3. 依頼の場所は不気味な洋館でした
「で、ティーナは、冒険者になるの? スキルとか特技とかはある?」
アンディは緑色の瞳をキラキラさせて、親しみやすい笑顔で尋ねてきた。私は少し考えながら答える。
「えっと、冒険者になるのは考えてないかな。仕事と住む場所が見つかったらいいなって思ってるんだけど」
「もしかして、街の外の出身?」
「うーん……一応、この街の出身、なのかな? でも、今まで住んでた場所を出て行かなきゃいけなくなって。頼れる知り合いもいないし、お金もあんまり持ってないの」
「うわ……大変だな」
素直に自分の境遇を話すと、アンディに同情されてしまった。
「住むとこぐらい助けてあげたいんだけど、オレも王都出身じゃないんだよな……。うーん、そうなると、ティーナが探してるのは、住み込みの仕事?」
「そうだね、それが一番いいかな。掃除、洗濯、炊事……家事全般は得意よ」
「なるほどな。ちなみに、住む場所にこだわりはある? 商業地区に近い方がいいとか、綺麗な場所がいいとか」
「ううん、ないよ。屋根と寝床さえあれば、郊外でもクモの巣が張ってても全然平気」
「よしきた。だったら、あれなんてどうだ?」
アンディが指さしたのは、掲示板の一番上に張られている依頼書だった。
『急募。城壁近く、林の中の一軒家。家事全般こなしてくれる方。通い、住み込み、どちらでも可。ただし送迎および馬での通勤は不可。給与、勤務時間、期間、待遇等は要相談』
「これ、三日前に持ち込まれた依頼なんだけどさ。条件が全部要相談な上に、場所がちょっと悪いだろ? しかも送迎も馬も不可っていうし。その上、依頼人が匿名希望。普段なら、家事系統の依頼ってわりと人気ですぐ埋まるんだけど、珍しく売れ残ってるんだよ」
「確かに、ちょっと怪しいね……」
「でも、他にめぼしい依頼はないんだよなー。特に住み込みとなると」
私は頬に手を当て、ううむ、と悩んだ。
けれど、確かにアンディの言うとおり、他に出ている依頼は力仕事や危険な仕事、技能が必要なものばかりで、私にできそうなものはほとんどない。
「わかった、これにする」
私がそう言うと、アンディは手を伸ばして、依頼書を剥がしてくれた。私がそれを受け取ろうとすると、アンディは首を横に振って、依頼書を持ったまま受注カウンターの方へ歩いて行く。
「えっと、アンディ?」
「あのさ、ティーナ。話を聞きに行くなら、オレも一緒に行くよ。何か危ないことがあるといけないし」
「え、でも、悪いよ。アンディには報酬出ないんだし」
「ほら、よく見て。募集人数が書かれてないだろ? ってことは、オレとティーナ、二人とも採用される可能性もあるってことだ」
確かに、依頼書には募集人数は書かれていなかった。
私も城壁の林までは行ったことがないから、アンディがいてくれると心強いのも事実である。
「じゃあ、お言葉に甘えよっかな」
「ああ、任せてくれ!」
そう言ってにかっと笑うアンディが何だか頼もしくて、私はにこりと微笑む。アンディは再び耳を赤くして、そっぽを向いてしまったのだった。
*
「……ねえアンディ。私のイメージする一軒家と、ちょっと違うんだけど」
「……ああ。オレのイメージとも違うな」
ギルドを通して依頼主に連絡してもらった私たちは、依頼主の待つ、『城壁近く、林の中の一軒家』へ向かった。そして、目的地に到着したわけなのだが――。
「地図、ちゃんと見たんだよね? 間違ってないよね?」
「ああ、間違いなくここのはずだけど……でも、これって、一軒家じゃなくて……」
「お屋敷、だよね」
林の中にひっそりと佇む洋館は、広大な敷地を占有していた。一軒家というより、お屋敷と呼んだ方が正しいだろう。
レンガの塀で周りを囲まれ、門には黒く尖った鉄柵がついている。鉄柵の横側には、ガーゴイルという魔物を模した魔除けの像が置かれていた。
鉄柵の向こう側には、荒れ放題になった庭と、レンガ造りの立派な建物が見える。手入れが行き届いていれば美しい館なのだろうが、今は不死系の魔物か何かが出てきそうな雰囲気があった。
なんだか、誰もいないのにどこからか視線が注がれているような、そんな不気味な感覚に襲われる。
「……やめるか?」
アンディは、小声で私に尋ねる。
しかし、私には他にできそうな仕事もない。ここでやめたら、今日の宿にも困ってしまうことになる。
外観がちょっぴり不気味なぐらいで、逃げるわけにはいかないのだ。
「やめないよ。すみませーん、ごめんくださーい」
「ちょっ……!」
怯えるアンディを無視して、私は声を張り上げる。
ややあって、返事の代わりに、鉄柵がギギギ、と音を立てて内側に開いていった。
鉄柵が開いた、ということは、先に進めということなのだろう。私は躊躇なく、建物に向かって伸びている石畳を歩いていく。
石畳の隙間からは、雑草がはみ出している。左右に広がる庭も、背の高い雑草に覆われていた。
「手入れが全然行き届いてないね」
「……ほ、本当に人が住んでんのか?」
「うーん、声をかけたら鉄柵が開いたってことは、住んでるんじゃない?」
ちなみにその鉄柵は、私たちが通り抜けると、再びギギギと音を立てて閉まっていった。アンディは「ひぃ」と小さく悲鳴を上げていたが、きっと魔道具か何かの類いだろう。私は特に気にすることもなく、案外長い小道を進む。
「ティーナ、本当に大丈夫なのか……?」
「そうねぇ、確かに大変そうだけど、その分お掃除のしがいがありそうだね」
「まじかよ……」
アンディは、あまりにも酷い状態の庭を見て、尻込みしてしまっているようだ。
だが、建物の外観を見る限り、普通の一軒家よりは広いが、神殿よりもずっと小さい屋敷である。洗濯や食事の用意はこれまでより少なく済むだろうし、モップをかける範囲も狭いはず。高窓の掃除にしたって、ステンドグラスを磨くより断然楽そうだ。
「それに、よく見て。この庭、雑草だらけと思いきや、ほら……あちこちに食べられそうな野菜とか、果樹とかが植えられてる」
「え? あ……本当だ、枯れかけてるのも多いけど。反対の方には薬草や解毒草、魔除けのハーブもあるな」
「ね? だから、ちゃんと人は住んでると思うよ」
「うーん……確かに……」
私の言葉に、アンディの不安は少しだけ解消されたようだ。だが、まだ眉尻を下げて、緊張したような表情でそろりそろりと歩いている。
「アンディ、やめてもいいんだよ?」
「……やめないさ。ここで逃げたら男が廃る」
先ほどとは真逆のやり取りと、気合いを入れ直すアンディに、私は思わずくすりと笑ってしまった。




