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【長編版】無能聖女の失敗ポーション〜働き口を探していたはずなのに、何故みんなに甘やかされているのでしょう?〜  作者: 矢口愛留
第三部 フォレ領編

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51. アンディが冴えています



 冒険者ギルドを出て宿で休んでいたら、約束通り、日が沈む前にリアが戻ってきた。

 リアはトマスを除いた面々を一部屋に集め、早速結果報告を始める。


「ウォードの家、見つけたよ。ギルドに届け出てた場所と変わってたから、困ってたみたい。みんなにも報告して、今、食べ物やら何やら持ってお見舞いに行ってる」

「そっか。ウォードさん、大丈夫そうだった?」

「うん。外に洗濯物も干してあったし、普通に生活する分には支障ないみたい。でも、もう冒険者として復帰するのは難しいだろうね」


 命が繋がったことを喜ぶべきか、職を失ったことを悲しむべきか。こういう時にどう反応していいか、私にはわからない。


「あーあ。でも困ったなあ」


 微妙な反応をする私とは違い、リアはため息をついて、椅子の背もたれに思いっきり身体を預けた。


「困ったって、何がだよ?」

「ああ、アンディには買い出しに行ってもらってたし、ちゃんと事情を話してなかったよね」


 アンディはリアの隣で腕を組み、首を傾げている。

 リアは依頼を受けるに至った事情を軽く説明してから、話を先に進めた。


「ティーナとジェーンさんは気づいてるだろうけど、前に言ってた信頼できるタンク職の人って、ウォードのことだったんだ。でも、あの状態じゃ、もう戦えそうにないよ。どうしよっか?」

「うーん……」

「主様を頼って、辺境騎士団を派遣していただくこともできなくはないですが……そうなると北の森の守りが手薄になってしまいます。可能ならば、この街か次の街でどなたかを雇いたいところでございますが」


 フォレ領の北に広がる森は、魔物の棲む未開の領域。

 ギル様の辺境騎士団は、そこから現れる魔物の対処で手一杯なのだという。


「ねえ、ティーナ。そういえばギルドで、何か出来ることがあるかもって言ってたよね? どうするつもりだったの?」

「あ、えっとね、身体がお辛そうだったら、お洗濯とかご飯の支度とか、お手伝いしてあげられたらって思ったんだけど……」

「え、そっち? あはは、やっぱ面白いね、ティーナは」


 私が真面目に返答すると、リアは笑いだした。

 家事は一番の得意分野だし、そんなに変なことを言っただろうかと思って他の二人を見ると、アンディもジェーンもくすくすと笑いをこぼしている。


「さっきも言ったけど、生活には問題ないみたいだよ。もし難しくても、きっと冒険者仲間の皆が喜んで手伝うと思う。あのね、あたしは、ティーナが聖女の力で何かするのかなって思ってたんだけど」

「あ……そ、そうよね、うん」

「ね、毒の後遺症をどうにかする方法、あったりしないの?」

「それは……」


 私は、テーブルの上に視線を落とした。

 力になれない無能な自分が悔しくて、膝の上に置いていた手を、きゅっと握る。


「……私、実は、治癒魔法と浄化魔法しか教わってなくて。だから、解毒魔法は使えないの」

「そうなの? じゃあ仕方ないかあ」

「失礼いたします。差し出がましくも、口を挟ませていただいてよろしいでしょうか」


 ――ウォードさんの治療を半ば諦めていたリアと私の会話に、一筋の光明を与えたのは、私の隣に座るジェーンだった。


「ギルドで冒険者の皆様が、解毒ポーションはもう使用なされたとおっしゃっていましたね。であれば現在は、解毒魔法をかけてもさほど意味がないかと」

「え? どういうこと?」

「解毒ポーションを使ったのであれば、体内の毒素はすでに消えているはずでございます。あとは、毒によってダメージを負った神経や、身体の機能が回復していないということだと思うのです」


 リアとアンディは、いまいち理解が及んでいないのか、ぱちぱちと目を瞬かせている。

 けれど、私はハッと息を呑み、ジェーンを見た。


 神経や身体機能の損傷――それなら、もしかしたら、治せるかもしれない。

 何せ、その実例が、今私の目の前にいるのだから。


「と、いうことは……!」

「ええ。私の腰と同様、神経や体内が傷ついているのであれば――もしかしたら、治癒魔法が効くかもしれません」

「すごいわ、ジェーン! それなら私、ウォードさんを治癒できるかも!」


 希望が見えてきて前のめりになる私に、水を差したのは、意外なことにアンディだった。


「それはいいけどさ、仲間の冒険者たちがまだ見舞いっつって居座ってるんじゃねえの? それに、リアはともかく、知り合いでもないオレたちが見舞いに行ったら、怪しまれねえか?」

「うん、そうかも。アンディの言うとおり、まだみんないるだろうし、違和感を抱くだろうね。ティーナの力は見せられないから、人がいたら治癒魔法使えないし」

「あ……確かに……」


 アンディの指摘も、もっともだった。私はしゅんとする。


「では、皆様がお帰りになるまで待ちますか?」

「うーん、それでもいいけど……みんながいつ帰るかわかんないし、まだお見舞いに行ってない他の冒険者が来るかもだし……」


 うーん、と唸りつつ、リアもジェーンも黙り込んでしまう。


「なあ」


 そこでも沈黙を破ったのは、アンディだった。


「それなら、例の失敗ポーションを差し入れするのはどうかな? なんか薬湯とか言ってさ」

「あの酔い止めに使ってる薄い色のポーション? あたしは飲んだことないけど、治癒の効果もあるの?」


 リアはよくわかっていないようで、首を傾げているが、ジェーンは「なるほど」と呟いている。

 どうやら、今日のアンディはやたらと冴えているらしい。


「あれ飲むとさ、どんなに疲れてても、体がぽかぽかして、中から元気が湧いてくるんだよ」

「ええ。わたくしも王都にいた際、毎日琥珀珈琲(アンバーコーヒー)をいただいていましたが、腰の痛みが一時的に和らぎました」

「そうそう。後遺症の完全治癒までは無理かもしれねぇけど、疲労回復の効果はあると思う。それで、うまいこと言って、あっちから宿まで来てもらうのはどうだ?」


 アンディとジェーンの言葉に、私は王都別邸にいたときのことを思い出す。


「そっか、そうよね。確かに、そうだったわ」


 ギル様もジェーンも、毎日、琥珀珈琲(アンバーコーヒー)をありがたがってくれていた。

 ギル様は持病による不調が、ジェーンは腰の鈍痛が引いて、一時的に楽になるのだと言っていた。


「――体内から来る不調なら、ポーションを体内に入れれば改善する可能性がある。ギル様もそう言ってたわ。なら、ウォードさんの痺れも、琥珀珈琲(アンバーコーヒー)で多少改善するかもしれないわ!」

「なるほどね。それに、あの薄いポーション……琥珀珈琲(アンバーコーヒー)って名前だね? あれなら、別の容器に入れて持って行けば、ポーションだってバレなさそうだよね」

「うん、きっと気づかれないわ。なら、早速、琥珀珈琲(アンバーコーヒー)を精製するね!」


 人のために、何かしら出来ることがある――その喜びは、計り知れないものだ。

 私はうきうきとしながら、ポーション精製の支度を始めたのだった。


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