47. なんだか張り切っているみたいです
その後、アンディとリアさんは、約束通り部屋を訪ねてきてくれた。
ジェーンさんが全員分のお茶を用意してくれたところで、私は口を開く。
「それにしても、びっくりしたよ。アンディとリアさんが護衛の依頼を受けてくれてたなんて」
「ああ、それな。実は、ギルさんから直接、依頼を受けたんだよ」
「アンディ、敬語」
「えー、今はいいだろ? 誰も聞いてないんだから」
部屋の扉を閉めるなりタメ語に戻っていたアンディは、またしてもリアさんに突っ込まれたものの、人の目がないからと敬語を拒否した。
私も正直、友達から敬語で話しかけられるのは何となく寂しい感じがするので、アンディの言葉に大きく頷いた。
「でも、人のいるとこでは駄目だからね。それに、誰かがあたしの気配察知に引っかかったら、即座に止めるよ」
「ああ、わかってるよ」
「ありがとう、リアさん」
「ティーナ、あたしのことはリアでいいよ。もちろん、敬語もなし。それと、旅の間はティーナのこと、お嬢様って呼ぶから」
「わかったわ。よろしくね、リア」
「うん」
リアは、口角を小さく上げて頷いた。
「それで、ギル様から直接頼まれたって言ってたけど……どういうこと?」
「ああ。実はさ――」
アンディは、腕を組み難しい顔をして、これまでの経緯を話し始めた。
アンディがティーナのポーションを冒険者ギルドに持ち込み、それを盗まれた日。
その日から、アンディはずっと何者かに尾行されていたらしい。
「オレ、つけられてるってことに全然気づかなくてさ。ギルさんに言われて、びっくりしたよ」
アンディがギル様と初めて対面を果たしたあの日、尾行のことをギル様から指摘されたのだそうだ。
「犯人は、多分ポーションを盗んだ奴だと思う。ギルさんいわく、簡単に罠にかかったところからして、諜報とか尾行のプロって訳じゃなさそうだったって」
「ええ。主様が在宅中は、お招きしていない方が敷地の近くまで侵入した場合、自動的に防衛機能が発動するようになっておりますので」
「罠? 防衛機能……?」
「はい。詳しい機構は機密事項でございますが、その方には林で少し迷子になっていただいた後、街へお帰りいただきました」
私が不穏な単語を拾って尋ねると、ジェーンさんはそう言って、穏やかに微笑んだ。
ということは、もしも私やアンディがギル様のお眼鏡にかなうことがなかったら、依頼を断られた後にあのお屋敷を再訪しようとしても全然見つけられず、林の中で彷徨うことになったのかもしれない。
「それでようやくオレ、今回の事件がけっこう大ごとだったって知ったんだ。ギルさんにも謝ったんだけど……ティーナ、軽率なことしちゃってごめん」
「ううん、いいよ。私自身も、自分のポーションにそんな利用価値があるなんて思ってもみなかったし」
アンディは頭を下げたが、今回の件は、正直仕方がないことだ。そもそも、彼に初級ポーションを渡したのは私だし。
「それで、ギルさんに『今後も王都に滞在するのか』って聞かれたから、『何か依頼があれば王都を出てもいい』って答えて……、って、詳しいことは、まあいいか。とにかく、この街からフォレ領までの護衛を依頼されたってわけ」
「で、あたしも一緒にどうかって誘ってくれたんだ。アンディじゃなくて、会ったこともないそのギルって人が、手紙をくれてね」
「ギ、ギルさんに言われなくても、オレは最初からリアにも声かけるつもりだったよ!」
リアはじとっとした表情をアンディに向けている。アンディは耳を赤くして頭の後ろをぽりぽり掻いていた。
「で、尾行してきたやつにオレたちの真の目的……ティーナと合流してフォレ領へ送り届けるっていう目的を知られないように気をつけながら、密かに王都を出て、迂回を繰り返して足跡を消しながらこの街まで来たんだ」
「幸い、足跡を追えないように細工するノウハウは、あたしが持ってたからね。ずっとアンディを追って旅してきたんだもん、追っ手がどこで苦労するか、手に取るようにわかるんだ」
「そ。だから、プロでもない奴なら、リアぐらいの執念がないと追って来れな――」
「ちょっと、執念ってなによ! 愛って言いなさいよ、愛って」
リアが柳眉を逆立てているのを見て、アンディは慌てて口を噤んだ。
「まあ、冗談はさておき、あたしの気配察知とジェーンさんの隠蔽スキルを組み合わせたら、どんな厄介な奴だろうと撒ける自信があるよ。だから安心して」
「ええ、わたくしも保証いたします。クリスティーナ様、どうかご安心下さいませ」
「はい、お二人とも、頼りにしてます」
「ええー、ちょっと、オレは?」
「ふふ、アンディも頼りにしてるよ」
ちょっぴり拗ねて口元を尖らせているアンディにも、フォローを入れた。
すかさず、リアがアンディの腕をぽんぽんと軽く叩く。
「人間はおいといて、魔物が出たら、アンディが頑張るんだよ」
「え、それも気配察知と隠蔽で避けるんじゃないの?」
「できるだけ避けるけど、難しい場合もあるかもじゃん。もし魔法が効かない奴だったら、アンディが頼みの綱なんだからね!」
「お、オレが、頼みの綱?」
リアがしっかり頷いたのを見て、アンディは目をぱちぱちと瞬かせる。
かと思えば、アンディは不満そうな表情を消して、俄然、張り切り始めた。
「よーし、わかったよ。そこらへんの魔物なんて、研ぎ澄ましたオレのダガーでちょちょいのちょい、ついでに路銀も稼げて一石二鳥だぜ! 任せといて!」
「うんうん、頑張れ」
アンディはそう言って、力こぶを作ってみせた。
リアは満足そうに頷きながら、得意げにしているアンディの頭をよしよしと撫でる。
アンディは「よーし、頑張るぞ!」と気合いを入れて立ち上がり、なぜか部屋の隅でスクワットをし始めた。
リアは椅子の位置を直して、テーブルの上のお茶をすする。そして、アンディには聞こえないように、ぼそりと小声で呟いた。
「まあ、大抵の魔物は魔法で遠距離から仕留めちゃえばいいから、アンディにお願いするのは解体が主だと思うけどね」
アンディは手先が器用で、解体はとても上手なのだそうだ。
リアや他の冒険者が解体するよりも素早く、高品質の素材が回収できるため、意外と他の冒険者たちも喜んで依頼に連れて行ってくれていたのだとか。
「へえ、そんな特技があったんだ」
「うん。でも本人は、解体が誰よりも上手だってことに気づいてないの。おかしいよね」
「自分のことは、自分ではわからないものでございますからね」
ジェーンさんはそう言って、私の顔を見た。
「あはは……」
私にも思い当たる節があるので、苦笑いを返すしかない。
「そうは言いましても、フォレ領に近づくにつれ、魔物も強力になります。状況を見て、近接戦の得意な方か、タンク職の方を雇うべきかもしれませんね」
「回復はティーナがしてくれるんでしょ? なら、防御魔法や幻惑魔法が得意なタイプより、重装備で前に立ってくれるタンクを雇った方がいいよね」
「ですが、信頼できる方でないと。クリスティーナ様のご事情は、セシリア様もご存知でございましょう?」
「うん、もちろん聞いてるよ。それを踏まえて、あたし、いいタンクに心当たりがあるの。フォレ領へは少し遠回りになるけど、寄り道していい?」
リアとジェーンさんは、ぼそぼそと小声でそんな会話を続ける。
アンディの方をちらりと見ると、二人の会話も知らずにスクワットの回数を数えていて、私はちょっと笑ってしまったのだった。




