63. 二度と無能聖女とは呼ばせません
そして、午後。
部屋には、再びシニストラ卿が訪れていた。
シニストラ卿は医務室に赴き、私の作った中級ポーションを早速試したらしい。
その効果は、正規で出回っている物と同等、もしくはそれ以上ということが認められたとのことだ。
「午前中は、失礼しました。閣下は貴女に心酔しきっている様子でしたが、正直なところ、我輩は貴女のことを信用し切れておりませんでした」
「いえ、謝らないで下さい。卿が警戒なさるのも、当然です」
「他者に心を開かない閣下が、何故貴女にここまで固執するのかと疑問でしたが……成る程、実力で黙らせたという訳ですな。実に、この地にお迎えするに相応しい方ではありませんか」
「実力で黙らせた、って……」
シニストラ卿の、皮肉めいた言い方に、私は少しだけムッとした。
そもそもギル様は、無能聖女として神殿を追放された私を、初級ポーションもろくに作れない最初の頃からずっと、気に掛けてくれていたのだ。
そのギル様が、実力の有無で人の価値を測っている人だとは、到底思えない。
「ふむん、ご不満そうですな。しかし、我輩が貴女を『力ある者』と認めたのは事実。それでも、閣下の隣に並び立つには、いささか不足」
「……どういう意味でしょうか」
私は固い声でシニストラ卿に尋ねたが、彼は答えることなく、鷹のように鋭い眼光を私に向けたまま、左手で抱えていた数冊の本をテーブルの上に置いた。
「……これは?」
「魔力には限りがありますからな。一日に精製する中級ポーションの本数は三十本とし、空いた時間を学びと研究にあてることをお勧めします」
私は、テーブルの上に置かれた本をざっと確認する。
魔法の体系を記した書物。
魔法植物や魔物素材に関する書物。
魔法薬に関する書物。
そして、メリュジオン王国の建国神話と、フォレ領の歴史を記した書物。
「ええと……」
「読み終えたら申して下され。次の書物を見繕います。ご自分で探すには、当城の図書室はいささか広すぎますからな」
「あ、ありがとうございます」
「――良いですかな、このフォレの地では、実力が全て。力がなければ、何者であれ、容赦なく切り捨てられる。そのことを、くれぐれも忘れぬように」
シニストラ卿はそれだけ告げると、黒いマントを翻して、部屋から颯爽と出て行った。
彼を見送って扉を閉めると、部屋の隅に立っていたウォードと目が合う。
「ふふ、ウォード、そんなに心配そうな顔をしないで。私は平気よ。シニストラ卿は、とても親切な方なのね」
私がそう言うと、ウォードは巌のような表情のまま、ぱちぱちと二回まばたきをした。
「だって、そうでしょう? 彼は、私を心配して、警告してくれたのよ。言い方は皮肉っぽいというか、少し意地悪い響きだったけどね」
私が、皆に認められて、堂々とギル様の隣に立てるように。
ギル様に迷惑をかけて、追い出されることにならないように。
「――もう二度と、無能聖女だなんて呼ばせない。私は誰よりも、この城とフォレ領と、ギル様のお役に立ってみせるわ」
大丈夫。
もう、私は、私に出来ることがあるのだと知っている。
それに、ここには、他人の力を搾取しようとする人間もいないはずだ。
――ならば、私は皆に認めてもらえるまで、がむしゃらに頑張るのみ、である。
*
その日から私は、中級ポーション精製の合間に、シニストラ卿が選んでくれた書物を読み始めた。
ギル様も、私が魔法と歴史の勉強を始めたことを聞いたらしい。
ポーション精製の報告の際に、学習の進捗を確認し、わからなかった部分を教えてくれるようになった。
「ギル様、お忙しいのにありがとうございます」
「いいや、構わないよ。他者に教えることで、自ら気づけることや学べることもある。それに、他の聖魔法を習得する手がかりが掴めるかもしれないだろう?」
「そうですね。聖魔法を教えて下さる先生もいらっしゃらないですもんね」
私は、フォレ領の役に立ちたいとは思っているものの、神殿に戻る気は全くない。
なので、神殿や教会の関係者に教えを乞うことはできないのだ。
「どうにかして、解毒や解呪の魔法が使えるようになればいいんですけど……」
「まあ、焦らずとも良い。馴染みの冒険者にはすでに、解毒や状態回復のポーションを多めに仕入れるように指示を出してある」
「でも……」
それでも、他の聖魔法が使えないままでは、猛毒蛾のように毒を持つ魔物が襲ってきたりした場合に、対応しきれない可能性がある。
私が眉尻を下げていると、ギル様は「案ずるな」と言って、頭の上にぽんと優しく手をのせた。
「ティーナの中級ポーションの数が揃えば、在庫としてここに置いてある、フォレ教会製の中級ポーションを領内に流通させられる。そうすれば、フォレ教会では、足りている中級ポーションではなく、不足している状態回復ポーションを中心に作るようになるだろう」
フォレ城には辺境騎士団の本部があるため、各種ポーション類に関しては、常に多めに確保しているらしい。
領内に少しずつ中級ポーションを流通させ、城の在庫が全て私の精製したポーションに入れ替わる頃には、季節も変わり、北の森も今より落ち着く見込みだそうだ。
「魔の森の状態が落ち着いたら、ティーナのポーションも、少しずつ領内に流そうと思っている。もちろん、信頼できるルートにしか流さないし、その前に色々と準備は進めておくから、心配はいらない。万が一神殿関係者に感づかれても、絶対に君を神殿に連れ戻させたりしない」
そのように言い切るギル様の瞳には、強い意志と自信が宿っている。
具体的に何をどう準備するのか、私には到底わからないが、ギル様に任せておけば安心――そんな風に断言できるほど、私は彼を心の底から信頼している。
「ギル様、ありがとうございます」
「ああ。ティーナ、今後もよろしく頼む」
「はい!」
私が元気よく返事をすると、ギル様は美しく微笑んだのだった。




