年度末パーティーでのご乱心
年度末のパーティーまでに、思いつく限りの可能性を想定し、準備と対策と根回しに奔走したアナスタシアたちは、それぞれ婚約者に贈られたドレスで出席した。
正式なパーティーではないため、エスコートなどは省略して各々好きな形で入場できるゆるいパーティーだ。
場所は、学園の大講堂。
二年生であるアナスタシアたちの周りには、同じ学年や最終学年である三年生の姿が多い。
とりわけ、それはヴィクトリアへの支持の高さに起因していた。
唯一公爵家で用意したという鮮やかな赤のドレスを着たヴィクトリアは、婚約者の色を一つも取り入れていない。
彼女の、痛々しくも凛とした決意の現れに思えて、特に女生徒たちが寄り添うように立っている。
「……本当に、言い出すのでしょうか」
どこか奇妙な緊張感に包まれた会場で、ぽつりとクロエラが呟く。
普通の感性を持つ人間なら、当然そう考える。
けれど、以前にも増してヴィクトリアから逃げ回り、ついにルディオやノーマンすら遠ざけ始めた現状では、どうだろうか。
ヴィクトリアの頬はすっかり癒えたが、彼女の心はどれだけ傷ついていることか。
今この瞬間にも、きっと痛みを感じているに違いない。
アナスタシアたちは、ヴィクトリアを守れる位置でじっと時を待った。
ざわっ、と大きなどよめき。
道を開けるというより、避けるような動きで道が割れる。
入口から姿を見せた王子は、ピンク様をエスコートしており、二人は色を揃えた衣装を着ていた。
「やりやがったわね……」
マジョルテが天を仰ぐ。
アナスタシアもクロエラも、さらにヴィクトリアに寄り添った。
会場のど真ん中を陣取って、王子がゆっくりと辺りを見渡す。
「楽しいパーティーの前に、一つだけ。みなに発表したいことがある。ヴィクトリア、前へ」
あくまで穏やかに話し始めた王子の後ろには、憤怒の表情のルディオとノーマン、少し面白がっている隣国の王子がいる。
アナスタシアの手を一度ぎゅっと握ってから、ヴィクトリアがしっかりとした足取りで前に出て、美しいカーテシーをした。
「私、第一王子ディーンは、この場でヴィクトリア・ホワイト公爵令嬢との婚約破棄を宣言する。そして、この可憐な女性と新しく婚約を結ぶこととする」
本当にやりやがった。
というのが、アナスタシア他全員の本音だった。
隣で、ビビットなピンクの髪と目の令嬢が、ふふんと効果音がつきそうなほど得意気な顔をしている。
「理由としては、身分の低い平民への差別と虐待。未来の王妃たる者として、不適合と言う他ない」
腕にピンク様をぶら下げて、何を宣っているのか。
じり、じり、と足が前に出そうになるアナスタシアを、マジョルテとクロエラが止めている。
「証拠も複数ある。以前、きみは僕が彼女に傾倒し、婚約を破棄すると言っていたけど……それには明らかな理由があった。ということになるね」
「あの……っ! ヴィクトリア様が、私をいじめたのは本当ですっ!」
「可哀想に、彼女は服も靴もボロボロになったし、階段から落とされそうになったこともある。身分差はあれど、危害を加えるのは犯罪だ」
可憐に涙を流すピンク様と、その肩を撫で回す王子。
二人冷めた目で眺めるアナスタシアたちは『本当に〝しなりお〟通りのことしか言わないのね』と考えていた。
ヴィクトリアから聞いた、それ。とか言ってしまいそうなほど、そのまんまだ。
「恋人ができたから婚約者が邪魔になったと、正直におっしゃっていただける方がいくらかマシなのですけれど」
扇子で苦笑する口元を隠しつつ、ヴィクトリアが眉を下げる。
「わたくしの身は、すべて王家に明かされております。お調べになったらよろしいのでは?」
何より。
「公爵令嬢なのですから、もしするとしても回りくどいことはいたしませんわ、殿下。やるなら徹底的に、ね?」
にこ、と微笑むヴィクトリアに、王子が顔を引きつらせる。
頑張り屋で真面目なだけの令嬢と思ったら大間違いだ。
公爵令嬢たる者、そして王子の婚約者たる者、魑魅魍魎に揉まれまくって生きているのだから。
「え、こわっ! 悪役令嬢じゃん! やっぱ悪役令嬢じゃん!」
「耳慣れない言葉ですわね。ならば、あなたは泥棒猫様かしら」
「あれっ、これ転生者じゃん!? な、も、もしかして、ざまあ返しする気!? ゲームと違いすぎる!」
「よくわかりませんが、ここは現実でしてよ。わたくしたちは日々生きており、この世界にはこの世界の理があるだけのこと。おかしなことは何もありませんわ?」
くすくす、ヴィクトリアが笑う。
ようやく色々なものが吹っ切れたような、晴れ晴れとした笑みだった。
友の重荷が軽くなったようで、アナスタシアたちも頬が緩む。
「婚約破棄をなさりたいなら、まずは陛下に許可をいただかなければ。殿下にもわたくしにも、この婚約をどうこうできる権利などありませんもの」
「私ときみとの婚約だ。そして、きみに非があると、私は考える。ならば、陛下には報告すればいいだろう」
「あらまあ。本気ですか?」
「もちろんだ。きみには失望した、ヴィクトリア。平民とて国を支える一人。きみの彼女への仕打ちには、庇い立てできる余地はない。相応の罰を受けてもらう」
これぞ純粋培養。
小さく呟いたマジョルテの言葉を拾ってしまい、ヴィクトリアもアナスタシアも即座に扇子で顔を隠した。
今いいところだから、笑わせないでほしい。
「ねえ、意味わかんない。ルディオもノーマンも、なんでヴィクトリア側にいるの? これ何のバグ?」
また頓珍漢なことを言い出すピンク様に、ようやく笑いの波が落ち着く。心底助かった。
「私とノーマンは、アナスタシア様の命により、殿下の御身をお守りするため傍にいただけのこと。私情はありません」
「……どういう、ことだ?」
愛する人の視線をわずかでも奪う二人に、王子はいつも嫉妬していた。
なのに、自分を守るため?
ルディオの言葉をうまく飲み込めていないのか、王子は迷子のように二人を見つめるばかり。
「アナスタシア様は、毒物や物理で殿下が害されるかもしれないと心配されていたんです。まあ、正体不明の平民が侍っていれば、当然の警戒ですね」
「えっ、私? 私が警戒されてたの!?」
「そりゃそうだ。特待生なのに、勉強そっちのけで殿下や俺らにばかり侍る女がいれば、美人局か諜報員を疑うもんだろ。〝脳筋〟な? 俺にだってわかるっつーの」
けっ、と行儀悪く吐き捨てるノーマンは、クロエラに窘めるように腕をツンツンされて、ちょっとにやける。
二人の仲睦まじい様子にも、ピンク様はぽかんと口を開けた。
「なんで? 脳筋ノーマンは単純な腕力バカでしょ? めっちゃ難しいこと言うじゃん」
「本っ当に失礼な奴だな。なんでこいつがいいんだ? ルディオ殿」
「私に聞くな。ノーマンのよさは強いだけじゃない、だったか? 確かにその通りだ。彼は思慮深く慎重で、かつ責任感があり行動力が……」
「おい待てルディオ殿! 俺が恥ずかしい奴になってる!」
ルディオとノーマンの掛け合いに、わずかに会場の空気が弛緩した。
この辺りで引き上げるべきだろう。
「みなさま方、お騒がせしたこと、申し訳なく思いますわ。お詫びに、公爵家より領地特産のデザートと、お帰りの際にはお土産も受け取っていただければと存じます」
ヴィクトリアの視線を受け、アナスタシアもにこりと笑う。
「わたくし共は、早急に解決すべき事情により退場いたしますが、兄が後見する音楽団による演奏をお楽しみいただけると幸いです。みなさま方と、新年度に会えることを楽しみにしております」
抵抗する王子とピンク様を、満面の笑みで力づくに外に連れ出し、待機していた近衛と共に王宮へと急いだ。
ちなみに、隣国の王子はずっと後ろで爆笑していたので、ひとまず置いてきた。




