050 プロローグ
これを長閑と訳せる人は、きっと普段から退屈な日々を送っているからなのだろう。
長閑ではない、何もないのだ。
変わらない景色、変わらない風の匂い、ずっと聞こえる木のきしむ音。
それでも揺れが一定でないからまだマシなのかもしれなかった。
旅のお供は私ともう一人。
御者台で馬を操っている背中が見える。
その背中を荷台の上から見ているのだ。
なにせ荷馬車には屋根がないのだから、それはどこまでも見えるというものだ。
いちおう荷物には布が掛けられているし、雨が降れば濡れないように広げられる。
ただ横風を防げるものではないので、その時は私も御者台に移動して一緒に雨に打たれるのだ。
「魔物ね」
たとえ横になっていても、近づく魔物の気配は逃さない。
御者台ではビクッと身体を震わせているけれど、今日だけでも四度目なのだからそろそろ慣れてもいい頃だ。
バランスを取るまでもなく荷台に立ち上がると、馬車をめがけて疾走する飢餓犬が三匹見える。
他に隠れている様子はない。
これから起こることは間違いなく退屈な戦いであり、思わずため息をついて連接剣を構えるのだ。
馬車が止まるといよいよ飢餓犬も迫ってくる。
三匹同時に、囲むように迫ってくる。
連接剣を前にして、二匹や三匹の連携なんて無意味なのに。
飢餓犬は犬だけあって身のこなしが素早い。
だからといって追えない程ではないし、それ以上に早く動けば問題にもならない。
そして、操作に慣れた連接剣の動きは飢餓犬とは比べ物にならないのだ。
連接剣を掲げて伸ばす。
天まで届くことはないが、長剣では届かない位置。
そこから思い切り振り下ろす。
もちろん長さは都度調節し、まっすぐ向かってきた飢餓犬の一匹、その頭だけを真っ二つに切り裂いた。
毛皮はできるだけ綺麗な方が値がつくから、傷は少ないほうがいい。
振り下ろされた連接剣だけれど、地に埋まることなく角度を変えて地面スレスレを疾走する。
荷台に立ち上がったままの私を中心に。
二匹、三匹。
血を這う連接剣が飢餓犬の首を落とせば戦いは終わりだった。
飢餓犬の死体を連接剣で引っ張り上げて荷台の端へ。
私は御者台へと移動して、代わりに御者を務めていた女性が荷台へと移動する。
解体は私の仕事ではない。
ヨゴレ仕事は下々の者がふさわしい。
この数日で、馬の操作にも少しは慣れたのだ。
さすがに乗馬は難しいけれど、御者台から操るぐらいなら簡単だった。
荷台からは血の匂いが漂ってくる。
彼女が血まみれになりながらも解体しているからだ。
目当ては飢餓犬の核と毛皮。
肉も食べられないことはないけれど、これから向かう場所ではお金にならないから捨てる予定。
美味しくないし、荷物を無駄に増やすこともないのだった。
それにしても、なんと退屈な旅だろう。
街を出てから今日で三日。
旅に出ると決めたのは私の判断だったけれど、早くもこの旅を後悔しているのだった。




