表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【長編版】無能聖女の失敗ポーション〜働き口を探していたはずなのに、何故みんなに甘やかされているのでしょう?〜  作者: 矢口愛留
第三部 フォレ領編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

67/68

65. 緊急事態です



 ――さて。

 世の中、いついかなる時であっても、不測の事態は、突然やってくるものである。


 事件が起きたのは、勉強に研究にポーション精製にと、忙しくも穏やかな日々が続いていた、普通の昼下がりのことだった。


『緊急事態発生! 緊急事態発生!』


 窓の外から突然、けたたましい鐘の音が響き、直後、拡声魔法による大音量の城内放送が聞こえてくる。


『防衛班は城壁内全域に結界魔法を展開! 動ける者はみな、ただちに防衛班の指揮下へ! 非戦闘員は大広間に避難、緊急時対応へと移行! 繰り返す――』


「な、なに? 何が起きたの?」

「ティーナ、北の森から城に向かって、大きい魔物の気配が近づいてくる! 大広間に避難するよ!」

「ま、魔物!?」


 ここに来て初めての緊急事態だ。

 私はリアに従って、大慌てで部屋を飛び出した。


「このばかでかい気配は、巨大獣(ベヒーモス)だね。特殊攻撃はなくて、物理でゴリ押ししてくる魔物だけど、とにかく大きいから、複数人で協力戦闘(レイドバトル)を仕掛けるのが基本」


 リアは冷静に気配を探り、私に解説してくれる。

 城の廊下は上を下への大騒ぎだ。騎士だけでなく一般の使用人たちも皆、魔法薬や布、桶などを持って駆け回っていた。


「あっ、慌てて出てきちゃったけど、私も作りかけのポーション、持ってくれば良かったかな」

「それなら心配いらないよ。ほら、ウォードが持ってきてる」

「えっ」


 リアの言葉に後ろを振り向くと、確かにウォードが、ポーションの入った箱を持ち出してくれていた。

 ウォードもリアも、さすがの胆力である。落ち着きをなくしていたのは私だけだったようだ。


「ありがとう、ウォード」


 私がお礼を言うと、ウォードはいつも通り、無言で頷いた。



 そうこうしている間に、私たちは大広間に到着した。

 大広間には、巨大獣(ベヒーモス)と戦って怪我をしたらしい騎士たちが、次々とかつぎ込まれてくる。


「……っ、大変! ウォード、急いでポーションを……!」

「待ちなよ、ティーナ。ほら見て、みんな傷は塞がってて、命に別状はないよ」

「えっ?」

「戦場では、怪我をしたらその場でポーションを使って、治癒してる。あの人たちは、血を失って貧血状態か、魔力が底をつきそうになって戻ってきた騎士たちだね」


 リアにそう言われてよくよく見ると、確かに騎士たちはみな落ち着いた様子だし、ふらついてはいるものの、痛がっている人は一人もいない。

 私はホッと胸をなで下ろすが――、


「大変だ! もうすぐポーションが足りなくなりそうなんだ! 誰か補充用のポーションを――」

「アンディ!?」


 声を張り上げながら大広間に急ぎ駆け込んできたのは、アンディだった。

 リアがアンディの名前を呼ぶと、彼はすぐさまこちらを振り向く。


「あっ、リア、それにティーナ!」

「アンディ、ポーションがなくなりそうって、本当?」

「ああ。でも、ティーナがいるなら、話は早いな! 頼むよ、オレと一緒に戦場に――」

「お待ちください、アンディ様」


 アンディの言葉を遮ったのは、静かに唐突に現れた、ジェーンだった。

 ジェーンは冷たい表情でアンディと私たちの間に立ちはだかる。 


「ジェーンさん!」

「アンディ様、戦場の危険性はお分かりでございましょう? 大切な御仁を戦場に送るなど、到底許可できかねます」

「でも、後方なら危険は及ばないだろ!? それに、公爵のギルさんだって戦場にいるじゃんか!」

「主様は、公爵であると同時に、辺境騎士団の長でもございますゆえ――」

「待って、ギル様も戦場にいるの?」


 淡々と反論を述べているジェーンを遮り、私はアンディに尋ねた。


「ああ、そうだよ。副団長さんと一緒に、先頭に立って戦ってるぜ!」

「なら、私も行くわ。アンディ、私を戦場に連れて行って」

「クリスティーナ様!」

「お願い、ジェーン」


 私はジェーンの茶色い瞳を、ひたと見据える。

 負けじと視線を交わし合う私たちの肩に、リアがぽんと手を置いた。


「ジェーンさん、心配いらないよ。あたしとウォードが、必ずティーナを守るから」

「……しかし……」

「ジェーンさんだって、わかってるでしょ? あたしたち、強いから」


 リアの後ろで、ウォードもしっかりと頷いている。

 いつの間に用意していたのか、彼はポーション箱を抱えていない方の手に、いつも魔物との戦闘で使っていた槍斧(ハルバード)を握っていた。


 私は二人に頷き返すと、ジェーンにがばりと頭を下げた。


「ごめんなさい、ジェーン。でも、誰が止めようと、私も戦場に行くわ。リア、ウォード、アンディ!」

「うん、行こう!」

「おう、案内は任せろ!」


 頼もしい返答に私は小さく笑い、ジェーンに背を向ける。

 その際にウォードが抱えている木箱が目に入り、私は声を張り上げた。


「その前に――どなたか、医療班の方は、いらっしゃいますか! 今日作ったポーションを、半分、ここに置いていきます! 誰か怪我人が運ばれてきたら、使ってください!」


「え……作った……?」

「あれ、最近使い始めたポーションじゃないか……?」


 私とリアとアンディで木箱の中から合計十二本のポーションを出して、それぞれ手で持つ。

 残りをウォードが床に置くと、ざわざわと大広間に戸惑いが広がった。

 私はそれを無視し、扉の方へと踵を返す。

 木箱に入ったポーションは、きっとジェーンが有効活用してくれるだろう。


「さあ、行きましょう! 三人とも、よろしくね!」


 そうして私は、大広間を飛び出した。

 急いで向かうのは、戦場の後方。

 辺境騎士団が必死に巨大獣(ベヒーモス)を食い止めている、戦いの地――。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ