いであろう金貨袋が渡された。
手間賃なり、用意された核の値段なりを差し引いでも十分な額だった。
「悪いわね」
「いえいえ、これからもどうかご贔屓に」
これで去るというのに、ゲルト組合長の挨拶はあっけのないものだった。
「はい、金貨100枚」
「なんだ、いらないと伝えたはずだが」
「傭兵に貸しを作るとどうなるか分からないじゃない。そんなの嫌よ」
「信用ねえなあ。ま、貰えるものなら貰っておくか」
金貨100枚をアルベルトに渡す。
順調に行き過ぎて、非常にあっさりとした契約だ。
それこそ本当に契約したのか不安になるぐらい。
「それで、早速向かうのか」
「日の出前には街から離れなきゃ煩そうだもの」
「そうか。こっちからはパウラ、ピエール、コロナの三人を連れて行ってくれ。詳しいところはピエールと相談しといてくれるとありがたい」
「アルベルトは来ないのね」
「他の奴らを回収しなくちゃいけないし、一度拠点に戻る必要もあるからな。ピエール、まずは何人連れていけばいいのかを確かめておいてくれ」
彼らは彼らで別の馬車を用意していた。
さすがにシーラの馬車に七人は乗れないだろうから助かる。
「金策方法についてはコロナに教えてやってくれ」
「あくまでも私が気に入ったらよ?」
「分かってるさ。無理だったら別のやつを連れて行く」
この様子だと魔法使いも何人も抱えているのだろう。
さすが名だたる傭兵団と言ったところか。
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日の出までにはもう少し時間があるけれど、遠出をする商人は今の時間から動き出している。
その商人を相手にするための露天もいくつか開いており、おかげで最低限の食料だけは買い込むことができた。
その後は他の商人の流れに乗って、何事もなく街の外へ。
レーゼル共和国の首都スクラーデルにいた時間は短いけれど、忙しい毎日だった。
「これからハインドヴィシュへと向かうということでよろしかったでしょうか」
スクラーデルを離れ、追手がかからないと確信できたあたりで馬車を寄せたピエールが話しかけてくる。
まあ漁師がすぐに追いかけてくるとは誰も思ってなかったけれど。
「ええ、そのつもりよ」
「お急ぎでなければ、いくつか途中の街へと寄っていたたきたいのですが」
「構わないけれど、どうして?」
「仲間に伝えておこうかと。場合によっては拾っていくことも考えていますが」
傭兵は首都以外にもいるのだったか。
……アルベルトは一度拠点に戻ると言っていたけれど、何も全員が戻る必要もないのだろう。
最後にはどうせハインドヴィシュ公国へと向かうのだから。
「分かったわ。でも多すぎると宿も困ることになると思うの。そんなに大勢を受け入れる宿はないと思うわ」
「そのあたりは大丈夫でしょうよ。最悪は野宿をさせたらいいのです」
……自分だけは宿に泊まるって聞こえたけれど。
「私のお店が提供できるでしょう。地下と一階でそれなりに人は泊められます」
御者をしているシーラも混ざってくる。
そうか、今後は私が売る核だけを専門とするから店を開く必要もなくなるのか。
「それはいいですね。何名ぐらい受け入れられそうでしょうか?」
「地下は個室と倉庫、一階はカウンターもありますから……。眠ることだけを考えたら15名前後でしょうか。寝具はありませんけど」
「素晴らしい。それだけ広ければひと月は十分でしょう」
あえて二階は省いて説明していたけれど、もしかしてシーラは二階に寝泊まりするつもりなのだろうか。
……傭兵と一緒って、何かあってもおかしくないのに。
「シーラはどこに泊まるつもりなの?」
「……もちろんお店の二階ですけれど」
「止めたほうがいいのではないかしら。勝手なイメージだけれど、討伐者も傭兵も野蛮な人は多いと思うわ。襲われるかもしれないわよ」
「……残念ながらその可能性は否定できませんね」
ピエールが特に気を悪くすることはなかった。
それどころか同意した。
さすがに集団で、なんてことはないだろうけれど、強引に誘うことはありそうだし。
断りきれずに、なんて人も今までにいたのだろう。
「だったらシーラとシルヴィアも私と同じところに泊まりなさい。まだなんとか入るはずだから」
「よろしいのでしょうか」
「あなたに何かあったらシルヴィアが悲しむじゃない。そんなのは嫌なのよ」
母娘の関係がなかったらどうでも良かったんだけれどね。
帰り道は急ぐ必要もなく、行きとは違って普通の商人が通る街道を進んでいくことになる。
だから自然と道中の街や村にも寄ることになるのだった。
「傭兵に限ることでもありませんが、伝達を明確にするためにも五人一組での運用を基本としています」
「討伐者のパーティーが六人までと定められているように?」
「その通りです。国によっては10人で最小の隊とする場合もありますが、大体は五~六人でしょう。もちろん運用にはいくつかの小隊を組み合わせることになりますが」
それが多いのか少ないのかは分からないけれど、これまでの経験から考えられた結果なのだろう。
戦場は煩いだろうし、すぐ近くの声しか聞こえないだろうし。
「それで、この街にはいくつの小隊が詰めているのだっけ」
「四つですよ。まあ近くの村もまとめて見ているので、常駐している数はもっと少ないですがね」
「じゃあ今は挨拶だけなのね」
「さすがに20人も連れて行くことはしませんよ。彼らは四つの小隊がまとまっているだけあって、わざわざ私が面倒を見る必要もありません」
「あ、そう……」
まあ次の仕事を伝えるだけでも必要なことだとは思う。
一言一言に、ほんの少しだけ自身を持ち上げる言葉が見てとれるのはどうかと思うけど。
小さな街だ。
街壁というには背も低く、規模も小さいので村との区別がつきにくい。
この規模に小隊が四つというのは確かに多く、周囲の村々も兼任で守っているのは当然だと思えた。
「私たちはどうしますか?」
「今日は泊まることになるのだし、自由にしていたらいいでしょう。宿もすぐ決まったことだしね」
街に入るとピエールはパウラを連れてすぐに出かけていった。
ここにいる傭兵に次の仕事を説明するそうだ。
ちなみに宿代は私持ち。
核の売却額が余っていたので文句はない。
「自由と言われても……」
そういえば、主体性を持った人は少ないのか。
シルヴィアこそ興味津々に街を見回しているけれど、そもそもシーラは諦めているし、ユーリアは興味がなさそうだ。
まだ自己紹介しかしていないコロナに限っては、寒いのか身体を小さく丸めてたまに震えている。
「……それじゃあシルヴィアにはお土産を選んでもらおうかしら。シーラはシルヴィアの面倒を見てあげて。私たちは宿で待ってましょう。ユーリアとコロナには話すこともあるのだし」
「そうですか? それでは私たちはお店を見てきますね」
「夕飯までには戻ります」
ヘルダ達へのお土産はシルヴィアに任せて、私はさっさと宿へと戻る。
シルヴィアに限っては夜に戻ってくる必要もないのだが、できる限り傭兵には怪しまれたくないところだ。
そのためには、目の前の二人とお話して今後の食事を増やしておきたいところ。
コロナには教えなければいけないこともあるのだし。
宿ではピエールの個室と私たち用の大部屋を貸し切った。
もともとは雑魚寝用の大部屋だから意外と安くなったのは助かるところ。
シーラもある程度の貯えはあったけれど、これからの約一ヶ月は消費する一方だから節約するにこしたことはないのだ。
「それでは……まずはユーリアから話しましょうか」
漁師という立場を捨てて、恐らくは国も捨てるであろうユーリア。
今後は傭兵になるつもりのようだったが、実は私は反対だ。
「傭兵になるけど?」
「そうなんだけどね、あなたには討伐者を勧めたいの」
「どうして?」
もちろんユーリアの才能を見たからだ。
海に出ても魚に襲われない理由、そこには彼女の才能が関係していた。
丸呑鯨を狩る前夜、握手をした時にその才能は確認している。
「あなたの才能が、討伐者で活かせるからよ」
その才能は誘惑。
人ではなく、魔物を魅了する力。
魔物をおびき寄せたりも、逆に離れさせるその才能は、討伐者でしか活かせない。
「あなたは魔物に襲われない。でもそれは才能の半分だけ。誘惑という才能は、魔物を引き寄せることもできるはずよ」
「でも、討伐者は仕事がないよ」
「それはレーゼル共和国の話でしょう。これから向かうハインドヴィシュは、討伐者の仕事ばかりよ」
そして魔物も多く現れる。
誘惑という才能を使いこなせたならば、きっと討伐者のほうが儲けられるだろう。
「基本的には魔物と戦うだけの仕事よ。人も相手にする傭兵よりはよっぽど気楽ね」
「じゃあ討伐者になる」
「……いいの?」
「うん。仕事があればなんでもいいから」
説得する必要もなくあっさりとした返事だった。
しかし、誘惑か。
思うに表に現れない才能というのは多いのではないだろうか。
魔法の才能は見たらすぐわかる、武器の才能だって自覚できる、でもその他の才能は?
クラーラは鍛冶にも才能があると言っていた。
似たようなものは、きっとたくさんあるのだろう。
「納得してくれたのなら構わないのだけれど、あなたの才能はあとで詳しく教えてあげる。魔物が出てきたとき、きっと役に立つはずよ」
街中で魔物を呼び寄せるわけにもいかないから、今できる説明はこんなものだろう。
それに討伐者になると言ったって、武器も扱えるようにならなければならない。
もっとも、ユーリアは全く気にしていないように見えた。
そして本番、コロナについてだ。
傭兵からの依頼は、コロナにも核から魔力を吸い出し、そして補充できるようにすること。
どこまで教えるべきなのか、この場で見極めなければならない。




