22.いざ離宮へ!
シラーに新しいドレスと装飾品を選べと言われたものの、なかなか決まらない。何せ、自分で好きなものを選ぶ機会など、ほぼ皆無だったのだ。
実家では母や姉のおさがりばかりを着ていたし、アクセサリーなど買ってもらったことがない。
「私たちにおまかせください、奥様!」
カタログとにらめっこを続ける私を見兼ねたララが、屋敷中のメイドを召集する。そして私に似合いそうなドレスを探してくれることになった。
「奥様はスタイルがよろしいので、どのようなデザインも似合うと思います」
「淡いブルーやグリーンのドレスにしましょう!」
やけに皆ノリノリだ。目を輝かせながら、カタログを眺めている。当人の私は、蚊帳の外になっていた。
「どうしてこんなに楽しそうなのかしら……」
「ネージュ様のお召し物をお選びになっている時の奥様は、ニコニコされているじゃないですか。それと同じでございます」
そう言いながらララが、ジュエリーショップの冊子を開く。
「ええと……このネックレスなどは如何ですか? 七色のダイアモンドを使用した一点ものです!」
ララが指差したのは、見るからに豪華そうなネックレスのイラストだった。
「あら、綺麗ね……って、たっけぇですわ!!」
ゼロがいくつも並ぶ価格を見て、私は首と手を横に振った。
「そ、そうでしょうか? 比較的普通のお値段だと思うのですが」
貴族って金銭感覚がバグってるのか?
「そんな高いの、怖くて着けられないわよ。もう少し安めの商品はないの?」
「それでは、こちらのお店はどうでしょうか?」
ララが手に取ったのは、平民から高い人気のショップのカタログだった。シンプルだが上品なデザインが多く、値段も先ほどよりかなりお手頃。
こういうのでいいんだよ、こういうので。シラーには見た目で決めたと言い張っておこう。
「あ……これにしようかしら」
私が選んだのは、真っ赤なルビーと、サンセットサファイアと呼ばれるオレンジ色のサファイアを使用した菱形のネックレスだった。縦半分で宝石が分かれている凝った意匠だ。
私がネックレスを指差すと、ララは声を弾ませて言った。
「旦那様とネージュ様の瞳の色ですね! とっても素敵ですよ!」
「ごめん、やっぱ今のなし」
「どうしてですか?」
「ネージュはともかく、旦那様の色はまずいでしょ! 何かこう……愛が重いとか変な勘違いされそうじゃない?」
「思われませんよ! お二人はご夫婦ですよ?」
私は前世で言われたんだよぉぉぉぉ!
彼氏とお揃いのキーホルダーを買ったら、「キモい」って捨てられたの!
「他にサンセット何ちゃらと組み合わせのタイプはないかしら……」
「奥様、グリーンサファイアとセットのものがございますよ!」
「よし、それにしましょう!」
「あっ。失礼しました。こちらはもう在庫切れになっちゃっていますね」
流石は人気商品。仕方がないから、他の商品を探そうかな。
「だ、大丈夫ですよ。旦那様は、そのようなことを気になさる方ではありません!」
と、ララにごり押しされたので、結局さっきのネックレスを買うことになってしまった。
もし「キモい」って言われたら、責任取ってよ!?
とうとう陛下に謁見する日を迎え、私は早朝から支度に追われていた。そうは言っても、ドレスの着衣から化粧まで全てララに任せきりだったが。
私の仕事は、その前にプリンを作ることだった。
「お、奥様。ネージュ様のお食事は、私どもで用意いたしますので……」
「ダメ! これだけ作らせてちょうだい!」
近頃ネージュは、私以外が作った料理も食べられるようになった。だから私が作り置きする必要はないんだけど……それはそれで何か寂しいのよ! せめて食後のデザートぐらいは、私が作ってあげたい!
そしてその後、薄青のドレスを纏った私は調理時のエプロン、それから絶対に忘れてはならないフライパンを持参して屋敷を出た。
玄関前には既に馬車が待機していて、その傍らにシラーが佇んでいた。この日のために仕立てたのか、黒い礼服に身を包んでいる。銀糸で施された刺繍が、太陽の光を反射してキラキラと輝いていた。
「お待たせしてしまって申し訳ありませんわ」
「気にしなくていい。さあ、お先にどうぞ」
シラーに促されて馬車に乗り込む。
陛下との謁見の場は、ナイトレイ領と隣接する伯爵領。王族が代々使っている離宮があるらしく、王都ではなくこちらに招かれていた。
「本日、離宮では以前から計画されていた夜会が開かれるそうだ。私たちもそれに招待された体を装って、訪問する段取りになっている」
シラーがそう言って懐から取り出したのは、一枚の招待状だった。私とシラーの名前が連名で記されている。
「陛下とお会いにするだけでも緊張しますのに、他の貴族とも顔を合わせることになりますのね……」
事前に説明を受けていたとはいえ、正直しんどい。「心の準備が出来ていませんわ」と泣き言を漏らすと、「それなら、今からすればいい」と素っ気ない物言いをされた。
……シラーは、どうして見ず知らずの私を助けてくれたのだろう。一応ネージュの義母としては認めているけれど、それ以上の感情は持ち合わせていないようだし。
向かい側に座る夫をぼんやり眺めていると、ふと目が合った。
「僕の顔を見ていても、緊張はほぐれないぞ。外の景色でも見ていろ」
「分かってますわよ」
唇を尖らせて窓へ視線を向けようとすると、シラーが私の胸元をじっと見ていることに気付いた。というより菱形のネックレスを。
ララの嘘つき! 旦那様めっちゃ気にしてるじゃん! 内心冷や汗を掻いていると、シラーが窓の手すりに右肘を置いて頬肘をついた。
と、袖口の下で、何かがキラリと光る。
「え? それって……」
思わず声を上げると、シラーは眉を顰めながら腕を下ろした。明らかに詮索されるのを嫌がっているが、どうしても気になって私は尋ねてみる。
「旦那様、そのブレスレット……私のネックレスと同じデザインですわよね?」
「……そうだな」
シラーが渋々と言った様子で右の袖を捲る。手首には、菱形の宝石が揺れていた。
グリーンサファイアとサンセットサファイア。私が欲しかった組み合わせだ。
「分かっているとは思うが、特に他意はないぞ。たまたま、この色の組み合わせが好きだっただけだ」
勘違いされては困ると、シラーがやや棘のある口調で言う。一瞬胸が高鳴ったけど、深い意味なんてあるわけないものね。でもこれで、悩みが一つ解消されたわ。
「奇遇ですわね、私も赤とオレンジ色が好きなだけですの。ですから、どうかお気になさらないでくださいましね!」
頬を紅潮させながら、私は意気揚々と言った。
ほっと胸を撫で下ろし、窓の向こうに広がる風景を眺め続ける。空がオレンジ色に染まり始めた頃、馬車はようやく目的地に到着した。
陛下の離宮は、伯爵邸と負けず劣らずの豪邸だった。
「精霊具のことは、他の参加者には伏せておくように」
「はい」
私は手提げのバッグを握り締めて頷いた。この中にはエプロンとフライパンが入っている。
「ようこそ、ナイトレイ伯爵様。お待ちしておりました」
エントランスに立っていた使用人に招待状を見せて、離宮の中に入る。
以前にも訪れたことがあるのか、シラーは迷いなく廊下を進んでいく。そしてパーティー会場の扉を開いた。
「ひえっ……」
巨大なシャンデリアが吊された華やかな空間は、大勢の招待客で賑わっていた。豪奢な身なりを見る限り、その多くは高位貴族だ。
初めての夜会に、緊張から足が震え出す。そんな私を見かねて、シラーが声をかけてきた。
「……大丈夫かい?」
「ええ。すみませ……」
その言葉は最後まで続かなかった。
だって、見付けてしまったのだ。
招待客の中に、あの二人の姿を。
「な、何で……」
レイオンとシャルロッテがいるのよ!?




