37. 作り方を間違えていたのでしょうか
ギルバート様がフラスコに手をかざすと、山吹色に輝く魔力が水の中へ吸い込まれていく。あたたかくて、優しい魔力だ。
私の持つ琥珀色の魔力とどことなく似ているが、ギルバート様の魔力色はもっと鮮やかで力強い。
「眩しくなければ、左右のフラスコの違いを、よく見ていてくれ」
「はい」
ギルバート様は均一に魔力を放出しているため、左右どちらにも、同等に魔力が降り注いでいる。だが、ある一定のラインを超えた時点で、左右の水の光り方に差がつきはじめた。
片方の水はそれ以上光量が強くならないのに、もう片方――灯火薔薇が入っている方のフラスコは、更に強い光を帯びていく。
「どうだ、クリスティーナ嬢。この状況、君は見覚えがないか?」
「初級ポーションを作ろうとして、失敗するときと同じ……魔力が、霧散している?」
「ああ、その通りだ」
満足そうに頷いて、ギルバート様は魔力の放出をやめた。
片方の水は、雑貨店で見たナイトライトのように、柔らかな山吹色の光を湛えてきらめいている。
一方、もう片方の水は、暗いところで見たらわずかに光って見えるかもしれない……といった程度だ。
「君の場合、灯火薔薇を入れた方が初級ポーション、入れなかった方が琥珀珈琲にあたるな」
「はい。でも、私、ポーションを作るときに水に何かを加えたこと、ないです」
「ああ」
ギルバート様は、頷いた。
先ほど水だけの方のフラスコで起きていた現象――それは私が初級ポーションを作るときと同じ、魔力の霧散だ。
私はここから魔力を一気に流し込み、固定し、定着させようと試みていた。
しかし、灯火薔薇を入れた方の水は、ギルバート様が労せずとも魔力の霧散が起こらず、簡単に定着したように見えた。
もしかしたら、私が知らなかっただけで、本来、ポーションにも何か灯火薔薇のような役割をもつ物が必要だったのだろうか?
「クリスティーナ嬢、君は、ポーションの精製法を誰かに教わったのか? それとも独学で?」
「えっと、最初のときに、教えてもらいました。与えられた課題をクリアしたら、次に進めると言われたんですけど……私、いつまで経ってもできなくて……。でも、今考えたら、そもそもやり方が間違っていたかもしれないってことですよね」
「……そうかもしれないな」
私がそう言って苦笑すると、ギルバート様は眉尻を下げて頷いた。
だが、どうして私はずっと誤ったやり方をしていたのだろうか。
私はこめかみに人差し指を置いて、幼い頃のことを思い返してみる。
聖女として魔法の練習を始めるのは、通常、半成人となる九歳から。
その際に最初に教わるのが全ての基本となる浄化の魔法、次に教わるのがポーション精製だ。
私は、浄化の魔法は人並みにマスターした。
大部屋で、複数人の聖女様が複数人の聖女見習いに教えてくれる講義で、不明点を気軽に質問しながら和気藹々と魔力の扱いを覚えたのである。
だがその後、大部屋での教育は、今まで受けていた講義――マナーや一般教養、読み書き計算の講義のみに変わった。
教えてくれるのは外部の講師や神官様なので、聖女様たちに関わる機会はほとんどなくなった。
かわりに誰が私の魔法教育を受け持ってくれたかというと、実は筆頭聖女様だ。
浄化魔法をマスターし、治癒魔法の機序を覚えた者から順に、彼女が直々に指導してくれるということになっていた。私も、他の聖女見習いたちと同様、一対一でポーション精製の手ほどきを受けた。
筆頭聖女様は私と三歳しか離れていないが、他の聖女様たちよりも幼少の頃から英才教育を受けてきたエリートだ。
神官様たちもこぞって認めるほど確かな魔法の腕を持ち、齢十二歳にして、一人前――どころか、その頃から筆頭聖女として扱われていた。
幼い頃から内定していた王太子殿下との婚約が正式に結ばれたのも、その頃だったと思う。
とにかく、私はポーション精製の課題をこなせず、その段階でつまずいてしまったので、治癒魔法の実践に移ることもできなかった。
治癒魔法の使い方はポーションに魔力を込めるときと同じだと聞いていたし、何度か自分自身を実験台に練習していたのだが……実際に他者に魔法を使ったのは、昨日のジェーンさんが初めてだった。
解毒魔法、解呪魔法などに至っては、どうやって発動すればいいのかすらわからない。
「うーん……ポーション精製のやり方は、最初に筆頭聖女様が教えて下さったはずなんですけど……聞き逃してたのかな」
「ふむ……やはり筆頭聖女か」
ギルバート様は、顎に手を当てて難しい顔をした。以前から感じていたが、彼は、筆頭聖女様に何か思うところがあるらしい。それも、悪い方に。
少しの間を置いて、ギルバート様は、私の方へと向き直る。その秀麗なかんばせには、いつもと同じ優しい微笑みが浮かんでいた。
「それより――どうだ。今、少し試してみないか?」
そう言って、ギルバート様は空のポーション瓶に薬草の葉を一枚入れて、私の前に差し出した。
黄金色の瞳はいつもと同じく真摯で、誠実で、私をまっすぐに見つめている。
「え……でも……」
「素材の正確な配合は分からないが、薬草は間違いなく入っているはずだ。薬草だけで高効果なポーションができるかは不明だが、試してみる価値はあると思う。――君が本当に無能聖女だったのか、それとも悪意による搾取だったのか、これで判明するはずだ」
真剣に告げるその言葉に、私は胸に手を当てた。
思わぬ展開と緊張とで、喉がひりひりとかさついている。
私は唾を呑み込むと、ギルバート様を見据えてはっきりと返答した。
「――わかりました。やってみます」
「……ああ」
ギルバート様は、黄金色の瞳をゆっくりと瞬かせ、私の緊張が移ったかのように固い声で頷いたのだった。




