82.おひさ
──というわけでラヴォント殿下の回想終了したわけだが……壮絶だな。
ある日森の中、神獣さんに出会った的な微笑ましいものを想像していたら、予想の十倍くらい重い過去をお出しされて、ちょっと思考が纏まりません。
多分、今の私戦国武将みたいな顔してると思う。
「すまない、ナイトレイ伯爵夫人。急にこんな話をされても、そなたを混乱させるだけなのは私も分かっていた。だが……ずっと誰かに聞いて欲しかったのだ。あの夜、母上の身に起きたことを」
「殿下……」
そんな悲しそうな顔をされたら、突然重い過去を明かされて困惑してますなんて絶対に言えんわ。罪悪感で胸が痛む。
「アンゼリカさん、僕たちの話を聞いてありがとう」
ぺこりとお辞儀をする写し狐。
王太子妃inクソデカ結晶にびっくりしてたら、勝手に回想が始まっただけなんだけど、まあいいか……。
「リラ殿下は生きていらっしゃいます……のよね?」
「うむ。現在、母上はこの結晶の中で仮死状態となっている。自分から目覚めることはないが、命を落とすこともない」
ラヴォント殿下が結晶に手のひらを当てると、キィィン……と金属のような音が響き渡った。
リラ殿下を見つめるラヴォント殿下の背中からは、言いようのない切なさが伝わってくる。
お母さんがずっと眠ったままだもの。悲しいわよね。
前世も今世も親に恵まれなかった私にも、その気持ちは痛いくらい分かる。
だけど、いつまでも感傷に浸っている場合じゃない。
今の話には、色々と気になることがあった。
まず、リラ殿下の豹変について。
やっぱりカトリーヌの言っていた通り、以前はまともな人だったんだわ。
しかも、政治にもバリバリ携わっていたのね。恥ずかしながら、マティス騎士団で馬車馬のように働いていたから全然知らなかった。
……だけど、ラヴォント殿下の話を聞く限り、自分を快く思わない連中の圧力に屈するような人には思えない。性格が変わってしまったのは、他にも原因があるような気がする。
「私が私でなくなる前に」というのは、多分それと関係しているのかもしれない。
そもそも、彼女は何のためにエスキスに入り込んだのかしら。しかも、皆が寝静まった夜中に我が子を連れてこっそり。
「向こうへ渡る扉」とな……?
謎がミルフィーユ状態だけど、とりあえず今一番知りたいのはこれだ。
「ねえ、写し狐……さんでいいのかしら」
「うん!」
写し狐の耳がピコンッと跳ね上がった。あら可愛い。
「あなたはどうしてリラ殿下の振りをしているの? 確かに王太子妃が無断で山に入ったのはマズいかもしれないけど、王太子にも正体を隠す必要はないんじゃ……」
「取引をしたのだ」
私の問いに答えたのはラヴォント殿下だった。
「母上の命を救う代わりに、この世界で起きている異変の正体を突き止めるようにな」
「異変? それって一体……」
「それについては、僕が教えてあげる」
どこかで聞いたことのある声だった。
次の瞬間、目の前の空間が大きく波打ち、まるで水面に穴が開くように一人の人物が姿を現す。
「おひさ、元気にしてた?」
杖をついた白髪頭のおじいさんが軽く手を上げる。私の視線は顔じゃなくてポケットだらけのベストに注がれた。
「あ、あなたは……!」
いつぞや夢で出会った図書館おじさん!!




