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【長編版】無能聖女の失敗ポーション〜働き口を探していたはずなのに、何故みんなに甘やかされているのでしょう?〜  作者: 矢口愛留
第一部 無能聖女編

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25. 手芸用品店は、可愛いお店でした



 冒険者ギルドでお金を下ろした後は、ジェーンさんの案内で手芸用品店に向かうことになった。


 趣味探しの話になったときに、ジェーンさんが一番におすすめしてくれたのが、刺繍やレース編み、編み物などの手芸だ。針仕事に慣れているため、取りかかりやすいだろうと考えたらしい。

 それに、上手く作れたら人に贈ることもできるし、上級者になれば作った物をお金に替えることも可能なのだそうだ。


「じゃあオレは、このまま冒険者ギルドにいるからさ」

「うん、わかった。ごめんね、付き合わせちゃって」

「いやいや、構わないって。ついでに耳寄りな情報とか仕入れられるし、雑用してれば小遣い貰えることもあるし、問題ナシ!」

「ありがとう、アンディ。じゃあ、また後で」


 手をひらひらと振るアンディを見ながら、私たちは冒険者ギルドを後にした。


「ジェーンさんも、付き合っていただき、ありがとうございます」

「とんでもないことでございます。主様のためでもございますから」

「え? どういう意味ですか?」


 私の質問には答えず、ジェーンさんは皺の刻まれた目元を、楽しげに細めた。

 はぐらかされて理由がさっぱりわからないまま、うんうんと頭を悩ませていると、ジェーンさんはあるお店の前で足を止めた。あっと言う間に目的地に着いたようだ。


「さて、到着いたしましたよ」

「わぁ、ここが……!」


 ジェーンさんが案内してくれた手芸用品店は、こじんまりとした可愛らしいお店だった。

 店舗入り口左側には、外側に張り出した三面のガラス窓(ベイウインドウ)があって、ショーケースになっている。綺麗な端布(はぎれ)や刺繍糸、店員さんが作ったと思われる小物類が飾られていた。


「可愛いお店ですね」

「ええ。中に入りましょうか」

「はい!」


 うきうきしながら扉を開けると、ドアベルがカラコロと小さな音を鳴らす。

 店内も、外から見たときの印象そのままの、あたたかで可愛らしいお店だった。


「いらっしゃいませ……あら、ジェーンじゃない。こんにちは」

「こんにちは、ケイト。久しぶりね」

「本当ね。王都にはいつ?」

「ひと月ぐらい前かしら」


 店主の女性は、ジェーンさんの知人のようだ。ドアベルが鳴るまではカウンターの奥に腰掛けて作業をしていたようだったが、ジェーンさんの姿を見て立ち上がると、彼女は眼鏡を外してにこやかに歩み寄ってきた。


「今日は素敵なお嬢さんが一緒なのね。お孫さん?」

「いいえ。彼女は主様の大切なお客様なの」

「まあ、そうなのね。初めまして、私はこの店の店主をしております、ケイトと申します」

「初めまして。クリスティーナです」


 私はしっかり微笑んで、ケイトさんに挨拶をした。ケイトさんは「よろしくお願いいたします」と丁寧に返してくれた。


「ゆっくり見させてもらうわね」

「ええ。欲しい生地や糸があったら、いつでも呼んでちょうだい」


 そう言ってケイトさんは、再びカウンターの奥に座った。作業の続きをするようだ。


「他のお客様もいないようですし、落ち着いて選べそうでございますね」

「そうですね。……あの、ところでジェーンさん……」

「はい、何でございましょう」


 ジェーンさんは、ケイトさんと話していたときには気安い感じだったのに、私が相手になると途端に堅い口調に戻ってしまった。それが少し寂しくて、私はある提案をすることにした。


「私に敬語なんて、使わなくてもいいんですよ? 私は部下ですし、年下ですし」

「いいえ、とんでもない。貴女様は、わたくしの部下ではございません。主様にお仕えする仲間であると同時に、主様の大切な賓客。敬語をやめるなど、烏滸がましいことでございます」

「賓客って……」


 ジェーンさんは無言で首を横に振った。断固とした意思を感じる。これ以上頼んでも、質問をしても、答えてくれなさそうだ。


「それよりも、お店を見て回りましょう。刺繍用品はいかがですか? ハンカチにイニシャルや簡単なモチーフを刺して、ご家族や恋人に贈るのが、ご令嬢の間で人気のようでございますよ。それから、あちらはレース編みに使う道具で――」


 私はジェーンさんの説明を聞きながら、手芸用品を色々と見て回った。

 店内にはケイトさんが作ったと思われるサンプル作品が飾られているし、ジェーンさんの説明もわかりやすくて、容易にイメージがつく。


「なるほど、どれも素敵ですね! 刺繍ならちょっとした小物に華やかさを足せるし、レース編みの幾何学模様も綺麗だし……それに」


 私は、腰をかがめて、毛糸とビーズで作られたサンプルをじいっと見つめる。


「これ、本当に可愛い。私、こういうの、作ってみたいです……!」


 私の視線の先にあるのは、茶色と白の毛糸で編まれた、ふわふわの子犬だった。目の部分には黒いビーズが縫い留められていて、きらきらと潤むつぶらな瞳が可愛らしい。


「編みぐるみでございますね」

「はい! どうやって作るのか、教えていただけませんか?」

「もちろんでございます。必要となる物は、毛糸、わた、ビーズ、かぎ針、それから――」


 ジェーンさんと、カウンター奥から出てきたケイトさんにも手伝ってもらいながら、私は材料と道具を選んでいった。


「わからないところがございましたら、いつでもお教えいたしますので、お申し付けください」

「何かあれば、またこのお店を訪ねてきてくださいね」

「はい! ありがとうございます!」


 私は、二人にしっかりとお礼を言って、初心者向けの図面を眺める。


「ふふ、楽しみだなあ。早く作ってみたいな」


 図面に描かれているのは、編み方を記した記号だ。この記号に従って編んでいけば、可愛らしい編みぐるみが完成するというのだから、楽しみで仕方がない。

 自然と笑みがこぼれてきて、止められなかった。

 ジェーンさんとケイトさんも、そんな私を、微笑みながら見守ってくれたのだった。



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