056
大陸南部に位置するサルデルン連邦には多くの傭兵団が存在する。
元々は小国の兵隊だったらしいが、いつの間にやら国という枠組みを超えていたそうだ。
連邦自体が小国がいくつも連なってできた国で、今でも国の首都なんて存在しておらずに元々の小国だった領土で法が違ったりするのだとか。
唯一のサルデルン連邦の法律は、国内での直接の争いを禁ずるだけ。
小さな諍いではなく、傭兵団を用いた大規模な争いを、小国を直接支配することを禁じたのだ。
多分だけれど、その法律ができたからこそ傭兵団が生まれたのだろう。
直接支配ができないのなら、間接的に支配してしまえばいい。
部力で解決できないことは金で解決しよう。
傭兵団に外貨を稼がせればいいのだと。
「傭兵団は無数にあるが、もちろんどれもが強いわけじゃない。ブリュームヒェン傭兵団、エアシュテング傭兵団、それと俺たちゼルファレン傭兵団。この三つが飛び抜けていると言っていい」
「まるで自分たちが優秀だと言っているようね」
「優秀さ。もちろん根拠もある。なにせこの国に雇われているんだからな」
レーゼル共和国が傭兵団に国防を任せることになったとき、すぐにひとつの問題が持ち上がった。
雇った傭兵たちが裏切ったらどうなるのか。
雇われた金を手にレーゼル共和国をも襲うとは考えられないのか。
その対策が三つの傭兵団。
力ある傭兵団のうち二つを雇う。
国内でお互いの傭兵団を監視させたら裏切られない。
大きな二つの傭兵団を雇ってしまえば雇われなかった残り一つの傭兵団も手を出せない。
ただそれでは不満も溜まるだろう。
だから五年周期で、雇う傭兵団を変えるのだ。
五年以内に二つの傭兵団を相手にするか、五年待ってレーゼルに雇われるか。
当初の決断がどのようなものだったのかは分からないが、少なくとも今現在まで大きな問題は起きていない。
「今雇われているのはエアシュテング傭兵団と俺たちの傭兵団でね。俺たちの傭兵団はそろそろ任期を終える。だからこうして挨拶回りをしていたというわけだ」
「……なるほどね。随分と丁寧に説明してくれたようね」
「そりゃこれから仕事を探さなくちゃならないからな。客になりそうな相手には丁寧に接するさ」
「いきなり剣を向けることが丁寧な扱いなのかしら」
「それはさっきの説明でチャラだろう。むしろ払いすぎたぐらいだね」
「……そうね、そうかもしれないわ」
特に、傭兵団がいくつもあるのだとは知らなかったから大事な情報だ。
「つーわけで今度は俺の質問だ。あんた、何者? 本当にハインドヴィシュの関係者なのか?」
「……どういう意味?」
「次に雇われる客を探していると言ったろう? 二本槍の一本ではなかった以上、ハインドヴィシュの者ですらない可能性を疑うのは当然だ」
「私がアデライドから来たと?」
「可能性は低くないだろう。ヴィッテリーアを落とせなかったって聞いてるぜ」
ヴィッテリーアというと、アデライド帝国が攻め入ったフルシャンティ王国北部の城塞都市だったはず。
どうやら移動している間にも戦況は動いていたみたい。
「ま、さすがのアデライドでもフルシャンティの戦姫が相手ではな。んて、戦力の足りないアデライドは傭兵に声をかけると。どうだ、間違ってるか?」
だからアデライドから来たと思われてるのか。
心外だ。
あんな豚の手先だなんて思われたくない。
「全く違うわね。私はハインドヴィシュのリタ姫から直々に頼まれたの。ハインドヴィシュの国王は防衛に金を使わない。ならば外部に頼るしかないとね。だからこうしてお金を稼いで、傭兵にもコンタクトを取ってるの。私はイルザ。決してアデライドの味方はしないわ」
言い切ってやった。
そう言えば自己紹介もまだだった。
「そりゃあ……悪かったな。俺はアルベルトだ。こう見えても団長をやっている」
「……若いわね」
「嘘じゃねえさ。いざというときに即決できるよう、頭は若くなくっちゃな」
若くとも愚かではなさそうだ。
それよりも気になることがある。
「さっきの話しぶりだと、私がアデライドの者でも構わない様子だったけれど」
「全く構わないね。俺たちとしては金さえ払ってくれるならどこにだって雇われる。今のアデライドなら金払いも良さそうだからな」
「アデライドは大陸全土を支配するつもりのようだけど?」
「俺たちは傭兵団だ。土地にこだわりはないし、アデライドだって何も他の国の奴らを絶滅させるわけじゃあない。勝つ方につくのは当然だ」
「アデライドはフルシャンティに負けたんでしょう? それならフルシャンティにこそ協力すべきでしょう」
「フルシャンティはダメだな。あの国もアデライドと変わらず野心が強いし、何より傭兵を認めてない」
フルシャンティ王国は騎士の国。
でも実態は規律の国らしい。
身分に厳しく、平民はずっと平民のまま。
騎士はしっかり働くけれど、その分税も高いらしい。
私としても住みにくい国は御免だった。
それにしても野心が強いとは。
フルシャンティ王国は大陸すべてを騎士で埋め尽くしたいのだろうか。
「カノ王国が一番なんだけどな。だが野心がないからアデライドを攻めることもない」
カノ王国も騎士の国と言われているが、フルシャンティ王国とは違い民にも優しい。
望めば誰でも学校に入れるし、成績次第では騎士にもなれる。
その騎士も規律に厳しいわけではなく、武器だって好きなものを使っていい。
自由な国。
それがカノ王国を一言で表すのにふさわしい言葉なのだ。
「傭兵ってそこまで詳しいのね」
「いつ誰が雇い主になるか分かんねえからなあ」
「……ちなみにだけど、あなた方から売り込みもするのかしら」
「そりゃあな。次の任期まで五年、ぼーっと過ごすわけにも行かねえだろ」
そして、売り込む先はアデライド帝国の可能性が高いと。
これは重大なことを聞いたのではないだろうか。
傭兵団の規模は分からないが、もしも傭兵団がアデライド帝国に協力するならば、ただでさえ有利と思われていたアデライド帝国を止めることができなくなってしまうのではないか。
今すぐにでも契約したほうがいいのかもしれない。
「いくら?」
「あ?」
「あなた方を雇うためには、いくら用意したらいいの」
「ほう……」
今、アルベルトの中では計算が行われているはずだ。
アデライド帝国に売り込んだとき、どれほどの額で雇ってもらえるのか。
ましてや小国ハインドヴィシュに協力するのだから、危険手当を吹っかけなければならないのだ。
「そうだな……一年で決着するとして、俺たち全員を雇うのに金貨1万枚といったところか」
──金貨1万枚。
昨日の儲けを3,000回繰り返してやっと届く額。
とてもじゃないが払えない。
「高すぎるわ」
「そんなこたあない。俺たちは命をかけるんだ。一人頭金貨の一枚や二枚で済むはずがねえだろ」
となると傭兵団は数千人規模か。
やはりアデライド帝国に協力させるわけにはいかなかった。
「全額前払いなんて言わないわよね?」
「そんなことされたら持ち逃げしちまうよ。ま、金貨1万枚は最大限働いたときだ。基本は出来高払いだから。まずは金貨100枚か。あとは日数とその都度結果を出したときに払えばいい」
100枚……それならば、運がよければ滞在中に稼ぐことも不可能ではない。
もちろんそれなりの強い魔物の核を手に入れることと、その核が才能を持っていることが前提だ。
「ちなみにだが……今あんたが手を上げたところで俺たちが雇われる可能性は皆無だ」
「……どうしてよ」
「だってハインドヴィシュだろう? 国民にケチな王だということは俺たちの間でも有名だ。しかもアデライドに敵うとは思えない。それでも雇いたきゃ、前評判を覆す何かがなきゃなあ」
アルベルトはニヤニヤ笑っている。
……それはつまり、名を売れということなのか。
こいつがいたら戦争にも勝てると。
または恩を売れということだろう。
仕事を受けざるを得ない状況を作り出せということだ。
「難しく考えるなよ。俺たちはただの傭兵だ。金よりも大切なものもあるだろう」
そして分かりやすく剣に手を添える。
斬り殺してやろうか。
「俺たちとしても心苦しいことがひとつだけあってな。レーゼルとの契約はそろそろ切れるんだが、ひとつだけ依頼をこなせそうにない。このままだと引き継ぐ傭兵団に笑われてしまうかもしれん」
「……どんな依頼よ」
「お、受けてくれるのか。なに、そう難しいことじゃない。ちょっとミストレア内海に巣くった魔物を倒してくれるだけでいい」
「あなた達でも倒せないのに難しくないですって?」
「ははっ、数日はアデライドと交渉しないでおいてやるよ。破格だろう?」
ああ、本当に斬り殺したくなってくる。
でもそんなことをしたら傭兵団が敵になるだろう。
私にできることは、見返すことしか残っていない。
──いや……
「依頼を受けてあげてもいいけれど、その前にひとつお願いを聞いてもらえないかしら」
何無駄に金を稼ごうとか考えていたのだろう。
こいつが傭兵団の頭だというのなら、いちいち金を払う必要もないではないか。
「おいおい、怖いな。目が赤く光ってるぞ」
でも──
力を込めて睨んでも、アルベルトのふてぶてしさは変わらなかった。
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アルベルトと交わした約束は魔物退治。
お目付け役ということでもないだろうが、明日の朝に傭兵団の腕利きを一人差し向けるそうだ。
それにしても驚かされた。
まさか暗示が効かないだなんて。
魔力を多く持つ相手、力ある相手には私の暗示も効かないようだ。
あのあとゲルト組合長から魔物の話を聞いた。
海に巣くう、大型の船ほどもある大きな魔物。
強さは間違いなくAランク相当。
なかなか水上に現れないことが依頼の難易度を大幅に上げていた。
シーラの家の扉を勢い良く開ける。
ドスンと椅子に腰を下ろす。
どうやら私はまだ落ち着いていないようだ。
「はあ、疲れたわ」
「すぐにお茶の用意をいたしますね」
シルヴィアはもう家の間取りにも慣れたみたい。
ああ、当初は動けてたんだっけ。
用意されたお茶を飲んで一息。
未だイラつきは収まらないが、少なくとも態度に出さない程度には落ち着けた。
しかし魔物退治か。
それも普段は海の中に潜んでいる魔物。
倒し方なんて検討もつかない。
決して私が水の苦手な種族でなかったことは幸いか。
「シーラ、詳しいことを教えなさい」
「はい……」
シーラはずっと大人しかった。
それはシルヴィアもだけど、私の邪魔をするつもりはないみたい。
「昔から困っていることなんです。ミストレア内海は荒れませんから、私たちの作る船でも使えないことはありません。けれど定期的に魔物に襲われるので遠出もできません。もしも魔物を倒せたら、討伐料の他に各組合からも報酬が出るはずです」
「……外の大陸の船は襲われないの?」
「向こうの船は鉄でできていますから」
薄々わかっていたけれど、技術力には大きな違いがあるようだ。
見慣れた光景ではあるが、私も鉄の船が海に浮かぶ理由は知らない。
「お礼は期待できるのかしらね」
「安全に魚をとれるようになりますから……それに、こちらからも向こうに行けるようになるかもしれません」
ああそうか、向こうの船しか出せないということは、取引の主導権も握られているということか。
それがどれほどの影響を持つのか分からないが、少なくともいいことはないだろう。
「さすがにどんな魔物かは知らないのよね?」
「港の漁師なら知っているはずです」
さてどうしようか。
一度はこの目で見ておきたい。
壊す前提で船に乗るのが一番だけれど、それにもお金がかかりそうだし。
「とりあえず話だけでも聞いてみましょう。もう少し詳しく知らなければ何も考えられないわ」
「ねえイルザさん。私、お腹がすいてきちゃいました」
「シルヴィア……いえ、そうよね……。あなたは好きにしていいわ。この時間だもの、夫の帰りを待つ妻も暇をしているはずよ。ご飯は自分で見つけなさい」
「いいのですか」
「当然よ。……ああ、相手は女性だけにしておくのよ」
「分かっていますよ。これでも亡き夫に操を立てているのですから」
シルヴィアはシーラから父親のことを聞いたそうだが、特に取り乱したりはしなかった。
母親だし、もしかしたら気づいてたのだろうか。
それとも自分が死ぬと知ってたから覚悟してたのかもしれない。
今はどうでもいいことだ。
シルヴィアを見送って、シーラを伴って港へ向かう。
レーゼル共和国の首都スクラーデルは海に面しているので潮の匂いがきつい。
自分の身体も臭くなりそうで、できたら早めになんとかしたいところだ。
「この時期になるとな、至るところからわんさか湧いてくるのよな。せっかく魚の美味い時期だというのに仕事にならん」
シーラの仲介で何名かの漁師と話したが、似たようなことしか聞けなかった。
そもそも漁師とは海の魔物を専門とする討伐者のようなもので、単身小舟に乗り海へ出るのだそうだ。
海の魔物は相手によっては緑醜鬼よりも弱く、しかし緑醜鬼よりも美味しい。
特にこの時期は外海から内海に魚が移ってくるので絶好の漁の機会なのだとか。
ただしもちろん海の魔物も人を狙う。
そして移動してくるのは弱い魔物だけに限らない。
小さな魚ならば漁師も対応できるが、大きな魔物は小舟を漁師ごと丸呑みするそうだった。
「大きさでいうなら森の中域深部といったところかしらね」
「魔の森を知ってるのか。デカさだけならBランクってとこだがな、海の中ってのが問題だ。普段から浅いところにはいてくれりゃあよかったんだがな」
「そうなると自分を囮におびき寄せるしかない、か……」
いや、囮なのだから自分でなくとも構わない。
囮が襲われたところを私が襲えばいいだろうか。
「どうするにせよまずは実物を見てみたいわね」
「なんだ、倒すつもりなのか?」
「ちょっと理由があってね、有名にならなくてはならないの」
「大変なこったな。それとあの化物の姿なら見ることができるぞ」
「そうなの?」
「この時期の魚が美味いってことは、実際に漁をしてる命知らずもいるってこった。見たけりゃ明日の朝にでも来るといいさ」
姿を見たら妙案も思い浮かぶかもしれない。
漁師に礼をいい、明日に備えることとなった。




