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公国の真紅の瞳  作者: ざっくん
第3章
52/70

050 プロローグ

 これを長閑(のどか)と訳せる人は、きっと普段から退屈な日々を送っているからなのだろう。

 長閑ではない、何もないのだ。

 変わらない景色、変わらない風の匂い、ずっと聞こえる木のきしむ音。

 それでも揺れが一定でないからまだマシなのかもしれなかった。


 旅のお供は私ともう一人。

 御者台で馬を操っている背中が見える。

 その背中を荷台の上から見ているのだ。

 なにせ荷馬車には屋根がないのだから、それはどこまでも見えるというものだ。

 いちおう荷物には布が掛けられているし、雨が降れば濡れないように広げられる。

 ただ横風を防げるものではないので、その時は私も御者台に移動して一緒に雨に打たれるのだ。


「魔物ね」


 たとえ横になっていても、近づく魔物の気配は逃さない。

 御者台ではビクッと身体を震わせているけれど、今日だけでも四度目なのだからそろそろ慣れてもいい頃だ。


 バランスを取るまでもなく荷台に立ち上がると、馬車をめがけて疾走する飢餓犬(アンリュード)が三匹見える。

 他に隠れている様子はない。

 これから起こることは間違いなく退屈な戦いであり、思わずため息をついて連接剣を構えるのだ。


 馬車が止まるといよいよ飢餓犬(アンリュード)も迫ってくる。

 三匹同時に、囲むように迫ってくる。

 連接剣を前にして、二匹や三匹の連携なんて無意味なのに。


 飢餓犬(アンリュード)は犬だけあって身のこなしが素早い。

 だからといって追えない程ではないし、それ以上に早く動けば問題にもならない。

 そして、操作に慣れた連接剣の動きは飢餓犬(アンリュード)とは比べ物にならないのだ。


 連接剣を掲げて伸ばす。

 天まで届くことはないが、長剣では届かない位置。

 そこから思い切り振り下ろす。

 もちろん長さは都度調節し、まっすぐ向かってきた飢餓犬(アンリュード)の一匹、その頭だけを真っ二つに切り裂いた。

 毛皮はできるだけ綺麗な方が値がつくから、傷は少ないほうがいい。


 振り下ろされた連接剣だけれど、地に埋まることなく角度を変えて地面スレスレを疾走する。

 荷台に立ち上がったままの私を中心に。

 二匹、三匹。

 血を這う連接剣が飢餓犬(アンリュード)の首を落とせば戦いは終わりだった。



 飢餓犬(アンリュード)の死体を連接剣で引っ張り上げて荷台の端へ。

 私は御者台へと移動して、代わりに御者を務めていた女性が荷台へと移動する。

 解体は私の仕事ではない。

 ヨゴレ仕事は下々の者がふさわしい。

 この数日で、馬の操作にも少しは慣れたのだ。

 さすがに乗馬は難しいけれど、御者台から操るぐらいなら簡単だった。


 荷台からは血の匂いが漂ってくる。

 彼女が血まみれになりながらも解体しているからだ。

 目当ては飢餓犬(アンリュード)の核と毛皮。

 肉も食べられないことはないけれど、これから向かう場所ではお金にならないから捨てる予定。

 美味しくないし、荷物を無駄に増やすこともないのだった。


 それにしても、なんと退屈な旅だろう。

 街を出てから今日で三日。

 旅に出ると決めたのは私の判断だったけれど、早くもこの旅を後悔しているのだった。


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