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【長編版】無能聖女の失敗ポーション〜働き口を探していたはずなのに、何故みんなに甘やかされているのでしょう?〜  作者: 矢口愛留
第三部 フォレ領編

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66. 医療班と協力します



 巨大獣(ベヒーモス)は、その名のとおり、非常に大きな魔物だった。


 鋼鉄のような鈍色の肌。

 爛々と光る紅い瞳。口からは不揃いの牙がのぞいている。

 四本の脚は大木よりも太く、鋭く大きな爪は、角と同じ黒色。

 頭頂部から背中、そして尻尾にかけて、瘴気のたてがみが靡いている。


 四足歩行なのに、頭の位置は成人男性の倍以上もの高さにある――そんな恐ろしい魔物に、騎士たちは中、長距離からの攻撃を余儀なくされていた。


「みんなお待たせ!」

「補充か、助かった!」


 巨大獣(ベヒーモス)との戦いに巻き込まれないよう、医療班は少し離れた位置に陣取っていた。

 アンディが医療班の男性に駆け寄ると、男性はホッとしたように表情を緩める。


「無くなる前に、補充が間に合ってよかった。君は引き続き我々医療班の指示に従って、他の解体班メンバーと一緒に、戦えない者を城まで連れて行ってくれ」

「了解! 戦況は?」

「見たところ、既に奴の体力の七割は削ったな。だが、こちらの戦力もかなり損耗している」


 戦場後方のスペースでは、医療班の人たちがペアになって治療行為を行っている。

 騎士たちの傷や骨折部位を固定し、傷口を水魔法で洗浄したのち、残りわずかとなった中級ポーションをその部位に振りかけていた。

 治療スペースには、魔法部隊の防衛班の人たちの手によって、防御結界が張られている。


「閣下の指示で、大怪我をしないよう安全策を取りながら攻めているからな……懐に潜り込んで致命的な一打を与えることができていない。副団長は苛ついているだろうな」


 巨大獣(ベヒーモス)の動きはのろいが、あの巨体だ。

 太い腕や尻尾が直撃したり、踏み潰されたりしたら即座に致命傷になる。

 実際、怪我をして運ばれてきた騎士は、風圧で吹き飛ばされてたたきつけられた者や、尻尾や足が地面に当たることで砂礫が舞い、それがつぶてとなって飛んできて傷を負った者が多いようだ。

 ギル様の「安全策を取れ」という指示は、適切なように思えた。


「ちょっと!」


 男性と私たちの会話に割り込んできたのは、医療班用の黒い騎士服を着た女性だった。

 金色の髪と赤橙色の瞳をもつ麗人の姿を見て、私は一瞬身体がすくんでしまう。


「そこの解体班の少年! 補充用のポーションは持ってきたわね? 早くこっちに寄越しなさい!」

「あ、はいっ」


 強い口調で怒ったようにアンディに指示を出す彼女は、城に到着した日に、私を部屋まで案内した女性騎士――エミリーさんだった。

 私はぐっと唇を噛み、眉に力を入れた。ポーションを渡そうとするアンディを、手で制する。


「――待って、私が治癒します。ポーションは数に限りがあるので」

「は? 何を言ってるの?」


 私が彼女の患者の元に向かいながら、冷静にそう告げると、エミリーさんは苛々した様子で首をぐりんとこちらへ向けて捲し立て始める。


「私がポーションの無駄遣いをしているとでも? 私の処置に不満があるなら――」


 私は彼女の言葉に反応せず、変な方向に曲がってしまっている、患者の腕に手をかざした。

 琥珀色の魔力が指先から迸り、患者の腕はみるみるうちに、あるべき形に戻っていく。

 エミリーさんは間近でそれを見て、言葉を失ったように、突然静かになった。


「エミリーさん。私は、一度に何箇所も並行して治癒することはできません。私の手が回らなくなったら、ポーションで補助をお願いします」


 あっという間に骨折の治療が済み、続いて脛の部分に手をかざす。軽傷ではあるが、騎士服が破れて出血していた。


「待ちなさい。今の箇所は骨折だからいいけど、こっちには傷があるわ。傷口を水で洗い流すのが先よ」


 エミリーさんは私を制止して、水魔法を使って患部をざっと洗い流した。

 私は、少し驚いて彼女を見る。

 エミリーさんは、不満を述べていた先ほどとは表情を一変させ、既に冷静な医療者の顔になっていた。


「エミリーさん――」

「――これでいいわ。でも、この程度の軽傷は、ポーションでの処置が妥当ね。貴女は骨折した騎士や、出血の多い騎士を中心に癒しなさい」


 エミリーさんはアンディの手からポーションを奪って、傷口に振りかける。

 限りなく節約し、治癒の完了するギリギリの量で大切にポーションを使ってくれているのが、私の目から見てもはっきりとわかった。


「深部の怪我や深い傷だと、ポーションでは時間がかかるから。適材適所というものよ。さっき貴女たちが話していた男性が医療班のリーダーだから、彼に指示をもらってちょうだい」

「――はい! わかりました!」


 私は元気よく返事をして、エミリーさんににこりと笑いかける。

 エミリーさんは、私の視線に気づくと、かすかに口角を上げた。


「――さあ、気を抜くんじゃないわよ。魔物の攻撃は、追い詰められてからが激しくなるんだから」

「はい!」


 私は、治癒途中の騎士をエミリーさんに任せて、立ち上がる。

 医療班のリーダーの男性は、全てのやり取りを見ていたようだ。

 既に他のチームメンバーに招集をかけており、集まった人たちに早速説明を始めている。


「――というわけだから、重傷者は優先的に彼女に回せ。戦局もそろそろ変化するだろう。各自、最後まで集中を切らすなよ!」

「「「応っ!!」」」


 医療班の騎士たちは揃って返答し、それぞれの持ち場へと戻った。


 私も、続々と運ばれてくる重傷者たちの治癒を、必死にこなしていく。


 ――そんな中。


「……嫌な匂いが強くなった。風向きが変わるよ」


 クリーム色のローブを風にはためかせ、リアがぼそりと呟いた。



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