48. 二人がとっても頼もしいです
その翌日、私たちは街道から外れ、北方面へと移動を開始することになった。
フォレ領へ行くには、ここからずっと北へと進む。リアの寄りたい場所も、フォレ領の手前にあるのだそうだ。
「ここから先は、舗装されていない道を進むんだ……、っじゃない、進むっす。これまでより揺れるから、何かあったら言うっすよ」
アンディはいつもの調子で私に話しかけようとして、リアに小突かれ、慌てて敬語に直した。私は苦笑して頷く。
それを見て、アンディはニカッと笑って手を差し出した。
「さ、じゃあ馬車に。お手をどうぞ、お嬢様……って、痛てっ!?」
「あたしがエスコートする。アンディは御者席。二度とあたしの目の前で女の子に触んないで」
「わ、わかったよ。ちぇっ」
どうやら今日からは個人用の馬車に切り替わるらしい。
リアは、アンディが差し出した手をぺちんとはたき落として、頬を膨らませた。アンディは肩を落として御者席に向かう。
「ねえ、リア、私、そんなつもりは……」
「お嬢様がアンディを何とも思ってないのはわかってるけど、それはそれです。あたしの気持ちの問題なので」
唇をへの字にしながらも、リアは先に客車に乗り込むと、私の手を取り、引っぱり上げてくれた。
その後からジェーンさんも客車に乗り、扉を閉める。合図をしたら、馬車はゆっくりと動き始めた。
「この馬車は、ギルさんの指示で、あたしとアンディが二つ先の街から借りてきた馬車なの」
「ギル様の?」
「ええ。セシリア様とアンディ様が馬車を借りた街にて、主様の馬車を預けてございます。そこからは、主様の馬車でフォレ領まで移動することになります」
人目がなくなり、タメ語に戻ったリアが説明してくれた。すかさずジェーンさんが補足してくれたが、疑問が残る。
「私たちがギル様の馬車を使ってしまったら、ギル様が領地に帰るときに、困ってしまいませんか?」
「いえ、ご心配には及びません。主様は、どのみち馬車を使わずにご帰還されるでしょうから」
「そうなんですか? どうやって……?」
「領地に着きましたら、主様ご本人にお尋ね下さい」
ジェーンさんはそう言って微笑む。きっと、今私がどれだけ尋ねようとも、彼女は教えてくれないだろう。
まあ、ギル様が困らないのなら問題はないので、気にしないことにする。
「それにしても、ギル様はどうして、王都から四日もかかるところに馬車を預けたんですか?」
「目的の場所には、フォレ領から王都までの道中に点在する、王家所有の別邸の一つがございます。わたくしは王都を訪れる際に馬車を利用いたしましたが、先ほども申し上げたとおり、主様は馬車をお使いにならないのです」
昔はジェーンさんも馬に乗って一人旅をすることができたのだが、腰を痛めてからは乗れなくなったのだそうだ。そのため、フォレ公爵家の馬車を一台、貸してもらったのだという。
「主様が不在ですのに、地味な使用人風情が公爵家の個人馬車を利用して王都入りすると、怪しまれます。ですので、わたくしはこの街から乗合馬車を利用して王都へ向かいました。別邸には、帰路のために、現在も御者がそのまま待機しております」
「なるほど、そうなんですね」
私は納得して、頷いた。
「ところで、クリスティーナ様。先ほどから敬語に戻っておいでですよ」
「それは、ほら、人目もないですし……」
「人目があってもなくても、わたくしに対して敬語など、おやめいただいて結構でございます。領地に戻りましたら、クリスティーナ様は主様の賓客。使用人に対して貴女様が敬語を使っては、主様が侮られます」
「えっ?」
ジェーンさんからの予想外の返しに、私は目を丸くした。
「どうしてです……、ううん、どうしてなの?」
「主様が大切にもてなそうとしているお客様が、使用人に対してへりくだり遠慮をする……それは、貴女様が、主様のもてなしを拒否するという意味になるのです」
「そんな、私、そういうつもりじゃ」
「ええ、わたくしは存じておりますよ。ですが、これから先は、少し注意した方がよろしゅうございます」
ジェーンさんの言葉に、リアも頷いている。まさか、私が他の人に腰を低くして接することで、ギル様に迷惑がかかるだなんて思ってもみなかった。
「……わかったわ、ジェーンさ……ううん、ジェーン」
私がそう言い直せば、ジェーンも目を細めて優しく頷いてくれた。
「私、わからないことがたくさんあって、知らないうちにギル様やジェーンに迷惑をかけちゃうこともあると思う。だから、これからも色々教えてくださ……、ううん、教えてね」
「はい。もちろんでございますよ」
ジェーンは、満足そうに微笑んだ。
――私は、聖女として、ギル様と領地のお役に立つために、フォレ領へ行くのだ。
ギル様はこんなにも私に心を砕いてくれているのに、その私がギル様に迷惑をかけるわけにはいかない。
ジェーンとのやり取りで、私はフォレ領に招かれる意味を再認識し、気持ちを改めた。
それから私たちは、舗装されていない道を馬車で進んでいった。
路面がでこぼこしているので、確かに昨日までよりも大変な旅路だ。
けれど、今回からは乗合馬車ではなく、個人用の馬車なのが幸いした。いつでも治癒魔法を使って痛みを和らげられるし、琥珀珈琲も車内で堂々と飲める。
道中、何回かリアが声をかけ、馬車が止まったことがあった。魔物が近くをうろついていたのだ。
ジェーンの隠蔽の強度をあげてやり過ごしたり、迂回したりして、事なきを得た。
街道を外れた途端に魔物との遭遇が増えて驚いたものの、リアの気配察知もジェーンの隠蔽も、優秀すぎる。
この調子なら、一度も魔物と戦闘にならずにフォレ領に辿り着けるのではないだろうか……と思ったが、さらに北の方には、気配を隠すのが上手い魔物や、隠蔽の効かない魔眼を持った魔物も存在するらしい。
「そんな魔物が……。ジェーン、王都に来るときは、護衛はどうしてたの?」
「ポーションの買い付けを依頼した冒険者に、同行していただきました。彼らはもう帰投しておりますし、今回は急な出立でございましたので、迎えを頼むことも出来なかったのでございます」
フォレ領では慢性的なポーション不足に悩まされている。定期的に王都へ冒険者を派遣し、不足分のポーションを直接買い付けているのだと、ギル様から聞いていた。
かといって、王都の冒険者ギルドで依頼を出すわけにもいかなかった。私がフォレ領に向かっていることを秘匿したかったからだ。
「幸い、隠蔽の効かない強力な魔物はフォレ領の外にはほとんどおりません。セシリア様のスキルも非常に優れておいでですし、今のところは安全でございますよ」
「今のところは……?」
「フォレ領の手前で人を雇うから、平気だよ。あたしに伝手があるんだ」
私の不安を悟ったのだろう、リアが明るい声色でフォローしてくれた。
「もうすぐ街に着くよ。支度して」
「わかったわ」
私は、膝の上に広げていた毛糸と編み針を片付ける。
大地の日に暇つぶしをするために始めた編み物だが、今ではすっかりハマっていた。宿に着いてから眠るまでの時間や、馬車で景色を眺めるのに飽きたりした際に、少しずつ編み進めている。
さすがに揺れる車内で図面を読むのは難しいので、今編んでいるのはシンプルなマフラーだ。これなら単純作業の繰り返しなので、図面を見なくても進められる。
ほどなくして、予告通り馬車は目的の街に到着したのだった。




