第二話 家族が続々?
前回のあらすじ
・なぜか、真っ暗な中で女の子と二人で寒さに震える主人公。ここしばらくの記憶が走馬灯する。
・母親から放り出され、人工島フローティアへ。。
・南国美少女あらわる。
炎天下の通りの向こうから、小麦色の肌の少女が歩み寄ってきた。見たところ、ツトムと同い年くらい。くるりんとした瞳が愛らしい。豊かな黒髪は両耳の上でまとめられ、ツインテールとなっている。黄色い薄手のワンピースを着て、足元はサンダルだった。
「はじめまして。私はタリア。あなたのお祖父さんの娘です」
孫じゃなくて娘? ……やっぱ、それって叔母さんって言うの? つか、お祖父ちゃん何してるんだよ、南の島で。
いきなりの情報に考察が暴走。そんな隙を突かれて、ツトムは少女に手を握られた。
「こっちよ」
タリアに手を引かれて(がっちり掴まれた。逃げられない)、炎天下を歩くことしばし。足が融けかけた”くもすけ”は、背中のデイバッグに退避だ。
「ほんでお嬢はん。いずこへ行かはるんや?」
デイバッグの口から顔だけ出して、”くもすけ”が問いただす。近頃では、喋るロボットは珍しくない。それでも、”くもすけ”ほど人間臭い喋り方は珍しい。タリアの目がくりんとなった。
「はい、パパの……ツトムくんのお祖父さんの仕事場です」
思わず敬語になってしまったようだ。
うだるような熱気の中を歩かされて、寝不足のツトムは少々、意識が怪しくなってきた。ちなみに、スニーカーのゴム底は何とか熱に耐えてくれてる。メイド・イン・ジャパン万歳。
とはいえ、炎天下をそのままではない。歩道はすべて、アーケードのように天蓋が被さり影を落としている。多分、そのどれもが太陽光パネルなのだろう。それでも広い車道を渡って来る風は熱風そのものだった。時間にすればほんの十五分程度だが、ずっとお日様のターン。「もうやめて! ツトムのライフはゼロよ!」な状態だった。元々細っこい体なのに、このまま干物になりそうだ。
そんな限りなく冥土に近いブルーな空の下、ツトムは倉庫にしか見えない質素な建物に案内された。それでも一応、入り口のドアには看板らしい物がかかっている。
ナガト海洋研究所。ツトムの祖父、福島ナガトの仕事場だった。
「おお、ツトムか? 大きくなったなぁ」
タリアに促されてドアをくぐると、こじんまりとした事務所だった。その奥から立ち上がった男性が、ツトムに声をかけてきた。
久しぶりに会う肉親の定型句だろうか。直接会うのは、ツトムの父親である娘婿、セイジの葬式以来だった。五年ぶりとなる。
祖父のナガトは日焼けした骨太の手で、ツトムの頭をワシャワシャと撫でた。髪の毛と一緒に、熱気にさらされた脳味噌までシャッフルされそうだ。
福島ナガト、六十歳。歳に似合わぬ、筋骨逞しい海の男だ。……男。
男なんだな。
傍らでニコニコしている少女を横目で見て、ツトムは何か悟った気がした。知らぬ間に大人へのステージが一段上がったようだ。娘を名乗る少女がいる以上、母親であり、妻を名乗る女性がいるわけだ。恐らく、ツトムの母、マコと同年代の。
「お祖父ちゃん、聞いてもいい?」
「うん、なんだね?」
「再婚したの?」
お、冷房が効いて来たみたいだ。ツトムにとってはありがたいが、変な副作用があるようで、脇の下に冷たい汗が流れ出した。
「……それについては、きちんと説明しないとな」
面倒なのは願い下げなんだけど、とツトムは内心つぶやいた。
「このフローティアは、地球温暖化対策の要なんだ」
いきなりの宣言。なんで大人って、こんなに大げさに構えるんだろう。
「日本をはじめとする先進国が、化石燃料を燃やし続けて炭酸ガスをばら撒き、地球温暖化をもたらした。その結果の海面上昇で国土を失った島嶼国を支援する義務を、日本も負っている。このフローティアが建設されたのは、住む土地を追われた人々を迎えるためでもある」
娘のマコからの受け売りなのか、ツトムに母親の仕事をアッピールするが、どうも話題が政治の方に行くと、ツトムは関心を失う。沈んだ島のかわりに、日本は沈まない浮かぶ島を作りました。めでたしめでたし、チャンチャン、でしょ?
……そうはいかないらしい。難民をこのフローティアに迎えるにしても、自活できるかどうかは大きなハードルになるのだという。高潮の被害で父を亡くしたタリアとその母親は、居住条件を得られるかどうかの瀬戸際だったらしい。そこで、海自の救助活動で島々を巡っていたナガトと出会い、助けたい一心で結婚。これが四年前。
うん。お祖父ちゃんパネェっす。
でも、俺は嫌なのさ。十二の夜……まだ明るいか。おまけに、盗んだバイクで走りだすには、半径1キロの人工島はちょっと狭い。数キロも走れば出発点に戻ってきちゃう。
そんな逃げ場のないツトムの前に、部屋の奥のドアから女性が現れた。
「あ、ママ。ツトムくんよ」
て事は、この人が……。
「あらあら。初めましてツトムさん。タリアの母のサリアです」
思わず祖父の顔を見てしまった。サリアはどう見ても二十代の女性だ。実の娘より若い妻に、孫と同い年の娘。
「そしてこれが、下の娘のナリア」
サリアの後ろから、よちよち歩きの幼女が現れた。母親のスカートをしっかりと掴んで、ツトムの方をまじまじと見ている。
ひょっとしてお婆ちゃんとかに、アリアとかカリアとかいます? そんな質問は飲み込んだ。
つか、ナリアの年齢って。
「お祖父ちゃん、この子って……」
「うむ。俺の娘だ。三歳になる」
えーと、えーと。結婚したのが四年前だよね。
ツトムの頭の中では、小学校の保健体育の授業内容がぐるぐる渦巻きしだした。オシベとメシベがフ〇ック・ユー。
「やったね”くもすけ”。家族が増えたよ」
凄く棒読みの台詞を吐いたせいか、”くもすけ”は完全にスルーしてくれた。
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ただの麦茶がこんなにおいしいなんて。
祖父の事務所にある簡素なソファーに座り、サリアが出してくれたグラスを一気にあおった。暑さにやられてたのもあるし、その後の色々な出来事でプチ臨死体験してたのもある。
「ツトムさん、おかわりは?」
サリアが聞いて来る。
「あ、大丈夫です」
既に何度かお代わりしていて、お腹がガボガボいいそうだ。
しかし、この綺麗な南国のおねーさんが、自分の「お祖母ちゃん」だとは。
「ツトム、お昼ご飯がまだでしょ? 近くに台湾料理のお店があるの」
すぐ隣に座ってお菓子とかサービス・サービスぅしてくれる、同じ年の女の子。自分から見ると一応「叔母さん」なんだよね。
「ツトム~」
両膝をまたいでこちらを向いて座ってる幼女が、ツトムのほっぺたをペチペチ叩く。なぜか、これ以上なくなつかれている。
この子も、九歳年下の、「叔母」だ。タリアは義理だからギリだが、ナリアはガチだ。何だかもう、親族を指す日本語がゲシュタルト崩壊しそう。
「一息ついたら、お昼にしよう。高雄亭でいいんだな?」
祖父が、ツトムにとっての元凶が宣言した。どうしてこうなった?
高雄亭は、祖父ナガトの仕事場のすぐそば、海浜区とかウォーターフロントと呼ばれる地域にあった。建物や看板など、日本のどこにでもありそうな雰囲気なのが、逆に面白い。
「いらっしゃいませ」
出迎えてくれたのは、またもやツトムと同年代の少女だった。タリアに紹介された。王美玲、この店のオーナーの一人娘だという。セミロングの黒髪をストレートに降ろし、店の制服をきちっと着こなしていた。
先日卒業した小学校ではタリアの同級生で、一番の親友だという。学校ではかなり浮いていて、ほとんどボッチだったツトムには羨ましい限りだ。
席に着くと、早速注文を……と思ったら、メイリンはタリアを店の隅に拉致していた。
(あの彼、タリアが言ってた子?)
(そう。パパの孫よ)
その瞬間、メイリンが肉食的な笑みを浮かべ、ツトムは急に店の冷房が強くなったように感じた。
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朝はろくに食べられず、かなり遅い昼だったにもかかわらず、ツトムは飽和状態だった。頼んだのはランチの定食で、餃子とラーメンだけのはずだった。だが、なぜか小龍包とかチャーハンや肉野菜炒めなどが後から後から出てくる。どちらかと言うと食の細いツトムには、かなりの量だったが、断ろうとするとメイリンが瞳をウルウルさせて迫って来るのだ。
「……お口に合いませんか?」
「いえ、頂きますおいしいです」
結果として、普段の三倍は食べることになってしまった。キャパオーバーだ。うっかり転んだら、全部流れ出しそう。
「まいどありがとうございました」
なぜか、メイリンはじめとした店員一同に深々とお辞儀で送られて、ツトムと家族……そう、新たに家族となった祖父ナガト、祖母サリア、叔母のタリア&ナリアの四人は、店を後にした。
「ツトム、この後どうする?」
タリアが聞いてきた。ツトムの右手をしっかり掴んで。反対側の手は、ナリアにしっかり握られている。両手に華だ。でも、僕、思春期前なんです。そう言うことにしてください神様。
……ええと。この後の事を聞かれたんだよな。
「まず、これから住む家を見たいんだけど」
ひとまず、無難な答えが出来た。
「そうね。まずは荷物をおろして落ち着いてからよね」
サリアの言うことは尤もだが、なにしろ祖父と夫婦しているので油断ならない。なんとなく、ツトムのゴーストがささやくのだ。ツトムの脳裏には、何かが「落ち」たりくっ「着い」たりする情景が描かれた。(テトリスではない)
祖父の一家が住むのは、フローティアの中央タワーの上層部だという。さながら空中都市だ。沿岸部からはかなりの距離があるので、自動運転車を拾うことになった。いつでもスマホで呼び出せて、好きなところで乗り捨てができる。動力はやはりMg電池で、電気が切れかけるとこれも自動で充電スタンドへ向かう。
日本の本土でも普及し始めている自動運転車だが、こちらではほぼ百パーセントとなっているようだ。新しい土地には新しい標準が根付きやすいのだろう。
四人乗りの自動運転車に、大人二人と子供三人。小さいナリアは誰かに抱っこされないと乗れない。
「やー! ツトムと乗るの!」
サリアが抱いて乗ろうとすると、まさかの抵抗。必死にツトムの膝にしがみつく。
「すみません、ツトムさん。普段は聞きわけの良い子なんですけど」
神妙なサリアに、ツトムも何か言わなくては、と焦った。
「いや、ナリアちゃん可愛いから、ご褒美ですよ」
焦ったせいで、ネットで聞きかじった言葉を使ったのがまずかった。サリアは表情がこわばり、夫のナガトに目を向ける。祖父のナガトは窓の外に視線をさまよわせる。オリンピック選手なみの豪快なフォームで目が泳いでいた。隣のタリアが掴んでる右手に、さらに一トンほどの圧力が加わる。痛い。
ご機嫌なのはナリアだけで、キャッキャとはしゃいだ挙句、中央タワーに着くまでの数分間で電池が切れ、眠りこけてしまった。
良い子の幼児は寝ている幼児だけだ。重いけど。
車の後ろのラゲッジスペースに入れたデイバッグから、”くもすけ”の声が響いた。
「前途多難でんなぁ、ツトム」
言われなくても分かってるってば。
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中央タワーのさらに中心部は、高さ千メートルの円筒形の吹き抜けで、その内壁を高速エレベーターが頻繁に上下していた。
「……さすがに速いな」
体重が変化する加減速がほとんど感じられなかったにも関わらず、千メートルをほんの数十秒で登り切っていた。どんな制御プログラムなんだろうと、スマホでニュートン法の計算をしてくれるサイトを呼びだそうとしたツトムだが、タリアに手を引かれて外へまろび出た。
「しゃきっとせいや、ツトム」
”くもすけ”の突っ込みが入る。全く、作った奴の顔が見たいよ。毎朝、洗面台の鏡で見てるけど。
屋内に入れば床も冷えているので、”くもすけ”は自分の四足でツトムについて歩いている。
「わんわん、わんわん」
サリアに抱かれたナリアが、目を覚ましてぐずりながらも”くもすけ”に手を伸ばす。
……いや、今はかなり違うから。元は犬ロボだったけど。
中央タワーの頂上付近から外に出ると、そこは周囲をぐるりと盆地のような街並みに取り囲まれた空間だった。タワー頂上の、ラッパのような花弁のような、上へ向かって広がる部分の内壁だ。島の住人からは「花弁都市」と呼ばれているらしい。
「あ、涼しい」
日差しは強いものの、日陰に入ると空気はひんやりとしていた。屋内だからエアコンかと思ったが、外へ出ても涼しさは変わらない。
ナガトが解説。
「この花弁都市は海抜千メートルだからね。高原みたいなもんさ」
冷房など無くても、最高気温は年中二十七℃前後だそうだ。
エレベーターを降りた中央タワーから、花弁内壁の街並みへ渡る橋の上を歩く。階段状の街路は樹木が多く、緑にあふれていた。住宅は内壁に埋め込まれる形だが、玄関の間隔を見ると、かなり余裕を持って配置されているようだ。
「ここって、どのくらい人が住んでるの?」
ツトムの質問に、今度はタリアが答えた。
「三万人よ」
へぇ、とツトムはつぶやいた。花弁都市の直径は千メートル。人口密度はそれほど高くないようだ。その分、これだけ緑が豊富なのだろう。
「ただその数字、表向きだけなんですよね」
サリアが呟いた。
「え? どういうこと?」
思わずツトムが声を上げると、ナガトが渋い表情で言った。
「正規の居住者以外に、親戚などを同居させている例が多くてね」
ツトムは自分自身も似たようなものだと思ったが、正式に届けを出しているから問題ないという。届けも出さずに勝手に住みついている連中が多いのだそうだ。この花弁都市で数千人と見積もられている。
「下の海浜区も、本来は一万人ほどが住むはずなんだが、どうもその倍はいるらしい」
食糧などの消費量がかなり多いので、そう見られているという。正規の人口四万人の島に、一万数千人もの不法滞在者。何か酷く間違ってる。
「島嶼国の難民を受け入れた時に、チェックが甘くなったんだろうな。送り返すべき国がはっきりしないのも問題だ」
ナガトの説明で、ツトムはちょっと不安になってきた。ちらっとタリアを見て、祖父へ疑問をぶつける。
「治安は大丈夫なの? 犯罪とか」
日本でも移民や難民の受け入れに反対している人たちがいて、その理由が治安の悪化だった。タリアやナリアが巻き込まれたりしないだろうか。
「花弁都市の方は大丈夫みたいだが、海浜区は場所によるな。ガイド情報が出てるから、見ておくと良い」
さっきお昼を食べた店や、ナガトの仕事場のあるあたりは安全だと言うので、少しほっとした。ガイド情報のサイトをスマホで確認し、”くもすけ”にも教えた。これで、危険な場所に近づけば教えてくれる。
そんな会話をしているうちに、祖父ナガトの自宅に到着した。サリアが世話をしているのか、玄関の周りは南国の花であふれている。
ドアの前にナガトが立つと、瞳の虹彩をAIが判別してドアが開いた。
「さて、我が家にようこそ、ツトム。早速、お前も家族として登録しておこう」
玄関の中の壁に、小さなコンソールが埋め込まれていた。母と暮らしていた社宅にもあった、ホームセキュリティーの端末だ。
そのカメラに顔を近づけ、ツトムは名乗った。
「福島ツトム、二〇一七年六月七日産まれ」
ピッと電子音が鳴って、画面に「登録されました」と表示が出た。
「あれ? これで登録するんだから、不法滞在はバレちゃうんじゃ?」
疑問を口にするツトムに、ナガトは顔をしかめて答えた。
「プライバシー保護法ってのがあってね。誰と同居しているかはプライバシーだから、利用制限が厳しいんだ」
確かに、そんなのが出回ったら、誰と誰が恋人になっただの別れただのが丸わかりになってしまう。
世の中は、ツトムが好きなメカよりも、余程複雑で面倒なようだ。
「さて、まずは上がってくれ」
日本人の家だから、玄関先で靴を脱ぐ。反射的にツトムの口から言葉がこぼれた。
「……お邪魔します」
ナガトはカラカラと笑った。
「もうここはツトムの家だよ。次からは『ただいま』だ」
大きな手に背中をポンと叩かれて、ツトムはリビングへと入って行った。




