62.伯爵一家
現在マティス伯爵一家は、王都の外れにある別荘を住まいにしている。夫人の実家から呼び寄せた使用人に自分たちの世話をさせているそうだ。
事情を知った陛下は、すぐに迎えの者を別荘に向かわせた。そして数時間後、マティス伯爵夫妻とレイオンが王城の応接間にやってきた。
「本日はどういったご用件でしょうか。私どもに朗報があるとのことでしたが……」
マティス伯爵は以前パーティーで見かけた時に比べ、随分と老けて見えた。顔のシワが増えて、頬もこけてしまっている。
その隣にいる夫人も、目の下に青黒いクマが出来ている。ろくに眠れていないのかもしれない。
「俺たちを王城に招待してくれるなんて、気が利くじゃないか。城の食事は美味いから楽しみだ」
両親の後ろでは、元カレがお腹を擦りながらニヤついていた。
あれから少しは改心したのかと思っていたら、何一つ変わっていなかった。マティス伯爵が保釈金を払ってくれたおかげで、外の空気を吸えている自覚がないのかもしれない。こいつは本当に……!
「ん……ア、アンゼリカ!?」
レイオンは私に気付くと、驚愕の表情を浮かべた。
「どうしてここにいるんだよ! まさかお前が俺らを呼びつけたのか!? ……はっ、そうか。もしかして俺に会いたくなって……」
「……勘違いも甚だしいな」
私の背後に立っていたシラーが、冷ややかな声で言い切った。
「ナ、ナイトレイ伯爵……!」
パーティーの場で丸焼きにされかけたのが、トラウマになっているのだろう。レイオンはあからさまに表情を引き攣らせた。
「こ、これはどういうことだ? 何故貴殿らがここに……」
マティスは困惑を隠し切れない様子だった。
「先に伝えておいたはずだが? 朗報があると」
そう告げて、カトリーヌは応接間のドアをゆっくりと開いた。一人の少年が一礼して、応接間に入ってくる。
「その子は……っ」
「貴殿のご子息で間違いないな?」
カトリーヌの問いに、マティス伯爵は暫し言葉を失っていたが、やがて何かを堪えるような表情で首を横に振った。
「そ、そんなはずはない。クロードは私たちの目の前で殺されたのだ。生きているはずがない……」
「ではこの少年は、ご子息ではないと?」
「……残念ながら、別人だ」
カトリーヌから視線を逸らしながら、苦々しい口調で答える。
「え、ええ、よく似てますけど」
「だよなぁ。ただの人違いだよ、人違い」
夫人とレイオンも、強張った顔で同調する。諦めたような表情で項垂れるクロードを抱き締め、私は伯爵一家を睨み付けた。
「あなた方……本気で仰ってますの?」
「お前は黙ってろ、アンゼリカ! 俺の弟はもう死んでるんだよっ!」
レイオンの怒号が室内に響き渡る。クロードはビクッと顔を跳ね上げ、私のドレスをぎゅっと握り締めた。大丈夫、私たちがついているから怖がらないで。
シラーは深く息を吐いた後、マティス伯爵への尋問を始めた。
「……この子がすべて話してくれた。焼き討ちに遭った屋敷から脱出した後、貴殿らは王都までの安全なルートを提供してもらうことを条件に、クロード子息を奴隷商に差し出したそうだな?」
「その少年が嘘をついているだけだ。そのような輩に我が子を差し出すなど……貴殿らはそんな子供の戯言を信じているのか?」
「そ、そうですわ。彼がクロードだという証拠がどこにありますの?」
「……それでは、今証拠をお見せしよう」
往生際悪く認めようとしない伯爵夫妻に、シラーも切り札を出すことに決めたようだ。
「……クロード、あれを見せるんだ」
シラーに穏やかな口調で促され、クロードはポケットの中からあるものを取り出した。
初夏の新緑を思わせる、大粒のエメラルドをあしらった黄金の指輪だ。そのリングの部分には、独特の文様が刻まれている。
「そ、それは……」
夫人がいち早く反応して、クロードへ歩み寄ろうとする。それを阻止するように、カトリーヌが立ち塞がった。
「マティス伯爵家の家宝で間違いないな? 燃え盛る屋敷から脱出する際、咄嗟に持ち出したそうだ。そしてずっと隠し持っていたらしい。それに、彼は兵舎の内装を熟知していた。何度か舎内を見学したことがあり、覚えていたらしい。これでもまだ、ご子息ではないと言い張るつもりか?」
「…………」
カトリーヌに追及され、伯爵夫人は唇を震わせていた。だがその視線は、クロードに真っ直ぐ向けられていた。
「よかったわ……無事だったのね」
伯爵夫人は涙ぐみながら呟いた。彼女もきっと後悔していたのだろう。まだ幼い息子を商人に差し出してしまったことを──
「その指輪っ!」
そこで私は、伯爵夫人がクロードではなく指輪を見詰めていることに気付いた。
「屋敷に置いてきてしまったことを、ずっと後悔していたの。これで今夜はぐっすり眠れるわ」
まさか寝不足の原因ってそれ!?
「ほら、クロード! 早くその指輪をお母様に返してちょうだい!」
「お、おい、やめないか!」
マティス伯爵が焦った口調で咎める。しかし夫人の頭の中は、もう指輪のことでいっぱいだった。
「あなたは黙っていてちょうだい! クロードのおかげで、私の宝物が……」
ようやく失言を悟ったらしい。伯爵夫人の顔から笑みが消える。
クロードだと認めたのも同然だった。マティス伯爵もこれ以上は言い逃れられないと観念したのか、黙り込んでいる。
「このクソガキが! 何で指輪なんて持ち出してんだよ! お前を売ったことがバレちまっただろ!!」
重苦しい雰囲気の中、レイオンの口からトドメの一言が飛び出した。




