73.余計な詮索
「ナイトレイ伯爵とは、どのようなご縁で結ばれたのですか? かねてよりお聞きしたいと思っておりましたの」
夫人の一人がそう尋ねると、周りからも「私も知りたいですわ」「是非お聞かせください」と声が上がる。恋バナで場の雰囲気を盛り上げようって魂胆か。
だけど、マティス騎士団で横領をやらかした私が、突然ナイトレイ伯爵と結婚したんだもの。どういう経緯でそんなことになったのか、誰だって気になるよね。
よし、その疑問に答えてやろうじゃないのよ。
「まあ、色々ですわね」
「い、色々っ?」
大雑把にも程がある説明に、夫人たちが戸惑いの表情を見せる。しかし、私は臆することなく、優雅に微笑みながら言葉を続けた。
「ええ。この場では語り尽くせないほど色々なことがありましたのよ」
嘘は言っていない。ちょうど私が前世の記憶を取り戻したのは、まさに濡れ衣を着せられている真っ只中だったけど、そこからたくさんの出来事が起きたのは本当だから。
ただし、子供たちの前で「横領した分や慰謝料を肩代わりしてもらう条件として結婚を申し込まれました」なんて言ってしまうのは流石に抵抗がある。
いつしか通る道だと分かっていても、大人のドロドロとした世界はまだ知って欲しくないし……!
「ま、まあ、そうですのね。ですけど、そのように言葉を濁されると、ますます気になってしまいますわ。プレアディス公爵様はお二人についてご存じなのでしょう?」
私の適当な語りで俄然興味が湧いたようで、夫人がカトリーヌに話題を振る。
次の瞬間、テーブルの中央から煌々とした火柱が噴き上がり、その辺りに置いてあったケーキや花瓶が一瞬で蒸発した。
「ヒィィィッ!」
夫人たちが恐怖で慄き、
「こうしゃくさま、かっこいいーっ!」
男子たちが目を輝かせ、
「カトリーヌさま、すてきーっ!」
女子たちが黄色い悲鳴を上げる。参加者たちが様々な反応を見せる中、私はネージュを抱えてテーブルの下に避難していた。
「貴様ら……」
地を這うような声が聞こえ、恐る恐るテーブルの下から顔を出すと、赤いオーラを纏いながら仁王立ちするカトリーヌの姿があった。怒りに燃えるルビーレッドの瞳で、夫人たちを鋭く見据えている。
「好奇心は猫を殺すという言葉を知っているか?」
「え、ええ、もちろんですわ。余計な詮索や好奇心は身を滅ぼす……ですわよね?」
先ほど私のことを根掘り葉掘り聞こうとしていた夫人が答えた。声が上擦っていて、口元も引き攣っている。
自分でも気付いているのだろう。「あ、地雷踏んじゃったわ」と。
「他人の事情を覗きたくなる気持ちは分からんでもないが、節度を欠いた言動は慎むべきだ。そもそも、私が弟夫婦の事情をわざわざ話すわけがないだろう。それとも何だ? 私はそんなに口の軽い人間に見えるか?」
「そんな……滅相もございませんっ!」
「それならば、無闇な詮索は控えることだ。さもなくば……」
カトリーヌの赤いオーラが、まるで炎の渦のように燃え上がる。
「──火傷だけでは済まないぞ?」
「は、はいぃぃっ! ですから、どうか我が子の命だけは……!」
両手を固く握り合わせ、夫人は恐怖で声を震わせながら懇願した。他のご夫人方も顔面蒼白で凍り付いている。
カトリーヌ……私のために怒ってくれるのは嬉しいんだけど、もうちょっと加減ってものが欲しかったわ。
「こうしゃくさま……すごい……」
「ぼくもこうしゃくさまみたいになれるかな……」
流石の子供たちもドン引きするかと思いきや、何故か好感度が爆上がりしていた。
いつも華やかな装いで優雅に振る舞う母親を見ている彼らには、勇ましいカトリーヌの姿は新鮮に映るのかもしれない。
自分のお父さんより親戚のおじさんの方がかっこよく見えるアレだ。まあ、私は前世も今世も親戚にすら恵まれなかったけど。
「……あら? 王太子妃様はどうなさったのかしら」
その時、夫人の一人がリラ王太子妃がいつの間にか姿を消していることに気が付いた。
カトリーヌの炎に驚いて逃げちゃったとか?
あのおっかないお妃様がそんなタマとは、思えないんだけどな。いや、しかし……。
「ふむ、私が母上を探してこよう。皆はここで待っていてくれ!」
ラヴォントもそう言い残して、どこかへ走り去ってしまう。
本日の主役がいなくなり、会場に漂う気まずい静寂。先ほどまではしゃいでいた子供たちも、困ったように母親を見上げている。
えっ。どうすればいいの、この空気。
「アンゼリカ、私も王太子妃を探しに行ってくる」
のろのろとテーブルの下から出たところで、カトリーヌに声を掛けられる。
「一刻も早く見付け出し……全力で謝罪しなければ」
どうやら、本人もやっちまったと思っているご様子。
でも、カトリーヌを一人で行かせるのは何か不安だな……仕方ない、私も行こう。サプライズで義姉を連れてきた責任があるし。




