決意
その報が舞い込んできたのは、学期末の打ち上げと称した学園パーティーを控えた日だった。
ルディオからの緊急招集の報せに、保健室へと駆けつけると、そこには頬を腫らしたヴィクトリアが。
アナスタシアの身体が燃えるように熱くなる。
「なんですか、これは! 何を、なんで、こんな……!」
「落ち着いてください、アナスタシア様」
手当てを受けながら、ヴィクトリアが微笑む。
その口端に、血が滲んでいた。
「偶然なのです。振り払った手が、たまたま当たってしまって」
「ヴィクトリア嬢、私が説明を代わろう」
険しい表情のルディオが気遣う。
睨むように見つめると、彼もまっすぐにアナスタシアを見返した。
「偶然というのは確かだ。だが、経緯に少々問題がある」
「早く話してくださいませ」
「ああ。殿下が、ヴィクトリア嬢に公務の依頼に行ったんだ。どうしても外せない用があるため、代わってほしいと」
「どうせ、あのピンク様とのご用事でしょう。公務を何だと思っていらして?」
「まあその通りだ。その件については、私もノーマンも諫言したが、聞き入れられなかった。ヴィクトリア嬢も、それは王子としての仕事の範疇であり、自分が担える範囲ではないと断った」
当然だ。
ヴィクトリアは、まだ王族ではない。
公務とはいっても、陳述の清書や書類整理くらいしか、まだ担えないはず。
どう考えても、王子の主張が間違っている。
「指示書を置いて、殿下は立ち去ろうとした。それを引き止めるため、ヴィクトリア嬢が咄嗟に腕に触れたのを、殿下が振り払って、手の甲が頬に当たった。指輪をしていたのもよくなかった」
「……理由はどうあれ、ヴィクトリア様に傷をつけたのは事実ですわ」
「その通りだ。公爵家からも、我が侯爵家からも抗議する。が、故意ではなく過失であり、殿下も反省しここまで運んで謝罪をした。傷も腫れも、数日で完全に治る」
「……だから許すと、王家も当主たちも判断せざるを得ないでしょうね」
「そうだ。まだだ、アナスタシア。まだ足りない。だが、報告することは、これだけではない」
ぶるぶると震えるのは、明確な怒りだ。
────許さない。絶対に、逃がしはしない。
アナスタシアの中でようやく、確たる方向性が定まった。
場所を変えようということになり、ヴィクトリアを馬車まで送る。
大丈夫だと言い張っていたが、怪我のショックは少なからずあるはずだ。
必ず報告すると約束して、なんとか家に返した。
いつものようにモーリス侯爵邸に、ヴィクトリア以外のメンバーを呼び寄せる。
事の経緯はノーマンから聞いていたようで、マジョルテとクロエラの怒りも凄まじいものがあった。
「一つ報告がある」
なんとか二人を落ち着かせ、ルディオが話し出す。
冷静と思われた彼だが、努めてそう装っているように、声音はずいぶん低い。
「年度末のパーティーで、殿下は婚約破棄を宣言するかもしれない」
「え、卒業パーティーじゃないの?」
「まだ確定ではないんだ、姉上。だが、殿下とピンク頭の熱愛ぶりがすごくてな。早く婚約したい、なんなら早く婚姻したい、婚約をやめてほしい、そんな会話ばかりだ」
「……平民よね? 差別するわけじゃないけれど、王子妃になるには伯爵以上の爵位が必要ですわ」
「それは差別でなく区別だな。クロエラ嬢の言う通り、通常ならそうだが……ノーマン」
「『クロエラ嬢なら頷いてくれるかもしれないな。控えめで優しい令嬢だ』って。殿下が」
「…………王家に嫁ぐため、我が家がピンクの方を養子にしろと?」
「おそらく」
控えめで優しいのは確かだが、クロエラはそれだけの令嬢ではない。
そもそも、クロエラのローマ伯爵家は、法令を司る家門である。
嘘偽りや裏切りといったことに、どこよりも厳しい。
「まあそんな戯言は置いておいて、だ。ピンク頭がしきりに『パーティーのような公の場なら、撤回も難しいんじゃないか』『婚約破棄も新しい婚約者も、賛成されやすいんじゃないか』と、殿下に囁くわけだ」
「俺とルディオ殿にも『一緒にいてね。心細いから』とかって擦り寄ってきてさ。取り巻き扱いには辟易する。ああ、『隣国の王子様も慣れないだろうから一緒に参加できないかな』とかも言ってた」
「ノーマン様、よく耐えましたね。聞くだけでもこんなに悔しいのに」
歯を食いしばるクロエラの頭をぽんぽん撫でつつ、ノーマンはちょっと嬉しそうだ。
「年度末のパーティーだと思った根拠は? ルディオ」
「姉上、わかってるだろ。陛下や王妃様も出席しない、なんなら親世代もそこまで集まらない、そんな場は年度末パーティーだけだ。卒業パーティーだと邪魔が入りやすい」
「婚約破棄だけですよね? ヴィクトリア様、何もなさっていませんもの」
「それがなあ……最近、ピンク頭がやたら制服を汚して来たり、足に包帯巻いてきたり、頬にガーゼ貼ってたり、ボロボロの靴だったりでなあ」
「何があったか聞いても『大丈夫です。王子と仲良くしている私が悪いんです』みたいなことしか言わない。単純な王子様は、それが全部ヴィクトリア様のせいだと思い込むわけだ」
パーティーでの婚約破棄、そして断罪の話はヴィクトリアから聞いていた。
だから、せめて断罪されないように立ち振る舞っている。
それでも、火のないところに煙を立てる手段など、作り出せばいいのだ。
「……絶対、思い通りになんかさせませんわ」
強い決意を宿したアナスタシアの言葉にみな同意し、その日の会議は遅くまで続いた。




