4.3.3.流れているもの
階段を上り切るとアライソはソアラの手を振り払った。周囲には一階と同じように乳白色の光粒が漂っている。
ソア「なんだ、どうした」
怪訝そうに振り返った。が、彼の心中からしてみればそこまで振り払わなかったのが不思議ですらある。いや、思考が自らの内に没入し、手を取られていたことに気が付きすらしていなかったか。ようよう、ぽつりと言った。
アラ「私は、人間です。神人ではありません。貴女のような。貴女方とは違います」
ソア「そうじゃのう。それがどうした。何を今更。突然に」
アラ「貴女方とは別の存在なんですよ!」
ソア「別の世界から来たからの」
アラ「手を取り合える者じゃない」
ソア「何を言い出す。何を言いたい」
アラ「つまりは、私は、さっきの方がおっしゃったように、私は、肉を持っています。神人ではありません。むしろ、あの胚のような、貴女方からすれば、むしろ魔物に近い存在です」
ソア「何を言っている」
アラ「だから!」
じれったく感じ始めていた。
アラ「私は、貴女方と同じ場所に居ていい者じゃないんです! 行動を共にしていいのではない。貴女方の居る場所に交じっていてはいけない。この世界にいるべきではない」
ソア「誰かがそう言ったのか?」
アラ「先程の方がそうおっしゃっていたではありませんか!」
ソア「錯乱していたからの」
アラ「しかし、それは事実です。私は貴女方とは違う。肉を持つ、魔物のような存在なんです」
ソア「それは違う。魔物は悍ましいものじゃ。肉体を持っているからと言って貴様と同じなどではない」
アラ「しかし、魔物も人間も、同じく肉体を持っています。清らかな神人とは違って」
ソア「ぐだぐだぐだぐだ。下らん。阿呆なことを言っている暇があるなら先に進むぞ」
アラ「しかし!」
ソアラはもう彼の言うことに取り合わなかった。何を言おうとしようと無視をして足を進めた。
しかし行けども行けども神人に会うことはなかった。どこかの窓でも開いているのか、空間に漂う靄のような光粒は緩やかにうねり、渦を巻き、流れていた。
足元の白光を跳ね上げながら彼らは進んだ。とうとうソアラが痺れを切らし、
ソア「ええい! さっきの女が言った神人達はどこにいる! 上の階にもいると言っていたではないか! アライソ! 貴様は見えぬか?」
重い口を開いた。
アラ「私は暗い肉を持った存在です。貴女達とは違う」
ソア「そんなことはどうでもいい! 後で聞いてやるから周りを探せ!」
迷妄に絡み取られたアライソにはその声も届いていなかった。
アラ「私は暗い肉の内に閉じ込められた人間です。見えるはずがない。貴女達のような、純粋な存在とは違う。貴女方神人は純粋な光のような存在ですから。精神の光そのものです」
ソア「おうおう、それは結構じゃ」
聞き流そうとしたのが、はっとして両目を見開き、四方へ視線を巡らせて、
ソア「光!」
そして呆然とした。
ソア「まさか。まさか」
流れ来る光粒を掬おうとした。だがそれは白い指の間を滑って流れ去った。
ソアラは歯噛みし、屹ッとなってアライソへ振り向いた。片腕を大きくしならせ、宝塔の静寂を破る響きを立てて、彼の頬を打った。
ソア「目を覚ませ! 妄想はそこまでだ! 目を開いて周りを見ろ! これが、この光が」
その眼差しは彼が初めて見るほどに真剣だった。瞋恚すら滲んでいた。
ソア「この光は神人達の遺骸だ」
その言葉にアライソはようやく我を取り戻し、辺りを見渡した。
ソア「下らん戯言を漏らしている場合ではないと分かっただろう。貴様の口にしていたものは下らん戯言だと分かっただろう。これが魔物の仕業だ。奴は神人を殺し、神人は光塵となって散った! 貴様が魔物と同じだと? 笑わせるな。魔物の脅威を舐めるな!」
息を呑むアライソを他所にソアラは靄の中へと踏み入った。もうアライソの手は取らなかった。
自分からついて行かなければ靄に隠れて後姿も見失ってしまうだろう。彼は焦って彼女の後を追った。
周囲に漂っている光の粒が神人の亡骸であるという実感は湧いていない。話に今聞いただけだ。それでも、ぞっと冷たいものが背筋を流れて行くのを感じていた。
ソアラが立ち止まり振り返った。彼もそれに合わせて足を止めた。
ソア「階段だ。上るぞ」
彼らは次の層へと上って行った。




