31. 本当の価値とは、何でしょう
リアさんとアンディと冒険者ギルドで少しお喋りをした後、私たちは予定通り屋敷へと戻った。
帰りがけにジェーンさんの寄りたかった生花店で買い物をして、林の中の道を進む。
「アンディは、これからリアさんとパーティーを組むのかしら?」
「どうでございましょう。セシリア様はそれをお望みのようでございますが、冒険者ランクが違うと、受注可能な依頼も異なりますから」
「そうですよね」
細い林道を歩きながらそんな会話をしつつ、私の頭の中は、先ほどのリアさんの発言でいっぱいになっていた。
――強くても、弱くても、アンディはアンディ。
自分の全てを受け入れて認めてくれる――そんな人に、そうそう出会えるものでもない。やはりアンディの人柄というものだろう。
アンディは、自分が冒険者に向いていない、戦いの才能がないと悩んでいたが、彼にはもっと素晴らしい才能があるではないか。
聖女としては無能だった私が、神殿の雑事をこなして裏から支えていたことを、アンディはすごいと褒めてくれた。私が縁の下の力持ちだと、たくさんの人を間接的に救ったのだと、励ましてくれた。
アンディの素晴らしいところは、そういうところなのだ。だから、強くても弱くても、アンディはアンディ、である。その人の能力や実績……外側の部分がどうであろうと、本質が変わるわけではないのだ。
「……私にも、あるのかな」
「何がでございましょうか?」
「あ、ごめんなさい、何でもないです!」
私は慌てて顔の前で手をぶんぶん振って、誤魔化した。
無能聖女だった私。
神殿の役に立てない分、雑事を必死にこなしていた私。
そして、ギルバート様の使用人として、のびのびと働いている今の私。
私の本質は……私の本当の価値は、一体どこにあるのだろうか。
それはもしかしたら、アンディがそうだったように、自分では見えないものなのかもしれない。
*
翌日。
私は再び、ギルバート様の部屋を訪れて琥珀珈琲を用意し、それから母屋で作業をするという、普段通りの生活に戻った。
「おはようございます、ギルバート様」
「おはよう、クリスティーナ嬢」
二日ぶりに見るギルバート様は、相変わらず優しい微笑みを浮かべて、私を部屋に招き入れてくれた。
「お休みをいただき、ありがとうございました。これ、大したものではないんですけど、お土産です」
「土産? 私にか?」
「はい。気に入っていただけるといいんですけど……」
私は、小さな紙袋をギルバート様に差し出す。
ギルバート様は形良いアーモンドアイをわずかに見開き、紙袋を受け取った。
「開けても?」
私が頷いたのを見て、ギルバート様は早速紙袋の中身を取り出す。中に入っているのは、小さなポプリだ。
雑貨店で見つけたもので、可愛かったので自分用にも購入してしまった。
ギルバート様にあげたものは、落ち着いたウッド系の香り。自分用は、フローラル系のポプリである。
「良い香りだな。クリスティーナ嬢らしい、可憐な贈り物だ。ありがとう、嬉しいよ」
「そう言っていただけて、良かったです」
ギルバート様は、ポプリを早速棚の上に飾り、嬉しそうに眺めている。私はほっと胸を撫で下ろした。
ジェーンさんのお墨付きももらっているから、大丈夫だろうとは思っていたけれど、やはり本人の反応を見るまでは不安だったのだ。
「王都は、どうだった? 楽しめたか?」
「はい!」
「そうか。なら今日は、君がどのように街で過ごしたのか、ぜひ聞かせてくれないか」
「喜んで」
私は嬉々として街で見たもの、聞いたことをギルバート様に話した。
城壁の関所に行列ができているのを見たこと。
大きな通りは石畳になっていて馬車が往来できるが、小さな通りには入らないよう忠告されたこと。
ゆっくりお買い物をしたこと。
レストランで食事をしたこと。
宿が素敵だったこと。
アンディの幼馴染に出会ったこと。
ギルバート様は、金色の目を楽しげに細めて、時折相槌を打ちながら、私の話を聞いてくれた。
「それから……えっと」
「ん? どうした?」
私は少し迷ったものの、冒険者ギルドに神殿の求人が貼り出されていたことも、ギルバート様に伝えることにした。楽しい話ではないが、ジェーンさんがすでに伝えているかもしれないし、隠すような話でもない。
「……神殿が雑事をする人員を募集していたんです。本来なら、神官様や聖女様が手分けしてやるべきお仕事なのに」
「ああ……ジェーンからも聞いている。クリスティーナ嬢は相当優秀な聖女だったようだな。君を手放してしまって、神殿も困っていることだろう」
「え? 私、聖女としては何も貢献していないですよ?」
「いいや。雑事も聖女の仕事なら、それを一人でこなしていた君は、紛れもなく優秀な聖女だ」
ギルバート様ははっきりとそう言って、ゆるりと口角を上げて微笑んだ。
「優秀な……聖女……?」
「ああ」
ギルバート様は笑みを深めて、頷いた。その黄金色の瞳には、嘘は一切紛れていないように見える。
「クリスティーナ嬢は、ここでも非常に良く働いてくれている。それだけではなく、私のことをこうして、外側からも内側からも支えてくれているではないか。少なくとも私にとっては、君は他の誰とも替えのきかない、最高の聖女だ」
「そ、そんな、ご冗談を。恐れ多いですっ」
私が顔を熱くしながら否定すると、ギルバート様は「本気なのだがな」と肩をすくめた。
「……今回の求人に、君が応じるとでも思ったのだろう。まあ、誰に何と言われようと、私が君を手放すことなどあり得ないが」
私に流し目を送ると、ギルバート様は真剣な表情をして目を伏せた。長いまつ毛が頬に影を落とし、凄絶な色香を放っている。
私はドキリとしてしまったが、幸い、さらに熱くなった顔は見られていないようだ。
「……あのギルド長が個人情報を明け渡すとは思えないが、切羽詰まった奴らが、どのような手段に出るかもわからぬ。少し警戒が必要だな……よし」
ギルバート様はしばしの間、考え事をしていたが、ややあってひとつ頷いた。
「クリスティーナ嬢。次に王都市街地に外出する際には、また事前に声をかけてくれ。必ずだ。良いか?」
「はい、もちろんです。しばらくはお出かけしないと思いますが、市街地に出る際は必ずお伝えするようにします」
「ああ、そうしてくれ。私も早急に準備を進めておこう。何としても間に合わせねばな」
ギルバート様はそう言って、目を輝かせた。どこか楽しそうに見えるのは、気のせいだろうか。
「ああ、大切なことを言い忘れていた。次の外出は、大地の日と豊穣の日を避けてもらえると助かる」
「……? はい、承知しました」
私は内心疑問に思いながらも、とりあえず笑顔で頷いたのだった。




