29. 何か勘違いされているようです
私たちは食事を終えてチェックアウトし、朝の王都へと繰り出した。昼下がりの街ともまた雰囲気が違って、なんとなくフレッシュな活気に満ちている気がする。
「ジェーンさんの寄りたいお店って、どこですか?」
「生花店でございます。荷物になりますので、最後でよろしゅうございますよ」
「わかりました。他はいいんですか?」
「ええ。わたくしのことよりも、貴女様のお買い物を隣で拝見している方が楽しゅうございますから」
「そういうものですか……?」
一応神殿にいた時も、おつかいで指定された店に買い物に来ることもあったけれど、楽しいという感じではなかった。
どれも神殿に近い店で、見慣れた景色、見慣れた店舗、見慣れた商品。買う物も決まっていて、私はお金と商品を引き換えるだけだ。
だから昨日今日、買う物を自分で選ぶことができて、とても楽しい。
ただ、私はまだジェーンさんのように、他人の買い物を見て楽しむという境地には至っておらず、小さく首を傾げた。
「お土産になりそうな品もそうですが、お洋服、靴、化粧品なども、この目抜き通りで全て揃います。クリスティーナ様、気になるお店がございましたらお声がけくださいませ」
「わぁ……! わかりました! 楽しみです」
ジェーンさんには、私が行きたいと思っていたお店もお見通しだったようだ。
私がぱあっと笑うと、ジェーンさんも目元を柔らかく細めた。
*
宿から出て少し歩くと、とある家の前でアンディと遭遇した。
おさげ髪の女の子と一緒にいる。黒いフード付きのローブを着ており、フードからはみ出している髪は赤茶色だ。腰に杖を差しているから、彼女も冒険者だろう。
アンディは、大きな荷物を家の前に停まっている馬車へ運び込んでいる。荷運びの依頼を請けたと言っていたが、どうやら引っ越しのお手伝いのようだ。
私は声をかけるかどうか躊躇ったのだが、アンディの隣にいた女の子が、先に私に気がついた。
女の子は、私やアンディと同じぐらいの年頃のようだ。長い前髪で目元を隠していて、何故か、とても不機嫌そうな顔をしている。
「ぐぬぬ……! やっぱり来た……!」
「ん? どうしたリア、変な声出して……あっ」
女の子の方へアンディが振り向き、その拍子に彼は、道の向かい側を歩いていた私たちに気がついた。
私は足を止めずに、小さく手を振って挨拶をする。
「おはよう、アンディ」
「おはよ、ティーナにジェ――」
「待ちなさいよ、この泥棒猫っ!」
「えっ?」
リアと呼ばれた女の子が突然大声で叫んで、私は驚いて足を止めた。私は、きょろきょろと周りを確かめる。
少し遠くからギョッとした顔でこちらを眺めている人はいるが、リアさんの視線が――とはいえ、前髪で隠れていて見えないのだが――向いている先には、私たちしかいない。
「な、なんだよ、リア」
「な、なに? 泥棒?」
「あんたよ、あんた! 昨日アンディとデートしてた異国人の女!!」
リアさんは、私に向かってビシィッと人差し指を向けた。
「は?」
「え?」
私とアンディは、揃ってぱちぱちと瞬きを繰り返した。
アンディとはデートしていた訳でもなければ、私は異国人という訳でもない……と思う。
「えっと、勘違いではありませんか?」
「いいえ、間違いないわ、その匂いにその声! あんたが昨日の夜にアンディと一緒にいたの、知ってるんだから!」
「に、匂い?」
私は思わず腕を持ち上げて、洋服の袖をすんすん嗅いだ。洗濯も入浴もちゃんと欠かさずしているし、臭くはないと思うのだが。
「やっとアンディを見つけたと思ったら、おんなじ食べ物の匂いをべったりくっつけた女と楽しそうに夜道を歩いてて、あたしがどんなに……! あたしを差し置いてデートなんて……ぐぬぬ……!」
匂いというのは、どうやらご飯の匂いのことだったらしい。内心、少しだけほっとする。だが、やはり彼女は、何やら勘違いをしているようだ。
「えっと、リアさん……でしたっけ。アンディとは確かに一緒にご飯は行きましたけど、デートっていうのは違――」
「ふん、誤魔化したって無駄よ! あたしの嗅覚は騙せないんだから!」
「おい、リア、ティーナとは本当に――」
「ああもうアンディは黙ってて! やっと見つけたと思ったら、あっちこっちで女にデレデレしちゃって! 今朝だって……」
食堂の給仕の若い女、冒険者ギルドの年上女、依頼人の奥さん……リアさんは、アンディが今朝話したと思われる女性を指折り数えていく。
「田舎と違って王都の女が美人揃いだから、浮かれてるんでしょう!」
「い、いやだって、みんな話す必要がある人で……」
「だまらっしゃい!」
「うっ」
腰に差していた杖を向けられて、アンディは、引き攣った顔をして口を閉じた。
リアさんは、くるりと杖を回すと、残っていた荷物を全部宙に浮かせて馬車に積み込んでいく。性格はこうだが、優秀な魔法使いのようだ。
「なら聞くけど、二人っきりで個室で一緒に食事しといて、デートじゃないんなら、なんて言うわけ? まさかそれも必要だったとでも!?」
「ん? 二人っきり?」
「その後は別々の宿に向かったみたいだから安心してたら、こうやって朝からアンディに会いに来たりして! どういうつもり!?」
「いえ、今朝アンディに会ったのは偶然で」
実際、昨日の夜だって、「また明後日」と言って別れたのだ。アンディの請けた依頼がこの家だったのも、この道をこの時間に通りがかったのも、全くの偶然である。
「それに、一つ訂正なんですけど、昨日、私とアンディ、二人っきりじゃありませんでしたよ」
「この期に及んで嘘をつくの!? あたしの嗅覚は騙せな――」
「嘘ではございません。わたくしもずっと同席しておりましたよ。アンディ様とクリスティーナ様は、一度も二人きりになっておりません」
「……えっ、声? そこ、誰かいるの?」
ジェーンさんが話し出すと、リアさんはギョッとしたように肩を跳ねさせた。今の今まで、ジェーンさんの存在に気がついていなかったようだ。
「昨日アンディの匂いをたどったら、レストランの個室に入って……その後もいくら遡っても、二人分の匂いしか残ってなかったよ? ていうか今も匂いがしないんだけど」
「あ、そっか」
そこでアンディは、納得したようにポンと手を打った。
「ティーナ、ジェーンさん。こいつ……セシリアは、目が良くないんだ。こいつは『匂い』って言ってるし嗅覚もかなり鋭いんだけど、それだけじゃなく、気配察知のスキルも持ってるんだ。視力のかわりに、それでかなり正確に人や物、その位置まで判別できるんだよ」
「道理で……申し訳ございません。これでお分かりになりますか?」
「あっ、新しい匂い! あなたが声の主?」
「はい。わたくしはジェーンと申します。前職の癖で、意識せずにおりますと、つい気配を遮断しまうのでございます」
「……てことは……あたしの嗅覚が……騙された……?」
リアさんは絶望的な表情をして、その場に膝をついたのだった。




