49. フォレ領に近づいてきました
目的の街に到着し、リアとアンディは借りてきた馬車を返しに行った。私たちは一足先に、王家の別邸へと向かう。
到着した屋敷は、王都の外れにある屋敷に比べたら小さいものだったが、それでも私が間借りしていた離れよりは大きい。
庭師などは常駐していないようだ。視界を遮るための蔓性植物や生け垣はあるものの、園芸植物は植えられておらず、少し暗い印象である。
それでも、馬車を停めるスペースはきちんと均されていた。最初に訪れた頃の王都別邸とは異なり、最低限の管理はされているようだ。
「ここが、例のお屋敷?」
「左様でございます。宿と違っておもてなしは出来かねますが、その代わり、人目もなくゆっくり休めるかと存じます」
「ええ、ありがとう」
明日からは、フォレ公爵家所有の馬車で領地に向かうことになる。
フォレ領に入るまで、まだ一週間以上。長い旅路だが、ジェーンやリアやアンディが一緒だし、景色は毎日変化していくし、退屈しそうにない。
トマスと名乗った御者兼厩番と挨拶をして、私は案内してもらった部屋でゆっくりと身体を休めたのだった。
翌日からは御者のトマスが加わり、アンディも客車内に仲間入りした。
アンディは私やリアによく喋り掛けてきてくれて、客車内は一気に賑やかになった。
時折賑やかすぎて、リアに「うるさい」と叱られたりしているが、なんだかんだ仲は良さそうな二人を見て、ほっこりしている。
道中は、トラブルというトラブルは特になかった。
ただ、魔物とは二回だけ交戦した。
一度目は、街の方に向かっている魔物を発見したため、討伐することに。
現れたのは、鳥型の魔物、巨大鷲。馬車を止めるとすぐさまリアが飛び出して行き、上空に向けて炎の矢を放って、あっという間に打ち落としてしまった。
落ちてきた魔物は、アンディが手早く解体した。リアが言っていたとおり、アンディの解体技術はかなりのもので、あっという間に処理が済んでしまった。
肉などの部位は近くの街で売り、嘴や羽など素材として売れる部位は、日持ちがするよう処理を施して馬車に積んだ。
二度目は、近くに別の馬車が停まっていて、護衛らしき人たちが魔物と交戦中だった。少し手こずっている様子だったので、共闘することになったのである。
相手は、灰色狼。群れを成して行動する、素早い魔物だ。
ここでは、リアだけではなく、アンディも活躍を見せた。アンディは逃げ回るように動いて魔物を引きつけ、群れから離れた個体を護衛の人たちが各個撃破していく。リアは風の魔法を展開して、魔物の攻撃からアンディを的確に守っていた。
こちらの馬車に向かってきた個体もいたのだが、その魔物が突然泡を吹いて倒れ伏して、私は心臓が止まるのではないかと思うほど驚いた。
どうやら、いつの間にか客車内から姿を消していたジェーンが、気づかぬうちに、よくわからない技で仕留めたらしい。本当に底が知れない人である。
また、トマスは街のあるルートを的確に選んでくれていた。そのおかげで、私たちは野宿をしないで済んでいる。
下調べもしっかり済ませてくれているのか、それとも王都からフォレ領へ至るこのルートを使い慣れているからか、トラブルが起きるようなハズレの宿を引くこともなかった。
以前、ジェーンは王都からフォレ領の間に別邸が点在していると言っていた。その言葉通り、私たちは三日から四日に一度のペースで、別邸のある街に立ち寄った。
しかし、いずれの屋敷も街外れに建っている上、管理人もいない。最初に立ち寄った屋敷は、トマスがある程度掃除してくれていたようだ。
最初の別邸を除いて、宿泊ができるような環境ではなかった。そのため、結局別邸ではジェーンとトマスの所用を済ませるだけにして、街で宿を取ることになった。
「申し訳ございません、ご不便をおかけいたします。いずれも代々フォレ公爵に受け継がれてきた別邸なのですが、主様が馬車を使われませんので、ここ数年は屋敷の管理がおざなりになっておりまして」
「いいえ、私は平気よ。でも、磨けば立派なお屋敷になりそうなのに、もったいない気はするよね……いつかお掃除したい……」
「ふふ。クリスティーナ様らしいですね」
「そ、そう?」
神殿でずっと雑用をしてきたからか、それとも王都郊外の別邸をボロボロの状態からピカピカに磨き上げたのが楽しかったからか、寂れた屋敷を見ると掃除をしたい欲求がこみ上げてくる。
思わずそれを口にしたら、ジェーンに笑われてしまった。
「代々、フォレ公爵に受け継がれてきたお屋敷かあ。フォレ領は遠いもんね」
「左様でございます。長旅をしておりますと、どうしても街の宿に泊まれない日が出て参りますので」
「そっか」
ギル様も大地の日から豊穣の日にかけては誰にも会いたがらないし、世の中には、何か私には想像がつかないような事情を抱えている人も多いのかもしれない。
それでなくても、皆は私のように『ズル』をして馬車の旅を楽にしている訳ではないのだし、人目を気にせずゆっくり休みたい日も出てくるだろう。
「フォレ領外の別邸は、今回で最後となります。本来ならば、あと一日ほど進めばフォレ領に入れるのですが、少々寄り道をいたしますので、しばしご辛抱下さいませ」
三つ目の別邸を出ると、もうフォレ領は目前だ。しかし、領境を越えると、強力な魔物も増えてくる。
今のままでは戦力が心許ないため、以前話していたように、タンク職の冒険者を雇う予定だ。
「寄り道っていっても、半日ぐらい遠回りになるだけだから。あの人、まだあの街にいるとは思うんだけど……」
「あの人って誰だよ?」
「前に、アンディを追いかけてた時に、橋が落とされちゃって足止めを喰らったって言ったでしょ? その時、あたしとパーティー組んでた人の一人だよ」
「ふーん。信頼できる奴なのか? 口は堅い?」
「うん。一ヶ月近くパーティー組んでたけど、喋ってるとこ、一度も見たことない」
――リアの知人は、これまた癖の強いタイプのようである。
アンディは、「まじかよ、信じられねえ!」と大袈裟に驚いていたのだった。




