46. 思わぬところで再会しました
馬車が隣町に到着した後、私たちは少しの休憩を挟んで、別の馬車に乗り継いだ。到着した町で宿を取り、次の日はまた馬車に乗る。
懸念していた乗り物酔いもなかったし、ほぼ座っているだけではあったが、やはり長時間の移動はとても疲れる。
けれど、馬車の旅を不快に思う人たちも、やはり多いのだろう。そのため、市井では対策も色々と考えられているそうだ。
まず、乗り物酔いには気付けポーションの飲用が効く。
ただし、本来の用途は錯乱状態や深い睡眠から覚醒させるものなので、とても刺激的な味だ。人によっては、乗り物酔いを我慢していた方がよっぽどマシ……らしい。
次に、身体の痛みは、中級ポーションを染みこませた布を貼ることで緩和することができる。
ジェーンさんが腰を痛めていた時に使っていた方法と同じだが、座面と接する場所に貼っていると、どうしても湿っている感じがして少し気持ちが悪い。
そのため、効き目はほとんどないのだが、気休め程度に薬草を詰めたクッションを持ち込んで座っている人もいた。
「馬車の旅って、大変なのね……」
「ええ。わたくしはもう慣れてしまいましたが、お嬢様はお疲れでございましょう」
「ううん、平気よ。……私、ちょっとズルしてるしね」
私が小声でそう言うと、ジェーンさんはくすりと笑って、軽く頭を下げた。
実は、ここで役に立ったのが、失敗ポーション改め琥珀珈琲だった。
宿に着いたら、部屋で琥珀珈琲を精製する。そしてその日の夜と、朝起きてから出発する前に飲んでおけば、身体を内側から元気にしてくれるのだ。
琥珀珈琲のおかげで、乗り物酔いとは無縁。さらに、痛くなってしまった場所も、宿の個室で治癒魔法を使えば一発で元通りである。
ちなみに、琥珀色の魔力色は聖属性には珍しいが、地属性などの魔法使いには時折見られる色だそうだ。
そのため、直接治癒しているところを目撃されなければ、魔法の光がカーテンの隙間から漏れ出してしまったとしても、怪しまれることはないという。
「お嬢様の『ズル』のおかげで、わたくしも随分と楽をさせていただきました。ありがとうございます」
「ふふ、どういたしまして」
同乗者から、私たちはどうやら『平民の祖母と孫娘』ではなく、『お忍びの貴族令嬢とばあや』に見えているらしい。だからだろう、私たちに話しかけてくる人もいなかった。
最初は私も、目立ってしまうのではないかと懸念し、敬語をやめるよう提案した。だが、ジェーンさんは頑なに却下。逆に私の敬語をやめさせ、私のことを『お嬢様』と呼ぶようになっていた。
そして、その判断は正解だったようだ。
なにせ、私はずっと神殿にいたせいで、平民たちの常識を知らないのだ。
要は、平民たちから見たら、貴族のご令嬢と同様の、世間知らずのお嬢様なのである。下手に世間話をしてそこからボロが出たら、より一層目立ってしまっただろう。
――そうして、乗合馬車の乗り継ぎをしながら街道を進みはじめて、三日目の昼下がり。
ジェーンさんが手配してくれた宿で、私は、予想外の人たちと合流することになった。
今日は早めに目的地に到着し、この後はもう馬車に乗る予定はない。
宿を出発するには遅く、宿泊手続きをするには早い時刻だ。ロビーは食堂も兼ねているのだが、人影はまばらである。
私はそのうちの一つのテーブルを借りて、荷物を降ろした。ジェーンさんは、フロントに部屋の鍵をもらいに行っている。
そのまま椅子に座ろうとしたところで、二つほど奥にあるテーブルを陣取っていた冒険者の男女が、こちらを振り返った。
「お、来た来た! 久しぶり、ティ――」
「こら馬鹿、そうじゃないでしょ」
「えっ?」
聞き覚えのある声に、私は驚き目を瞠った。
こちらに話しかけてきたのは、ふわふわの茶髪と緑の瞳、双剣使いの青年。片方の手を上げて、気安い雰囲気でニカッと笑っている。
隣で彼の頭をぺしりとはたいている女の子は、赤茶色のおさげ髪で、前髪を伸ばして目元を隠していた。腰には魔法使いの杖を差している。
――王都で友人になった冒険者アンディと、幼馴染みのリアさんだ。間違いない。
ポーションが盗まれた事件のことを聞いた日から、アンディとは会っていなかった。
そのままお別れも言えずに王都を出てしまったので、気になっていたのだ。
「そうだったそうだった。えっと、お嬢様におかれましてはご機嫌麗しく……」
「やりすぎだよ馬鹿」
私が目を丸くして何と言おうか考えていると、アンディは胸に手を当てて腰を折る仕草をして、リアさんに再び頭をはたかれていた。
相変わらず仲の良さそうな二人を見て、私はくすりと笑いをこぼす。
それで二人も安心したらしく、顔を見合わせて私のテーブルに歩いてきて、そのまま向かい側の椅子に腰を下ろした。
「アンディ、リアさん、久しぶり。お二人は、どうしてここに?」
「あー、オレたちは、明日からの旅の護衛っす。こっからは街道を外れるんで」
「改めまして、冒険者のセシリアとアンディです。お嬢様、明日からよろしくお願いします」
「は、はい。お二人とも、よろしくお願いします」
「……敬語はなし。あたしたちは依頼を受けた冒険者。ティーナは雇い主で、お忍び旅行のお嬢様。敬語は変よ」
私が頭を下げると、リアさんが耳元でぼそっとそう指摘した。私はハッとして、こくこくと頷く。
そのとき、ちょうどジェーンさんがチェックインの手続きを終えて、ロビーに戻ってきた。アンディたちの姿を認めて、ジェーンさんは軽く挨拶をする。
「こんにちは。もういらしていたのですね」
「ああ、ジェーンさんも久し――」
アンディが片手を上げて挨拶を返すと、またしてもリアさんに頭をはたかれる。
「なんで!? 今のはなんで!?」
「ジェーンさん、依頼について、詳しいお話をしたいです。あとで二人のお部屋をお訪ねしたいんですけど、いいですか?」
「ええ、勿論でございます。では――」
そうして、少し時間をおいてから部屋に来てくれるように二人に頼み、私たちは宿泊する部屋へと向かった。




