40. 領地のお役に立てるようです
「まず、君が精製したポーションだが、普通に王都で流通させることはできない。その理由は分かるな?」
ギルバート様の質問に、私はすぐに頷いた。
何度も彼が危惧している、「神殿に関係する何者かの悪意」――その目的も、犯人も、はっきりしないからだ。
「神殿関係の品物を卸しているのは、全てザビニ商会とその関係者だ。だが、幸い、王都から離れたフォレ領には、ザビニ商会も手を伸ばしていない。フォレ領には教会もあるから、神殿からの接触は皆無とは言えないが、身分の高い神官や聖女が来る可能性は限りなく低い」
各地に散らばる教会の総本山が、王都の中心部にある神殿だ。
子供の頃から神殿で教育を受けた聖女見習いが成人を迎えると、各地の教会に派遣される。
大抵は聖女様の希望に沿うことになるが、地方出身であっても、寄付金も多く便利な王都での暮らしに慣れた聖女様たちは、地方への異動を避けようとする傾向にあるのだとか。
そうなると、王都内や王都に近い場所から希望が埋まっていき、フォレ領のように王都から離れた地に派遣されるのは、神殿内でも発言力の弱い聖女様になるのだ。
当然、教会・神殿間での細々とした連絡を担当する神官様も、同様である。
「そして、フォレ領のポーションは、領内でほぼ全てを自給自足している。王都から近いところへは神殿から直接ポーションの納品が届くのだが、フォレ領までは届かないからな」
「え、自給自足で足りるのですか?」
「足りると言えたら良かったのだが、実際の所は、全く足りていない。そのため、冒険者に常に買い付けの依頼を出している状況だ」
そういう状況なので、王都に比べてポーションの値段が非常に高いのだそうだ。冒険者への依頼料も、ポーション代に上乗せして支払わなくてはならないためである。
「なお悪いことに、フォレ領は北側に流れる大河を挟んで、まるまる未開の森に隣接していてな。先ほどフォレ領は辺境の地だと言ったが、正確には国の境ではなく、人間の領土と魔物の領土との境に位置する。当然、魔物の出現数も多く、その上強力だ」
「え……それじゃあ、ポーション不足って、かなり大変なことなのでは」
「その通りだ。辺境騎士団を組織したり、ポーションの購入にあたって個数を制限した上で補助金を出すなど、私も手を尽くしてはいるのだが……残念ながら、犠牲者も出ている状況でな」
ギルバート様は険しい表情をして、小さくため息をついた。
「これが、私が先ほど言った、王都に来た目的の一つに関わって来る話だ」
神殿の聖女派遣に関して実権を握っている者を探り、ポーションを卸している商会について調査し、神殿の内部情報……できれば弱みがないか、把握する。
そして、フォレ領の教会へ聖女の追加派遣を依頼、また、ポーションがもっと流通するように交渉しようと考えていたのだそうだ。
「財政支援に関しては、王宮からもそれなりに受けることができている。だが、大元である教会、神殿の体制をどうにかしないと、物自体が入手困難ではやりようがない。需要と供給のバランスが取れない以上、ポーションの販売価格を下げることも難しいのだ」
ポーションの在庫がないのに価格を下げすぎると、必要なところに回らない可能性がある。何なら、闇市に流通し暴利で販売されてしまう場合もあるのだ。
かといって、販売価格を上げると、買い渋りが発生し、犠牲者が増えてしまう。
今は、冒険者に支払う報酬や補助金施策を考えると赤字になるが、王宮からの財政支援によってどうにか持ちこたえられる、というスレスレの価格で取引されているらしい。
「つまり、私が作ったポーションが、フォレ領のお役に立てるということですね」
「ああ、そういうことだ。領内にポーションが行き渡り、かつ余力が生まれれば、冒険者から買い付けてもらっていたポーションを、同様にポーション不足で悩んでいる近隣の領に流すこともできるだろう?」
「わぁ……! とっても素敵なお話ですね……!」
私が目を輝かせると、ギルバート様は口角を上げて頷いた。
「クリスティーナ嬢のポーションは、外部に回さず、ひとまず辺境騎士団内でのみ使用することとしよう。最も被害が多いのは魔物と対峙する辺境騎士団だし、騎士団内部での使用に限れば、神殿にも情報が回りにくくなるからな」
なるほど、確かにその方法なら、神殿にも怪しまれにくいだろう。教会には、冒険者からの買い付けの量を増やしたとでも言えばいいのだから。
そうすれば、その分、フォレ領で精製されたポーションを市井に回すことができる。
「あと問題なのは、ポーションの素材の正確な配合が不明なことだ。だが、それに関してもすでに手を打ってある。数日もすれば、情報が上がってくるだろう」
ギルバート様はそう言ってジェーンさんの方にちらりと視線を向ける。ジェーンさんは同意を示すように頭を下げた。
「調合が判明したら、クリスティーナ嬢には早速ポーション精製に入ってもらいたいと思っているのだが……どうだろう? 協力してもらえるか?」
「はい、もちろんです。ぜひお役に立ちたいです!」
私が即答すると、ギルバート様は「ありがとう」と微笑む。
「なら、その分の報酬についても相談しよう。身体への負担も増すだろうから、職務内容についても、見直さなくてはならないな」
「ありがとうございます。でも、報酬は今のままでも充分すぎるぐらい頂いていますし、お仕事も減らさなくて平気です」
「いや、しかし、それでは……」
「だって、私、ギルバート様に何から何までしてもらって、守っていただいてるじゃないですか。充分すぎるぐらいです」
実際、この力を見出してくれたのもギルバート様。
神殿から私を隠し、守った上で、力の活用方法を考えてくれたのもギルバート様だ。
「それに、私は今のお仕事、減らしたくありません。お掃除も、お洗濯も、けっこう好きなんです。あと……、これからも毎日、ギルバート様に琥珀珈琲を用意させてください」
「クリスティーナ嬢……。分かった、ならその言葉に甘えよう。ありがとう」
「ふふ。これからも改めて、よろしくお願いします!」
「ああ、こちらこそよろしく頼むよ」
私とギルバート様は、笑顔で握手を交わしたのだった。




