4.3.2.この世ならざるもの
神女が指を差した先にいたのはアライソだった。
神女「ソアラ将軍! どうぞあれをお倒し下さい!」
ソアラは瞬きをしてから苦笑いをし、
ソア「いや、あれは異形のものでは……。いや、異形ではあるのか。いや、まあ、それは兎も角、あれは悪いものではない。安心しろ。我の仲間だ。魔物を討伐しようと行動を共にしている者じゃ」
神女「そんなはずは御座いません! あれはあんなに醜いのです! それにこんなに離れているのに嫌な臭いがここまで届いて来るのです! この世のものではありません!」
ソア「この世のものでないのは確かじゃな。何とか言う別世界から来たそうだ」
神女「やはり! ああ、ソアラ将軍、どうぞお助けを」
ソア「助けはするが、いや、困ったな」
と、彼女はアライソに振り向いた。
見るとアライソはじっと俯いて苦しそうな表情をしていた。だがそんな彼の様子は気にせずに、
ソア「アライソ、説明してやれ」
と、軽い気持で促した。しかし、
アラ「いえ、私は、彼女の言う通りです。この世のものではありません。この女神の世界の住人ではありません。私は、肉の中に囚われた、卑しい人間でしかありません」
当惑し、
ソア「今はそういうことを言っているのではないのだが。魔物かどうか、それを問うているのだ」
アラ「この世界の清らかな彼女達からすれば、私は魔物のようなものでしょう。私は人間です。肉体を持っているのです」
彼はこれまでも何度も繰り返されて来た自己嫌悪に襲われていた。
それでも東方、南方ではそれに遭ってもいつしか忘れることが出来た。そこで出会った人々には受け入れられていたからだ。そして西方のソアラにもまた。
だが今は違った。神人から面と向かって肉体の醜穢を指摘され、恐れられ、嫌悪されていた。別世界から来た異形の魔物。神人に対すれば結局のところは、それでしかなかった。
思えば東方の白蓮のような神女、彼女にも自分は恐れられていた。助けはしたが、逃げられた。その時には彼女が逃げられたのならそれで良いと思っていた。だが、彼女が逃げたのは村を襲っていた兵士からのみではない、悍ましい魔物である自分からも逃げたのだ。
神人からすれば自分は魔物。
たとえ現世を捨ててまでこの世界を選ぼうとも、畢竟自分はそんなものでしかなかった。彼らとは全く別の存在だった。
そしてこれまではそんな自己嫌悪があったとしても自分の思考の内だけだった。しかし今は、神人からはっきりと口にされて拒絶された。いくら自分の心の内でそう思っていたとしても、言葉として、事実としてはっきりと拒絶されるのは、つらかった。
この頃では考えなくなっていた自己嫌悪が意識の上へとはっきりと浮かび上がり、証言によって形を成した。アライソは黙り込んだ。
ソア「どうしたと言うのだ」
彼女は彼の自己嫌悪など知らなかった。急に暗く沈み込み、何も言えない程に落ち込んだ様子に困惑した。彼は黙然として伏せた顔を上げようとはしなかった。
ソア「よく分からんが、こいつも困った。何なのだ」
溜息を吐いた。
神女「ソアラ将軍! お聞き下さいましたか! あれは肉を持っているのです! 私達とは違う……。魔物で御座います! どうぞお討ち下さい!」
ソア「そうではないと言っておろうに。あれは味方じゃ」
神女「ソアラ将軍……。貴女は、まさか、魔物の味方を……」
ソア「断じて違うわ! 我は誉れ高き西方将軍であるぞ! たとえ狂おうとも魔物などには与はせん!」
神女「では何故! あれを討とうとしないのです!」
ソア「だからあれは魔物ではないからじゃ。敵ではない。味方じゃ。……何故そうも頑ななのじゃ。どうして我の話を聞こうとせん」
神女「あれが魔物だからで御座います」
ソア「ええ、もう! それではあいつが魔物と言うなら、お前に何かをしでかしたのか? しようとしているのか? 無害じゃろう」
神女「しかし、私は、もうあんな恐ろしい目には遭いたくないので御座います」
ソアラの目端が光った。
ソア「既に何かに遭ったようだの」
神女「はい……。先程にも血に塗れた袋子が……」
ソア「何があった!」
神女は口元を抑え、涙を零した。
ソア「いや、いい。言わずとも良い。それで奴はどこへ行った」
神女は部屋の奥を指差した。見れば溢れる白光の中に朦朧として、上階へと向かう階段があった。
ソア「あの先か!」
神女「はい……。袋子は、あの階段を登って行きました……。何をしようとしているのか、何をするのか、考えたくもありません。上の階にも神人がおります。どうか将軍様、彼らをお助け下さい……」
ソア「おう! 行かずにはおられようか!」
駈け出そうとした。が、目端に映ったアライソが、膠で貼り付いたように動こうともしないのを見、
ソア「おい、アライソ! 貴様! 貴様も行くぞ!」
肉と骨とで作られた身体を持つ彼の手を取り、曳いて走った。




