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あなた方の元に戻るつもりはございません!【書籍化】  作者: 火野村志紀


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66.順風満帆だった(レイオン視点)

「レイオン! プレアディス公や尋問官に悪態をついただけでなく、ナイトレイ伯爵夫人にも無礼を働いたとはどういうことだ!? 恥の上塗りはやめろ!」

「きゅ、急に犯罪者扱いされてむしゃくしゃしてたんだよ。それにアンゼリカなら、俺を助けてくれると思ってさ……」

「自分がどういう状況に置かれているのか理解しているの? 私たちがこうして帰宅を許されたのだって、マティス騎士団の功績あってのことなのよ。本来なら今頃は、檻の中にいてもおかしくなかったわ」

「はぁ!? 自分の家族を売り飛ばすなんざ、平民の間ではよくある話だろ? どうしてそんな重罪人のような扱いを受けなくちゃいけないんだよ。あ、さてはナイトレイ伯爵の差し金だな? 自分の妻に手を出されそうになったからって、こんなの職権乱よ……がはっ!?」


 右の頬に強い衝撃と痛みが走る。血走った目をした父上に拳で殴られたからだ。母上からも軽蔑の眼差しを向けられる。

 こんな経験、生まれて初めてだ。クロードを虐めて楽しんでいるとバレた時も、警察の奴らと共謀して横領していたとバレた時も、ここまで怒らなかったのに。

 どうしてだよ! 何か間違ったことを言ったか!?

 不満を込めて両親を睨み付けても、冷たい視線が返って来るだけだった。


「こんなことになるなら、大金を払ってまでお前を保釈させるんじゃなかった……」

「……は?」

「騎士団長を解任された時点で、お前に未来などなかったんだ。今は大いに後悔しているよ」


 何を言っているんだ?

 馬鹿げた話を始める父上に、俺は口元をひくつかせた。


「俺がいなくなったら、誰がこの家の家督を継ぐんだよ……まさか弱虫泣き虫のクロードに継がせるつもりか?」

「いや、あれも当主の器ではない。なので遠縁から優秀な男児を養子として迎え入れる予定だった」

「んな……っ、そんな話初めて聞いたぞ!」

「聞かせたら、あなたはそうやって癇癪を起こしていたじゃない! 昔から自分の思い通りにいかないと魔法を使って暴れて……! 団長に就いたら少しはまともになるかと思ったら、横領をするなんて何を考えてるの!」

「そ、その話はもう終わったことだろ! 今さら蒸し返して何のつもりだよ!」


 次々とぶち撒けられる両親の本音に、心臓が激しく脈打つ。横領の件はもう十分に反省しているんだ。もう説教はこりごりだと声を荒らげるが、両親は尚も俺を責め続ける。


「大体、反乱が起きたのはお前が原因でもあるんだ。王家主催のパーティーで、罪を暴露された上であのような醜態を見せたのがまずかった」

「クロードを売ろうと最初に言い出したのも、あなただったわよね? あの時は足手纏いを減らすためだと思って私たちも賛成したけど……」


 こ、こいつら……こんなことになったのは全部俺のせいだって言いたいのかよ!

 お前らだって同罪のくせに。クソ、クソクソ! 焼き殺してやりたい衝動に駆られるが、こいつらを消したって俺の罪がますます重くなるだけだ。椅子を乱暴に蹴り飛ばして、自分の部屋に向かう。

 ベッドに仰向けで倒れ込むと、ぐぅぅと腹の虫が鳴った。

 腹が減った。この別荘で暮らすようになってからは、そこそこ美味いものが食えていた。領地も屋敷も失った俺たちを哀れみ、国が支援金を出していたらしい。だがそれも、あのバカクロードのせいで打ち切りだ。母上の屋敷から来ていた使用人も全員いなくなった。

 それどころか、俺たちは罪人として裁かれることがほぼ確定している。


「ああもう最悪だ!! ちくしょう、ちくしょうっ!!」


 すべてが上手くいっていた。騎士団のトップに就いて、美人な婚約者をゲットして、小遣い稼ぎ・・・・・も順調だったんだ。

 俺の失敗はアンゼリカを利用したことだった。まさかナイトレイ伯爵が、あいつの無実を証明するために動いていたなんて知らなかった。少し見ないうちに、とんでもない美人になっていたもんな。料理上手で、従順な性格。伯爵が気に入る気持ちも分かる。

 美人なだけで浪費家で、ワガママなところのあったシャルロッテより良物件だったんじゃないのか?


「……ん?」


 空きっ腹を擦っていると、ドアをコンコンと叩く音がした。どうせ父上か母上だろう。無視しようとするが、「レイオン様、お食事をお持ちいたしました」という言葉に釣られて飛び起きた。

 勢いよくドアを開けた俺に、若いメイドがニコリと微笑みかける。その手には、パンが山盛りになっているバスケット。一番上に載っているのを鷲掴みにして、俺は舌打ちした。


「焼き立てじゃないのかよ」

「申し訳ありません。この屋敷にはもう料理人がいらっしゃらないので、私が買ってきたものになります」


 まあ、売り物なら最低限の味は保証出来るか。俺は大口を開けてパンを頬張った。冷たいし固くなってるけど、それなりに美味いな。


「……?」


 異変は二個目に手を伸ばそうとした時に起きた。ぐらりと立ちくらみを起こし、床に崩れ落ちる。

 な、何だよこれ。立ち上がろうとしても、体に力が入らない。それに息が苦しくて上手く呼吸が出来ない!

 ……毒? そう思い至った瞬間、背筋に悪寒が走った。


「が、ひゅ……っ」


 嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! クソ平民どもが起こした反乱からも逃げ切ったんだぞ!?

 俺が何をしたって言うんだ。クロードを虫けらのように扱ったからか?

 でも弟は兄の所有物ってよく言うだろ。ストレス発散に使って何が悪いんだ。

 横領だって、貴族なら誰でもやってることだ!


「た、たひゅけ……」


 ニコニコと嬉しそうな笑顔で俺を見下ろすメイドに、助けを求める。


「ふふ、ふふふふふ。私がそう言った時、レイオン様は何と仰ったか覚えてるかしら?」


 この声……


「『お前よりいい女はいくらでもいるんだよ』だったかしら? そして私を屋敷に置き去りにして、さっさと逃げてしまいましたのよ」

「お、おま……シャルロ……ッテ……!?」


 だけど見た目が全然違う。あいつはもっと美人で色気があった。


「アンゼリカの前に、まずアンタを地獄に送ってあげるわ。だけど最期にパンを食べさせてあげるなんて、優しいと思わない?」

「か、はぁ……っ」


 徐々に目の前が真っ暗になっていく。嫌だ、死にたくない。俺はマティス伯爵家の家督も継いで、贅沢三昧すると決めていたのに。騎士団も頃合いを見計らって辞めて、好きな女や美味い飯を貪って……



 


 

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