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父殺し

「失礼します!」


「テスタか? あぁ、時間か……」


 ノックをして黒づくめの男が入室してくる。

 執務室で書類に目を通していたムツィオは、時計を見て納得するように呟く。

 テスタと呼んだこの男から報告を受ける時刻だ。

 一時休憩と言うかのように見ていた書類を側にいたコルラードへと渡して、机の前にあるソファーへと移動した。

 ムツィオに手で促されたテスタは、それに従って対面へと座った。


「まず、どうやらエレナ嬢の生存は確定かと思われます」


「っ!!」


 テスタからの報告にムツィオが息を飲む。

 このテスタという男は、闇の組織の頭目の男だ。

 その名前も本名ではなく、単なる記号としてのものらしい。

 可能性の話だということだったが、どうやら本当の話だったみたいだ。

 信じがたいことだが、彼らの組織は仕事に見合う金が得られればいいという考えなので嘘を言う理由もなく、きっと本当のことなのだろう。


「本当か!?」


「はい」


 本当のことだと分かっていても、ムツィオは思わず問いかける。

 自分たちの仕事に自信のあるテスタは、その確認の問いに頷きを返す。

 テスタと弟が仲違(なかたが)いをし、数人の部下と共に組織を抜けた。

 新しく裏組織を作ったそうだが、所詮少数の組織。

 もしもの時にはいつでも潰せると放置していたが、手を下す前にその組織は全滅した。

 その組織の拠点は把握していたので、どういった仕事や繋がりがあるのかを調べた。

 場合によっては、こちらの組織の仕事に繋がると判断しての調査だ。

 その拠点に残されていた書類などを見ると、最後の仕事は元ディステ伯爵であるカロージェロによる依頼だった。

 そして、組織を返り討ちにしたのがレオポルドとその部下、元ディステ領のエリアギルマスのファウストとそれに雇われた冒険者たちによるものだと分かった。

 別に報復など考えていなかったが、他国へ逃亡したと言われていたカロージェロがルイゼン領に匿われているのは掴んでいたため、近付いてみたら正解だった。

 大きな仕事を依頼してくれるムツィオに繋がることができたからだ。

 ムツィオと言えば、兄殺しに姪殺しとして裏では知られていた男で、裏仕事を生業としている組織の取引相手には最適な人物だ。

 国として独立をするなどと言う突拍子もないことをするとは思わなかったが、自分たちの仕事ができればそれはそれで構わなかった。


「島へ潜入させた者が殺されましたが、鳥の従魔を持つ者に確認させておいたので間違いありません」


「くっ!!」


 王国との戦いが始まり、ある時参戦者リストにレオポルドという名前が入っていた。

 それを見て、弟の組織から持ち帰った書類を再度調べていた時、テスタは気になる人物の名前が目に入った。

 島に潜入した者に付けていた魔道具により、エレナという人物が島に存在していることが分かっていたらしい。

 エレナといったらムツィオの姪と同じ名前だ。

 殺したといっても、台風に巻き込まれて海難事故に遭ったのだが、死体を確認したわけではない。

 しかも、その台風に巻き込まれたのもヴェントレ島からそれほど離れていない場所だ。

 エレナ生存の可能性をムツィオに示唆するとすぐさま調査を指示され、仲間を1人送った結果がこれだった。


「コルラード! ジェロニモには伝えていないだろうな!?」


「はい。何も伝えておりません」


 テスタの報告に、ムツィオはまた以前のように落ち着きがなくなる。

 イラついた時の癖である爪を噛む仕草をした後、コルラードへ以前命令したことの確認をする。

 その確認に対し、コルラードはいつもの冷静な態度で返事をする。

 ジェロニモが今のようになった原因は、エレナであるということはコルラードには分かっている。

 生きている可能性があるということを伝えれば、ジェロニモに何かしらの変化が起こせるだろう。

 しかし、それが分かってもコルラードは()()()しなかった。


「そうか、ならまだ問題ない。しかしエレナを殺さないことには……」


 以前エレナの生存の可能性があると分かってから日にちが経っている。

 もしもコルラードが伝えるなら、もうジェロニモに変化があってもおかしくない。

 使用人に聞いた話だと、ジェロニモは今日も部屋で本を読んでいるということだ。

 気にする必要はまだないようだが、ジェロニモに気付かれる前にエレナを始末しないと後々面倒なことになる。

 そのため、ムツィオは独り言をつぶやきながら爪を噛んだ。






◆◆◆◆◆


「ジェロニモ様。本の追加をお持ちしました」


「あぁ……」


 ムツィオがテスタからの報告を受ける数時間前、コルラードはジェロニモに本を届けていた。

 これは使用人の仕事だが、コルラードが代わりに持って行くのを申し出た。

 ジェロニモに用があったからだ。

 椅子に座って本を見ていたジェロニモは、チラリとコルラードを見て小さく返事をする。


「……たまには外へ出るのはいかがですか?」


「…………」


 コルラードは、日頃このように理由を作ってジェロニモの様子を見に来ている。

 いつものように、少しでも気分を変えてもらおうと外への散歩を促す。

 しかし、ジェロニモはいつものように無言で反応はない。

 分かっていたことだが、ジェロニモが以前のように戻る気配はないため、コルラードはそれがなんとなく悲しい。


「あっ! こちら昔見せていただいたことがありましたね……」


 部屋の棚に目を向けたコルラードは、1つの装飾品へと近付いて行く。

 蛙の骨を使った装飾品だ。

 昔からジェロニモはスカルグッズを作るのが趣味だった。

 ジェロニモが得たスキルも、今となってはそれによるものなのではないかと考えている。


「そう言えば、ジェロニモ様から陛下の秘書になった時の祝い品を頂いていませんでしたね……」


 無実を証明されて釈放されたが、孤児のコルラードは行く場所がなかった。

 それを知ったジェロニモが、領主邸の下働きをするように言ってきた。

 寝るだけのスペースながら部屋も用意してくれ、食事も毎日出してもらえた。

 仕事はきつかったが、昔に比べれば天国のような環境を与えられた。

 その環境を与えてくれたジェロニモに、いつか役に立てる人間になって見せると約束した。

 そんなコルラードに対してジェロニモは、「そうなったら褒美に何か与えよう!」と言ってくれた。

 その時の約束を、コルラードは今思いだした。


「褒美としてこのブレスレットを頂けませんか? もしかしたら……」


「…………」


 ずっと話しているが、さっきからジェロニモは変わらず本を見つめたままだ。

 聞いているのか、いないのか、反応がないので分からない。

 完全にコルラードが独り言を言っているかのような状況だった。

 しかし、コルラードは気にしない様子で装飾品を持ってジェロニモへと近付いて行く。


「この後ジェロニモ様にとって必要な話が聞けるかもしれませんよ……」


「…………」


 近付いたコルラードは、無理やり視界に入るように膝をついて身を低くし、さっきまでの優しい口調から真面目で重苦しくなるように低くした声で話しかける。

 その口調の変化に、ジェロニモは僅かながらコルラードへ視線を向けた。


「頂いてもよろしいですか?」


「…………、あぁ……」


 コルラードは何かしようとしているのだろうか。

 何をしようとどうでもいいが、自分にとって必要な話と言われると少しだけ気になる。

 装飾品も昔に作ったものだし、いつでも作れるようなものだ。

 それを渡せば出て行ってくれるのだろうと、ジェロニモはコルラードの要望に小さく返答した。






◆◆◆◆◆


“バンッ!!”


「っ!? 何だ!?」


 時間は戻り、ムツィオが爪を噛んで思考を巡らしていると、突如として執務室の扉が開く。

 ノックもなく入ってきた人物に、ムツィオとテスタは立ち上がる。

 テスタは入ってきた人物からムツィオを守ろうと、背に隠すようにして短剣を出して身構えた。


「……ジェロニモか、珍しいな……。ノックもなくどうした?」


 入ってきた人間の姿を見て、テスタは武器を収める。

 ムツィオの方も少し安心したように、ソファーに座り直した。


「父上……」


「何だ?」


 珍しく話でもあるのだろうかと、俯いているジェロニモの表情が分からないせいか、ムツィオは軽い口調で返事をする。


「今の話は何だ?」


「……今の話? 何のことだ……?」



 話しているうちに、ジェロニモはムツィオの目の前まで近寄って来ていた。

 そして、ようやくジェロニモの様子が違うことに気が付いた。

 テスタも動こうとするが、コルラードが何もしなくていいと言うかのように首を横に振っている。


「エレナを殺すということだ!!」


「っ!! な、何で……」


 部屋には防音の設備が施されている。

 外には漏れていないはずなのに、話が聞かれていたことに驚く。

 それよりも、ムツィオにとって一番聞かれてはいけない人間に聞かれたことが問題だった。

 ムツィオの全身から、汗が一気に噴き出してきた。


()()()()コルラードに盗聴器を仕込んでいてな……」


「おやっ! こちらジェロニモ様から頂いたブレスレットでしたが、まさか盗聴器だとは……」


「なっ!? コルラード!! 貴様……!?」

 

 ジェロニモとコルラードは棒読みでやり取りを交わす。

 そのやり取りに、ムツィオは憤怒の表情へと変わる。

 2人がというより、コルラードがこのことを企んだのだと理解したのだ。

 ジェロニモのスキルは骸骨ならばどんな生物でも動かせる。

 コルラードが付けているブレスレットには蛙の骸骨が付けられていて、それをスキル発動することによって盗聴器として利用したのだ。


「動くな! お前には手は出さない!」


「……分かりました」


 テスタがムツィオを守ろうと動こうとしたが、その時には骸骨が首のもとに刃物を向けていた。

 さっきのコルラードが首を振った意味が分かった。

 殺されないなら動かない方が良いと、テスタは黙ってソファーから動くのをやめた。


「おいっ! 待てっ!! ジェロニモ!! 待っ……」


 怒りの表情で睨みつけるジェロニモは、魔法の指輪からムツィオの前にスケルトンを出現させる。

 そのスケルトンには剣が握られている。

 それを見て、ムツィオは慌ててジェロニモに止まるように言って来る。

 しかしそんなことを言われても怒りが治まらないジェロニモは、スケルトンを動かしてムツィオの首を斬り飛ばしたのだった。



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