58. 転移魔法と、護衛のことを聞きました
その後、食事をしながら、ギル様や皆と話をした。
まず私が尋ねたのは、昼間にこの城に来てから、ずっと気になっていたこと。
ギル様が先にこの城に到着していた理由だ。
「ああ、それなら、転移魔法を使ったのだ」
「転移魔法、ですか?」
「私が開発した魔法の一つだ。決められた場所にしか行けない、術者本人しか移動できない、使用できる日や時間、回数が限られているなど、制約も多く、一般へ向けての実用化にはまだまだ至らないのだがな」
ギル様の説明に、私もリアもアンディも、感心して声を上げた。
特に魔法使いのリアは、その機序に興味を持ったようだったが、ギル様が少し話しただけで「自分には再現不可能」と理解したらしい。
ギル様は、「そのことが即座に理解できる時点で、セシリア嬢の魔法の才が非常に優れているとわかるよ」と褒めていた。
「それで、その魔法を使ったから、昨日――大地の日の夜にフォレ城に到着できたってことなんすね。すげえな、ギルさんは。イケメンなだけじゃなくて魔法が得意で、王弟殿下で、公爵閣下で……持ってないものなんてないんじゃないっすか?」
アンディは羨ましそうにギル様を見ながら、ある意味失礼なことを口にする。
「……そのようなことはないさ」
優しいギル様は怒るようなことはせず、むしろ悲しげにも見える影のある表情で微笑み、そう呟いた。
なぜかその瞬間、ギル様の視線が私を捉える。しかし、私がまばたきをした隙に、視線はもう外れていた。
「ところで、オレも護衛対象になってたってのは? オレ、知らなかったんすけど」
「ああ。ジェーンとセシリア嬢には、アンディ殿本人には知らせないようにと伝えていたからな」
「ええ? どうしてっすか? 言ってくれたら、オレ、自分でもちゃんと気をつけたのに」
「ぷっ。あのね、アンディ、そういうとこよ」
堪えきれないとばかりに笑いをこぼしたのは、リアだった。
「アンディは素直でしょ? そこがアンディの良いとこでもあり、悪いとこでもあるってわけ。ま、あたしはそういうとこが好きなんだけどね」
「な、何だよそれ!」
臆面もなくはっきり好意を伝えるリアに、アンディは耳を真っ赤にしている。
それを見てギル様は、珍しいことに、わずかに驚いた様子で二人を興味深く観察し始めた。
アンディたちは、そのまま会話を続ける。
「ごほん。そんで、つまり、どういう意味?」
「要するに、アンディは自分が狙われてるかもしれないって思ったら、思いっきり警戒しちゃうでしょ?」
「まあ、そうだな……ってか普通警戒するだろ?」
「アンディの場合は必要以上にわかりやすいのよ。ビクビクしちゃって、見てたら誰でも、警戒してるんだなってすぐわかる」
ああ、確かに……と私は納得した。
アンディ自身にも、思い当たる節がありそうだ。唇を尖らせ、耳の後ろをぽりぽり掻いている。
「そうしたら、アンディを狙ってる奴も、尾行に気づかれてるってわかって、警戒度を引き上げるわけ。で、そうなると、犯人を捕まえたり撒いたりするのが難しくなるの」
「うう、なるほど……難しいな……」
アンディは息を吐き出して、うーんと唸った。
「ちなみに、アンディに護衛が必要だった理由は、流石にわかってるよね?」
「アレだろ、アレ。王都のギルドで、ポーションが盗まれた件」
「うん、そう。あの事件以降、アンディにずっと尾行がついてたんだよね。それこそ、あたしたちが王都を出た日まで、ずっと」
「うわ、まじかよ。本当にずっとつけられてたのか、オレ……」
アンディは、やはり尾行に気がついていなかったようだ。リアは呆れ顔をしている。
「でもさ、犯人は聖女か神官の可能性が高いって話だったろ。聖女や神官なら、そう簡単に王都は出られないじゃん?」
アンディが私に目配せをしたので、私は頷き返した。
実際、ポーション泥棒の犯人は、私の魔力色を知っている神殿関係者の可能性が高い。
そして、神殿の関係者が王都を出るには、少し面倒な申請が必要になる。明確な理由と、専属の護衛が必要だからだ。
申請が通るまで早くても半日はかかるし、身軽には動けなくなるはずである。
「王都を出てからも、念のためあちこち経由して、時間を掛けてティーナたちと合流して……それで尾行は撒いて、解決じゃねえの?」
「一旦はね。でもね、それだけの話じゃないんだよ」
リアの言葉に、アンディは「んんん?」と首を傾げる。
「あのまま王都にいたら、業を煮やした犯人一派が、ティーナの唯一の手がかりであるアンディを捕らえに来るかもしれないでしょ。だから、アンディを王都から引き離して、王都以外の場所でしばらく身を隠す必要があったの」
「捕らえ……って、そこまでするかあ?」
「ああ。するだろうな」
アンディの質問を引き取ったのは、ここまで静観していたギル様だった。
落ち着いた低い声は真剣そのもので、アンディは背筋を伸ばし唾を呑みこむ。
「……神殿、特に筆頭聖女は、地位を守るためなら何でもする者どもだ。このままティーナの情報が手に入らなければ、今度はアンディ殿が狙われ、尋問されることになる可能性が高かった」
「うわあ……」
ギル様の説明を聞き、アンディは蒼白になる。
「オレがあの時、不用意に、冒険者ギルドのカウンターでポーションを取り出したせいで……まさか、こんなことになるなんて……」
「それに、アンディ、あの時ギルドのおじさんに自慢してたよね? ポーション精製するところ、見せてもらったって」
「あれ、そうだっけ?」
「そうだよ。というか、ポーションを出したこと自体より、あの時、無駄にお喋りして注意を引いちゃったのが良くなかったね。ずっと聞き耳を立ててた奴がいたから」
リアの言う、聞き耳を立てていた人物……それが、ローブを着た不審な女だろう。
彼女が、冒険者ギルドで騒ぎを起こし、初級ポーションを盗んだ。
そして、その際にアンディの顔もばっちり覚えられていたはずだ。
「なんてこった……口は災いの元ってやつだな……」
アンディはひとしきり落ち込んだあと、ガバッと席を立ち、思い切り頭を下げた。
「ギルさん、ジェーンさん、リア。ここまでオレを守ってくれて、ありがとうございました。それと、ティーナ……迷惑かけて、ごめん」
「ううん。どのみち、あのまま私が王都にいたら、見つかっちゃってたかもだし。むしろ、アンディのおかげで、筆頭聖女様が私のポーションを探しているかもって事実がわかったんだよ。取り返しがつかないことになる前に、ね?」
「ああ、そういうことだ。気に病む必要はない」
私とギル様がアンディをフォローすると、アンディは、「うう……すんません」とさらに深く頭を下げたのだった。




