61. 集中しすぎて叱られてしまいました
それから、私は薬草水の上澄み液に、治癒の魔力を込めていった。
琥珀珈琲を精製するときとは違って、中級ポーションはそれなりに集中して作業する必要がある。
魔力が定着するタイミングをしっかり見計らわないと、魔力が霧散してしまったり、定着が不十分になったり、魔力を無駄にしてしまったりするからだ。
とはいえ、集中が途切れて失敗してしまったポーションは、もう一度魔力を丁寧に込め直して調整すれば、きちんと効果のあるポーションに戻すことができる。
魔力を込め直す作業を別の人物がやると、効果はともかく、灰色に濁ったポーションになってしまうらしい。だが、同じ人間が行えば、効果も色もきちんと元通りの、正常なポーションになるのだ。
「ねえ、ティーナ」
小分けにした瓶の、約半分――十五本程度の中級ポーションを作り終えたところで、リアから声をかけられた。
リアは部屋の隅に椅子を一脚移動し、護衛としていつでも動けるようにしつつ、待機してくれていた。
どこからか調達してきたらしい小さなテーブルには、魔導書と分厚い眼鏡が置かれている。
彼女は全く目が見えないわけではないらしく、眼鏡をかければ読み書きもできるようだ。
「どうしたの?」
「そろそろ公爵様が来る時間だよ」
「えっ、もう!?」
集中していて気がつかなかったが、作業を始めてからすでにかなりの時間が経過していた。
「教えてくれてありがとう」
作業もちょうどキリの良いところだ。リアが気を使ってくれたのだろう。
私は作業を中断して立ち上がり、琥珀珈琲を作るためにミニキッチンでお湯を沸かし始めた。
今は昼間で暖かいが、ギル様が昨夜出したホットの琥珀珈琲を気に入ったらしく、今日も同じようにとリクエストされたのである。
「ふう、リアのおかげで間に合いそう。助かったわ、本当にありがとう」
「どういたしまして。それにしてもティーナ、すごい集中力だったね。ウォードとあたしが入れ替わった時も、気づかなかったんじゃないの?」
「あ、そういえば……」
作業を開始したとき、護衛としてここに残ったのは、リアではなくウォードだった。
しかも、ウォードは部屋の扉の外に立っていたはずだ。彼にも室内で座っているように勧めたのだが、固辞していた。
いつの間に交代したのだろう。しかも、リアが室内に入ってきたことにも気がつかなかった。
「あはは、ティーナに護衛が必要な理由、自分でもわかったでしょ?」
「うう……ぐうの音も出ません……」
私が肩を落とすと、リアはからからと笑った。
「あ、来たみたい」
リアがそう言って椅子から立ち上がり、出入り口へ向かうと同時に、部屋の扉がノックされた。
リアが扉を開けると、シニストラ卿を伴ったギル様の姿が見えた。
「お忙しいのにご足労いただき、ありがとうございます」
挨拶を済ませてソファーへと促すと、ギル様は微笑んで座り、シニストラ卿は冷徹な表情のままギル様の後ろに控えた。
すぐにギル様とシニストラ卿の分の琥珀珈琲を用意し、テーブルに置く。
リアの分は、先ほどまで彼女が使っていた小さいテーブルに用意した。リアは小声で「ありがと」とお礼を言って、部屋の隅に立ったまま控える。
そのまま、ギル様に持ち帰ってもらう分の、予備の琥珀珈琲も瓶に詰め、籠に入れてテーブルに置く。
その間、三人分の視線が私に集中して、何となく緊張した――まあ、緊張の原因は主に、鋭い銀色の隻眼が放つ、見定めるような視線だったのだが。
全ての琥珀珈琲を用意し終えたところで、ギル様は私にも座るよう促した。
私は微笑んで頷き、ギル様の正面に腰を下ろす。
「ティーナ、作業の方はどうだ?」
「おかげさまで、順調です。作ったもの、ご覧になりますか?」
「ああ、見せてくれるか?」
私が頷いて立ち上がろうとすると、その前にリアが作業台から精製したばかりの中級ポーションを一本、持ってきてくれた。
「ありがとう、リア」
「どういたしまして」
リアはにこりと口角を上げると、再び部屋の隅に控えた。
「これが例のポーションですか」
「ああ。琥珀色で美しいだろう?」
「閣下。魔法薬に美しさは関係ございません。大切なのは効能でしょう」
「……ルーカス」
ギル様が咎めるように名を呼んだが、シニストラ卿は意にも介していないらしい。
「して、一日に何本ほど用意できる見込みですかな?」
「えっと、今の時点で、ギル様が準備して下さった薬草水の半分、十五本を精製し終わったところです。魔力にはまだまだ余裕があります」
「……十五本ですと?」
シニストラ卿は眉をぴくりと動かした。
ギル様も美しい黄金色の瞳を瞬かせている。
「ご冗談を。昼前ですぞ?」
「ああ。私も驚いた」
「え、あの」
何かおかしなことをしてしまっただろうか。
もしかして仕事が遅かっただろうか、とりあえず謝った方がいいだろうか――などと考えてうろたえていると、再びリアが動いて、今朝精製し収納しておいたポーション瓶を、箱ごと全て持ってきて、テーブルに置いた。
「……本当に十五本ございますな」
「しかも全て均一で高品質だ」
二人は顔を見合わせて頷く。
シニストラ卿は眉間に皺を寄せて不可解そうに、ギル様は満足そうに。
「ところで、ティーナ。途中できちんと休憩は取っているか?」
「休憩は……ええと、その」
「恐れながら、公爵様。ティーナは休憩を取っていませんよ。ずっと集中していて、護衛がウォードからあたしに交代してたことにすら気づかなかったんですから」
私が誤魔化すように笑っていると、リアが代わりに返答をした。
「やはりそうか」
ギル様は、小さく息を吐き、眉をひそめる。
シニストラ卿の向ける視線の質もすっかり変化しており、先ほどまでの鋭さが和らいだように感じた。
「ティーナ、君の集中力は素晴らしいが、あまり根を詰めすぎると、また魔力切れが起きるぞ」
「でも、魔力にはまだまだ余裕がありますから……」
「いや、そうは言っても、適切な管理は必要だ。緊急時に治癒魔法を使えるように、魔力は残しておくべきだし、何よりまた倒れてしまったら困るだろう」
反論する余地もなく、ギル様は私に、ポーションを五本作るごとに休憩を挟むことを約束させた。
さらに彼はリアにも、私がきちんと休憩をとっていることを確認するように、念押しをしている。
私は苦笑いして、頷くしかなかったのだった。




