024
まだ明るい時間、そのまま城に近づいたところで見咎められることは分かりきっていた。
ならば身を隠して近づけばいいだけのこと。
幸いなことにリタ姫の居場所は今もしっかりと分かるから、迷うこともないだろう。
部屋の窓を開け放ち、そこから空へと飛び出した。
もちろん誰かに見られることもないだろう。
なぜなら私はこの身をコウモリに変幻している。
小さな鳥と同じ大きさを見咎める者はいないのだ。
──おや?
武器屋の二階を飛び出してすぐのこと。
どこかの誰かが視界の端に留まる。
彼はリタ姫のお付のマイカだったはず。
それがどうしてこんな場所で、しかも武器屋の様子をこっそりと伺っているのだろうか。
いや、理由は明らかか。
マイカは私とリタ姫の関係を調べているのだろう。
昨日だけでそこまで警戒されるとも思えないし、やはりリタ姫に何かがあったのかも。
どうせ調べられたところで何も分かりはしないのだ。
マイカのことは忘れ、城へと真っ直ぐに飛んでいく。
眼下には大きな家が並んでいる。
その真っ直ぐ向こうには巨大なお城がそびえ立つ。
街の広場から西の城までは、一直線につながっているようだった。
そのお城のどこにリタ姫がいるのかもちゃんと伝わっている。
この感覚が確かならば三階の一室なのだろう。
ちょうど窓も開いているのでそこから部屋の様子を眺め──そして見た。
これ以上ないというほどの酷い現場を。
「ねえカルディア、こっちは気持ちいいのかしら」
「……」
部屋にはリタ姫とカルディアだけ。
気を失った人が何人も──という様子ではないことにまずは一安心。
しかし安心してばかりもいられない。
まず、二人とも裸だった。
脱ぎ捨てられた衣服が散らばっているのが見える。
それにベッドも酷い有様だ。
シーツからなにから乱れに乱れ、そしてドロドロのグチョグチョなのだ。
そんな中で、リタ姫はカルディアを攻め立て続けている。
反応が無くてもお構いなし。
この様子を見るに、昨夜からずっとこうなのではないだろうか。
このままではカルディアの命が危ないだろう。
むしろカルディアには恨まれているぐらいだから助ける義理なんてないのだが、それでもリタ姫は悲しむだろう。
一応は私に連なるものとして、無駄に悲しませることもない。
「はい、そこまでよ」
「……あら、あなたはイルザさん。あなたもご一緒にどうですか?」
反応がなかったことはやはりつまらないのだろう。
見動きのないカルディアを放り出して、リタ姫はすぐに姿を見せた私に向かってくる。
その様子は誰が見ても、色欲にまみれた姿だろう。
私が現れたことに微塵の動揺も見せないのだから。
「リタ……あなた、飲み込まれているわよ」
おそらくリタ姫にとっては初めての快楽。
初めてでこれほど気持ち良くなってしまうならば、他のことを考えられなくなることも道理なのだろう。
なにせ、私も初めての時は溺れたのだし。
「ねえイルザさん。あなたも一緒に気持ちよくなりましょう。大丈夫ですよ。カルディアで慣れましたから、もう痛がることはありませんから」
リタ姫が私の服を脱がしていく。
カルディアに次いでまだ二度目だろうに慣れた手つき。
このまま身を任せることも魅力的なのだけれども、私は攻められるよりも攻めたい派。
それになによりも、リタ姫の正気を取り戻すことが先決だった。
「そうね。たまには一緒に気持ちよくなってもいいかしらね」
「一緒に、ですか?」
「ええそうよ。期待しなさい。気を失うほどに気持ちよくしてあげるわ」
私の服を脱がし終えたリタ姫。
もちろんされるがままのはずもない。
その身体に覆い被さり、そのまま乱れたベッドへと押し倒した。
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吸精の基本は相手の素肌に触れること。
私もリタ姫も裸だったから、触れ合うだけでよかった。
そして吸精とは相手の精力を奪うこと。
お互いがお互いの精力を奪うとはどういうことなのか。
「ああ、疲れた……」
その精力の奪い合いに私は見事勝利した。
しかしこれほど疲れるとは思っていなかった。
リタ姫はうつ伏せでベッドに倒れ込んでいる。
張りのあるお尻が魅力的。
その隣では未だに目覚めないカルディアもいた。
そっちは硬そうなお尻だけれど、それはそれでいいものだった。
リタ姫としている最中にもカルディアからは隙を見ては精力を奪い取っていたから、まだしばらくは目覚めるはずもないだろう。
もちろん実際にリタ姫からそこまで精力を奪ったわけではない。
もしも普段の食事のようにリタ姫から勢力を奪ってしまえば、リタ姫はまた暴走しカルディアを襲うことだろう。
吸精はリタ姫に奪われた精力を奪い返すだけに留め、あとは性的なことで気を失わせたのだ。
それに面白い発見もあった。
私とリタ姫の間を精力とともに魔力も行き交ったのだが、その魔力の質が変わっている。
より洗練されたと言うべきだろうか。
私とリタ姫とだけの間だからもちろん魔力量は変わっていないけれど、なんだか扱いやすくなった気がする。
多分勘違いではない。
「うう……私は……」
「あら、もう目覚めたのね」
リタ姫はすぐに目覚めてくれた。
私としてもヘルダとクラーラのことが心配だったので、早く目覚めてくれたことには一安心。
「あなたは……イルザさん? どうしてここに……それに、きゃっ。どうして裸なんですか!」
なんとも可愛い悲鳴だこと。
これでカルディアを一晩中攻め立てていたのだから笑えてくる。
「やっぱり何も覚えていないみたいね。それと、今更恥ずかしがっても遅いわよ。隅々まで触りあった仲じゃない」
その言葉にリタ姫が驚くのも無理はないことだろうと。
なにせリタ姫には記憶がない。
この惨状のほとんどをリタ姫自身が行ったことだとどうして信じられようか。
それでもリタ姫は気丈だった。
再び気を失うことなく私に向き合えたことは賞賛に値するだろう。
「お話は分かりました。とても信じることなどできませんが今はいいでしょう。それよりも、どうしてあなたがここにいるのですか」
「もちろんリタ姫を止めるためよ。あなたは昨夜から暴走していたの。ずっとカルディアを攻め立てていたの。それだけだと放置してもよかったんだけれど、他の人に露見するのは時間の問題だったわ。あなたの立場上、特殊な趣味が知られるのは良くないことでしょう?」
「……待ってください。私が、カルディアを? そんなことはあり得ません。私にそんな趣味はございません」
「ええ、そうよねえ。だからこそ私がやってきたのよ。……ごめんなさいね、まさか昨日のことがこんな結果になるだなんて思っていなかったの」
これが全くの無関係の人物だったらここまで気を使うこともない。
だけどリタ姫だけは別だ。
この国を守ろうとするリタ姫のことを、私は守らなければならないのだから。
「昨日の……? 確か、昨日は……」
「私のことは覚えていても、何が起きたのかまでは覚えていないようね。いいわ、あなたには全部を教えてあげる。昨日伝えなかったことも、私の秘密も含めてね。……なにせあなたは私の一人目の家族なのだからね」
その意味をリタ姫はどう捉えたのだろうか。
ただ少なくとも、その場で反論することはなかった。
リタ姫にこれまでの全てを打ち明けた。
私がアデライド帝国に召喚されたことも、エミリアにお世話になっていたことも、リタ姫との初めの出会いの時には変幻していたことも全て。
そして、私とヘルダの目的も。
「──というわけで、今のあなたは半分人ではない状態なの。良かったわね、これで眠らず仕事に打ち込めるわね」
「私が人ではないと、そうあなたは言うのですか」
「あくまでも半分だけだけれどね。だってあなた、気づいているの? 昨日からご飯も食べていないそうのに、お腹はすいていないんでしょう?」
私の指摘でやっと気づいたかのように、自らのお腹に手を当てるリタ姫。
衝撃的な話がありすぎて、今まで自分の状態にも気づいていなかったのかのように。
「……あなたは私をどうしたいのですか」
「別に、どうも。私はあなたに興味はないの。ただヘルダに余計な干渉をしなければそれでいいわ」
血族という繋がりを持ったリタ姫だけど、ヘルダやクラーラに比べるとリタ姫はどうでもいい存在だ。
少なくとも現時点では、来たるべき戦争に必要な人物というだけなのだ。
「……イルザさんは私の事情にも詳しいはずです。家族というのならば、私のことを助けてはくれないのですか」
「あら、どうして? あなたはお姫様なのだから、その気になれば何だってできるてしょう? この国にはお金もあると聞いているわ。兵士だってたくさん集められるし、他の国にも助けを求めることができる。私の手助けなんて必要ないでしょう」
これもエミリアから聞いたことだ。
この国は立地上、多くの討伐者を抱えている。
討伐者ギルドは半国営で、上前をはねるだけでも相当な利益になっているはず。
そのお金があるのなら、まだ戦争になっていない他の国を説得し協力させることも不可能ではないはずなのだ。
「でもイルザさんは、アデライド帝国のベルト姫に召喚されたんですよね? あなたはヘルダさんに復讐をさせようとしています。あなた自身もベルト姫に復讐をしたいのではないですか?」
「残念だけれどそれはリタ姫の勘違いよ。確かにベルト姫の見た目は気に食わないけれど、気に食わないというよりも許せないぐらいに醜いけれど、それでも召喚されたこと自体には感謝しているの。こうして新たなる人生を歩めるようになったのだから、復讐なんてするはずもないわね」
ただ、そのアプローチはいいものだと思う。
目の前に力を持った人物がいるのだから協力させようという姿勢は好ましいと思えるのだ。
もちろん簡単にはなびかないけれど。
「でしたら……そう、協力します。私は到達者の暮らしている場所を知っています。その情報と引き換えならばどうでしょうか」
……なんだって?
到達者の住処を知っていると、リタ姫は言ったのか。
それは確かに知りたい情報だ。
もちろん今すぐというわけではない。
まずは私とヘルダが強くならなければならない。
けれどその後にどうやって到達者を見つけるべきか。
早々に知っておいても悪くはない話だった。
「それ、本当の話なのかしら。リタ姫は到達者を探していたのでしょう? 住処を知っているならわざわざ探す必要なんてないんじゃないの?」
「暮らしている場所を知っているからといって、辿りつけなければ意味のないことですから」
「……ああ、ここからは遠い場所に住んでいるのね」
だからこの街にエフィーダが現れたと聞いて探したのか。
それが到達者と出会える唯一の手段だったのだろう。
確かに悪くない提案だ。
しかし今すぐ知りたいことでもない以上、まだ頷くことはできない。
「他に話はないのかしら。ないならそろそろ帰らせてもらうわね」
そろそろヘルダとクラーラも目覚める時間。
残念ながらリタ姫とはこれまでのようだ。
「待ってください! でしたら……でしたら私の全てを捧げます。イルザさんの意志ではなく、私の意志であなたに仕えます」
「……へえ。それって、今の立場を捨てるということなのかしら」
「そうです。イルザさんには暗示もあるのでしょうが、周り全てを暗示に掛けてもつまらないでしょう。でも私は違います。何が起きようとも、私は私の意志であなたを愛し続けます」
「へえ、そう……」
これが精一杯の提案なのだろう。
そして、今までで一番悪くない提案だ。
なにせ見た目だけならば極上ともいえるリタ姫の容姿。
中身だってそう悪くはない。
今は立場のせいか国民全てに愛を向けているけれど、それが私一人に向けられるならば中身も私の好みになるだろう。
悪くないどころか、とても良い提案なのだ。
「ちなみに、私に寿命はないわ。その私だけを愛するというのだから、当然あなたにも寿命はなくなるの。それに私のものになったらあなたはもうこの国を守ることもできなくなる。それでも私を愛し続けられるのかしらね」
「……今すぐにというわけにはいきません。でもこの国がもう大丈夫なのだとは思えた時には、一生あなたのおそばにいることを誓います。ですから、どうか……」
ああ……なんて可愛くて、可哀想な子なのだろう。
リタ姫の感覚は未だに人のままなのだ。
国が安定してから?
そんなこと、あり得ないではないか。
五年十年ならばいい。
けれど百年、二百年先はどうなのだ。
小国は必ず大国に飲み込まれるのだ。
今アデライド帝国が消えたとしても、きっと似たような国は現れるのだ。
内乱で滅ぶ可能性もある。
その時、リタ姫には何もできない。
ただこの国の滅亡を外から見ることしかできないのた。
リタ姫はこの国が滅びる瞬間を見てどう思うだろう。
きっと後悔するはずだ。
目の前で涙も流すだろう。
諦めきれず、それでも諦めるしかなくて、涙しながら私に愛を囁くのだ。
──それは間違いなく魅力的なのだ。
「この国が大丈夫になったらというのはいつのことなのかしら。まさか最後までとは言わないわよね?」
その最後を想像すると笑みが浮かぶのを抑えられない。
リタ姫は私に気づかずに、その言葉を口にした。
「それではアデライド帝国が滅んだ時。その時こそ、私はあなたのものになりましょう」
ああ、言ってしまった。
もう訂正は受け付けない。
そう遠くない未来には、希望しか待っていないのか。
もちろんリタ姫には絶望しか残らない。
「そう……ならば決まりね。あなたがアデライド帝国を滅ぼすまで、私はリタに従うことをここに誓うわ」
リタ姫は……いいやリタはこれで私のものとなった。
もちろんアデライド帝国を滅ぼしてからのことだけれども、この私が協力するのだ。
そう難しいことでもないはずだった。
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リタとの話にも満足し、クラーラの家へと戻っていく。
ヘルダとクラーラにもリタのことを説明しなければならないだろう。
リタは目覚めたカルディアになんと説明するのだろうか。
きっと何も言えないはずだ。
昨夜の出来事はリタの趣味なのだという他ないだろう。
それもまた滑稽なのだ。
ははは、なんだ、そもそもリタには私を頼る以外の道なんて残っていなかったではないか。
さて、お姫様の秘密を打ち明けられたカルディアはいったいどうするだろう。
それでも仕え続けるのか、それとも離れていくのだろうか。
どちらにせよ、それはとても楽しい出来事なのだろう。
武器屋の周りを一回り飛んだけれど、見張っていたマイカの姿はどこにも見当たらなかった。
二人とも眠り続けているから、見張っていても無駄だと悟ったのだろう。
そもそも見張る理由はもうどこにもない。
出た時と同じように二階の窓から家の中へ。
けれど眠っていたはずのヘルダの姿はどこにもない。
──まさか。
そう思ったけど杞憂だった。
なぜならば、また私に流れ込んでくる魔力を感じたのだから。
「私を差し置いて二人で楽しみ始めたのね……。二人を眺めるのも楽しいのでしょうけれど、私は攻めるのが趣味なのよ」
姿を戻してクラーラの部屋へ。
そこには期待していた通りの光景が広がっていた。




