4. 住み込みで働くことを決めました
私たちは、玄関扉の前に立つ。
玄関扉も、鉄柵と同様、自動的に内側へ開いていった。玄関ポーチには、埃をかぶった魔道具の明かりが、ぼんやりと灯っている。
「おじゃましまーす」
私は迷うことなく玄関ポーチへと足を踏み入れる。
アンディは、私の背中に隠れるようにしながら後をついてきた。
そんなアンディをチラリと見て、私は彼が冒険者ギルド内で暇そうにしていた理由が、少しだけわかったような気がしたのだった。
「ようこそお越し下さいました」
「ひぃっ!?」
私たちに声をかけてきたのは、全身真っ黒なお仕着せを着た、白髪の、腰の曲がった老女だった。アンディが後ろで小さく悲鳴を上げ、私の服をつんと引っ張る。
「ちょっと、アンディ! 引っ張らないでよ!」
「ご、ごめん」
「すみません、大変失礼しました。依頼を受けてきました、クリスティーナと申します」
私はアンディに文句を言ってから、お仕着せ姿の老女に向き直り、膝を折って軽く礼をする。
「す、すんません、驚いちゃって。オレはアンディです」
アンディも私にならって老女に挨拶をした。私の斜め後ろからだが。
老女は確かに無表情だし固い声だが、細い目の奥に覗く茶色い瞳は優しげだし、そんなに怯えるほど怖い人ではなさそうに思える。
「ご丁寧にありがとうございます。わたくしは、ジェーンと申します。さるお方の、身の回りを整える役目を仰せつかっております」
「さるお方?」
「御名は申せませんが、高貴なお方にございます。この館はご一族の別邸として建てられ、やがて住む者がいなくなり、長いこと放置されておりました。ですが、今はご一族の血を引く方が、お一人でお住まいになっておられます」
私はアンディと互いに目配せをする。
「ほら! やっぱり人が住んでる!」
「みたいだな」
ひそひそ声で短くやり取りをして、私たちは再びジェーンさんの話に耳を傾けた。
「詳しいお話はまた後ほど。あなた方にお願いしたいのは、主にこの館の清掃、補修でございます。主様がお過ごしになられる場所や身の回りのお世話はわたくし一人で間に合うのですが、他の部屋や庭には手が回りませんで」
なるほど、確かにこれほど荒れ果てた屋敷を、腰の曲がった老女一人で整えるのは大変だろう。
しかも、彼女は主の世話もしなくてはならないというのだから、人を雇う必要があるのも頷けた。
「お給金につきましては、試用期間中は日給1000ゴルド――」
「――1000ゴルド!?」
あまりの好待遇に驚いたのか、アンディが思い切り目を丸くして、話を遮る。
だが、試用期間で日給1000ゴルドは確かに破格だろう。私も驚いてしまった。
「――ゴホン。続けます。試用期間の後、依頼を延長するか否かは、あなた方の働きに応じて決定いたします。またその際は、改めて正式なお給金も、主様とご相談の上、決めさせていただきます。勤務時間ですが……クリスティーナ様、アンディ様は、王都内からお通いになられるのでしょうか?」
「私は住み込みを希望します」
「オレは……ちょっと、部屋を見てから決めてもいいっすか?」
「承知いたしました。でしたら、まずはお部屋の方へご案内いたします」
ジェーンさんはそう言うと、私とアンディの方へ向かってゆっくりと歩み寄ってきた。
歩き方がいびつだ。足か腰が悪いのかもしれない。ますます、一人では大変だろう。
「お部屋は離れをご使用いただきます。どうぞこちらへ」
ジェーンさんは私たちが通ってきた玄関扉から外へ出て、そのまま右の方へゆっくりと歩いてゆく。
「離れがあるんですね」
「左様にございます」
「……依頼書には、一軒家って書いてあったのに」
「今は扉が破損しているため使用できませんが、母屋と回廊で繋がっておりますので、一軒の家と見なせるかと存じます」
アンディがぼそりと言った疑問の言葉に、ジェーンさんは律儀に返答した。
こじつけのような気もするが、見るからにややこしい事情がありそうな雰囲気なので、『屋敷』とは書きたくなかったのだろう。
「離れは二階建てとなっております。一階にひとつ、二階にみっつお部屋がございますので、住み込み勤務を希望なさるのでしたら、ご自由にお使い下さい。清掃と補修は、ご自身の責任でお願いいたします。それで、勤務時間の件ですが」
「住み込みと通いで、どう変わるんですか?」
「住み込みならば問題ないのですが、通いの場合、暗い時間や悪天候の日は、林道を歩くのが困難になります。つまり、勤務可能時間が住み込みの方よりも短くなります」
私とアンディは、ジェーンさんの話に頷いた。
確かに、通ってきた林道は、馬も通れないほど細い悪路だった。その上、動物が多く生息しているようなので、暗い時間に歩くのは危険だろう。
「先ほど、試用期間の日給は1000ゴルドと申しましたが、それは通いの方の勤務時間に合わせた日給となります。住み込みの方で、その時間を超えて働いて頂いた場合、通常のお給金に加えてボーナスを支給させていただきます」
「ボーナス……!?」
日給1000ゴルドに加えて、ボーナスの支給。なんてオイシイ話だろう。
名前を言えない主に、たった一人の使用人。そして、破格の待遇。
とてつもなく厄介な事情がありそうな予感しかしないが、これ以上の仕事は探そうと思ってもなかなか見つからないだろう。私の心はもう完全に決まっていた。
「私、住み込みで働きます!」
「うーん、オレは……うーん」
アンディは、すごく悩んでいるようだった。私の方をちらちらと見ながら、唸ったり、首をひねったりしている。
「アンディ、私のことなら、気にしなくても平気だよ。ここまで一緒に来てくれただけでも、とっても感謝してる」
「いや……でも……」
「アンディ様は、依頼をご辞退されるのでございますか?」
「うーん……、いや、決めた。通いで働くよ」
アンディは折衷案をとることにしたようだ。ジェーンさんと私の顔を交互に見て、ひとつ頷く。
「辞退したい気持ちもあるけど、ティーナのことが心配って気持ちも本当だし。せめて毎日通って、顔見て安心したい」
「心配って、そんな。私、平気だよ」
「ただの自己満足だよ。オレのことは気にすんな」
「アンディ……」
にかっと笑うアンディが、なぜだかちょっと頼もしい。先ほどまであんなに怖がっていたのが、嘘みたいだ。
「ありがとう」
「へへっ」
私が笑顔でお礼を言うと、アンディは鼻の頭をかいて、やはり耳を赤くした。




