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【長編版】無能聖女の失敗ポーション〜働き口を探していたはずなのに、何故みんなに甘やかされているのでしょう?〜  作者: 矢口愛留
第二部 聖女覚醒編

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28. お休みは贅沢で素晴らしいものです

お待たせしました!

不定期更新となりますが、よろしくお願いします。



 カーテンの隙間から差し込む朝の光に、ぱちり、と自然に目が覚める。

 昨日は、寝支度を整えてベッドに潜り込んだら、考え事をする間もなく、すぐに眠りに落ちてしまったらしい。


「んー、いい朝ね」


 私は、ベッドの上で思いっきり伸びをした。

 たくさん寝たからか、頭も体もすっきりしている気がする。


 食事の支度も洗濯も掃除も何もしなくても良くて、ゆっくり眠っていても怒られないなんて……宿屋とはなんて贅沢なのだろう。

 何がすごいって、職場から離れているから、暇な時間があっても「何かしなくちゃ」という葛藤や罪悪感が湧いてこないのだ。


 ギルバート様のお屋敷に勤め始めてからは仕事のペースも自由なので、そんな風に焦ることも減ったのだが、やはり心の根底には、休むのは罪という意識が根強く刷り込まれているらしい。


「今日は昼までにはお屋敷に戻るから、あんまり寄り道はできないって言ってたけど……ジェーンさんは、行きたい場所はないのかしら?」


 昨日は私に付き合ってもらったので、ジェーンさんは自分の買い物はできていないはずだ。今日は、ジェーンさんの行きたい場所を優先しよう。


 身支度を終えてのんびり寛いでいたところで、部屋の扉がノックされた。


「クリスティーナ様、おはようございます。起きていらっしゃいますか」

「はい、起きてます。おはようございます」


 扉を開けると、そこに立っていたのは、予想通りジェーンさんだった。


「朝食の時間でございます。一緒に食堂へ参りましょう」

「はい!」


 私は元気よく頷くと、ジェーンさんと一緒に食堂に向かった。

 宿屋の一階に備わっている食堂には、思ったよりもたくさんの人がいた。席がほぼ埋まっている。


「随分賑やかなんですね」

「ええ。この食堂は、宿泊客だけではなく、外から来た方も食事ができるのです」

「なるほど、だから部屋数に比べて食堂のスペースが広くなっているんですね」


 私たちはなんとか空いている席を確保して、壁に貼られているメニューを眺めた。

 回転率を上げるためか、朝食時はメニューが限定されているようだ。

 記されているメニューは、パンとスープだけの軽めのセット、それにサラダと卵のついたバランスの良いセット、さらに燻製肉の盛り合わせもつけた満腹セットの三種類。


 店員さんがすぐに注文を取りに来たので、私とジェーンさんは、二番目のメニューを注文した。


「クリスティーナ様、昨夜申し上げましたとおり、わたくしは本日、お昼までに屋敷に戻らなくてはならないのです。ゆっくりできなくて心苦しいのですが……」

「そんなそんな、充分ゆっくりさせてもらいましたよ。お休みって、贅沢で素晴らしいものですね!」

「左様でございますか? そう言っていただけると幸いでございます」


 私の言葉に、ジェーンさんは苦笑した。


「今日は確か、通りがかりに少しお買い物をするんですよね?」

「ええ。この宿の区域は、大通りから離れなければ比較的安全でございます。冒険者ギルドが近くにございますからね。ただ……」


 そう言って、ジェーンさんは少し考え込むような仕草をした。


「何か心配なことがあるんですか?」

「……ええ。神殿のことでございます」

「あ、それ、昨日も気にしてましたよね」


 冒険者ギルドに掲示されていた依頼を見て、ジェーンさんとアンディが「見つかると面倒だ」と気にしている様子だったのを思い出す。


「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。神殿関係者にばったり出会ったとしても、『ちゃんとお仕事して生活できてるので、心配しないでください!』ってきちんと言いますから」

「……果たしてそれで納得していただけるでしょうか」


 ジェーンさんはいまだ不安顔だ。けれど、神殿側だって、私がもう別の仕事をしていると知ったら、無理に勧誘するようなことはしないと思う。

 私はジェーンさんを安心させるように微笑んだ。


「ジェーンさん、私、神殿を追い出された身なんですよ? それなのに、やっぱり戻ってこいなんて言うはずありません。私、役立たずの無能聖女だったんですから」


 神殿では、私はただのお荷物だったのだ。だから、私がちゃんと生活できているか心配するならまだしも、再び神殿に戻したいと思う人なんて、誰もいないだろう。

 そもそも、挨拶もせずに出てきてしまったから、私がいなくなっていることも誰にも気づかれていないのでは、と思っていたぐらいだ。


 ジェーンさんはまだ、「杞憂だと良いのですが」と心配そうにしている。私は、無理矢理話題を変えることにした。


「それより、ですよ! ジェーンさんは、行きたい場所とか、良かったんですか? 昨日も結局ずっと私に付き合っていただいちゃいましたし」

「わたくしは、通りがかりに一店舗だけ、寄らせていただければよろしゅうございます。すぐに済みますので」

「そうなんですか? わかりました」

「クリスティーナ様の方こそ、行きたいところはございますか?」

「うーん、そうですね……」


 本音を言うなら、化粧品のお店は少し見てみたい。けれど、ジェーンさんからもらった化粧品も、まだ残っている。

 私が今一番欲しいものは、別にあった。それは――、


「私、ギルバート様にお土産を買いたいです」

「主様に……?」


 ジェーンさんは、目を瞬かせている。

 ギルバート様は、昨日から一人であの広いお屋敷にいらっしゃるのだ。ジェーンさんも私もアンディもお側を離れてしまって、寂しく思っているかもしれない。

 一人になってしまうというのに、彼が快く外出許可を出してくれたことへの、感謝の気持ちも伝えたかった。


「とはいえ、私のお小遣いで買えるような品物なので、あまり豪華なものは買えませんけど……あ、ご迷惑になると思いますか?」

「いえ、迷惑などということはございませんよ。間違いなく喜ばれると思います」

「贈るなら、どんなものがいいと思いますか?」

「そうでございますね……クリスティーナ様が選ばれたものなら、何でも喜ばれるかと。通りのお店を見ながらお探しになってはいかがですか?」

「そうですね。見て選ぶのが一番いいですよね」


 私がふふっと笑うと、ジェーンさんも目元を柔らかに綻ばせて、頷いた。


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