表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【長編版】無能聖女の失敗ポーション〜働き口を探していたはずなのに、何故みんなに甘やかされているのでしょう?〜  作者: 矢口愛留
第二部 聖女覚醒編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/68

31. 本当の価値とは、何でしょう



 リアさんとアンディと冒険者ギルドで少しお喋りをした後、私たちは予定通り屋敷へと戻った。

 帰りがけにジェーンさんの寄りたかった生花店で買い物をして、林の中の道を進む。


「アンディは、これからリアさんとパーティーを組むのかしら?」

「どうでございましょう。セシリア様はそれをお望みのようでございますが、冒険者ランクが違うと、受注可能な依頼も異なりますから」

「そうですよね」


 細い林道を歩きながらそんな会話をしつつ、私の頭の中は、先ほどのリアさんの発言でいっぱいになっていた。


 ――強くても、弱くても、アンディはアンディ。


 自分の全てを受け入れて認めてくれる――そんな人に、そうそう出会えるものでもない。やはりアンディの人柄というものだろう。

 アンディは、自分が冒険者に向いていない、戦いの才能がないと悩んでいたが、彼にはもっと素晴らしい才能があるではないか。


 聖女としては無能だった私が、神殿の雑事をこなして裏から支えていたことを、アンディはすごいと褒めてくれた。私が縁の下の力持ちだと、たくさんの人を間接的に救ったのだと、励ましてくれた。


 アンディの素晴らしいところは、そういうところなのだ。だから、強くても弱くても、アンディはアンディ、である。その人の能力や実績……外側の部分がどうであろうと、本質が変わるわけではないのだ。


「……私にも、あるのかな」

「何がでございましょうか?」

「あ、ごめんなさい、何でもないです!」


 私は慌てて顔の前で手をぶんぶん振って、誤魔化した。


 無能聖女だった私。

 神殿の役に立てない分、雑事を必死にこなしていた私。

 そして、ギルバート様の使用人として、のびのびと働いている今の私。


 私の本質は……私の本当の価値は、一体どこにあるのだろうか。

 それはもしかしたら、アンディがそうだったように、自分では見えないものなのかもしれない。



 翌日。

 私は再び、ギルバート様の部屋を訪れて琥珀珈琲(アンバーコーヒー)を用意し、それから母屋で作業をするという、普段通りの生活に戻った。


「おはようございます、ギルバート様」

「おはよう、クリスティーナ嬢」


 二日ぶりに見るギルバート様は、相変わらず優しい微笑みを浮かべて、私を部屋に招き入れてくれた。


「お休みをいただき、ありがとうございました。これ、大したものではないんですけど、お土産です」

「土産? 私にか?」

「はい。気に入っていただけるといいんですけど……」


 私は、小さな紙袋をギルバート様に差し出す。

 ギルバート様は形良いアーモンドアイをわずかに見開き、紙袋を受け取った。


「開けても?」


 私が頷いたのを見て、ギルバート様は早速紙袋の中身を取り出す。中に入っているのは、小さなポプリだ。

 雑貨店で見つけたもので、可愛かったので自分用にも購入してしまった。

 ギルバート様にあげたものは、落ち着いたウッド系の香り。自分用は、フローラル系のポプリである。


「良い香りだな。クリスティーナ嬢らしい、可憐な贈り物だ。ありがとう、嬉しいよ」

「そう言っていただけて、良かったです」


 ギルバート様は、ポプリを早速棚の上に飾り、嬉しそうに眺めている。私はほっと胸を撫で下ろした。

 ジェーンさんのお墨付きももらっているから、大丈夫だろうとは思っていたけれど、やはり本人の反応を見るまでは不安だったのだ。


「王都は、どうだった? 楽しめたか?」

「はい!」

「そうか。なら今日は、君がどのように街で過ごしたのか、ぜひ聞かせてくれないか」

「喜んで」


 私は嬉々として街で見たもの、聞いたことをギルバート様に話した。


 城壁の関所に行列ができているのを見たこと。

 大きな通りは石畳になっていて馬車が往来できるが、小さな通りには入らないよう忠告されたこと。

 ゆっくりお買い物をしたこと。

 レストランで食事をしたこと。

 宿が素敵だったこと。

 アンディの幼馴染に出会ったこと。


 ギルバート様は、金色の目を楽しげに細めて、時折相槌を打ちながら、私の話を聞いてくれた。


「それから……えっと」

「ん? どうした?」


 私は少し迷ったものの、冒険者ギルドに神殿の求人が貼り出されていたことも、ギルバート様に伝えることにした。楽しい話ではないが、ジェーンさんがすでに伝えているかもしれないし、隠すような話でもない。


「……神殿が雑事をする人員を募集していたんです。本来なら、神官様や聖女様が手分けしてやるべきお仕事なのに」

「ああ……ジェーンからも聞いている。クリスティーナ嬢は相当優秀な聖女だったようだな。君を手放してしまって、神殿も困っていることだろう」

「え? 私、聖女としては何も貢献していないですよ?」

「いいや。雑事も聖女の仕事なら、それを一人でこなしていた君は、紛れもなく優秀な聖女だ」


 ギルバート様ははっきりとそう言って、ゆるりと口角を上げて微笑んだ。


「優秀な……聖女……?」

「ああ」


 ギルバート様は笑みを深めて、頷いた。その黄金色の瞳には、嘘は一切紛れていないように見える。


「クリスティーナ嬢は、ここでも非常に良く働いてくれている。それだけではなく、私のことをこうして、外側からも内側からも支えてくれているではないか。少なくとも私にとっては、君は他の誰とも替えのきかない、最高の聖女だ」

「そ、そんな、ご冗談を。恐れ多いですっ」


 私が顔を熱くしながら否定すると、ギルバート様は「本気なのだがな」と肩をすくめた。


「……今回の求人に、君が応じるとでも思ったのだろう。まあ、誰に何と言われようと、私が君を手放すことなどあり得ないが」


 私に流し目を送ると、ギルバート様は真剣な表情をして目を伏せた。長いまつ毛が頬に影を落とし、凄絶な色香を放っている。

 私はドキリとしてしまったが、幸い、さらに熱くなった顔は見られていないようだ。


「……あのギルド長が個人情報を明け渡すとは思えないが、切羽詰まった奴らが、どのような手段に出るかもわからぬ。少し警戒が必要だな……よし」


 ギルバート様はしばしの間、考え事をしていたが、ややあってひとつ頷いた。


「クリスティーナ嬢。次に王都市街地に外出する際には、また事前に声をかけてくれ。必ずだ。良いか?」

「はい、もちろんです。しばらくはお出かけしないと思いますが、市街地に出る際は必ずお伝えするようにします」

「ああ、そうしてくれ。私も早急に準備を進めておこう。何としても間に合わせねばな」


 ギルバート様はそう言って、目を輝かせた。どこか楽しそうに見えるのは、気のせいだろうか。


「ああ、大切なことを言い忘れていた。次の外出は、大地の日と豊穣の日を避けてもらえると助かる」

「……? はい、承知しました」


 私は内心疑問に思いながらも、とりあえず笑顔で頷いたのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ