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公国の真紅の瞳  作者: ざっくん
第2章 揺らぐ異国の蜃気楼
40/70

039

 リーダーの女性は名をサーバといった。

 残る二人はトスカとジータ。

 討伐者ではない女性がクローデット。

 先ほどの様子から、もしかしたらクローデットが依頼主かもしれない。


「リタ姫に……ね」


 さて、どうするべきだろうか。

 リタと約束を交わした以上、リタが危険になることは避けるべき。

 サーバ達がどこから来たのかは、推測だけは立っている。

 森の中でもこの場所は東に近い。

 ならば東からやってきたことは間違いないだろう。

 ハインドヴィシュ公国の東にある国といえばフルシャンティ王国とアデライド帝国だ。

 国境を接しているフルシャンティ王国ならば、わざわ森の中を移動する必要もない。

 つまりは、アデライドから直接ハインドヴィシュを目指したか、フルシャンティから隠れながらハインドヴィシュを目指したかのどちらかとなる。


 どちらにせよいい話でもなさそうだ。

 ただ、判断まではできない。


「運が良かったわね。その話なら、ちょうど聞ける相手がいるわ」


「なんだと?」


 リタと話がしたいというけれど、もちろん私が案内できるわけもない。

 しかしここにはカルディアがいた。

 仮にも側近であるならば、リタに会わせるかどうかの判断くらいはできるだろう。


「いつまで寝ているの。もう朝よ」


 幸せそうに眠っでいるカルディアを蹴り起こす。


「な、なんだ!? 魔物か!?」


「違うわ。お客様よ。あなたではなく、リタ姫のだけどね」


「む……魔物ではなかったか。……待て、お嬢様に客だと?」


 そこでやっと気づいたのか、周囲を軽く見渡すカルディア。


「……その者たちは?」


「だからリタ姫にお客だと言っているじゃない。できる限り急いでリタ姫と話がしたいそうよ」


「待て、いや待ってくれ。今日は魔物を狩りに来ていたはずだ。どうしてこんな場所に客が現れる」


「……とまあ混乱しているのだけれど、彼女がカルディアよ。これでも一応はリタ姫の一番の側付きなのかしらね」


 説明は投げ出した。

 事情の知らない私よりも、彼女たち自身がカルディアと話すべきだ。


「あとはあなた達で自由に話してちょうだい。そうね、カルディアは頭が悪いから一から説明したほうがいいと思うわ。私は明るくなるまで横になっているわ」


 私がいると話しにくいだろうから眠ることにする。

 もちろん実際に眠るわけでもなく、離れた場所から話を聞くんだけど。



------



「あー……あなたがカルディア? リタ姫の側付きだとか?」


「まずはお前たちの名前を知りたい。それと、どのような理由でお嬢様に会いたいのかもだ」


「私たちとしては、本当にあなたが姫に近しい人なのかを証明していただきたい。側付きだというのなら、なぜ姫から離れてこのような場所にいるのだ」


「私を疑うのか!」


「疑うというか……そりゃあ疑うよ。いいからここにいる理由を教えなよ」


 やっぱり長引きそう。

 まあ剣を抜くことはないだろうし、微笑ましく見守ればいいだろう。


 ……

 …………


 話し合いはとりあえず落ち着いた。

 意外にも先に冷静さを取り戻したのはカルディアだった。

 名ばかりの側付きというわけでもないようだ。


「ふむ……サーバだったな。あなた方がそこにいるクローデットさんの依頼で動いていたことは分かった」


 予想通りにクローデットが依頼主だった。

 彼女たちの中ではおそらく一番の美人であり、どことなく線が細い。

 貴族とまではいわないが、それなりに良家の出身でもおかしくない。


「ではお嬢様に何を言うつもりか。その返事を聞かなければ私はお嬢様に会わせることはないだろう」


「どうしても、言わなければなりませんか」


「どうしてもだ。もちろんここで聞いたことは誰にも言わないと約束しよう。ただし、お嬢様に害がないと判断できた場合に限る」


 意外といえば、クローデットは髪が短かった。

 髪の毛の長さというのは一種のステータスだ。

 討伐者は大抵髪が短いが、それは手入れに手間がかかるため。

 もちろん私は長いしリタを含め貴族は髪が長いものだと思う。

 しかしクローデットはそこの討伐者よりもさらに短いのだ。

 良家の出、しかし短い髪。

 そこにはどんな理由があるだろうか。


 クローデットがリタに会いたい理由を彼女たちは聞いているのだろう。

 私が眠っていることを確かめるように、背中越しに視線を感じた。


「……私はアデライド帝国から逃げてきました。亡命のためです」


「……なんだ? まさかそこまでアデライドの治安は悪いのか?」


「いえ、そうではありません。私個人の命の危機があったからなのです」


 亡命……それも敵国といえるアデライドからの……。

 普通ではないだろう。

 まだ開戦していないといっても、どうせいつかは襲われる。

 しかもハインドヴィシュは小さく、このままではひとたまりもない。

 そんな危うい国にわざわざ亡命?


「私は命を狙われていました。いえ、もうしばらくすると狙われることになった、でしょうか。国内に逃げ場はないのでここまで逃げてきたのです」


「悪人か? ならばお嬢様に会わせることはできないな」


「悪人といえば悪人かもしれません。私は有力な貴族様より、ベルト姫の暗殺を依頼されたのです」


 おっと、これは予想外。


「……殺したのか?」


「もちろん無理です。私は城に使える使用人でしたが、まだ若いために城の外で暮らしていました。城下を訪れる貴族様のお世話が役目です。その時に、戦争に反対する貴族様より姫の暗殺を命じられました。……その貴族様は、私が城に入れないことを存じていなかったのでしょう」


 使用人の身分は知らないが王城に仕えるのだから数は多いのだろう。

 今のところ話す内容におかしなところはない。


「それでは最後に……どうしてこの国を選んだのだ。アデライドはフルシャンティと戦争を始めた。フルシャンティに逃げたほうが受け入れられやすかったのではないか」


「しかしながら、フルシャンティは厳しい国と聞きました。私のことが一時的に受け入れられはしても、きっと戦争に利用されるであろうことは見えていましたから」


「むう……」


 カルディアも思い当たるところはあるのだろう。

 戦争に利用されるか。

 逃げ出した以上人質にはならないだろうが理由が理由だ。

 囮としては十分に役立つのだろう。


「アデライドからの亡命か……お嬢様がなんというか……」


 悩むまでもなくリタは受け入れるだろう。

 そういう娘だ。


 話自体は有益だった。

 アデライドは一枚岩ではないらしい。

 戦争の音頭をとるベルト姫を殺してまで避けたいのだから本気なのは間違いない。

 そのまま内戦に入ってくれるとありがたいのだが。

 まあすでに戦争は始まったのだ。

 落ち着くまでは事態は動かないだろう。


「よし、分かった。クローデットは必ずお嬢様に会わせると約束しよう。ところで、お前たちはどうするのだ? アデライドに戻るのか?」


「いいや、私たちもハインドヴィシュで活動する予定だよ。追手に顔を見られたからね。依頼を受けた時点で戻れないことは覚悟していたさ」


「すみません。私のせいで……」


「構わないさ。それほど魅力的な報酬だったからね」


「はい。落ち着いたら必ずお支払いいたします」


「期待してるよ」


 荷物はろくに持っていないように思えたけれど、高価なものでも隠し持っているのだろうか。


「そうか、街にか。それなら困ったときはそこに寝ている奴に相談するといい。意外と面倒見はいいはずだぞ」


「分かってるよ。でなきゃ私たちを連れてこない」


「ふっ。それもそうだった」


 この縁は大事にした方がいいのかもしれなかった。

 私はまだアデライド帝国のことを何も知らなかったのだ。

 始まった戦争はこの国まで飛んでくるのか、戦争をどうやったら治めることができるのか。

 今すぐの話ではないが、いつか役に立つ日が来るのかもしれない。



------



 森の中を突き進む三人の手練。

 思い思いの鎧を着込むその三人は、暗闇の森をものともせずに進んでいた。

 現れた魔物はことごとく蹴散らす。

 それほどまでに三人は強く、そして魔物は弱かった。


「森の魔物といっても強くねえんだなあ。草原の魔物とちっとも変わらねえ」


 三人のうちの一人、この中で唯一自ら名乗り出たアレインは早速森に入ったことを後悔していた。


「油断するな。ここはまだ中域だ。深域に入らなければ強い魔物は現れない」


「つーかなんで俺たちは森の中にいるんかね。もう戻ってもいいんじゃねえの?」


「お前は……説明しただろう。犯罪者は森の中に逃げ込んだ。追いかけるには前線にいた我らのほうが適していたのだ。それに森の魔物と戦いたいと言い出したのもお前だ」


「そうだけどよう、犯罪者なんてどこにもいねえじゃん」


「いいから黙ってついてこい」


「へいへい……」


 戦争が始まり、いくつかの村を落とすまでは順調だった。

 略奪もそれなりに行い、また初めて人も殺したことで満足できていた。

 しかしそのあとは退屈だった。

 村を落としたあとに待っていたのは、フルシャンティ北部の要である城塞都市。

 アレインは一対一には強くとも、城攻めに適した才能は持っていない。

 続々と集まる仲間、街壁から落とされて死んでいく仲間、見ているだけでは暇でしょうがなかったのだ。


 その時に飛び込んできた犯罪者の捜索。

 しかも森の中という、首都よりも前線が近い位置。

 退屈を持て余していたアレインが飛びつかないはずもなかった。


 森に入って二日。

 犯罪者は未だに見つかっていなかった。


「そろそろ戻ろうぜえ。こっちに犯罪者が逃げたとは限らねえんだろ」


「いいから黙れ。ほら、痕跡を見つけたぞ」


 同行していた男が魔物の死体を見つけた。

 どこにでもある緑醜鬼(ゴブリン)の死体だ。


「んだよ。誰でも倒せる魔物じゃねえか」


「そうじゃない。よく見ろ、核が抜かれていないだろう」


「確かにな。でも金になんねえんだろ? わざわざ核を抜くのかね」


「……これが討伐者の仕業の場合、核を抜き取ることは義務だ。魔物が溢れかえる原因になるからな。つまりこの魔物を倒したのは討伐者ではないか、もしくは急いでいたということになる」


「……俺たちから逃げるためってことか」


「そうだ。まあ、村から逃げ出した人間という可能性もあるんだがな」


「どっちでもいいさ。それで、これからどっちに向かうんだ?」


「周りの倒れた草を見ると、向こうとあちらのどちらかだろう。向こうは帝都が近い」


「つまりあっちか」


 森の南、前線を迂回してフルシャンティに向かったのか、もしくは違う国か。

 どちらにせよ、やっと見つけた痕跡だ。

 アレインもやっとやる気が出てくる。


(しかしなんで逃げるかねえ。どうせなら皆殺しにしちまえばいいんだ)


 妙な依頼だった。

 犯罪者が逃走したから口封じに殺せと依頼が来たのが数日前。

 必ずその場で殺せということだった。


(犯罪者は軒並み死刑……ってわけでもないだろうに)


 依頼主も姫ではなく地方の貴族。

 力は持っているが、だからこそ自分たちでケリを付けなかったのかと疑問に思う。

 それほど力を持った犯罪者なのか。

 だったらまず逃がれられぬほど厳重に身を固めるはず。


「やっぱり逃げてる奴は一人なのか?」


「いや、この様子だと数人……三人か四人といったところだろう。討伐者でも雇ったのではないか」


「討伐者ねえ……。犯罪者の依頼でも受けるもんかね」


「さあな。身分を隠して依頼することは簡単だ。犯罪者だと知らなかったのだろう」


「なるほどね。その場合、討伐者はどうすんだ? 捕まえるのか?」


「仲間がいても変わらない。殺せと言われたのだから皆殺しだよ」


「ははっ。いいねえ」


 アレインは人を殺せるだけでよかった。

 後続部隊が追いついてきたことで、村に手出しができなくなっていた。

 この機会を見逃すはずもない。



 さらに二日、深域に近い位置を南へと進んでいく。

 さすがに魔物の死体は見つからなくなっていた。


「ほんとにこっちで合って──」


「待て、光源だ」


 アレイン達は夜であろうと移動した。

 暗闇でこそ、犯罪者を見つけやすいと考えたからだ。

 すでにアデライドからは大分離れているから、犯罪者もそろそろ油断するだろうと考えてのことだった。

 そして、ついに捉えた。


「どうする? 早速仕掛けるか?」


「……様子を確かめたいところだが、あいにくと人相がわからん。聞いているのは女ということだけだったな」


「だったら様子見なんていらねえだろ。女だったら殺す、男でも殺す、無関係でも殺す。それでいいじゃねえか」


「まあ容姿も分からないからな。我らのことを見られるわけにも行かない以上、殺すしかあるまい」


「よし、決まりだな。正面は俺が受け持つ」


「では我らは左右を受け持とう。……決して逸るなよ」


「少しぐらいは信用しろって」


 光源を取り囲むよう、静かに動き出す三人。

 しかしアレイン達は気づいていなかった。

 ここは森の中域と深域の境。

 光源の位置は深域にあるということを。


 ……

 …………


 ゆらり。

 光源は僅かな光を放ち続けていた。

 たまに揺れ動くのは炎が風に煽られているからだろう。

 しかし目に捉えたことで、考えは改めざるを得なかった。


「……光ってるのか?」


 見た目は女。

 胸の膨らみがはっきりと見えることから間違いない。

 しかし容姿は予想外。

 何よりも女自身が光っていることが、隠れていたアレインの動揺を誘った。


「──ア、アァ……」


 嘆くべきは、共に来た二人と別行動を取ったことだろう。

 アレインには知識がなかった。

 魔物は魔物、これほどまでに人の姿と似ている存在をアレインは知らなかったのだ。


 浅黒い肌、焦げた髪色。

 ぱっと見た限りでは本当に人間だったのだ。

 しかし服は着ていない。

 森の中で裸になることは普通ではないだろう。

 そして普通ではないと思わせる大きな特徴──その身体の全身に、光が奔っていたのだった。

 刺青ではない。

 刺青は決して光らない。


「アァ……ハラがへったゾ……」


(やべえ!!)


 アレインはすぐに身を翻した。

 その判断がアレインの命を救う。


 アレインは殺すのが好きだ。

 人でも魔物でも、なんでも殺したいと思っている。

 しかしそれは一方的であればこそ。

 相手の命乞いをする姿を笑いながら殺すのが好きだった。

 だからこそ適わない相手には鼻がきく。

 敵わない相手とは戦わない、近づかない。

 楽しくないからだ。


 目の前の女の異常さを見て取れた瞬間、アレインは前線に戻るために駆け出していた。

 背後ではアレイン抜きで戦闘が始まった。

 一瞬だけ森が光り輝くがすぐに収まる。

 剣戟の響きも一瞬だけ。

 以降、なんの音も聞こえなかった。


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