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【長編版】無能聖女の失敗ポーション〜働き口を探していたはずなのに、何故みんなに甘やかされているのでしょう?〜  作者: 矢口愛留
第二部 聖女覚醒編

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34. 魔力枯渇 ★ギルバート視点



 ギルバート視点です。


――*――


 クリスティーナ嬢が、倒れた。

 何か不測の事態が起こり、私を呼びに来たのだろう。しかし、その途中、彼女は廊下で転んで倒れてしまった。


「っ、クリスティーナ嬢、どうした!?」


 いつも柔らかそうに色づいている頬も、唇も、血の気が引いて真っ白になっている。私に向ける視線もぼんやりとして定まらず、今にも気を失ってしまいそうだった。

 それなのに、彼女の口から出た言葉は、他者を気に掛ける言葉。どうやら、ジェーンに何かあったらしい。

 最近は、遠視魔法をほとんど起動していなかった。だが、今日に限っては、魔法を使っていなかったことが悔やまれる。


「クリスティーナ嬢!? しっかりしろ!」


 彼女に外傷がないか確認しようとしゃがみ込むと、彼女の瞼がゆっくりと閉ざされていく。


「ティーナ、ティーナっ! 一体どうしたんだ、ティーナ……!」


 無我夢中で彼女に呼びかけながら、ひとまず彼女を休ませようと、その背と膝の下に腕を差し入れて横抱きにした。


 私は、すぐ近くの自分の寝室に彼女を運び入れた。

 本当なら離れか客室に運ぶべきなのかもしれないが、一刻も早く彼女の状態を精査しなくてはならない。後で彼女が起きたら謝罪しよう。


「外傷はないな。熱もない。呼吸や脈も安定している。持病もないはず……となると、魔力枯渇か?」


 魔力を使いすぎると一時的に気を失ってしまうことがある。私も、魔力が少なかった幼少期に何度か経験した。

 まあ、今は、魔力の総量は人の域を遥かに超えているから、いくら魔法を使っても倒れることはないのだが。

 この身を蝕む忌まわしい呪いも、魔法の研究をするために多少は役立つ。


「失礼します、主様。よろしいでしょうか」

「ジェーンか。入れ」


 廊下側から、気配もなく突然話しかけられて、私は振り返らずに入室を促した。


「……ん?」


 私は、クリスティーナ嬢に布団をかけて、枕と髪を整えながら、一つ疑問を持った。

 クリスティーナ嬢は、「私のことより、ジェーンさんが」と心配している様子だったのだが、何故当の本人がこうしてここにいる?

 私は顔だけをジェーンの方へ向ける。見た感じ、彼女は、いつも通りだ。


「ジェーン、何があった? 彼女はどうして倒れたんだ?」

「実は、治癒魔法を使っていただきまして。お倒れになったのは魔力枯渇によるもので間違いございません。……少し、お話をさせていただいてもよろしいでしょうか」

「ああ、わかった。場所を移そう」


 魔力枯渇なら、しばらく休んでいれば回復するはずだ。私はジェーンを伴って、続きの部屋へ移動する。

 ジェーンをソファーに座らせると、私も対面に腰を下ろし、話を促した。


「主様もご存知の通り、わたくしは、十三年前の事件で大怪我を負いました。外傷や骨折、内臓の損傷は、神殿の聖女様がたのご尽力で、治りました。しかし、その際に、骨なのか神経なのかは分かりかねますが、接着に失敗したようで、腰の痛みだけは治ることなく慢性的に続くことになったのです」


 ジェーンの話に、私は頷く。

 彼女は伯母に仕える優秀な『影』だったが、その怪我のせいで、影の仕事を引退することになったのだ。


「その後、主様の所領にある教会で治療を続けました。治療の後は一時的に痛みが和らぎましたが、その教会の聖女様には、腰を完治させることはできないと言われたのです」

「ああ、そうだったな。定期的に教会へ行き、普段は中級ポーションで緩和させていたと聞いた」

「おっしゃるとおりでございます。ですが、王都に移ってからは、聖女様の治癒を受けておりませんでした。そのため、腰痛が悪化していたのです」


 私は、はっとした。ジェーンの腰痛が悪化していたことを、私は知らなかった。


 クリスティーナ嬢もそうだが、ジェーンは休むことを厭う。

 クリスティーナ嬢は神殿での酷使の結果、休み方がまだよく分かっていないようだが、ジェーンの場合は、何かしていないと十三年前の悪夢に苛まれるのだそうだ。


 私が心から信頼する腹心はジェーンともう一人だけ。

 ジェーンがこの調子だから、私はもう一人を領地に残し、ジェーンを王都に連れてきたのである。


「……すまない、気づいてやれなくて」

「いいえ。わたくしが、神殿に行くのを厭っていたせいで、悪化させてしまったのでございます。主様は、何も悪くございません」


 ジェーンはきっぱりとそう言い切って、話を元に戻した。


「今朝、とうとう、私の腰に限界が訪れてしまいました。ランドリールームで動けずにいたところにクリスティーナ様がいらっしゃって、『自分の力では腰を治すことはできないけれど、痛みを緩和させることはできるかもしれない、治癒をさせてほしい』とおっしゃったのです。私は、是非にとお願いしました」

「なるほど」


 それで、魔力が枯渇するまでジェーンに治癒魔法を使って、彼女は倒れたのだ。私は得心した。


「だが、疑問だな。彼女の魔力で作れるのは初級ポーションに留まる……ならば治癒魔法の効果も低いはず。なのに、ジェーンは今、痛みをこらえているようにも見えないが」

「そこなのです、主様」


 ジェーンは、核心に触れたというように大きく頷いた。


「信じられないことでございますが――どうやっても治らなかったわたくしの腰が、完治しているのです」

「……なに?」

 

 ジェーンの言葉に、私は耳を疑ったのだった。


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