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青年たちの苦悩


「うおぉぉぉおお……っ!」


顔面から突っ込んだクッションに雄叫びを吸い込ませているノーマンの肩を、苦笑したルディオが労わるように叩く。


王子とピンク令嬢の恋模様が燃え上がるのと比例して、傍に侍るルディオとノーマンには、多大な精神的疲労が蓄積していた。


触れる手一つ、口に入るすべてのもの、寄せられる唇、そのどれもをつぶさに注視し、万一を警戒する。

正式な騎士でもない二人は、すべてに過多な力を割いてしまう。


「あぁの女……『婚約者に、脳筋だからって馬鹿にされてるんでしょ? ノーマンのよさは強さだけじゃないのにね!』とか言いやがったんだぞ? あ、いや、申しておりました?」


「いい。他者の目もないしな、楽に話してくれ」


子爵家の三男という身分を気にして、ノーマンは努力しているとルディオも思う。

騎士団長を見ていればわかるが、サルト子爵家は決してお行儀のよい家ではない。

とにかく武術を極め、武力によって国に貢献する家だ。


とはいえ。


「なかなか面と向かって『脳筋』とは言わないよな」


「それっすよ! 俺、初めて言われたもん! 裏で言われてんのは知ってっけど!」


「おまえは脳筋ではないしな」


ノーマンは確かに、礼儀作法を完璧に振る舞えはしない。

ただし、それなりの場では少なくとも下位貴族としての振る舞いはできるし、言葉遣いも普段はもう少しちゃんとしている。

成績だって、下位貴族なら妥当だろう、という基準は満たしている。


そして何より、こう見えて色々と考えている男なのだ。

無骨で不器用。でも、決して考えなしではない。


「……確かに、昔はもっと馬鹿だったと思う。っつーか、馬鹿でした」


それで、こんなふうに吐露するくらい、素直な奴だ。


「剣が振れりゃ勉強なんかできなくても困らないって、堂々と言い張るくらいには阿呆でしたよ」


「サルト家らしいと言えばそうだな」


「でも……いつだったかな。まだちっさい頃、ヴィクトリア様に言われたことがあって。『殿下の傍にいる者は、賢くなさそうに見えますか?』って」


年の近かった自分たちは、折に触れて王子と会うことが多くて、幼少期に婚約したヴィクトリアともよく顔を合わせた。

ヴィクトリアは幼い頃から完成された、ひどく大人びた少女だったように思う。


それもこれも、前世などという記憶のことを聞いても、なぜか納得できた理由かもしれない。


「よく見てみたら、殿下の傍にいる騎士はかっこよくてキリッとしてて、全然馬鹿そうには見えなかった。仕草もすげえスマートで」


「近衛は、特に礼儀作法とか教養も必要だからな」


「そう。そうなんすよ。で、子供心にすんごい衝撃を受けた。色々考えて、見てて、まあ脳筋の親父の尻拭いする母親が大変そうだなとか、俺の仕出かしを兄貴が謝ってくれてんだなとか、そういうのに気づいて」


「身近なものには目は曇りがちなのに、気づけたのがすごいと思うが」


「はは。そんで、あんたがそうやっていちいち褒めるってのも、気づいた」


脱力したように笑って、ノーマンはようやくカップに手を伸ばす。


「俺は馬鹿だから、婚約者にはちょっと荒いくらいがかっこいいと思ってて、実際だいぶ適当に扱ってて。でも、あんたはやけに婚約者に丁寧に接しててさ。なんでだろうと思ったんだよ」


そうだっただろうか。

ルディオには教えられたことを忠実に守っていたことと、雑に扱えば姉や婚約者から口撃が返ってきた記憶しかないが。


「まあ、単純な話。俺は身体が大きくて力も強い。手を振っただけで、あいつは吹っ飛んじまう。そりゃあそうだよなあって」


「吹っ飛ばしたくなかったわけだ」


「いや別に、荒いからって大切じゃないつもりないし……とにかく馬鹿だっただけ。一生一緒にいるんだから、傷だらけより腹黒く笑ってる方がいい」


「そうだな。おまえは優しい奴だよ」


やめろよと顰められた顔が少し赤い。


「そんなんやってるとさー、殿下の気持ちがわからなくなっちまった」


「……殿下とヴィクトリア嬢は、昔から仲良かったしな」


「そう。ヴィクトリア様が頑張ってて、殿下がふわふわ眺めてて、一緒にいると二人とも笑ってて。こうやって大人になるんだと思ってたんだよ」


「あのピンク女は、特に薬物などは使用していない。ただ、殿下の欲しい言葉、求める仕草をしているだけだ」


「報われねえよなー。ちっさい頃からものすごい努力して、殿下の足りないとこまで勉強詰め込まれて、泣き言一つ言わずずっと頑張ってんのに、甘やかして頼ってばかりの女に横どりされんだぜ? やってらんねえよ」


そうは言っても、事前情報がなければ、うっかり一瞬でも心揺らされなかったとは思えない。

ルディオやノーマンの欲しい言葉、求めていた仕草を、やはり彼女は熟知していたから。


ただ。


「俺には褒めてくれる友と婚約者がいて、頼ってくれる仲間もいたわけだ。残念ながら」


「気づけたのは、おまえ自身の努力だけどな。でもまあ、そういうことだ。そして、それは殿下も同じはずだった」


女性陣がいると聞き手に回ってしまう王子だが、ルディオやノーマンといる時は割と話をする。

こうして砕けた会話に、少し前までは王子も一緒にいた。


「……どうにか、してえよな」


ノーマンの本音は、そっくりそのままルディオも同じだった。




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